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クラス最底辺の俺、触れたヒロインの死亡フラグが見えるんだが助けたら世界が壊れそう  作者: shiyushiyu


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第53花 四つ目の選択肢

 ノートに表示された文字から、目を離せなかった。


 白い紙の上に、三つの選択肢。


 ――救済を望む。


 ――救済を望まない。


 ――選択しない。


 そして、その下。


 小さく表示された名前。


 ――スズラン。


「……私?」


 隣にいたスズランが呟いた。


 アスターは答えられなかった。


 答えたくなかった。


 何度見直しても、そこに書かれている名前は変わらない。


 スズラン。


 ダリアを固定するための選択。


 その代償として示された名前。


「ねえ、アスター」


「……何だ」


「私が代わりになればいいの?」


「違う」


 考えるより先に口から出ていた。


「違う。そんなわけない」


「でも、書いてあるよ」


 スズランはノートを覗き込む。


 いつものように穏やかな顔だった。


 けれど、少しだけ指が震えている。


「私が何かを失えば、ダリアを助けられるんだよね?」


「まだ分からない」


「じゃあ、調べよう」


「……」


「分からないまま決めるのは怖いから」


 スズランはそう言って、ノートに手を伸ばした。


 その瞬間。


 文字が変わった。


【第三の選択:選択しない】


【代償対象:スズラン】


【代償内容を表示しますか?】


 YES。


 NO。


「……出た」


 スズランが呟く。


 アスターは拳を握った。


「見るな」


「え?」


「見なくていい」


「でも――」


「俺が見る」


 アスターはノートを自分の方へ引き寄せた。


 ページに手を置く。


 指先が冷たい。


 紙なのに、生き物のようだった。


 まるでこちらの迷いを待っている。


「アスター」


「大丈夫だ」


「嘘」


 即答だった。


 アスターは顔を上げる。


 スズランは笑っていなかった。


「大丈夫な人の顔じゃないよ」


「……」


「私、もう見えるから」


 ノートも。


 記憶のズレも。


 消えてしまった誰かのことも。


「だから、私にも教えて」


 アスターは黙った。


 そのときだった。


「教えなくてもいいよ」


 屋上の扉が開いた。


 ダリアだった。


「私が見ればいい」


「ダリア……」


 彼女は二人の間まで歩いてくる。


 そしてノートを見る。


「ふうん」


 ページを覗き込んで、小さく息を吐いた。


「やっぱりそうなるんだ」


「知ってたのか?」


「まさか」


 ダリアは首を横に振る。


「ただ、私ならそうすると思ってた」


「どういう意味だよ」


「アスターが一番嫌がることを選ばせる」


 ダリアの指が、ノートの文字をなぞる。


「私を助ける」


 次に。


「スズランを犠牲にする」


 そして最後に。


「どっちも選ばない」


 ダリアが笑った。


 いつもの笑い方だった。


 でも。


 少しだけ、寂しそうだった。


「だから、選べないよね」


「……当たり前だ」


「そっか」


 ダリアはそれ以上、何も言わなかった。


 しばらくして。


 スズランが口を開いた。


「だったら、私が決める」


「スズラン?」


「私は、ダリアを助けたい」


「……」


「だから」


 スズランはノートに手を伸ばす。


 アスターがその手首を掴んだ。


「駄目だ」


「どうして?」


「お前が決めることじゃない」


「じゃあ、誰が決めるの?」


「俺が――」


 言葉が止まった。


 スズランが静かに見つめている。


「アスターが決めるの?」


「……」


「私のことも?」


 答えられない。


「ダリアのことも?」


 答えられない。


「消える人を、アスターが決めるの?」


「違う!」


 思わず声が大きくなった。


 屋上に響いた。


 風が吹く。


 スズランの髪が揺れる。


「俺は、そんなことしたくない」


「うん」


「誰かを選んで、誰かを捨てるなんて……」


「うん」


「そんなの、救うって言わないだろ」


 スズランは黙っていた。


 ダリアも黙っていた。


 その沈黙の中で。


