「10月、目指すところへ」10.考と動と、一歩の大きさと
タカマサと言葉を交わす雫の声を聞きながら、行は優月を見る。
大丈夫か? と、声を出さず行は口の動きだけで優月に訊いた。
優月は口角を上げて口元を笑みの形にしてから、しっかりと頷いてくれる。
行はタカマサに呼ばれ、ベッドで体を起こしている雫のところに行った。
落ち着きのある、澄んだ瞳で、雫が行を見る。
「あらためて、初めまして。雫です」
「こちらこそ、あらためまして、行です」
人の姿でお互いに言い、二人で小さな声で笑った。
「近いうちにぜひ、行さんたちとゆっくりすごしたいです」
「はい、ぜひ。詳しい日程が決まるのを、お待ちしています」
立ち去りがたいが、次の予定の都合がある。
それではまたと行は言い、はい、またと返す雫に笑みを浮かべて頷いてから、タカマサとリョクにお礼を言い、隣室に移った。
カケルやガード担当など危険対応のメンバーたちや優月も、行に続いてすぐに隣室に入ってくる。
雫の魂を戻してからのおおまかな段取りについて、雫も行もリョクから事前に聞いている。
雫のほうは、タカマサが少し様子を見たあとで、問題がなければ、今、雫がいる部屋に雫の両親を呼ぶ予定だ。
行のほうは結界から出て、優月とともに、メンバー用とされている建物のうちの一つに向かう。
危険対応関係のメンバーたちも、行と優月に同行する。
毬香炉を投げつけた優月と、投げつけられた毬香炉を本体とする行が、結界内だけでなく、結界外で一緒に行動しても異変がないか。
念のため様子を見て、もしなにかあれば対処するとのことだ。
予定どおりの建物に来た行たちは、ひとまずその中の一室に入った。
勧められて、行と優月はそれぞれ椅子に座る。
危険対応関係のメンバーたちは、ある者は座ったり、ある者は立ったままだったりとまちまちだ。
行はメンバー用端末で、いろいろとチェックや作業をし始めることにした。
荷物を入れたカバンや端末は、人の姿から毬香炉姿になるときに持っていた物なので、再び人の姿になった時点で、また持っている状態になっている。
優月も本人の端末を手に、なにか操作をし始めた。
経過連絡によると、雫のほうは、雫の両親を、メンバーが雫のもとに案内しているところのようだ。
特にわかるような異変はないまま、数分、よりは多めの時間が過ぎて。
状態チェック等も、この時点でも問題なしという結果が出たと、危険対応関係のメンバーから告げられた。
危険対応関係のメンバーたちは、これをもって今回の件から離れることになる。
もっとも、あとで文にまとめたりといった作業は、まだあるとは思うが。
行が立ち上がってお礼を述べたところ、お辞儀を返してくれたり言葉をかけてくれたりしたあとで、部屋を出ていった。
担当業務の範囲内なのでお気になさらず、でもお礼を言ってくれる気持ちは嬉しい、お互いお疲れさま、もしなにかあればいつでも対応するから気にしすぎずに――。
もらった言葉や気持ちを、行は大切に心にしまう。
「優月」
こちらも立って、退室するメンバーたちに会釈をしたりしていた優月に、行は声をかけた。
優月が、はいと返事をしながら行を見る。
優月はこの時点で、今回投げつける役に関しては、ほぼ完了となったはずである。
このあと記録文を作成したりといったことは別として。
「今回、優月が引き受けて実行してくれて、すごく助かった。とても感謝している。本当に、ありがとう」
姿勢を正して言ってから、行はお辞儀をした。
先ほど道すがら、行は優月に取り急ぎお礼の言葉を伝えてはいたが、もっとしっかりお礼を言わせてもらいたくて行動に移した。
「どういたしまして」
柔らかく応えてくれる優月の声に、行は体を起こす。
優月は、はにかんだような、少し控えめな笑みを浮かべていた。
「無事、自分が実行できてほっとしましたし、行さんも、目覚めた雫さんも、いろいろ大丈夫そうな感じなので、よかったなぁと。それもほっとしています」
静かな口調ながら、声にも安心をにじませて優月が言う。
「ありがとな」
行は笑顔で、明るく口にした。
優月が先に退室した。次の予定の場所に向かうそうだ。
少しあとで部屋を出た行は、違う建物へと移動する。こちらもメンバー用のものだ。
中に入り、個人用のブースが並んでいるスペースに向かった。
行のこのあとのスケジュールは、次の出勤予定日時まで休みとなっている。
ただ、気になるなら、今回の件についての記録に目を通してから休みに入ってもよい、とも書かれていた。
読めるのは、今の時点で、もうできている記録文、そのうち、行が読んでよいもの、ではあるが。
