「12月、この月だから?」11.はじめまして……? と、はじめまして
廊下を進んで一階の奥。閉まった状態の、薄茶色のドアの前に来た。
月乃が、斜めがけしていた紺のミニバッグからスマホを取り出し、操作する。
閉まったドアの外側からでは、室内の様子はわからない。
(スノードームから出かけた方たち、開けた先にいるのかな)
栞は、ちょっと緊張して待つ。
みんな無事に到着しているという連絡は、テイクからすでにもらっている。
それに、インターホンを押して予約番号などを告げたのが栞かどうかを、月乃はスノードームに訊いて確認したはずだ。そうやって本人確認をすると、事前に説明を受けている。
栞たちがこうして家の中に入れてもらったということは、本人確認ができたということだろう。
だから、スノードームから出かけた存在たちはここに来ていて、画面越しではあるだろうけれど栞やおとなりさんの姿を見ていて、月乃とやりとりをしている、のだろうけれど。
(どんな姿で、どんな風にしてるんだろう)
聞く説明も、する質問も多くなりそうだから、会った時点でまとめて、ということにした。
よって、わりといろいろわからないまま、栞は、おそらくおとなりさんも、ここに来ている。
「どうぞ中へ」
ドアを開けて部屋に入った月乃が、栞とおとなりさんに言う。
「失礼します」
「おじゃまします」
まず栞が、続けておとなりさんが、部屋に入る。
オフホワイトの壁に、茶系のカーペット敷きの床。室内の雰囲気や色合いは、廊下とあまり変わらないようだ。シンプルではあるけれど、素っ気なくはない。
入ったところのスペースで、脱いだコートを、ハンガーを使ってラックにかけた。バッグは持ったまま、月乃の先導で薄茶色の長テーブルや椅子のあるほうへ向かう。
(……この感じ……)
部屋に入ったときから、どことなく感じていた気配。
長テーブルに近づくにつれ、強く感じられるようになる。
長テーブル、手前ではなく奥の短辺に近いほうに置かれた、ピンクベージュの布の上。
色つきのガラス製だろうか、小さな置物が七体。
たとえばティッシュ一枚の上に、七体全部おそらく置けそうな、小さめサイズの物たちだ。
月乃が止めないのをいいことに、栞は置物たちを近くで見る。
おとなりさんが栞の斜め後ろあたりに来た。栞はちらりと一度そちらに視線を向ける。
おとなりさんは置物たちを見ているようだ。栞も置物たちに視線を戻す。
(ツノがある……。鹿? それとも……トナカイ?)
七体、七色、虹の色。
正面を向いた状態、向かいの短辺を見るような向きで、横一列に近い配置で置かれている。
ただ、各体の間隔は均等ではなく、色も、栞が覚えている虹の色の順に並んではいない。
二体でまとまっているのが、橙と紫、緑と藍。
黄は二組の間、七体の真ん中にあたる位置に。赤は、橙紫組に近い側の端。青は、緑藍組に近いほうの端。
(うん、やっぱりそうだと思う)
近くで見ている間も、依然として七体から伝わってくる、この感じ。
栞は置物を見たまま口を開く。
「あの、この七体、普段のスノードームと同じ気配がすると思うんですが、わっ。わわっ」
「あら、まあ……」
驚く栞と、驚いたような感心したような響きの声で言うおとなりさん。
栞が、同じ気配がすると思うんですが、と言ったあたりで、緑の置物が、栞のほうを向くように体を動かし、上に一度ジャンプしたのだ。
すぐさま藍の置物が、緑の置物を見るような仕草をしたあとで、栞のほうを向くように体を動かし、お辞儀をするように顔を動かして、戻す。
そのすぐあとで。
橙と紫の置物が、タイミングを合わせて、栞のほうを向くように体を動かし、一歩二歩前へ。
黄の置物も、栞のほうを向くように体を動かし、お辞儀のような仕草をしてから、顔の位置を戻す。
赤の置物は、栞のほうを向くように体を動かしたあとで、挨拶をするように右前足を持ち上げ、おろす。
それらのあとから。
青の置物が、栞のほうを向くように体を動かし、お辞儀のような仕草をしてから、顔の位置を戻した。
「話す声が聞こえたりはしますか?」
月乃が訊く。
「えっ? 置物からですか? なにか話してくれている? 話してみてもらっていいですか」
月乃を見て訊き返したあとで、栞は置物を見て訊いた。
緑の置物が頷くような仕草ののち、右前足を持ち上げてからおろすという動きを何度かしたり、顔をいろいろなほうへ動かしてから戻したり。
緑の置物の動きが止まったので栞は訊いた。
「えっと……今、話してくれていた感じ?」
緑の置物が頷くような仕草をする。
「そうなんだ……ありがとう。でも、私にはなにも聞こえなかったと思う……。おとなりさんは?」
「私にもなにも聞こえないみたい」
「そっか……。ごめんなさい。私たちには聞こえないみたい」
栞が置物たちに言うと、緑の置物が右前足を持ち上げ、それを何度か左右に小刻みに動かしてから、おろした。
「……気にしないでって、言ってくれている感じ?」
訊く栞に、緑の置物が肯定するように、ぴょんと一度跳ぶ。残りの六体は頷くような仕草をした。
(わぁ……なんか、やりとりできてるような。それに……この緑の置物、なんだか……)
似ている、というか、思い浮かぶ。
スノードーム内で場所を移動していて、あわてて、家のドアにかかる位置に、シュッとか、ぴょんっとかといった動きで戻る、クリスマスリースの姿が。
そして、藍の置物の様子を見ていると思い浮かぶのが、位置を微調整して、クリスマスリースが戻りやすいようにしている、家の姿。
(残り五体もなんとなくそれぞれ……思い浮かぶ姿があるような。それに)
