「10月、目指すところへ」4.このあとのことについて、話をしましょう
『テイクは、あなたのことを、生きていらっしゃる人間の魂だと判断しています』
届いたチェック結果などを含む、いろいろな文にひととおり目を通してから、リョクが、行の中にいる存在に話しだした。
ここからは再び、リョクと、行の中にいる存在とで、おもにやりとりしていくことになる予定だ。
『僕、生きてるんですね』
『はい』
『実は、思いきって訊いてみようとしていたところだったので、このタイミングで答えが聞けてよかったと思います』
『そうでしたか。計算したうえでのタイミングではありませんでしたが、そう思っていただけたのでしたらよかったです』
リョクと、行の中にいる存在が、やわらかな雰囲気で言葉を交わす。
中にいる存在の言葉をそのまま受けとるなら、どうやら、緊急通信時のシステムからの声は、中にいる存在には聞こえていなかったらしい。
『生きていらっしゃいますし、お体のほうも現時点で、ある程度安全な状況下にあるようだということはわかっています。ただ、お体のいらっしゃる場所を本格的にさがすことは、まだ始めていません』
言ったリョクが、説明を足していく。
体から魂が出てしまっている以上、体と魂間の距離で、安全度が変わるということはあまりない。
体がどこにいるかを把握する前に魂をこちらに移動させたが、そのことによる影響は、ほぼないと考えている。
魂を外に出すことも、魂を体に戻すことも、テイクが実行可能。
体がどこにいるかわからないままでも、魂を体に戻すことはできる。
ただその場合、どういう状況の体に戻るのか、タイミングはいつがいいのか、そういったことがなにもわからないまま、一方的に戻すことになってしまう。
テイクとしては、ある程度状況を把握し、タイミングを見て戻したい。できれば、離れたところからではなく体があるところで、戻すための行動をおこないたい。
戻したあとのフォローのことなどを考えても、そのほうが望ましい。
生きていて、戻せる先がある以上、基本的には戻すことになっている。
ただし、なにか大きな問題がそこにあるようなら、検討する必要がある。
戻して大丈夫か、事前にしておくことはないか。
そういったことを調べたりするためにも、できるだけ、先に体を見つけてから、戻す行動に移るようにしたい。
体がどこにいるかさがすことも含め、いろいろと調べたり対応したりすることへの許可をもらえるだろうか。
今回の場合、テイクが基準としているルール上、本人の許可がなければそれらをおこなえないわけではない。
だが、許可があったほうが、いろいろと動きやすい。
本人と話ができ、訊ける状態なので訊く。
なお、超常関係の対応の場合、当事者の費用負担は少ないことがほとんど。今回の件もそうなる確率が高いと現時点では考えられている。状況が変わった際には連絡する。
リョクがそういったような内容を、実際には丁寧な話し方で、行の中にいる存在に話した。
『出せるし、戻せるんですね』
ひととおり聞き終えた中にいる存在がまず言ったのは、それだった。
頷くリョクに、中にいる存在が続ける。
『まずそれ自体をどうしようかというところからだと思っていたので、戻すにあたってのいろいろのほうに、はやくも話が進んで驚きました。でも心強いです』
中にいる存在の言葉に、リョクが微笑んで会釈をした。
再び、中にいる存在の声が聞こえだす。
『場所も状況もわからないまま戻してもらうのは不安なので、僕としても、さがしたり調べたり対応したりしていただきたいとは思いますが……』
『なにか気になっていらっしゃいますか?』
言いよどむ中にいる存在に、リョクが穏やかな口調で問いかけた。
『実は、僕自身のことをよく覚えていないんです』
気づいたらあのあたりにいて、自分がなぜそこにいるのか、そもそも自分は誰か、わからない。
人間だ、とかそういったことや、生活などの知識的なものは知っているのに、自分に関することをほとんど覚えていない。
そういう状況だったらしい。
『知らない場所なのか覚えていない場所なのかわからないんですが、なにか見たらなにか思い出さないかと、あたりを動いてみました。でも思い出さないのでどうしよう、と考え込みながら動き続けてしまい、行さんに。それまでにも壁とかポールとかに、触れたりぶつかったり実はしたんですが、それらはすり抜けてたんですけど……』
『そうだったのですね。話してくださり、ありがとうございます』
『いえ……覚えていないのでは、僕が許可したり頼んだりしても、テイクの方たちとしても困りますよね……』
『ご本人からいろいろと情報をいただければスムーズだと考えていたのは事実です。このあと伺う予定でした』
