推定
「他に気付いたことはあるか?」
八雲さまからそう尋ねられたので……、その違和感を自分なりに頑張って探してみる。
他人である八雲さまの目に気付くようなことが、血縁であるわたしに分からないはずがないのだ。
「この住所……、本籍と書かれたものが、全て、わたしの住所と同じです!!」
曾祖母の戸籍も、父母も戸籍も、そして伯母の戸籍も。
「伯母は、あの家にいなかったのに!!」
もしかしたら、わたしが生まれた頃にはいたのかもしれないけれど、そう言ってみた。
「昔はともかく、現在は、本籍と住所は違う所に置くのは珍しくないからな。本家の住所に本籍を置くことはよくある」
「ううっ」
そこではないらしい。
ひたすら、わたしは読みにくい言葉を何度も目で追っていく。
そして……。
「伯母が亡くなった日が、母と数日しか変わりません!!」
伯母の身分事項とやらの後ろの方に書かれているそのことに気付いた。
こんな偶然がありえるだろうか?
確かにゼロとは言わない。
でも、難しいと思う。
流行り病があれば別だろうけど、そんな話なら、わたしに曾祖母が真実を隠す必要はないだろう。
「その点について、考えられるのは、同じ事故、事件に巻き込まれた可能性……、だな」
八雲さまは顔色も変えずにそう答える。
「な、何故、事故、事件だと?」
でも、「可能性」と言っているけど、八雲さまの頭の中ではしっかりと断定しているのではないだろうか?
「どちらにも死亡事項に『推定』の文字があるからだよ。正確には阿須那の父親にもある」
「そんな……っ!?」
確かにあった。
「推定」ってことは……大体この日に亡くなったってこと……かな?
いや、日付の上に「推定」の文字がある父親はともかく、母と伯母は時間の上に「推定」がある。
そうなると、母と伯母の亡くなった日は分かっているけど、時間が推定ってこと?
……生まれた時間は書かれていないのに、亡くなった時は、その時間まで戸籍に書くのね。
でも、こんなところまで見ているなんて……、この方はどこまで凄いの?
「戸籍に記載されている死亡年月日や時刻については、死亡届に添付される医師の死亡診断書や死体検案書に書かれたとおりの年月日と時間をそのまま記録するらしい。つまり『推定』と書かれている時は、死亡を確認した医師がそう判断したということだな」
「それって普通の知識ですか?」
妙に詳しい……。
普通は知らないことではないのだろうか?
「八家」の人間だから知っている……とか?
「役所の窓口で聞けるようなことだから、一般的なことではなくても、秘匿されている話ではないと思うぞ」
つまり、「八家」の人間だから、知っているというわけでもないようだ。
……でも、どんな顔をして、お役所の方にそれを確認したのだろうか?
「そして、亡くなった日から届出日まで、三人とも4日前後のずれがある。これは、普通では考えられないんだ」
「……と、言いますと?」
「仮に検視だとしても、現代医学なら解剖しても、そこまで時間はかからない。数時間はかかっても、日を跨ぐことはほとんどないんだ」
「し、しかし……、15年も昔のことですよ?」
「昭代初期ならともかく、既に天成に入っている。それなら、検視についてはそこまで大きな差はない。発見自体が遅れた可能性はある」
事故や事件。
そして、発見が遅れた。
そんな……、可能性の話。
「父と母、そして、伯母も……、同時期に魑魅魍魎たちに襲われて亡くなったということでしょうか?」
今回のように。
逆に言えば、それ以外考えられない。
それならば、その検視とやらも遅くなってしまう可能性がある。
誰にも目撃されることなく、魑魅魍魎たちによって、遺体が欠片ぐらいしか残らなかったのなら、遺体の確認のしようがないのだ。
「その可能性は高いと思っている。どちらにしても、真実を知るのは難しいだろうけどな」
それはそうだ。
当事者は既に亡くなっており……、それを知る可能性がある曾祖母も……。
「八雲さま……」
「ん……?」
「八雲さまは、わたしの曾祖母と『八幡』の御屋敷はどうなったのか、ご存じでしょうか?」