ひとまずそれらだけでも読んでおこうと思う。
雫とともにいるときは、リョクの説明などでも、メンバー名などの情報が省かれていることが多かった。
記録を読んで、今回の件に誰がどう関わってくれたのか、はやめに把握しておきたい。
ブース内に落ち着いた行はタブレットを取り出し、文書を読み始めた。
(律さんなのか)
記録文にある名前を目にし、行は驚いた。
雫の父親が信頼している、テイクの協力者。
助けてもらってありがたい。だが、誰なのだろう。そう思っていたら、律だった。
ただ。
(今回の件に関わってくれてるって意味では驚いたが)
律が誰かにとても信頼されているという点については、意外ではない。
勝手に、誇らしいようなあったかいような気分になって、行の頬がちょっとゆるんだ。
結果、誰が見ているわけでもないのに気恥ずかしくなり、意識して口元に力を入れる。
(っと。続き続き)
いろいろな文を読み進めていく。
(投げつける役の第二候補も律さんだったのか……)
先ほどとは別の記録部分にも律の名を見つけ、行は動揺しながら、内容の把握に努めた。
行たちの状況を知り、律が投げつけた場合の予測も、と律のほうから言い出してくれたこと。
予測結果なども知ったうえで、第二候補として、引き受けてくれたこと。
そのうえ。
カケルが今回の場にいられない場合は、律が代わりのような役をすることにもなっていた。
律は、意図的に攻撃を引き寄せられるわけではない。
ただ、今回、もし行が攻撃状態になってしまうとして、その状態の行に、効果的に声を届けられそうな者として、律は、律なら、と。
律は、その状況で自分の存在がどこまで効果的かは自分ではわからないけれど、もし効果があるならなにかできれば、と引き受けてくれていた。
実力者によるガードがあるとはいえ、危険がないわけではないのに。
更に律は、行たちに事前説明をする役のリョクに相談していた。
テイクがいろいろと対策してくれているし、それを話すことで、行の心が背負いすぎないようにしてもらえたら。
ただ、投げつける際の律の役割や関わり方を、行が事前に知ったら、かえって落ち着かないかもしれないので、そのあたりは実行前の段階では、話さない部分もありとしてもらえれば……。
ややこしいことを言っているけれど、できる範囲でいいので、そういった方向で話をしてもらえたら、と。
いつの間にか息をつめて読んでいたことに気づき、行は画面から目を離して息をはく。
(律さんもいろいろ気にしてくれて、リョクさんもいろんな方面考えつつ説明してくれて……)
(それに律さん、仕事の予定の変更も……)
必要な際には、急でもすぐに代わりが務められるよう、今日は仕事を休んで村に来て、待機してくれていたのだ。
律は今も、行を気にかけてくれている。助けるために、動いてもくれる。
行と直接の交流は、ほとんどなくても――。
〈記録、見ました。リョクさん、いろいろと本当にありがとうございます。重ねてお願いで申し訳ないですが、できたら律さんに、ありがとうございますと、お伝えください〉
行はリョクに、メッセージを送る。
テイクと出会って、行に関して、行ではなくモノ対応担当のメンバーが、律とやりとりを開始した。
今では行もモノ対応担当のメンバーではあるのだが、律とのやりとりは、当時からのメンバーが今もおこなっている。リョクもそのうちの一人だ。
リョクは今回の件との関わりも深いし、律に今回のお礼を伝えてほしいと頼むなら、リョクにだろう。
リョクの都合がいいときに見て、伝えてもらえばいいので、読むのも実行も急ぎという指定はせずに送った。
律が今この時間どうしているかわからないし、今回、律が村にいるうちに伝わるかもわからないが、リョクや律に無理のないようにしてもらえばいい。
記録読みを中断したまま、行は律とのことを振り返り始める。
律のおかげで行はテイクと出会うことができた。
その後のあれこれは、ほとんどテイクと行でおこなっていくことになったが、文句を言う気は当時も今もない。
行の話を信じ、いそがしい中いろいろと調べて、テイクに相談してくれた。
テイクと行を出会わせて以降も、気にかけてくれている。
正直、行の中に、律の関わりが少なくて寂しいという気持ちもあった。
だが、そこまでは望みすぎだろうとも思ったので、あからさまに態度に出したことはない。つもりだ。
人の姿ですごしていくことを考えたとき、物ではあるが人の姿で暮らしていくなら、テイクで働き、村ですごしていくのが、おそらくなにかとスムーズだろうと考えた。
