不筋
少し前図書館にいた俺を襲った銃男。
時間にすれば1分にも満たない時間だったけれど、
俺はやつに一度勝ったと言ってもいいだろう。
ただ、その勝利はやつをより凶悪なものにしてしまうのだった。
恐らく、あれは奴の怒りに火をつけただけになってしまった。
兎にも角にも今は奴から逃げるのが最優先だ。
俺は奴逃げるために図書館から1番遠いところにある教室に入った。
ここは数年前から使われていなかった空き教室で、俺と香織しか恐ら知らない秘密基地のような場所だ。
数分の間ここで呼吸を整えよう。
埃っぽくて、乱雑に置かれた物に囲まれて少々動きにくいが今はまだこれでいいだろう。
周りを見ると少し昔を思い出す。
俺たちが小学生だった頃。この時たまたま俺はこの教室を見つけて香織と一緒にここで2人で弁当を持ち寄って食べたり、
先生に怒られたりしたら香織に愚痴ったりしたりして、、
壁に彫ってあるのは俺と香織が身長を競うために毎年自分頭の位置に印をつけたもの。
印の横には2018年5月20日だったり、その時の日付も書いてある。
そーいえば、今年はまだ競ってなかったな。
なんてそこに記された日付を見ながらそんなことをふと思った。
俺は中学に入ってやっと香織に身長で勝つことができたが、今でも俺と香織の身長差は数センチもない。
確か今は俺が160、香織が158。
隣に並んだらほぼ同じ身長だ。
ただ、俺は自分の身長が低かったことは嫌ではなかった。香織と同じぐらいの身長だったから彼女と同じ目線に立って一緒に話すことが出来たから。
さっきまで切れ切れだった息もだいぶ落ち着いてきた。
右後ろのポケットにしまったスマホを取りだして
『銃を持った男に見つかった。一応振り切ったけど肩撃たれた。』
俺は2人にメッセージを送る。
直ぐに既読が付き、伊織からは心配の言葉が。
進藤からは作戦の有無について聞かれた。
進藤のやつ、作戦とかよりも自分の心配して欲しいもんだが、
正直この状況で俺が考えていた作戦が実行できるかどうかと聞かれたら正直無理だ。
前提として俺と進藤が万全の状態+道具の準備が完璧に整っていて最低ラインだ。
それに今銃男は先程までの比にならないほど危険だろう。
冷静になんて考えてみれば武器を持った大人に
そこら辺で拾ったものを駆使して子供が勝つ。
なんてほぼ不可能だ。
これがRPGの世界ならレベリングしてレベルをあげて、装備差なんて関係ないぐらい強くなって挑めるのにな、
逃げてる時からずっと新しい作戦を考えているがどう考えても実行はできない。
一体どうしたものか、
俺は持てる知識、経験それらを全て注ぎ込んで作戦を考える。
5分、10分、と刻々と時間は流れていく。
今、俺はサシで銃男を無力化させないといけない。
それも伊織、進藤を傷つけてはならない。
そして、進藤の残された時間も長くは無い、
アセビの薬がどれくらいの時間で効き目が出るのか、そもそも俺たちが探している薬が本物なのか。それすらも分からない。
どれだけ考えても、リスクが大きく俺には不可能だ。
…世界に、神様や奇跡。そんなものが本当にあると言うなら、それは今この瞬間に名前が上がるんだろうな。
俺は昔見た、アニメのワンシーンがふと記憶として蘇った。
「神様は常に努力する者に力を与え、奇跡は
常に信じる者に起きる事象。
努力もせずに無理と決めつけて諦めるものには
神も奇跡もなんにもないんだ。」
アニメを見ていた時は俺も小学生の時だったし、
言葉の意味は全然分からなかったけれど、
今なら少しわかる気がする。すごいいい言葉だ。
99%で失敗すると知っていても、その1%を信じて
行動しなければ1%すらも手にすることが出来ない。その行動の結果手にした1%が奇跡なんだ。
俺は伊織にメッセージを送った。
『放送室に行って学校中に、薬は見つけた、30分後グラウンドに来い。と言って欲しい』
放送室まで誰にも見つからないように移動した後に敵に居場所を晒す危険な行為かもしれない。
でも、ここにいる奴らは全員薬が喉から手が出るほど欲しがっている。
指示に背く事が危険だと少し考えればわかる。
だから、ほとんどの奴らはグラウンドに来る。
もちろん、その銃男もその中にいるだろう。
もし、そいつらと協力できれば銃男と俺達。
単 対 多の構図になる。
戦闘ではルールなんてない。1人の敵を何人がかりだろうが殺す。それが戦闘。
RPGだって、ボスは1人なのに主人公は1人で戦うことなんて少ない。
これは知恵を持つ人間の本能に刻み込まれた戦闘術なのだ。
『ごめん、私はそれに従えない。』
しかし、俺の考えは容易く砕かれることになった。
伊織が俺の意見に反対の意思を示した。
