「10月、目指すところへ」9.形と気持ちと、とる手と理由
そして現在。
毬香炉を投げつけるにあたって、まず考えなければいけないのは、誰が投げつけるか、である。
投げつけた場合、負の影響がある。
毬香炉の、負の方向に変質してしまった部分によるもので、行がコントロールできるものではない。
負の影響として多いのは、投げつけた者が痛みを感じるというもの。
痛みを感じたとしても、実際の傷などができるわけではないが、一時的に、ときには長い時間、痛みを感じていなければいけなくなる。
あとは、投げつけた者が持つ能力に影響が出る場合があるなど、負の影響の及び方はさまざまだ。
どういう場合に、どういう状況で、どういう目的で、誰が投げると、どういう負の影響があるか。
事前にある程度わかる仕組みが、テイクによってできている。
実際にテイクが頼める相手、ときには、命令することができる相手、かもしれないが、そういった者の中から、負の影響の種類や程度を鑑みつつ、投げつけることを実行する者、もしくは候補者、を選び出す。
その結果、今回、第一候補として選ばれたのが優月である、ということなのだ。
「優月が第一候補になったのは、今回一番影響が少ないと予測されたからなんだが。それがなぜかというのは、そのときどきのいろいろな要素が絡んでくるから、今のところあまり踏み込んで解明しようとはしていなくてな。そういうものとして、今回はそうなんだ、という感じに考えてほしい」
「わかりました」
リョクの言葉に、優月は頷く。
「優月が投げつけた場合の影響の種類と程度だが、感知できるほどの影響は、ほぼないのではとのことだ。もしあるとするなら、とても小さい切り傷がちょっとできて、瞬時に治ったときのような感じだろうと」
絶対や必ずとは言えないが、かなり予測の精度は高いと思っていい。
そういったこともリョクはつけ加えた。
「投げつける際、細かい力加減やコントロールは必要なく、思いきり投げつければいいんだが……優月に返事を聞く前に、言っておかなければいけないことがある」
そう言ってリョクは続ける。
思いきり投げつけても行にも魂の持ち主にも痛みはない。壊れもしない。だが、恐怖は感じるのではと考えられている。
事前に行と魂の持ち主には、なにをおこない、どう感じるかもしれないか、リョクが説明する。
「そうなんですね……」
リョクの話を聞き、優月はひとまずそう返す。
「行たちに怖い思いをさせるであろうことを、優月に教えないまま引き受けさせて実行させて、あとで知ったとしても、知らずにおこなったのだから優月は気にしなくていい、と言うほうが、ある意味短期的には、いろいろスムーズかもしれないが」
「それは……」
「優月に対して、今回の件でテイクがとりたい方法ではないということになった」
「私としても、今回そういう方法をとられたら、複雑な心境になる気がしますが……」
知らされないまま実行したくなかったとは思う。けれど――。
優月は想像してみる。
人の魂入り状態の、行である毬香炉を思いきり投げつける。怖い思いをさせる。
実行へのハードルが低いとは思いがたい。
考え込みかけた優月に、リョクがタブレットを手にしつつ話しだす。
「第二候補について、教えることになっている。二番目に影響が少ないと予測されている、ということだ。これから見せるのが、候補者の名と、予測されている影響の種類と程度など。この人は知ったうえで、引き受けるとすでに返事をしてくれている。怖い思いをさせても思いきりという話も、返事をもらう前にしてある。優月が断った場合、もしくは、引き受けたが本番都合がつかなかった場合は、この人がおこなうことになるだろう」
言い終えたリョクは、タブレットを操作して画面を優月に見せる。
それを見た優月は、驚き波打つ気持ちと、逆に静かになる感情を、両方感じた。
画面に表示されている、痛みの種類と程度。
脱臼とか骨折とか、そういった言葉がそこにある。
第一候補である優月の次に影響が少なくて、これなのか。
その状態による痛みを、どの程度のつらさととらえるか、人によるかもしれないが。
優月としては、すすんで受けたい痛みではない。来るとわかっていて気にせずにいられる痛みでもない。
優月が実行しないと、この人が実行して、この痛みを受ける。
「これを知ったら……」
「と、狙った効果を生むことを期待してテイクは教えた。そう受けとってくれてもかまわない」
「……私としても、この段階で知っておきたかったと思える内容ではありますが……」
優月の返事に、リョクは一度、会釈のような仕草をしたあとで口を開いた。
「あとまだ話しておくことがある」
「伺います」
リョクが話したのは、もしかしたらあるかもしれない、行による攻撃への対応についてだ。
投げつけられた際に強まるであろう、毬香炉の負のエネルギーに引きずられて、行自身まで誰かを、なにかを攻撃してしまわないか。
