「10月、目指すところへ」11.二度目と初と
「急なお願いですまなかったね。来てくれてありがとう。会えて嬉しいよ」
「こちらこそ、呼んでいただけて、お会いできて、すごく嬉しいです。ありがとうございます」
(律さんが目の前にいる……んだよな?)
向き合って言葉を交わしつつも、まだどこか、信じられないという思いが残る、行である。
行が人の姿で暮らし始めた頃、用があって村を訪れた律が帰る際、ほんの少しだけ会ったことがある。
人の姿の行が、どんな姿や声や雰囲気なのか、律も直接知っておいたほうがいいだろう。
テイクがそう考えて、場をつくった。
そのときが初対面として、二度目はというと、今なのである。
今、律と行がいるのは、超常とテイクの深い関わりを知る者たちが使える建物内の一室。
いつどこへ向かえばいいですか? への返事は、可能ならばこのあとすぐにでも、この部屋へ、だった。
行はすみやかにブース内を片づけて指定された場所へと向かい、律の返事を受けて入室し、今、入口付近で立ったまま律と向かい合っている、という状況だ。
行より少し、背が低い律。細身ではないが、がっしりという風でもない。
ブルーグレーに紫みも感じられる色のロングカーディガン、白いシャツに、ベージュ系のボトムス、茶系の靴。
柔らかそうな印象の髪と、穏和さが優勢の顔立ち。
ともすれば二十代前半に見えなくもない外見は、行の記憶の中の律とほぼ変わっていない。
どちらかというと低い部類に入るソフト気味の声で、少しだけゆっくりめに話すところも。
お互いの呼び方や口調は、以前、間接的にやりとりする中で伝え合ったものを基にしている。
行は、呼びすてで、丁寧語でなくていい、と伝えもらい、律は、行が呼びやすい話しやすいもので、と伝えてきた。
「座ろうか」
「はい」
律についていき、部屋の中ほどへ。
ベージュ色をした正方形のテーブルがあり、各辺前に、グレイッシュグリーンの一人がけソファがそれぞれ置かれている。
律に勧められてそのうちの一つに行が腰かけると、律は右斜め前のソファに腰をおろした。
「あの……律さん、先にお礼を言わせてください。今回の件でも、いろいろとお世話になり、助けていただいて、本当にありがとうございます」
せっかく会えたので、直接言いたい。
いろいろと話しているうちに言いそびれてしまわないよう、行は先にお礼を言わせてもらい、お辞儀をする。
「どういたしまして」
聞こえてきた声に行が姿勢を戻すと、ふんわりとした笑みを律が浮かべた。
「まだこのあともすることがあるとは思うけど、いろいろとお疲れさま、行」
「ありがとうございます……あの、律さんのほうはスケジュール大丈夫ですか? 急に休みをとっていただいたから……」
結果、することがつまりすぎて、文字どおりお疲れになる確率が高いのは、律な気が非常にする。心配だ。
「ん……大丈夫。少なくとも、一段落ついたあたりで一目散に帰らなくても、寝る時間も食べる時間もとれるであろう程度には、大丈夫」
「えっと……心身ともにどうか大切に……」
「ありがとう。……初めて、人の姿の行と会ったときも、行は僕にそう言ってくれたね」
「……覚えて」
「いるよ」
静かに、けれど力強く律は言った。
少しして、律が話しだす。
「……行のいろいろを考える大切な場面にほとんど関われなくて、それでも、これからも知ったり聞いたりできる立ち位置でいることを受け入れてもらって。それだけでも嬉しいという気持ちも嘘ではないけれど、直接のやりとりや会うことを願う気持ちも……」
「ただその場合、僕のスケジュールで行を振り回してしまうのでは、と気になった。新しいところで頑張り始めた行の暮らしを、一方的な都合でかき回してしまう気がしてためらって。少なくとも今はまだ……と思ったりもしているうちに、あっという間にときが経ってた」
微かに律が苦笑した。
「この立ち位置も一つの形だと、そう思ってもいたけれど。今日、待機していて、経過連絡が来て、いろいろ無事となって……よかったとかお疲れさまとか、気持ち的にも大丈夫そうだろうかとか、伝えてほしいとお願いしたいことや、気になることが浮かんだとき……直接言ったり顔を合わせたりしたいと、強く感じた。今、行の近くにいるのに、と。僕は本当にずっとこの立ち位置のままにするのか? あらためて、それにいつもより更に、そう思った」
「自分の気持ちを伝えて、行の気持ちを訊くことを、しようと思った。……行がいろいろ大変だったこのタイミングで? と迷いもしたけれど、思ったこのときに表に出すことだけでもしておかないと、またいつか……と自分でしまい込んでしまいそうだったから、思いきって動いてみた」
「ただ……、はやくもこちらの都合で望んでしまったなと気にもなっている。繕ったところで仕方ないから、これもふまえて考えてもらおうかと……。行から嬉しい返事をもらって嬉しく思っているけれど、返事のし直しも、もちろん受け付ける」
そこまで話して、律は口を閉じた。少し目を伏せて、静かに座ったまま、行のあらためての決断や返事を待つ姿勢のようだ。
せっかく、行のほうへと踏み出してくれた律を、こんな、つらい決定を待つかのような、受け入れようとするかのような雰囲気の中に置いておきたくない。
