第二話
結乃の能力である『光郷人』。
十センチ程度の人型の光を結乃の意思通りに変形させることが出来る能力だ。
約半径二メートルの中なら自由に操れるらしい。
結乃の能力は所謂万能型で、剣にも、矢にも、盾にも変化出来る。
鋼鉄のように硬くすることも可能だ。
それにしても……人が使える能力が超能力だとするなら、化け物の能力は異能力だな。
異能力という言葉がお似合いな程、人間じみていない、神秘じみている。
結乃の能力もそうだ。異能力に当てはまっている程に神秘的だ。
神々しく光を放つ『光郷人』は本当に神秘的だ。
鬼倉の攻撃を上から飛んできて、『光郷人』を盾に変形させ、弾いた結乃の後ろ姿も神秘的だった。
「ンだァ……この雑魚そうなネコはァ!」
結乃の服装はワイシャツの上に、黒をベースとし、二本の白色の線が引かれているワンピース。
そしてワンピースと同じ柄のようなタイツ。
隠さずに出している猫耳が一番目立つという──この状態が、結乃の任務時のいつもの服装だ。
「貴方を封印しに来た猫ですよ」
窮猫鬼を噛むとも言いますしね──と造語を言い放つ結乃。
「という訳で猫が噛みに来ましたよ。鬼さん」
「あ、ありがとう……結乃」
後ろ髪が夜風に靡き、項が見えている結乃。僕はその勇敢な姿を見ながら、立ち上がった。
「大丈夫です──それより椴松さんは一刻も早く剣を拾ってきてください」
僕は震えている両足を二回手で叩き、震えを止め、焦りを払い落とした。
そして足を動かす。
「アァア!! お前も悪カ!? 悪しきネコ……黒猫ナノカっ!」
「私はどちらかと言うと白猫ですが、黒猫だから悪いって言うのは許せませんね。解せません」
鬼倉は結乃の言葉なんか耳にも入らぬ様子で、鉈を両手で握る。
そして足音を地面に響かせながら駆ける。
結乃は盾から剣にへと形状を変える。結乃は受け止めるじゃなく、迎え撃つらしい。
「悪を持って何にナルんだ? 善を持って何にナルんだ──他の人を幸せに出来るンダっ!!」
だから私は善を持って、オマエを殺す──と鬼倉は言い、結乃に近付く。
「けど貴方の行動は間違えていますよ。これではまるで頓珍漢です」
「五月蝿いッ!」
鬼倉は結乃に全力の一撃を与えようとするが、結乃は体勢を変えようともせず、光郷人の剣状態で、鬼倉の攻撃を弾く。
鬼も神秘には叶わないのか……?
いやそれは違うか。結乃の攻撃を弾くタイミングや光の剣の当て方が上手いのだろう。
鬼に神秘だけでは敵わないと思うしな。
鬼倉は弾かれたが、その弾かれた反動を上手く使い、縦切りをしてくる。
怒りに満ちたあまり頭を使っていないであろう一撃。
結乃はそれを軽く横に移動し避ける。
鬼倉の空を切った攻撃は、地面にヒビを入れる程の威力だ。
──鬼倉は舌打ちを鳴らす。
結乃は隙が生まれたと思ったのか、鬼倉に攻め寄る。お札を手に持ち、鬼倉の身体に貼ろうとする。
だが結乃は何故か弾かれた。
赤倉の急所を、隙を突いたのに──十数メートル弾き飛ばされた結乃は地面を擦り切られるみたいに滑る。
結乃は次の攻撃を防ぐため、急いで立ち上がろうとするが、鬼倉が一秒もしない間に結乃に近付き、結乃の後頭部を鷲掴み、地面に叩きつけた。
そして結乃の後頭部を掴んだまま、鬼倉は結乃を持ち上げる。持ち上げられた結乃の頭部から垂れる赤い血液。
その血を流させる鬼倉の姿はまさに鬼だった。
鬼そのものだ。
出会った時から感じていた紅のオーラは、今や真っ赤になっていた。
真っ赤になり、更に広範囲を染めていた。
このオーラが結乃を弾き飛ばしたのだろう。
禍々しい程の怒りに、結乃は耐えきれず──クソ。なんて奴だ。
「このザコガ──悪の猫が」
と言って、鬼倉は結乃をまた投げて、地面で滑らせた。
「今すぐ殺してやる」
「……はぁはぁ……私はまだ死ねません──悪の猫だとしても」
結乃は先程とは違い、鬼倉が来るまでに立ち上がった。
「何故オマエは生きるのだ。自分を『悪』だと知っていながらも」
鬼倉からの質問。それに結乃は少し微笑みながら答える。
「取り留めのない明日を手にするためにですよ。皆が普通に生きて、誰かが虐められ、誰かはそれを嘲笑い、誰かはそれを見て泣く。先生から理不尽に怒られ、誰かと笑い、誰かと泣き、誰かと他愛もない会話をするのです。そんな取り留めのない明日が私の目標です。私の両親が成し得られなかったものですから」
「ダガお前には明日が来ない。悪は潰すからナ──私がお前をコロスからな」