そう決めて、選ぶことで、行の新しい生活と日々は、律の暮らしと今後と、ほとんど重ならないものになってしまうのだろうな、とも思った。
律とすごした心地よい時間は、過去のいっとき得られた大切なものとして、思い出として持ち続けようと決めた。
行、という名前は、香から、こう。
そして、日々を行く、というようなイメージから、行という漢字に。
テイクと考え、行が決めた。
律の字と、ぎょうにんべんな点が同じだと、ひそかに思ったりもした。
毬香炉の持ち主をテイクとすることを律に提案されたとき、つながりが減るようで、勝手ながら寂しさを感じてしまった。
行の今後を考えてくれた部分が多いと、わかってはいたのだが。
それに、律の弟が大切にしていた毬香炉を手放させてしまうことに、申し訳なさを感じた。
テイクが持ち主という形にしても、そのときどきの行の今を知る、聞ける、立ち位置に。
その律の願いを知ったとき、行はとても嬉しかった。
ただ、あれから五年以上が過ぎたが、律がいつでもその立ち位置なことに、寂しさと戸惑いを感じてもいる。
ほぼ、当時からのメンバーとのやりとりのみで行の近況を知り、なんらかの用で村を訪れても、帰る直前になって、行によろしくと伝言を残すものの、村にいる間に行に知らせることは、求めるわけではなく。
行としては、行のほうから少しだけ踏み込んでみたいという思いもある。
けれど、今も気にかけてくれているとはいえ、それをしていいのか、律の日々に入っていっていいのか。ためらう気持ちが強い。
迷いつつ日々は過ぎていき――という感じだ。
記録読みに戻り、今読めるものはあらかた目を通し終えた。
いろいろな人たちに関わってもらい、助けてもらった。行は心の動きのままに、タブレット画面に向かってお辞儀をした。
と、そこに、メンバー用端末がメッセージの着信を告げた。鳴り方的に、できれば急いで読んでほしいという指定付き。
(リョクさんからだ)
行はすぐに文を表示させる。
(えっ?)
驚いて、行は声を出しそうになった。
〈帰る前に、行と会って少しゆっくり話せると嬉しいと、律さんが〉
画面にそう、表示されている。
内容をいまいち自分の中で処理しきれないまま、行はひとまずリョクからのメッセージ文を読み進める。
リョクのもとに、律からもメッセージが届いていた。
スケジュール的に、明日の朝までなら村にいることができるので、それまでのどこかで、できれば行と会って少しゆっくり話ができると嬉しい。
行に気持ちと予定を訊くことを頼んでもいいだろうか。
もし今回時間的に無理でも、行が嫌でなければ、また機会をつくる。
そして今後は、行も望んでくれるなら、会って話す時間を、できるだけ積極的にとる方向で考えたい。
思いきって、一歩踏み出してみることにした。
内容全部を行に伝えてもらってもかまわない。
そういったような内容だった。
リョクは文でそう説明したあとで、行たちが雫とゆっくり話すのは、はやくても明日の午後以降になるであろうことも、あわせて行に知らせてきている。
律さんと会うなら時間はあるぞ、ということだろう。
行はどうしたい? というリョクからの問いかけで、メッセージ文は締められていた。
行のほうから少しだけ踏み込んでみたいと、思ってはいた。
ただ、それは。
返事は無理しなくていいから、行からも直接メッセージを送ってもいいか。
そういったことを訊いてみたい、とか。
更にもう少し踏み込んで。
律が村に来るとき、できたら行にも知らせてもらえないか。少し、顔を合わせたり、挨拶の言葉を交わすだけでも、できたら嬉しい。
そういった願いや気持ちを伝えてみようか、とか。
そういうあたりを、考えていたのだが。
踏み出すと決めてくれた律の一歩は、行の少しより、だいぶ大きいようだ。
そしてそれは、行にとって、ものすごく嬉しい、一歩だ。
〈メッセージありがとうございます。律さんと会って話したいです。嬉しいです。このあと朝までこちらの予定は空いていますが、いつどこへ向かえばいいですか? 更なる連絡お待ちしています。よろしくお願いします。それと今後はたくさん、律さんと会って話したいです〉
ほぼ心のままに入力し、読むのも実行もできれば急ぎでという指定にさせてもらって、行はリョクにメッセージを送った。
お読みくださり、ありがとうございます。
今後もどうぞよろしくお願いいたします。
次の投稿は、5/17(土)夕方~5/18(日)朝あたりを予定しています【2025年5/10(土)現在】
予定変更の際は、お伝えできる場合は活動報告でお知らせします。