 ノートだけが、淡々と文字を表示した。


【確認しました】


【対象者の意思を確認】


【第三の選択が成立します】


「……成立?」


 アスターがノートを睨む。


「何が成立した」


 返事はない。


 代わりにページが一枚、めくれた。


【第三の選択】


【選択しない】


【代償:観測者一名を、対象へ変更します】


 スズランの顔から、血の気が引いた。


「……対象?」


 ダリアが呟く。


 ノートは続ける。


【観測者は、未来を観測することができなくなります】


【対象となった者は、未来を観測される側になります】


【対象:スズラン】


「つまり……」


 スズランが言った。


「私が、見る側じゃなくなる?」


 アスターは文字を読む。


 その下に、さらに一行。


【対象となった時点で、対象者の未来は固定されます】


「固定……」


 ダリアが呟いた。


「私と同じ?」


「違う」


 アスターは首を振る。


「ダリアは七つの可能性がある」


 ノートを見る。


「でもスズランは――」


 そこには、こう書かれていた。


【スズラン:候補数 2】


 アスターの背中に冷たいものが走った。


「……二つある」


 スズランが言う。


「私の未来も」


「そういうことだ」


 ダリアはしばらく黙っていた。


 そして。


「じゃあ、私が一つ消えればいい」


「ダリア」


「だって」


 ダリアは笑った。


「私は七人いるんでしょ?」


「……」


「だったら、一人くらい」


「駄目だ」


「アスター」


「駄目だ」


 今度は迷わなかった。


「お前が自分で消えるって決めるのも駄目だ」


 ダリアの笑顔が消える。


「……なんで?」


「分からない」


「何も分からないのに?」


「それでもだ」


「どうして?」


「俺が嫌だからだ」


 ダリアが目を見開いた。


 アスターは続ける。


「俺はもう、誰かが消えるのを見たくない」


 名前すら思い出せない。


 顔も思い出せない。


 それでも。


 胸の奥に残っている。


 確かに誰かがいた。


 確かに誰かを失った。


「だから、俺は選ばない」


 ノートを見る。


「お前も」


 スズランを見る。


「お前も」


 そして、自分自身を指差した。


「俺も」


「……それで、どうするの?」


 スズランが尋ねる。


「分からない」


「また?」


「ああ」


 アスターは苦笑した。


「分からないから、考える」


 ノートには三つの選択肢が残っている。


 救済。


 拒否。


 選択しない。


 どれを選んでも、何かが変わる。


 それでも。


「選択肢が三つあるなら」


 アスターはノートを閉じた。


「四つ目を探す」


「……四つ目?」


「ああ」


 ダリアが、ほんの少しだけ笑った。


「それ、アスターらしいね」


「馬鹿にしてるか?」


「ううん」


 ダリアは首を横に振る。


「ちょっと安心した」


 スズランも笑った。


「私も」


「……何でだよ」


「だって」


 スズランはノートを見つめた。


「アスターが諦めてないから」


 その瞬間。


 閉じたはずのノートの中から。


 紙を擦る音がした。


 ぱら。


 一枚。


 勝手にページがめくれる。


 アスターが目を向ける。


 そこに、新しい文字が浮かんでいた。


【第四の選択肢を確認】


「……え?」


 スズランが呟く。


 ダリアの表情が固まる。


 そして。


【未確認の選択肢を開示します】


 ページの中央に。


 一つだけ。


 新しい文字が現れた。


【――交換する】


 アスターは、その意味を理解できなかった。


 けれど。


 スズランだけが。


 小さく息を呑んだ。


「……私」


「どうした?」


「これ……」


 スズランの顔が青ざめる。


「知ってる」


 アスターは目を見開いた。


「何を?」


 スズランは答えなかった。


 ただ。


 自分の胸に手を当てて。


 震える声で呟いた。


「この言葉……」


「うん」


「前にも、見たことがある」


 屋上に。


 風が吹いた。


 ノートのページが、一枚だけ勝手にめくれる。


 そこには。


 消えたはずの名前が。


 書かれていた。

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