鬼倉の猛進が始まり、結乃は今の自分じゃ向かい打つことが無理だと確信したのか、光郷人を盾に変形させ防御を貼った。
しかしそれは鬼倉にとって嬉しいことだった──結乃の選択は間違いだった。
「コンナ盾では私の脚は止められナイ!!」
言葉通りに鬼倉は結乃の盾を鉈でぶち破り、そのまま結乃に攻撃を──鉈を振り翳す。
「……え……!」
結乃は逃げようとするが、一歩遅い。
あのままでは、背中に大きな一線が入れられてしまう。
「って、んなこと──させるか!」
しかし間一髪、僕が結乃と鬼倉の間に低姿勢で入り込み、鬼倉の攻撃を拾った剣で受け止める。
剣が拾えたのは結乃が拾うための時間を作ってくれたおかげだ。
受け止めた剣は完全に鬼倉の力に負け、剣先が折れる。
しかし僕はそんなことを気にせず、勢いに任せて、鬼倉の右脇腹に蹴りを入れる。
一般人の蹴りじゃない、呪術の文字式により強化した蹴りだ。
流石の鬼倉も右脇腹を痛そうに顔を歪ませる。
苦虫を噛み潰したような表情になる。
「よっし!」
「椴松さん、助かりました」
「あぁ、こんなことなんてことない。大好きな結乃を殺させる訳にはいかないからな」
「……ありがとうです」
「ァァあ! 何故! 何故だ! 分からないワカラナイ。何故お前らは私の邪魔ヲ!」
鬼倉は地団駄を踏み、道路を粉々に壊す。
その時、上空から白い閃光が落ちて来る。その光は僕や結乃、鬼倉の目の前を通る。
そして鬼倉が手に持っていた鉈を吹き飛ばす。
「彼等は邪魔者じゃないさ──君の方が僕にとっては邪魔者だよ?」
その閃光の正体は、細身で紳士的なタキシードを着ている泰然自若であり、沈着冷静であり、冷淡な男──レガートだった。
彼の長い髪の毛が風に任せて自然に靡く。
彼は結乃に告げる。
「結乃、後は君が──決めるんだ」
結乃は言われなくてもという感じで、既に走り出していた。
鬼倉の元にへと駆けていた。
*──*
私の名前は赤倉 めぐと言います。
恵という漢字にしようと思ったのですが、両親が漢字を書くのが面倒臭くてやめたそうです。
そんな理由で私の名前は「めぐ」となりました。
私の両親は……いいえお父さんは暴力を振るうのです。
お父さんは顔や肘から先、膝から下ら辺の肌が出てしまう部分以外を重点的に殴ります。
私が痛みに長く踠く姿はストレス発散には最適らしく、鳩尾を殴ることが多いです。
好きらしいです。
そこを殴られると、私の横隔膜の動きが止まってしまい、全く息が出来なくなり非常に苦しいです。
苦しくて苦しくて──私は涙を流してしまいます。
お父さんは私がそうなると幸せそうに微笑みながら、もう一度鳩尾部分に拳を入れます。
楽しくなり過ぎて、時々大笑いをしてしまう程に、お父さんは幸せそうです。
後、お父さんが好きなのは私に無理矢理ご飯を食事させた後、吐かせるために胃があるであろうお腹の部分を殴ることです。
そうすると私はほぼ確実に嘔吐してしまいます。
お父さんはそれを私に拭かせてます。
また食べさせて、吐かせて、拭かせます。
お父さんはそういうのも好きです。
私が抵抗した時は肩や腰、脛の部分を蹴ったり、殴ったりしてくる事が多いです。
そこをやられると痛くて、痛くて私は動けなくなります。
後頭部を打たれて、頭をぐらんぐらんさせられることも多いです。
胸部を叩かれたりして遊ばれることもあります。とても恥ずかしいです。
「孕むな! 一生誰の子も孕むな! お前みたいな屑は誰の子も産むな! 孕むな!」
と罵られながら、アソコ近くの部分を殴ったり、子宮があるであろう部分を蹴ったり殴ったりしてきます。
生理以外にあそこから血が出てきたことがあるので、私はもう子を持てないかもしれません。
産めないかもしれん。
血が出てきた時はあまりの悲しみと不安で一人泣いてしまっていました。
お父さんはこんな人です。
こんなに酷いです。こんなに暴力を振ってきます。
こんな事を私が小学生に入る前からしてきています。
──じゃあお母さんはどうなのかと言うと、私のお母さんは暴力はしてきません。
お父さんみたく殴ってきたりしません。
手を出してきません……が、その代わりとして口も出してきません。出してくれません。
見る気もない様です。
お母さんはお父さんがどんな事をしても、私が助けを求めても絶対に無視します。
無視して。
無言です。
だからお母さんは自分はこの家庭内暴力に関わっていないと思っているのでしょう。関わりたくないのでしょう。
──私はこんな家庭で産まれて、育ち、希望という概念を学校で習い、家庭で捨てられました。
