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本当に大事なものは  作者: 城井龍馬
社会人・大学生編
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第92話 見苦しい事この上ない 城之崎光哉の場合

何も、やる気が起きない。


俺はベッドに力無く横たわりながら、ただぼうっと天井の染みを眺めていた。


いつかはこんな日が来る。


そんなことは、わかりきっていた。


鷲那への想いが成就することはないと、ずっと前から知っていた。


だが予想が出来ていることと、心の準備が出来ること。


その二つは全く別なんだな。


そんな、くだらない事を考える。


ざあ、と窓の外で雨が降り出したらしい。


雨粒が窓ガラスを叩く、単調な音が部屋に響いた。


何も考えたくない。


何も、考えたくないのに。


何故かこういう時に限って、馬鹿みたいに鷲那の顔ばかりが浮かんでは消える。


中学の頃からの、片思いの記憶。


辛い辛い等と思っていたが、あれはあれで幸せだったんだなと今更ながら思い知らされた。


失って初めてその価値に気づくとは、よく言ったものだ。


もういい、本当に何も考えたくない。


人間の思考にも電源ボタンがあって、スイッチ一つで綺麗にすべてを遮断することが出来ればいいのに。


切実に、そう思う。


ガチャリと玄関のドアが開く音がして、


「ただいま」


と声が聞こえる、芝浦が帰ってきたのだ。


身体が、動かない。


鉛のように重く、ベッドに沈み込んでいる。


そのまま変わらずにいると、コンコンと控えめに部屋のドアがノックされた。


「城之崎、大丈夫か?」


芝浦の声が聞こえるが答えられない、何もする気が起きないのだ。


「……入るよ」


そう言われるも、放っておく。


やがて、ゆっくりとドアが開いた。


「……起きてたのか」


部屋の暗がりに目が慣れた芝浦が、驚いたように言った。


さすがに、寝たままというのは失礼過ぎるか。


俺は軋む身体に鞭打って、無理矢理に上体を起こした。


大した時間でも無いのに、随分と久し振りに身体を動かした気さえした。


「勝手に入ってごめんな……着替えなくて大丈夫か?」


「……ああ」


我ながら、なんと力無い返事だろうか。


正直服装など、心底どうでもいい。


芝浦は心配そうに俺の顔を見ている、だが何も言わない。


俺も、何も言わない。


重い沈黙が、部屋に落ちる。


「……鷲那に、会ったんだ」


気づけば、口が動いていた。


一度堰を切ると、言葉は勝手に溢れ出てきた。


「綺麗な女性と一緒に居てな……許嫁らしい、元々京都から関東に来たのもそのためだったそうだ」


芝浦は、黙って聞いている。


「……四ヶ月、らしい」


俺がそう口にすると、芝浦が息を呑んで目を見開くのが見えた。


「それで大学どうするとか、鷲那の家と許嫁の家のどちらで産んで育てるかとか……それで最近忙しかったらしい。」


再び、沈黙が訪れる。


やがて、芝浦が口を開いた。


「……大丈夫か?」


その問いに、思わず乾いた笑いが漏れた。


「はは……大丈夫そうに見えるのか? だったら眼科に行った方が良い」


完全に八つ当たりだ、実に見苦しい。


最低なことを言っている自覚はある。


でも、芝浦は続ける。


「僕もその気持ち、わかるよ」


「……わかる?」


わかる、だと?


こいつに、俺のこの気持ちが?


お前に俺の長年のこの想いが、わかるというのか?


違う、わかるはずがない。


その考えに至った瞬間。


そのあまりにも安易に聞こえた言葉に、俺の中でぷつりと何かが切れた。


「何がわかるって言うんだ? わかるわけ無いだろう!」


言いながら、視界が滲んでいくのがわかった。


芝浦が、驚愕の表情を浮かべている。


「ずっと、ずっと好きだったんだ!中学の頃から!安易にわかるなんて言うな!」


「城之崎……」


俺は、泣いていた。


違うだろう、お前と俺は。


根本的に違う。


「俺の気持ちがわかると、本気でそう言っているのか?バイセクシャルのお前が、ゲイの俺の気持ちが分かると?笑わせるな!お前だって今は俺の事を好きだ等と言っているが、いつか女性と結婚して子どもが出来るかもしれないだろう!」


自分でも決して思ってもいない、あまりにも酷い言葉だった。


芝浦はまた何も言わない。


ただじっと、俺を見つめていた。


ぽたり、ぽたり。


窓を叩いていた雨垂れの音が、やけに大きく響いていた。


やがて、芝浦は静かに言った。


「……わかるなんて言って、ごめん」


そう言って、静かに部屋を後にした。


その後俺は強烈な自己嫌悪の渦に飲み込まれながら、夜が明けるまでただひたすらに天井を見つめて過ごした。




翌朝、部屋のどこにも芝浦の姿はなかった。


食卓のテーブルの上に一枚のメモが、ぽつんと置かれていただけだった。


『ごめん、自分の家に戻るね。』


「……ああっ!くそっ!」


力任せにテーブルを殴りつける。


じわりと手に痛みが広がる。


勝手に鷲那を好きになって傷ついたと喚き、芝浦に八つ当たりして愛想を尽かされた。


「……本当にどうしようもない、俺は最低だ。」


思わず口から溢れた、自分への罵倒。


悲劇の主人公気取りか?


自業自得だろう、冷たくそう告げる自分が居た。


全くその通りだ、否定など出来ない。


「朝から随分賑やかだね」


声に気づき、急いでそちらに向き直る。


「咲良?お前いつの間に?」


そこには壁にもたれ掛かった咲良が居た。


「いや私、ついさっき普通に玄関から入ってきたよ」


全く気が付かなかったな、俺はもう何も考えられなかった。


ただ、目の前に咲良がいる。


その事実だけが、ぼんやりとした現実だった。


呆然とする俺を前に、咲良は言った。


「取り敢えず……何があったの?」

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