行は急いで口を開く。
「律さんの言う、律さんの都合でだとしても、俺としては気にしてません。それと、俺は、律さんの予定や都合に合わせたい気持ちが強いですが、無理しすぎない範囲でにします。振り回されたり、かき回されたりしたとしても、苦しすぎない程度までにします。そこは俺が頑張りますから。なので、自分都合だと律さんが感じるようなことでも、急な連絡や決定や変更でも、気にせずしてください!」
若干、早口で言い切った。目線を上げて行を見た律が、ちょっとあっけにとられているようでもあったが、行は言葉を止めずに言い切った。
そして続ける。
「俺は、すごく嬉しく思ってます。律さんが、今後は会って話す時間を積極的にって思ってくれて、それを俺に伝えてくれて、俺の気持ちも訊いてくれて。それに俺も、律さんと直接やりとりしたり、会って話したりしたいと、強く思っています。一歩踏み出してくれたこと、とても感謝しています。下がってしまわないでください」
行を見つめて聞いていた律が、頷いた。ありがとう……と小声で言ってから、笑みを見せる。
「行、あらためて、これからよろしく」
「こちらこそ!」
一緒に、新たな日々へ。
行は勢いよく返事をした。
控えめにではあるものの、音符が周囲で舞っているような。
そんな雰囲気で、向かいに座った律が湯豆腐を食べ進めている。
嬉しそうな律の様子が嬉しくて、行も笑顔になる。
ここは村内にある、和食がメインのお店だ。
あのあと、一緒に夕はんを食べに行こうということになり、お店選びの段階で、湯豆腐始まってます、の文字に律が吸い寄せられた。
(並々ならぬとうふ好きは、あの頃のままなんだな……)
律が今もとうふが好きなら、このお店に惹かれるだろう。そう予想はしていたし、行自身よく行くお気に入りのお店だから、自信を持っておすすめもできる。
律と行、初の一緒にごはんは、あっという間にこのお店でと決まった。
「律さん、よかったらこちらもどうぞ」
言いながら行は、三つの小鉢を律に近いほうに並べた。
湯葉を使った和え物、白和え、高野豆腐と油揚げがメインの煮物。
「行……」
料理に視線を向けたあとで、律が行を見る。
「今ね、僕ではなくて遠慮のほうが出張中なんだ。行の食べる分が本当に減ってしまう」
きりりとした表情をつくって、言っている内容はそれである。
行はちょっと声に出して笑ってから、大丈夫です、と頷いた。
「それに、俺自身が今回一番食べたいものは、ちゃんと自分で食べるので」
行が頼んだのは、おまかせセット。
少量ずついろいろな料理が、どどどんと行の前に並んでいる。
先にお茶か汁物が来る。
ほかは、食べるペースに合わせて順にではなく、一気に持ってくる。
ほかの人たちの注文具合などによって、そのときどきで内容が決まり、テーブルに運ばれてくるまで、なにが来るかわからない。
バランスには配慮していないので、使用食材等かたよることがある。
品数が多くて、いろいろちょっとずつ楽しめる。
運ばれてきたものを見てから、ごはん類を追加でつけるか決めることができる。
そういうセットだ。
だからなにが来るかは行にもわからなかったのだが、このお店はとうふ系の料理も多いから、どれかはあるのではと考えて頼んだ。
最初からピンポイントでとうふ系の料理をなにか頼み、律さんどうぞ、とするよりは、自然な流れで受けとってくれるか、と。
「行の、今回の一番はどれ?」
並んだ器たちと行を交互に見つつ律が訊く。
「茶碗蒸しです」
「おおー」
「あと、たくわん」
「ぱりぽり」
律の返答が、なにやら、かわいい気がする。
「えっとでは、本当に遠慮せずいただくよ?」
「ぜひどうぞ」
「ありがとう」
律のお礼の声が聞こえ終わると同時に、器たちが高速で律の近くへと移動した。
(おおっ、はやっ!)
超常的な力による器移動、ではなく、律の手によるものである。好きの力ってすごいなと行は思った。
「魅惑のトリオ……湯豆腐食べてもまだおいしいがきっと待っている」
妙に厳かに言ってから、律は再び湯豆腐を食べ始めた。
(いろんな律さんが顔を出して、ちょっとびっくり)
でもまぁ、周りの音符が増えている気もするし、楽しそうで嬉しそうだから、いいか。
行は口元に笑みを浮かべながら、自身も器に手をのばした。
「返事はできるときになってしまうけど、連絡自体はいつでも歓迎だから」
「はい。律さんも、いつでも連絡してください」
翌朝、バスターミナルで、行は律と言葉を交わす。
「それでは行、また会おう」
「はい! また会いましょう」
「うん。またね」
乗車時間になり、律がバスに乗る。
時間どおりに出発したバスを見送ってから、行はバスターミナルを離れた。
(また会おう……か。律さんとは、お互い、初めて言ったな)
再会を約束し合う声が、耳に優しく残る。
朝晩なかなかに寒く感じる季節になってきたが、ぽかぽかした気持ちで、行は足を進めた。
お読みくださり、ありがとうございます。
今後もどうぞよろしくお願いいたします。
次の投稿は、5/24(土)夕方~5/25(日)朝あたりを予定しています【2025年5/18(日)現在】
予定変更の際は、お伝えできる場合は活動報告でお知らせします。