そう尋ねると、八雲さまの目が見開かれる。
わたしが目覚めてから、ずっとあの後の話は、不自然なまでに避けられていることに気が付いていた。
本来なら、始めに伝えられてもおかしくはないことなのに。
それなのに、八雲さまは何も口にされない。
「八幡」家の過去について想像するよりも、もっとずっと大事なことであるはずだというのに。
「阿須那……」
「あの時、わたしが叫んでしまったからですね」
わたしはここで目が覚めてから、すぐに曾祖母のことを思い出してしまい、八雲さまの前で取り乱し、叫んでしまったのだ。
いや、もしかしたら、眠っている間も叫んでいたかもしれない。
それほどまでに凄惨で、そして、残酷な出来事だったあの夜の話。
「でも、もう大丈夫です」
「だが……」
「このまま、何も知らないことなんてできませんから」
迷いを見せる八雲さまにそう言い切って笑って見せる。
だけど……。
「そんなに震えながら言っても説得はない」
八雲さまはわたしの頬に触れる。
自分の歯がカチカチと音を立てていたことに気付く。
「それでも……わたしは『八幡』の人間として……いえ、『八幡鶴』の曾孫として知る必要があります」
そして、あの夜を生き残った者としても、生かされた者としても、何も知らずお別れすらできなかった「養女」としても。
「教えてください。あの後、『八幡』はどうなりましたか?」
既にあの夜が明け、丸一日は経過しているなら、流石に活動時間を終えた魑魅魍魎たちは立ち去っているだろう。
同じ場所に連続して魑魅魍魎たちが現れた例はなかったと記憶している。
基本的に魑魅魍魎たちは、「オニ」に率いられない限りは集団行動をしないのだ。
だから、一夜明けた昨日には、既に、事後処理や調査が「八幡」の屋敷に入っていると思う。
そして、八雲さまは、「八幡」について、これだけ調べているような人だ。
朝日やわたしを保護した後、全く何もせずに放置しているとは考えられないだろう。
「八幡」の屋敷の状態も周囲から隠すこともできないほど損壊しているはずだ。
街中に損壊した肉片が僅かでも残っていれば、警察軍も立ち会って検分、検視も行われていることだろう。
状況によってはニュースを騒がせている可能性もある。
あの時のわたしは朝日を助けることしか考えていなかった。
多くの「八幡の巫女」を護る衛士たちを犠牲にした覚えもあった。
もしかしたら、八雲さま以外にも気が付かないところで全く関係のない見知らぬ誰かを巻き込んでいた恐れすらある。
八雲さまは、深く息を吐いた。
「先に言っておくが、決していい話ではない。それでも聞く覚悟はあるか?」
「あります」
一度は壊れかけた。
でも、今は大丈夫。
「『八幡』の人間として、わたしは、あの出来事から逃げるわけにはいきません」
「だが、辛いぞ」
「……分かっております。でも……」
わたしは八雲さまを見る。
「もし、わたしがその重さに耐えられないようなら……、八雲さまに少しだけ寄りかからせてください」
あの時とは違う。
今のわたしは、一人ではない。
「……分かった」
話を聞く前から、既にそんな泣き言を言ってしまうわたしに対して、八雲さまは力強く頷いてくれた。
それだけで、こんなにも勇気が湧く気がするのは何故だろう?
その心持ちは、これまでのわたしには存在しないものだった。
出会ったばかりのこの方に気を許し過ぎている自覚はある。
他家の方に対してこんな甘えは「八幡」の人間として許されないことも。
もし、曾祖母が生きていたならば、確実に雷を落とされていることだろう。
それでも……、そんな雷を落とされても良いから、あの曾祖母にもう一度だけ会いたいと、甘えた自分は願ってしまうのだった。
戸籍については、現代日本を参考にしておりますが、作者が法律などの専門家ではないので、説明不足、解釈違いがありましたら、ご一報ください。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