そして悪という物を教えられ、絶望を教えられ、自分以外の人は怖いということを叩き込まれました。
だから私は幼稚園や小学校──というかこれからも外の世界では極力、他の人と付き合うのはやめようと思っていました。
他の人は怖く、私が何かしてしまったら、何をしなくても私を虐めるからです。両親みたいに。
きっとそうです。そうなんです。
この世界は残酷になってしまっています。そうなってしまっています。
だから私は宣言通り、私は学校で、外で誰にも話しかけないように、陰でコソコソとしていました。
その成果もあって、私は一人も友達がいませんでした。
だから学校では誰にも虐められていませんでした。
安心安全な日々を送れていました。
ですがある日の放課後、小学一年生の私が帰ろうとしていた時、私の元にとある希望が来てくれました。
そのせいで私の安心安全な学校生活は終わってしまいました……ですが、それからは楽しい学校生活にへと変わりました。
来てくれた希望とは、椴松 竜二という男の子でした。
「あのさ、これから塩竈っていう奴と遊ぶんだけど、良ければめぐも遊ぼうぜ!」
唐突に彼は私の元へ来ました。
一人でコソコソしている私の元へ。
しかも私の名前を普通に呼んでくれました。
覚えてくれていました。関わったことの無い私の名前を──あの時はとても嬉しかったです。
しかしそれ以上に私は彼を怖く思いました。
なので
「いや……その『赤倉菌』が移っちゃうよ。私に話しかけたり、触れたりするとね……だから──」
と言って、彼の誘いを断ろうとしました。
「〇〇菌」というのが当時、私の小学校の中で流行っていたのです。
これは「○○」の中に誰かの名前を入れて、相手を弄るみたいなものなのですが、とても流行っているのです。
友達が一人もいない私でも知っているぐらいでしたし、だからこそこれを言えば竜二が逃げると思ったのです。
しかし竜二は私の言葉を遮り、平然と私の手を取って言いました。笑いながら言ってくれました。
「はは、そんなのある訳ないだろ! それに赤倉から移される菌なら僕はいい──気にならない!」
私の手を取った竜二は教室の外へ出て、学校の外に走って行きました。
私を連れて。
それから竜二は私と毎日遊んでくれました。そんな彼は私の希望でした。
希望そのものでした。
勿論彼は私が間違ったことを言ったら怒ってくれたりもしました。
泣いた時は慰めてくれました。
それが私にとってどれだけ幸福だったか、言わずとも分かるでしょう。
いつも帰り際、このまま幸せな時間が続けばいいのにって思っていました。
彼のおかげで私は他の人を好きになれました。
彼のおかげで私は他の人と仲良くなれました──今では私はクラスで中心的な人になれていると思います。
文化祭等のイベントは絶対に仕切っているぐらいですからね。
安心安全な学校生活が、楽しい学校生活に変われたのは本当に彼のおかけだと思っています。
大好きな彼のおかげだと思っています。
しかし楽しいのは学校の中だけです。
家に帰ると、暴力を振るうお父さん。
家事などを一切しないで、外で自分の好きなことをしているお母さん──本当に地獄そのものです。
竜二は正義を教えてくれました──正しさを教えてくれました。
しかしそれにより龍二に会う前より私はもっと両親のことを嫌いで、憎むようになっていました。
両親の事を完全に悪だと思っていました。
許せない悪、許せない邪気、許せない存在──両親。
それは今日の夕方の事でした。
私がいつも通り学校から帰ってくると、お父さんがいたのです。
玄関を開けたら突っ立っていたのです。
私は怖くて小声で「ただいま」とだけ言って、横を通ろうとしました──が、お父さんが急にお腹を殴ってきたのです。
鳩尾でした。私は玄関に倒れました。
玄関の床はひんやりとしていましたが、お父さんはいつもとは違く、平然と私の顔面を容赦なく殴ってきたため、冷たい床はすぐに血で温まりました。
鼻から、口から出てきた血によって温かくなりました。
普通の時は外の視線を恐れ、あまりやらないのですが、今日は違うようです。
倒れた私をお父さんは全裸にさせてきました。
これもいつもとは違う行動パターンです。
どういうことなんでしょうか。
私は考えました。
そしたら案外すぐに理解出来ました。
部活に行っていない私はいつも午後四時頃には家に帰ってくるのですが、お父さんはいつも仕事なのでいないのです。
いない筈なのです。
普通は七時頃まで帰ってこないのです。
リストラでしょうか?
