幕間 少年魔術師とひとりの少女
むかしむかしのその昔。
まだ一人の少女が魔術師の才能を開花させる前の話。
まだ一人の少年が魔術師として生計を立てる前の話。
一人の少女が一人の少女だった時代のこと。
彼女の父親は有名な魔術師だった。
魔術師とは人間社会と決別している存在であったこと。そして魔術師の存在は人間とはまた別の存在であるということ。それについて人間は知っているかもしれないけれど、魔術師もそれについて知らないことはなかったのかも知れない。
人間について。魔術師について。
それぞれお互いにメリットを知るようになってから、人間と魔術師はそれぞれの領域を侵略しないようにした。
魔術師は魔術師で人間社会に生きていくにはなかなか難しいところがあった。例えば人間は非常に魔術を信じない。いや、それだけではない。人間は自分が『信じている』こと以外は執拗に信じようとはしない。それが人間の本意であり、魔術師が人間に許容されていない理由であるとも言える。
魔術師と人間は相容れることはない。今はお互いのメリットを知っているからこそ、お互いのメリットを手に入れることが容易であるからこそ、ただ付き合っているだけに過ぎない。
少女の父親は、彼女にそう言ったことがあった。
しかしながら、少女はまだ幼い。そんなことを考えていくことも、理解していくことも、まだ出来なかったことだろう。
生憎、彼女には魔術師としての才能が――無かったのだから。
それは悲運なことだったのかもしれない。それによって、彼女は魔術師から追われる身となりながらも守る手段が無かった。
そしてあの月夜の晩――彼女は、魔術師と出会った。
運命的なものを感じた。
少年と少女の出会い。
そして彼女は、魔術師になろうと決意した。
その時は、身を守るための手段を手に入れたと思っていたのかもしれない。
しかしながら、或いは。
自分を守ってくれた彼を、今度は自分が守る立場でありたいと思ったのかもしれない。
いずれにせよ、それは彼女の身の丈では足りないものではあったのだが。
城山春歌はぼやけていく視界の中で、少年の姿を捉えていた。
(もしかして、さっきのは……走馬燈?)
春歌は少年が彼女のために決意をもって戦う姿を、その背中を見つめていた。
春歌は嬉しかった。少年が自分のために戦ってくれるということを。少年が、絶対に倒すことのできないような敵に立ち向かってくれているということを。
(有難う、香月クン……)
少女は、恋い焦がれたその姿を見つめながら――そしてゆっくりと夢の中へと落ちていった。
その夢は、永遠に醒めることのない夢。
そして二度と彼に出会うことの出来ない、永遠の別れでもあった。