確かに、伊織を危険に晒すことになってしまうが、俺には単にそれだけで反対してきたんだと思えなかった。
『どうして?』
俺は問う。
すぐにメッセージに既読が付き、返信が返ってくる。
『私は出来れば人が傷つかないようにしたいの。もし傷つくとしても、それは最小限がいい。』
俺は詳しい作戦を伝えていない。だが何となく俺がやろうとしていたことを察したのだろう。
さっき作戦を伝えた時は進藤が従ってくれたから伊織もそれに従った。ただ、この状況になったことで意見が言いやすくなったのだろう。
伊織の協力なければ銃男との戦い。
勝ち筋はさらに低くなる。
俺の頭には人を極力傷つけず、それでいて
俺達の被害も最小限に抑えられるような作戦を考えていた。
周りが見えなくぐらい集中して、
とんっと、軽く肩に何かが当たる感覚。それは少し暖かくて温もりのようなもの。俺は驚き後ろを振り向く。
そこに居たのは大学生ぐらいの若い男、
男は俺の肩に手を置いていた。
いつの間に。と考えるが、そんなことを考えている暇はないと生存本能が俺を突き動かす。
そして、俺は思わず腰に手を回しバチを手にした。
心臓がバクバクとうるさい。目の前がぐるぐるとうざいぐらいに回っている。
そんな中でも思考は冷静だ。
さっきとは違ってテンパったりしない。
だが、冷静だからこそ最悪な選択をしてしまった。
バチは不意打ちで攻撃するから初めて通用する。
不意打ちが出来なければ正面からの攻撃は躱されるか防がれる。
つまり、バチは武器として使い物にならない。
バチを使って本気で殴りかかったところでバチが壊れるだけ、
俺は一瞬、その思考によって動きを止めてしまった。
それに、こいつは周りを警戒していたのに気づかれずに俺の後ろに立っていた。
もちろん、俺が完璧に警戒できていたとは言いきれないが、それでも周りはほとんどセミの鳴き声や風が窓を叩く音ぐらいしか聞こえない。
足音ぐらいなら流石にわかるはずなのに俺はそれを分からなかった。
男を前にした俺の身体中から力が抜ける。何も出来ない。ただ、その場にへたり込む。
本能が負けを認めた。ということだ。
「安心しな、僕は君を傷つける気はないよ。」
そう言って男は俺を抱き寄せた。
「大変だったな。こんな風になるまで頑張って、少しの間休んでていいよ。僕が見ていてあげる」
自分では分からなかったが、俺は顔も真っ青で、生気の抜けた顔をしていたらしい。
名前も分からないし、素性もしれない。
こんな状況でそんな奴に気を許すなんてないと思っていた。
でも、この人は不思議と心が落ち着く。
香織も不思議と一緒にいたら心が落ち着くがそれと似た感覚だ。
それに俺も限界だった。
言われた通り、その場に横になった。
「あんたはなんでこんなとこに来たんだ?」
俺は休憩がてら、話を振った、
「赤羽紫苑って男知ってる?僕は彼に依頼されてここに来た『なんでも屋』依頼されれば犯罪以外はなんでもやるよ」
そう言って、名刺を渡してくれた。
名刺には、坂崎奏斗
と名前が書いてあった。
「奏斗って呼んでいい?」
「好きに呼んでくれていいよ、君はなんていうの?」
「山口葵、俺は薬を探してここに来たんだ」
「薬って?」
奏斗は薬について知らないのか?
でもまぁ、話しておいても損は無いし、話すか。
*
普通に進藤とか伊織のことは隠してたけど、
これでもし奏斗が銃男やその他の敵の仲間だったらゲームオーバー。俺死ぬかな、、
でも、もう話しちゃったし遅いか。
「そっか、辛かったね。僕はここに1週間滞在する予定だから、それまでは協力できるよ。」
この人は不思議な人だ。
この人の笑顔は優しさを感じるけど、でも、
なんでか分からないけど近づき難い人だ。
「あっ、でも、こっちの仕事もあるしそっちもやらないとだからずっと協力する、とかは難しいかも」
ずっといられない、なんて言われてもこの学園の騒動の間いられるなら十分だ。
正直、奏斗はあの銃男よりも強いだろう。
銃男よりも細身だががっしりとした体付きに
両手に出来た潰れたマメがある。
これを見る限り格闘技を相当やっているんだろう
だから、この人と協力できるのは思ってもいないラッキーだ。
「まずは、どうしようか」
「まず、そもそもお前は信頼出来るの?」
俺はこいつに色々と情報を話してしまったが
まず、こいつの素性を俺は知らない。
「んーじゃあ、俺の話でも聞く?」
「お前の話を聞いてなんになるんだよ」
「多少は俺のこと信頼してくれるんじゃない?
まぁ、とりあえず聞きなよ」
俺の意見なんてガン無視で奏斗は語り始めた。
とうとう記念すべき10話目です!
そして、新キャラの登場でこの後この学園はどうなるのか乞うご期待!
今回もご愛読ありがとうございました!
また次回も読んでいただけるとありがたいです!