いやそれじゃなかったとしても、何かあり、腹が立ったので午前中で帰宅してきたとかでしょう。
つまりはストレスが溜まって、頂点にまで行ってしまったと思われます。
だから今日はこんなにも激しいのです。
全裸にさせてくるのは時々しかしてこないので、今日はどれほどイライラしているのかが分かります。
そして今日はいつも通り容赦なく暴力を振ってくるとか、そういう話ではありませんでした。
バットやら、ハンマーやら…そんなものどこから買ってきたのでしょう。
それを使われ、徹底的に痛めつけられました。
お尻をバットで殴る「けつバット」がこんなに痛いものだとは知りませんでした。
名前はアホらしいのに、痛みはアホらしくありません。
そして口から大量の血が出ました。
頭からも出ました。
どこかしらの骨は確実に折れていると確信しました。
鼻からの血も止まることを知らないようです。
本当に今日は恐ろしいでした。厳しい日でした。
これでは明日は学校に行けないでしょう。
こんなに傷や怪我をしてしまいましたから。
唯一無二の楽しみの学校にも行けなくなるんです。
どうしてでしょう。
何故でしょう。
何故私がこんな目に遭わなければいけないのでしょう。
痛みを感じなくてはいけないのでしょう。
苦痛を味わなければいけないのでしょう。
苦痛です。苦痛が苦痛です。苦しい痛みです。苦痛です。苦痛です。苦痛ですね。苦痛が苦しいです。
お父さんに血まみれにされました。
お父さんはスッキリしたのか、どっかへ遊びに行ってしまいました。
そして私はずっと泣いていました。
泣いて泣いていました。涙で家を水浸しに出来てしまうほど泣きました。
その時でした。私の元に赤い肌で、二本の角が生えている一人の鬼が近付いてきたのは。
鬼は泣いている私にこう言いました。
「どうシタンだ、小娘」
鬼は泣いている私を心配したのか、頭を撫でてくれました。
ゴツゴツとした硬い手で撫でてくれました。
お父さんの手よりゴツゴツしています……ですが、お父さんとは違く、優しい気持ちが感じられる手でした。
そんな鬼に私は全てを話しました。
全ての悔しさを、苦しみを、痛みを、悲しみを、絶望を、恨みを、屈辱を話しました。
そうしたら、鬼はこう言ったのです。
「それは許せナイ。自分ノ娘にしていい事ではナイナ。お前もソレは許せないだろう」
だったら私と同化しないか? ──と鬼は言いました。
「そうすればオマエは力で悪を滅ぼせて、無くすことが出来る。そしてお前自身も救える」
私は鬼の言葉に頷きました。
泣きながら頷きました。
──そうして私は鬼に自分の身体を渡しました。お願いします……お願いします……と言って渡しました。懇願しました。
そして私は同化しました。鬼と。
よし、これで私は悪を潰すことが出来るようになったのですね──じゃあ一先ず……あれ。
おかしいですね。なんででしょう。
なんで私は今、竜二や小学二年生から仲良くなれた結乃ちゃんと戦い、殺そうとしているのでしょうか。
彼は、彼女は悪なんかではありません。
当たり前です。
というか彼は私に希望をくれた人じゃないですか……そんな人を傷付けようとしたのは誰でしょう……。
あ、私でした。私で、私は、私を、私に、私と、私の、私が傷付けたのでした。
私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が……私は悪を無くしたいだけなのに……。
ねぇ……私は間違ってたのかなぁ……?
