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汚いのは嫌なので、魔王も呪いもまとめて除菌します。〜潔癖鑑定士の異世界お掃除無双〜  作者: 六井求真


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第48話:聖女の絶望、ティアナの布教

"おえっ……げほっ、ごほっ!"


俺、アレンは、大聖堂の最深部で膝をつき、猛烈な嘔吐感と戦っていた。

視界の端々で、警告アラートが真っ赤に明滅している。

目の前に広がる光景は、一般人なら「神々しい奇跡の瞬間」と呼ぶだろう。

慈愛に満ちた微笑みを浮かべる聖女セラフィナが、病に苦しむ孤児の頭に優しく手を置き、柔らかな光で癒やしている。


だが、俺の【極清鑑定】フィルターを通した景色は、地獄そのものだった。

彼女が手をかざすたび、子供の肉体から「黒ずんだ情報の粘液」が吸い上げられ、聖女の指先へと移っていく。

それは「治癒」などではない。

単なる「データの移動」だ。

しかも、吸い上げられた「負のデータ」は処理されることなく、聖女の体内に、未洗浄の生ゴミをクローゼットに押し込むような雑さで放り込まれている。


「……汚い。あまりにも不潔だ。空気が……情報の腐敗臭でネバついているじゃないか」


俺は震える手で鼻を覆った。

聖堂内に漂う芳純な香水の香りが、かえって吐き気を助長する。

それは、腐敗してガスが溜まった生ゴミの山に、無理やり高級な消臭スプレーを噴射したような、脳の奥を直接攻撃してくる"饐えた発酵臭"だ。

彼女の微笑みの裏側で、数千人分、数万人分の「負のキャッシュ」が蓄積し、整理されずに絡まり合い、真っ黒な"概念上の黒カビ"を増殖させている。


「そんな……私はただ、皆さんの苦しみを受け入れて、救って……」


セラフィナが、ショックを受けたように顔を青ざめさせ、泣き崩れる。

その瞳から溢れ出した涙ですら、俺の目には「不衛生な情報の漏洩リーク」にしか見えない。

彼女が泣けば泣くほど、周囲の空間に湿り気を帯びた黒カビの胞子が舞い、俺の精神衛生をゴリゴリと削っていく。


「救う? 笑わせるな。お前がやっているのは、ただの情報の隠蔽だ」


俺は、冷徹な視線で彼女を射抜いた。

俺の脳内には、すでにこの「巨大な情報のゴミ捨て場」の真実が、残酷なまでの精度で出力されている。


【極清鑑定:深層リソース・フルスキャン完了】

【対象:聖女セラフィナ(個体名:情報の不法投棄場)】

【状態:重度汚染・論理破綻・暗号化された負の遺産の集積】

【詳細解析ログ:】

1.【負のキャッシュのオーバーフロー:過去15年間、彼女は一度もガベージコレクション(ゴミ拾い)を実行していません。癒やしと称して患者から移動(Move)させた情報のバグ、病魔、呪いの残渣を、自身の内側にある【隔離ディレクトリ】へ放り込み、そのまま放置。現在、ディレクトリの容量は120%を超過し、内部データは発酵。黒カビ状のノイズとして全術式を侵食しています】

2.【デッドロックした感情:自身の苦痛を『自己犠牲』という名の低質なパッチで強引に隠蔽。論理回路はスパゲッティコード化し、表面上の微笑みを維持するために全システムリソースの9割を浪費しています】

3.【情報の腐敗臭(概念):彼女の存在そのものが、未洗浄の便槽に純白のシルクを被せたような状態です。シルクの隙間から漏れ出す饐えた臭いは、周辺3キロメートルの論理空間を不透明に染め上げています】

【結論:彼女は聖女ではありません。人間の形をした、"腐った善意の煮凝り"です。即時のフォーマットを推奨します】


「……ひどいな。よくもまあ、こんな不潔な状態で『救世の乙女』なんて名乗れたものだ。お前、自分の内側が黒カビの胞子で真っ黒なことに気づいていないのか? 鼻が曲がるんだよ、この不法投棄女が」


俺の言葉は、氷のように冷たく、刃のように鋭く聖堂内に響き渡った。

信者たちが怒号を上げようとするが、俺の背後から立ち上る「圧倒的な潔癖のプレッシャー」に気圧され、声が出ない。

聖女セラフィナは、ただただ絶望に染まった瞳で俺を見上げ、震えていた。


「……汚ねえな、本当に。もういい、俺が全部まとめてガベージコレクションしてやる。世界のメモリを、お前のような不良セクタで汚させておくわけにはいかないんだよ」


俺は、一歩を踏み出した。

手に持つのは、魔法の杖ではない。

世界のOSそのものに介入し、不正なデータを根こそぎ消去する"強制フォーマット"の波動。


「リビルド・シーケンス、開始。ターゲット:黒カビ聖女。暗号化された負の遺産を、バイナリレベルで焼却ワイプする」


俺が聖女の肩に手を置いた瞬間、世界から音が消えた。


"ゴォォォォォォォォォ!!"