行はそう、警戒している。
実際に行が攻撃したことはないし、攻撃してしまう確率も低いとテイクとしては見ている。
とはいえ、だからといってなにも準備せずでは、警戒し抑えようとしている行だけに背負わせることになってしまうし、もしものときに対処が遅れてしまうので、準備はしておく。
万が一のときに、被害を残さないように、それに、行自身のこともきちんと守れるように。
本番、超常による危険に対処するメンバーたちが、対応できるよう各所で待機しているし、ガード担当は、実行する部屋の中にいることになっている。
ただ、行がどういう攻撃をしてくるかによって、対処の具体的な方法は変わってくる。
そもそも行が攻撃しないよう、発生元で抑え込む包み込む封じ込むといった方法だと、行にも魂にも負担が大きすぎるうえに、魂を体に戻すためのタカマサの行動にも支障がある。
そのため、攻撃があってから対処ということになる。
ガードや対処をするメンバーが対応しやすいよう、意図的に攻撃を引き寄せることができるメンバーも、今回、実行の場にいることになっている。
そのメンバーは、超常による攻撃を受けても、ずっとあとまで残るような被害には結びつかないという者でもある。
限度がないわけではないが、どこまで受けるか判断し対応する仕組みもある。
もしものときに、優月がその場にいた場合求められるのは、独断で動いてしまわず、対処するメンバーたちの指示に従うこと。
投げつける役を引き受けた場合は、それを忘れないようにしてほしい。
なお、攻撃を引き寄せる役割のメンバーが、ほかの件との兼ね合いで、実行の場にいることができない場合はどうするかということも考え、決めてある。
「以上。――優月は、あくまでも候補だ。お願いであって命令ではない。だが、優月が引き受けてくれればありがたい、引き受けてほしいと、正直なところテイクとしては強く思っている」
「はい。わかりました。引き受けます」
リョクが言い終えてから、あまり間を置かず優月は答えた。
確かに、あの予測結果を目にすれば、できれば優月がと、優月自身だって思う。
そして、狙った効果をと言っていたが、とても有効な手だった。優月にとって、決断へのショートカットになった。
「引き受けなかった場合のいろいろは、私としては背負いたいものではないですし……それに、負の影響はほとんどないであろう者が投げるということで、その点では、行さんの心が少しは楽になればいいな、と。そういう気持ちもあります」
優月は思い、口にする。
聞いたリョクは一度、深く頭を下げた。
そして翌日午後。結界内の、ある建物の中。
待機していた優月は、タカマサに呼ばれ隣の部屋に行く。
タカマサは、三十代くらいかなという見た目だが、優月はタカマサの実年齢は知らない。
村で姿を見かけるとき、タカマサは撮影関係の仕事をしていることが多いように思う。
部屋の中には、リョクと、リョクが手にしている毬香炉と、タカマサと、ベッドに寝ている人物。雫という名だと聞いている。
攻撃を引き寄せる役割のメンバーも、優月と一緒に部屋に入った。
優月より年齢が若いのではという感じの、少し小柄な少年? 青年? だ。名はカケル。
そして優月とカケルのあとから、ガード担当など数人も部屋へ。
「ではこちらを」
優月のほうに歩いてきたリョクから、毬香炉を手渡された。
実際の重さより、重く感じる気がする。
緊張で呼吸がしづらくて、意識して深めの呼吸をしようとしたところで、コトハの声と言葉が、優月の頭の中に浮かんだ。
まぁやってみましょ。あまり振りかぶらずー、とう!
以前住んでいたアパートで、体調をくずした優月のために実行された、コトハの見事な初ピッチング。
あのときは、力の加減や細かなコントロールが必要とされる状況だったけれど、今回の、優月の場合は違う。思いきり投げつければいい。
床や壁などは、傷がつかないよう、あらかじめ処理してあるというし、変に遠慮して強さが足りず何度も投げつけることになったら、そのほうがややこしいことになるから、それはなるべく避けるようにと言われている。
だから、ただただ思いきり。
優月の場合は、振りかぶって、とお! の感じで。
「投げます」
声に出して知らせてから、優月は床に向かって毬香炉を投げつけた。
開く毬香炉。
優月は特に痛みを感じなかった。
室内の様子からすると、攻撃と思えるようなことも起こっていないようだ。
少ししてタカマサの声がし、それに応えたリョクが毬香炉を拾って閉め、床に置く。
すぐに行が人の姿になる。いつもどおりの様子だ。
ベッドのほうでは、タカマサと言葉を交わす、少し高めの声。
目を覚ました雫が、しっかりとした口調で話している。
どうやら、いろいろと大丈夫のようである。
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