*──*
「ねぇ……私は……間違ってたのかなぁ? 竜二ぃ……」
鬼をお札の力で封印し、元に戻った赤倉が最初に言った言葉はこれだった。
僕はなんていうか彼女がなんでこうなってしまったのかを、師匠から断片的に聞いただけだったので、どう言えば良いのか、どうするのが正解なのか分からなかった──が、ここで何も言わないのは、僕らしくない。
だから僕は彼女に僕らしい言葉を告げる。
「赤倉、お前の正義は間違ってなんかいない。赤倉の正義は正しいよ。百パーセントは正しい。だけどな。赤倉は方向を間違えてしまったんだ。方向違いだったんだ。だから赤倉。頼む────誰かを困らす正義を貫かないでくれ。その正義を見た誰かはお前を悪だと思ってしまうかもしれない……。僕はお前を誰かの悪なんかにしたくない」
「うん……ごめん。竜二……」
赤倉はそう言うと何故か両腕を横に広げ、ハグでもして欲しいかのようなポーズをしてきた。
僕はそれを見て、戸惑いながらも迷わすにハグをした。
抱き着いた。そして頭を撫でた。
僕の胸元で泣いている彼女を見て、僕は鬼の代わりに彼女の力になってやる──と一人で勝手にそう誓った。
どう出来るかも分からないが、そう誓った。
突然一歩近付きあった僕達なんだから、これからはもっと支えていけると僕は思った。
*──*
その五分後ぐらいに、僕達の所に師匠や他の反国家組織のメンバー数人がやって来て、
「これから赤倉は私達の元で保護する。あんな両親と共に生きるよりはずっと良いはずだからな」
師匠がそう言った。赤倉もお願いします、と頭を下げた。
それはいいが、レガードはどこ行ったんだよ。
あの人……今回急に来て助けてくれたけど……。
本当にあの人は訳が分からないな。
いつも急に来て、急に消える。
まあそれがあの人らしいって言えばそうなんだろうけど。
アイデンティティーと言えばそうなんだろうけど。
とにかく──話はそんな風に進み、この事件は一時的に解決した。
この話はとりあえず終わりを告げた。
終わった物語だ。
結乃は反国家組織が来るまでの五分間、彼女に一言も話しかけていなかった。
彼女が言う言葉にただ頷いているだけの様子だった。
無表情を保っていた結乃の目付きはいつもより怪訝さをパワーアップさせていた。
しかし彼女の目元はいつもと違い赤く腫れていた。
恐らくお札を取りに行ってる間、泣いていたのだろう。
僕は仕方ないなぁ……という言葉を口から漏らしてから、彼女の真正面に立つ。
彼女は自分の真正面に急に立ってきた僕に驚いたのか、少し口元が動く。
「どうしたんで……」
僕は結乃の言葉を聞かないで、膝を曲げて結乃の身長に合わせて、結乃に二つ付いてる胸を両手で揉んだ。
二回ぐらい揉んだ。
「あぁ……うん、やっぱりこれだ──」
「何するんですか!! このゴミクズ最低変態野郎!!」
おおっと……ゴミクズまで付加させてしまったか……。
「いやぁ……赤倉の胸がいつもより大きくなっていて、しかもあの服装だったから、僕的には凄く大変だったんだ……うん。だから結乃の貧に……」
そこまで言ったところで僕は結乃に顔面を思いっきり殴られた。
怒った様子の結乃はそのまま僕に背を向けて、自分の家の方向に行ってしまった。
「おおい、結乃──後で、ご飯作りに行くから、コンビニとかで飯買うなよー」
結乃は「椴松さんの言葉なんか聞かないです!」という言葉の代わりに、走って行ってしまった。
あいつは耳が良いから絶対に聞こえてるんだけどな。
まあ仕方ないか──結乃が走るだけの元気があることを知れてよかったと無理矢理思うべきだな。
取り留めのない明日──それは今回壊れてしまったと言っても嘘じゃない。
僕達の親友があの様な事になってしまったんだから……。
それを守れなかったのは僕のせいだ。
僕があいつの家がそういう風になっているって気付けよばよかったのだから、分からなかったのだから……な。
親友だったら気付くべきなんだ。
彼女に取り付いて離れない強靭な呪いに。
しかし今日、僕が赤倉のために出来ることは特に無い。
だから僕は結乃のためにご飯を作るのだ──結乃の目標を台無しにしてしまったんだからな。
結乃は要らないです! とか言ってくると思うけど、無理にでも食わせよう。
腹は空いてるはずだしな。
誰でも腹は空くのだ。