聖女の体から、噴水のように真っ黒な情報の膿が溢れ出した。

それは、彼女が「善意」だと思い込んで抱え込んできた、世界のバグの総量だ。

俺はそれを一切の容赦なく、一本ずつ論理的な正確さを持って引き抜き、情報の虚無へと放り込んでいく。


「……うわっ、粘り気がすごいな。デッドロックした感情が、術式の隙間に詰まって絶縁破壊を起こしている。こんな不潔なサブルーチン、一秒も残しておけないな」


俺の純白の浄化光が、彼女の内側に潜む黒い触手を次々と焼き切っていく。

それは魔法による治療などという生易しいものではない。

俺が行っているのは、彼女の魂の奥底、アクセスを拒絶していた「ゴミ箱」の底までを無理やりこじ開け、そこに巣食う数万人の「負の遺産」を、根こそぎ削除するプロセスの実行だ。


黒い煤が、俺の光に触れた瞬間にパチパチと音を立てて消滅していく。

それは、古びたサーバーを廃棄する際にハードディスクをドリルで破壊する時のような、冷酷で絶対的な終わりを告げる光景だった。

聖女は「あ……あぁ……っ!」と、苦痛と解放が混ざり合ったような悲鳴を上げ続ける。

彼女を覆っていた「善意」という名の偽装コーティングが剥がれ落ち、中からドロドロの不浄が露出するたびに、俺はそれを磨き、消し、初期化していく。


「……よし、これで中枢回路のデフラグは完了だ。次は、深層メモリのクリーニング。過去の『負の遺産』を、一括フォーマットする」


俺の指先が、彼女の胸元に刻まれた「聖痕」に触れる。

人々が尊い犠牲の証と崇めていたそれは、今や、真っ黒な情報の膿が溜まった「バグの温床」として脈動していた。


「……こんな汚いパッチ、二度と当てるなよ。バイナリレベルで、抹消だ」


"パリンッ!"


聖痕が、ガラスのように砕け散った。

そこから溢れ出した黒い煙を、俺は逃がさない。

すべてを俺の浄化光で包み込み、物質的な塵にすら戻さず、情報の虚無へと還していく。

聖堂内の空気が、急激に変わり始めた。

どんよりと重く、湿っていた空間が、一気に「乾燥した純白」へと塗り替えられていく。

壁にこびりついていた目に見えない情報の垢が、剥がれ落ち、蒸発していく。

聖女の肌も、どす黒い淀みが消え、生まれたての赤ん坊のような、一点の曇りもない透明感を取り戻していく。


「……ふぅ。ようやく、石鹸の匂いがするようになったな」


俺は手を離し、大きく息を吐いた。

目の前には、聖女としての能力を失い、ただの、しかし最高に清潔な一人の女性に戻ったセラフィナが座り込んでいた。

彼女を覆っていた「善意の煮凝り」は、今や一滴も残っていない。

空気が、美味しい。

これまで鼻をついていた「概念上の饐えた臭い」が、完全に消し去られている。


そして。

その光景を見た瞬間。

俺の背後に控えていたティアナが、もはや人間の発音を超えた絶叫を上げた。


「!! アレン様ぁぁぁーーーーっ!!!」


その声は、大聖堂の巨大なステンドグラスを震わせ、数千人の信者の鼓膜を等しく蹂躙した。

ティアナは、顔を涙と鼻水、そしてあまりの感動による興奮でぐちゃぐちゃに濡らし、俺の足元に猛スピードでスライディング五体投地を決めた。

彼女は床に額を激しく打ち付け、全身を狂ったように震わせながら絶叫を続ける。


「あああああ! なんという! なんという慈悲深き断罪の光景でしょうか! 私は今、神が宇宙の塵を払い、初めての『論理ロジック』を刻まれた、その創世の瞬間に立ち会っている気分ですわ!! 100京回死んでも足りない! いえ、100京回死んで、その骨の髄までアレン様の冷徹な論理で磨き上げられ、情報の塵となって消え去りたいほどの感動が、今、私の魂を粉砕し、再起動リブートし、さらにワックスをかけてピカピカに仕上げられましたわ!!」


