第83話 届いたもの
タイトルが抜けており大変失礼しました!
7件の照会が、どこにも出ていないと分かったのは、日が傾き始めた頃だった。
記録室の隣にある外部照会係へ移ると、壁一面の棚から7件分の写しが見つかった。
どれも、回答待ちの綴りに収められている。
北街道の崩落報告も、その中にあった。
表紙には、記録室で見たものと同じ印が押されている。
照会中。
ただし、その下に並ぶはずの宛先、照会内容、発送日、取扱番号は、すべて空白だった。
「これで、何の回答を待ってたんだ」
ルークが言った。
外部照会係の主任は、開かれた綴りを前にして立っていた。
50歳を越えた女で、細い眼鏡の奥から、何度も同じ欄を確かめている。
「通常であれば、照会先と質問事項を決め、照会文を作成します。発送後に取扱番号を記載し、控えを回答待ちへ移します」
「通常じゃない方を聞いてる」
主任の指が、照会中の印で止まった。
「この状態で届いた場合は、既に別系統から照会が出ており、こちらには回答の受領だけが回されたものとして扱います」
「誰がそう決めた」
ダグラスが尋ねる。
「決まりとして、明文化されているわけではありません。ただ、この印は発送後に使うものです。照会前の写しに押されて届くことは、想定されていません」
「なら、取扱番号がない時点で戻すべきだったな」
「はい」
主任は言い訳をしなかった。
「ですが、記録室側では照会へ渡したと記録され、こちらでは照会済みとして受け取っていました。回答が来ない照会は珍しくありません。確認を上げるべき時期も、規定されていません」
ダグラスは7件の写しを、1件ずつ机へ並べさせた。
日付は違う。
記録室で受領した職員も違う。
外部照会係で綴りへ入れた職員も、一人ではなかった。
それでも、止まり方は同じだった。
記録室では、外へ照会したと思っている。
外部照会係では、どこか別の部署が照会したと思っている。
誰も宛先を決めていない。
誰も照会文を書いていない。
誰も発送していない。
それなのに、両方の記録では処理が先へ進んだことになっている。
俺は、北街道の写しに押された印を見た。
「照会したから、照会中になったんじゃない」
ダグラスとルークが俺を見る。
「照会中と書いてあったから、誰も照会しなかったんだ」
照会中の印を押した人間は、報告を捨てる必要も、書き換える必要もない。
次に受け取った人間へ、前の誰かがもう照会を済ませたと思わせればいい。
原本は残る。写しも残る。帳簿にも残る。
ただ、誰も次の仕事をしない。
「よくできてるな」
ルークが、机に並んだ7件の写しを見下ろした。
「記録を見ただけじゃ、誰もサボってねえように見える」
「実際、決められたところまでは動いてるからな」
「それで、誰も照会してねえわけか」
ダグラスが7件の写しを見渡す。
「回答待ちへ入れた者を、全員呼べ。いつ、どこから受け取ったかを確認する。回付箱と集配所の受渡簿も持ってこい」
「承知しました」
主任が扉へ向かう。
外から足音が近づき、扉が叩かれた。
返事を待たずに入ってきた職員は、通信室の腕章を着けていた。
息を整えるより先に、手にした通信紙を差し出す。
「南東採掘区から、緊急の確認依頼です」
ダグラスが受け取り、目を走らせた。
「何があった」
「採掘場の坑道で亀裂が広がっています。支柱にも歪みが出ており、現場監督が操業を続けるか判断を求めています」
職員が、机上の7件へ目を向けた。
「以前、同じ地域について地盤変位の報告が出ていたはずだと。現地では、その後の判断が届いていないそうです」
7件のうち、1件に南東採掘区の名があった。
観測所は、地表の傾きが継続していると報告している。
その翌日、採掘場からは操業に支障なしという連絡が入り、食い違いがあるとして照会へ回されていた。
北街道と同じだった。
主任が通信紙を覗き込む。
「該当する照会は、まだ回答待ちです。観測値が現在も有効か確認を——」
「まだ待たせる気か」
ルークの声で、主任の言葉が止まった。
主任は通信紙から顔を上げた。
「中に人は残ってるのか」
「奥の2班、23人が坑道内で指示を待っています。入口近くの班は、既に退避しました」
「待ってる? なんでだ」
「採掘を止めるには、本部の承認が必要だそうです。現場監督は危険と判断し、全員の退避を求めています」
ルークが何かを言う前に、ダグラスが口を開いた。
「全員を退避させろ」
主任が顔を上げる。
「ですが、まだ崩落の危険が確定したわけでは——」
「確定してからでは遅い」
ダグラスは通信紙を職員へ返した。
「観測所から継続する地盤変位の報告あり。坑道内で亀裂拡大、支柱に歪み。危険情報へ未確認として載せ、南東採掘区へ即時退避を勧告しろ。採掘を止めた責任は俺が持つ」