スノードームの中に置かれている物たちの数。動きを見せる、ガラス製の置物たちの数。
(これは……)
「スノードームの中の物たちそれぞれが、この方たち……ですか?」
月乃を見て栞が訊くと、月乃が頷く。そして、どの色がどの物かなどを教えてくれた。
緑はやはりクリスマスリースで、藍はやはり家。
橙はトナカイで、紫はソリ。
黄はクリスマスツリーで、赤はサンタクロース、青は雪だるま。
テイクが用意した、一時宿り用の物。トナカイ・虹の七色セット、だそう。
どの見た目の、一時宿り用の物にするか。
スノードーム内のどの物が、どの色にするか。
それらは、中の物に使われている色や、それぞれの性格や雰囲気などをもとに、物たちみんなで、テイクと相談して決めたとのこと。
「一時宿り用の物、ですか?」
おとなりさんが訊いた。
月乃が、はいと返事をしてから続ける。
「いろいろ詳しくお話ししますね。長くなりますし、座りましょうか。お好きな席にどうぞ。よろしければお手持ちの物は、各椅子付近の床に置いてあるカゴの中へ」
促され、栞は今いる位置に近いところにある椅子に座った。バッグは静かにカゴの中に置く。
椅子は、長テーブルの各長辺側に二つずつ置かれている。
おとなりさんは、栞が座ったのと同じ長辺側の椅子、つまり、栞の隣の椅子に腰をおろす。バッグはカゴの中へ。
栞とおとなりさんが席を決めてから、月乃は二人の向かいで、椅子の位置を調整した。
栞の正面でもおとなりさんの正面でもない、その間の位置。三人で三角形を描くような形で座ることにするようだ。
続いて月乃は、部屋の一角にあるソファコーナーへ向かう。
向かい合う二つの長ソファ、間にローテーブル。
ローテーブルに置かれている、置物らしき物たちが動きだし、月乃に駆け寄った。
シュタッ、シュルルンとあっという間に月乃に飛びつき、駆け上がる。
開いた状態でローテーブルに置いてあったノートパソコンを持ち、月乃が長テーブルのほうに戻ってくる。
(あ、ネコ……たち)
月乃の頭の上と、左右の肩の上。
前足をそろえて、縦長の形で姿勢よく座り。たまに、シュルンとしっぽを動かして。
(ネコの見た目、ネコの動きの……)
陶磁器のような質感の、ネコの置物。ネコのように動く。
あわせて三体。
大きさは……三体置くには少なくとも、ティッシュが二枚は必要そうだ。
月乃がノートパソコンを長テーブルに置き、椅子に座ってから口を開いた。
「あらためまして……テイクの月乃と申します。よろしくお願いいたします」
言ってお辞儀をし、体を起こしてから、栞たちにスマホの画面を見せる。
画面には、三ネコ、トキ、ヴァン、サー、という字が表示されている。
「ネコたちは、三人のネコで三ネコ。現在、右肩上にいるのがトキ、頭の上にいるのがヴァン、左肩上にいるのがサーです。私と三ネコは一緒に暮らしていて、四人ともテイクで活動しています」
薄茶色のトキ。薄緑色のヴァン。白色のサー。
月乃の紹介に合わせて、お辞儀のような動作をしてから、姿勢を戻す、三ネコ。
「……サーヴァント……ですか?」
「えっ?」
おとなりさんの声に、栞は小さく驚いた。
月乃は、微苦笑、といった感じの表情になる。
三ネコは、それぞれどちらかの前足を持ち上げ、いえいえと、否定するように左右に動かし、おろした。
月乃が説明する。
三ネコの、三人それぞれの名前を考えた時点では、その言葉には思い至らなかった。
三人に名前を伝えたあとで、呼ぶ順によっては、その言葉のようになると気づいた。
受けとり方によっては微妙な感じになるかなと思い、違う名前を考えるか月乃は三ネコに相談したのだが。
三ネコ三人とも、自分の名前も、自分以外の二人の名前も気に入っていたので、この名前のままがいい、となった。
月乃の説明内容を肯定するように、三ネコが深く頷く。
(ネコの見た目、ネコの動き、プラス、いろいろな動き……)
「そうなのですね……」
おとなりさんの声が聞こえ、栞は三ネコからそちらに意識を向ける。
「わざわざ訊いてしまい、失礼しました」
おとなりさんがそう続けると、月乃は、いえいえ! と、はっきり口にし、言葉を足す。
「お気になさらず。いろいろとお訊きください。説明できることでしたら説明いたしますので」
「ありがとうございます」
お礼を言うおとなりさんに会釈を返してから、月乃が栞を見る。
「栞さんも、どうぞ気にせずいろいろとお訊きくださいね。すべてに答えられるとは言えませんが、訊かれること自体を拒否する気持ちはありませんから」
「はい。ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
栞はそう言ってお辞儀をし、体を起こす。
続いて、おとなりさんが名字を言い、どういう漢字を書くかも言う。
よろしくお願いいたしますの言葉のあとで、おとなりさんは情報を追加する。
「栞ちゃんの、お隣の部屋に住んでいます」
月乃が口を開く。
「――おとなりさん。名字が音成さんで、栞さんのお隣に住んでいるから、おとなりさん!」
片方の手のひらに、もう片方の手でつくった握りこぶしを打ちつける月乃。
ほぼ同じタイミングで三ネコが、後ろ足で立ち、前足の先のほう同士を打ちつけた。
お読みくださり、ありがとうございます。
次の投稿は、11/15(土)夕方~11/16(日)朝あたりを予定しています【2025年11/9(日)現在】
(状況によっては、それよりあとの、(土)夕方~(日)朝あたりになるかもしれません)
今後もどうぞよろしくお願いいたします。