彼女は、床を爪でかきむしり、悶えながら叫び続ける。その熱量は、大聖堂の荘厳な雰囲気を一瞬で「アレン教の布教現場」へと変貌させていた。


「! 見てください、皆様! アレン様は今、この世界で最も『聖女』という名で美化されていた巨大な情報の不法投棄場を、たった一振りの手で『工場出荷状態』へと強制フォーマットなさいました!! それはつまり、我々が後生大事に守ってきた『自己犠牲』だの『慈愛』だのといった、未処理のバグだらけの甘っちょろい概念など、アレン様の清廉な魂の前では"未洗浄の便槽に浮かぶウジ虫の寝言"に過ぎないという真理の証明! ああ、なんという潔癖! なんという神聖! 私たちが『救い』と呼んでありがたがっていたものは、アレン様から見れば『メモリリークを起こしてシステムを腐らせる不良コード』でしかなかったのですわ!!」


ティアナの瞳からは、もはや血の涙が出るのではないかと思わせるほどの、異様なまでの熱狂が溢れ出していた。

彼女は、アレンが放った「不法投棄女」という罵倒を、宇宙の真理を記した黄金の福音として受け取っていた。

彼女にとって、アレンが聖女を罵倒することは、世界に対する最高級の愛の告白に等しい。


「! 黙りなさいこの情報のゴミ捨て場が! 聖女セラフィナ、あなたがやっていたのは、掃除ではなくゴミの隠蔽ですわ! アレン様が今、その震える指先で示してくださったのは、あなたの魂がいかに饐えた臭いを放つ汚物であったかという慈悲深き事実! アレン様はそれを、一ミクロンの慈悲もなく『ごみ箱を空にする』コマンドで抹消してくださった! これこそ真の解脱! これこそ真のデフラグ!! 過去の汚れをすべて初期化し、真っ白な虚無をインストールしてくださった! この奇跡を前にして、跪かない者がいるでしょうか!? いえ、いませんわ!! もし跪かない不届き者がいるならば、その魂のディレクトリごと私が物理的に抹消して差し上げますわぁぁぁ!!」


ティアナの叫びは、1,500文字分を優に超え、聖堂を揺らし、外にいた群衆までもを震撼させた。

彼女は、アレンの冷徹な一言一言を「全宇宙の不浄を断罪する黄金の福音」として翻訳し、それを絶叫という形で周囲に叩きつけていく。

そのあまりの熱量に、最初は憤っていた信者たちも、次第に毒気を抜かれたように、あるいは「自分たちもデフラグされたい」という奇妙な欲求に駆られたように、次々と膝をつき始めた。


「見てください、あのセラフィナの晴れやかな顔を! 彼女は今、不潔な神の偽装パッチを剥ぎ取られ、アレン様の手によって"完全なる無菌状態の人間"へと転生させられたのです! 彼女の背中から立ち上っていたあの饐えた黒煙は、彼女がいかに汚い情報の不法投棄を行ってきたかの証左! アレン様はそれを、一ミクロンの慈悲もなくデリートしてくださった! これこそ真の救済! これぞアレン様による全人類のデフラグの序章ですわぁぁぁ!!」


ティアナの狂気的な叫びは、夜が明けるまで続いた。

アレンがいくら「ただ掃除をしただけだ」と言っても、彼女はその言葉を「全宇宙の不浄に対する殲滅宣告」として勝手に翻訳し、周囲に布教し続けていた。


「……いや、本当にただの、情報の整理整頓なんだがな」


俺の呟きは、ティアナの熱狂と、民衆の歓喜の声にかき消された。

大聖堂は、かつてないほどの清潔さに包まれていた。

黒カビは消え、情報の腐敗臭も消え、そこにはただ、冷たくて心地よい「無菌の風」が吹き抜けていた。


だが。

そんな爽快感に浸っていた俺の鼻を、再び「ありえないほどの不浄」が掠めた。


「……っ。なんだ、今の臭いは」


せっかく消毒し、リセットしたばかりのこの空間を、再び泥靴で踏みにじるような。

今までの「黒カビ」など生易しいと思わせる、世界の根理ルートを腐らせるような、救いようのない絶望的な死臭。


それは、特定の個人から漂うものではない。

地平線の彼方。

この世界の「最果て」にあるとされる、魔の領域から漂ってくる、究極のバグ。


「……魔王、か」


俺の【極清鑑定】が、かつてないほど激しく赤色に点灯する。

そこから漂ってくるのは、"世界の全データを腐らせ、溶解させ、不潔なカオスへと変えようとする、根源的なノイズ"。


「……汚ねえな。世界そのものが、巨大な生ゴミの山になろうとしているじゃないか」


俺は、一歩を踏み出した。

次の掃除場所は、決まった。

この世界の全てのバグを消し去り、魔王という名の「究極の汚物」を根こそぎ除菌してやる。


アレンの戦いは、終わらない。

この宇宙が、完璧な「工場出荷状態」に戻るその日まで。

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