「承知しました」
職員が駆け出す。
職員の足音が、廊下の先へ消えていく。
誰も、机上の7件から目を逸らさなかった。
もし最初の報告が現地へ戻っていれば、23人は今、坑道の下で本部の返事を待っていなかった。
「これで2つだな」
ルークが言った。
「北街道と、南東の採掘場。残り5件も、人が動いてる場所か」
俺は件名を追った。
観測値だけを扱う報告はない。
輸送路、採掘場、貯水施設、工房地帯。
どれも、異常を認めれば、人か荷を止める判断が必要になるものばかりだった。
「7件とも、異常を認めれば人か荷が止まる報告ですね」
「共通点はある。だが、誰かが意図して揃えたとはまだ言えん」
ダグラスが言った。
「回付票を作った者と、印を押した者が同じとも限らん。先に経路を追う」
主任が職員を連れて戻ってきた。
回答待ちへ入れた3人の記憶は、ほとんど同じだった。
朝か夕方の回付便で、写しが届いた。
封筒には入っておらず、ほかの照会案件と重ねられていた。
受渡簿には、外部照会係へ渡した書類の総数だけが記され、個々の件名はない。
「回付便の書類は、どこに集まる?」
俺が聞いた。
「本部内の集配所です」
主任が答える。
「各部署の回付箱を朝夕に回り、仕分けて配ります。ただ、外部から届いた書状や報告も、受領後は同じ集配所を通ります」
「集配所へ入るまでの経路は、記録に残らない?」
「取扱番号があれば、受渡簿から追えます」
7件には、その番号がなかった。
ダグラスが、集配所の受渡簿を持ってこさせる。
日付と部署、書類の数。残っているのはそれだけだった。
誰が持ち込み、誰が回付票を挟んだのかは分からない。
集配所までは遡れた。だが、そこで記録は途切れていた。
その間に、外は暗くなり始めていた。
通信室から返事が来ないまま、時間だけが過ぎる。
ルークは椅子にも座らず、窓辺に立ったまま、何度も外を見た。
俺も、7件の件名を追うふりをしながら、扉の向こうの足音ばかり聞いていた。
次に扉が開いた時、入ってきたのは通信室の職員ではなかった。
本部内の回付便を運ぶ若い男が、細長い紙挟みを抱えて立っている。
「外部照会案件の移管指示です」
主任は受け取った紙へ目を落とし、最初の一行で止まった。
「何だ」
ダグラスが手を出す。
回付票には、外部照会中となっている7件を、統合整理のため中央保管庫へ移すよう記されていた。
原本、写し、補助簿、関連する受渡記録。
今、机上に集めたものが、すべて指定されている。
末尾に個人の署名はない。
押されているのは、北街道の回付票と同じ、総本部の印だった。
「いつ受け取った」
「つい先ほどです。集配所で、こちらへ回すようにと」
「誰が持ち込んだ」
「分かりません。集配所で、こちらへ回す書類に重ねられていました」
集配所へ入るまでの経路は、そこでも分からない。
「移管はしない」
ダグラスは回付票を机へ置いた。
「この7件に関する原本と記録は、俺の預かりだ。写しを2部作れ。1部は外部照会係、もう1部は俺の執務室へ運べ。原本は封をして、この部屋から出すな」
主任がすぐに職員へ指示を出す。
若い男が持ってきた紙挟みには、回付票の受渡欄が付いていた。
そこには、今回だけ取扱番号がある。
誰が作ったかは書かれていない。
だが、その番号から、どの回付便で、いつ集配所へ入ったのかまでは追える。
「向こうから、残してくれたな」
ルークが取扱番号を見た。
「そうとは限らない」
俺は答えた。
本当に定例の整理かもしれない。ダグラスが原本を集めたことと、偶然重なった可能性も残る。
けれど、7件すべてを指定した移管指示が、この時刻に届いた。
偶然と言い切るには、出来すぎている。
廊下の向こうから、足音が近づいてきた。
今度こそ、通信室の職員だった。
「南東採掘区から返答です。23人全員、坑道から退避しました」
ルークが、窓枠に置いていた手を離した。
「その直後、入口から2つ目の区画で天井の一部が落ちたそうです。負傷者はいません」
誰も、すぐには言葉を返さなかった。
ダグラスは一度だけ目を閉じ、開くと、移管指示の取扱番号を書き留めた。
「明朝を待つな。この番号の受渡簿と回付便の手配書を押さえろ。どの便で入ったかを追う」
「分かりました」
俺は、7件の写しと、新しく届いた回付票を見比べた。
7件の照会は、どこにも届いていなかった。
俺たちが7件に辿り着いたことだけは、ずいぶん早く届いたらしい。
ナナセカをお読みいただき、ありがとうございました!
筆者はアレンと違い『分かったフリ(Fake it)』が使えません >_<;
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