リョクは繕うことなく答えたあとで、ですが、と続ける。
『許可をいただけるのは助かります。それに、情報をいただけた場合より時間はかかりますが、たどり着けるよう、こちらでいろいろと動きますので。確約はできませんが、あまり悲観はせずにお待ちいただければと思います』
『……ありがとうございます。では、許可します。お願いします』
『かしこまりました。ありがとうございます。もし今後、なにか思い出しましたら教えてください。はっきりしていなくても、正しいかわからなくてもかまいませんので』
『わかりました。……あの、正しいかわからなくてもよいのでしたら、いくつか』
『はい』
『僕は、しずく、と呼ばれているかもしれません。漢字で雨に下と書く、雫。なんとなく、少し記憶に残ってるような。あと……自分のことを僕と言うのは、気づいたらすでにしていたので、普段もそうなのかもしれません。それと、ぶつかるという出来事も、どこか記憶に引っかかるような。どれも、もしかしたら、という感じですが』
『ありがとうございます。もしかしたら、という点も考慮しつつ、参考にさせていただきます』
そう言ったリョクが、もしよろしければ、と切り出す。
『テイクとしては、雫さんとお呼びしてもかまいませんか?』
『はい』
『ありがとうございます。それと、記憶に関してですが』
体にいた時点で覚えていた内容なら、今は思い出せなくても体に戻れば思い出す確率が高い。
魂だけでいる間のことも、体に戻っても覚えていると思われる。
ただ、今回、体から出てから気づくまでの部分でなにが起き、なぜ覚えていないのかは現時点ではわからず、その部分の記憶が戻るかはわからない。
リョクがそういったことを説明した。
『全部忘れたままとか、全部忘れてしまうよりはいいかな……』
聞いた雫が、ぽつりと言う。
雫が思い出せないままになるかもしれない中に、とても覚えていたかったことがないといい。
行は心の中でそっと願った。
『体に戻るまでの間ですが』
少し間を置いたあとで、リョクが言う。
言葉遣いは雫に向けてのものだ。
だが、言いながらリョクが向けてくる視線や意識の中には、行に向けてのものも、だいぶ多く含まれている気がする。
話しだしたリョクに、はいと応じた雫に続いて、行もはいと声に出した。
『長期化した場合はまた考えますが、今の時点でテイクが一番いいと考えているのは、このまま行の中ですごしていらっしゃることです』
『えっ』
と、それほど大きな声ではないものの、驚いたような戸惑ったような声で雫。
行のほうは、驚いても戸惑ってもいなかった。リョクの視線と意識を感じたときに、なんとなく、言われる内容の方向性が予想できたからだ。
リョクが説明を足す。
魂は、出たままよりは、安全な、なにかの中にいたほうがいい。
仮の器も用意できるが、雫の場合、行に入ったままが、かなり状態良好。
何度もいるところを変えるのは、負担が大きいという面もある。
仮の器は、もちろん生身の人間ではない。
仮の器に移って、すぐにスムーズに声が出せるか、動けるか、わからない。
仮の器にいる状態で出した声に対応できるメンバーよりも、行の中にいる状態で出した声に対応できるメンバーのほうが多い。
そういった理由からの提案。
『わかりました。雫さんがよければ、俺のほうは今のままでかまいません』
リョクがひととおり説明し終えてから、わりとすぐに行は言った。
『えっ、だって』
雫は今度は行に、驚きと戸惑いの声を向ける。
『僕が入ったせいで、行さん、普段と違う状態ですよね。僕が入ったままだと、この状態のままでいなきゃいけないのでは?』
『えーっと……まぁ、そうですね。すごく気力とエネルギーを使えば、雫さんが入っているままでも、短時間なら状態を変えられないこともないとは思いますが』
という気はしている。だが、あまりやりたくはない、という気もしている。なので、この状態のままという方向で話を進めることにして。
『この状態でも、テイクのサポートがあるので、すごせると思いますよ』
行は雫にそう言い足した。
実は、人の姿での日々のほうに、行としてはすっかり馴染んではいるのだが。
物の姿でモノとしてすごす存在への、テイクのサポートの充実具合は知っている。大丈夫だろう。
『雫さんの気分的な居心地としてどうかはわかりませんが、今の状態がいろいろな面でよいのなら、自分としてはそれを優先したいと思います。そのほうが自分の気持ちが落ち着くという、自分都合の面もありますが』
仮に、雫が仮の器に移り、すごしづらそうにしているとして。
もしくは、案外、スムーズにすごせていたとしても、行の中にいる状態より良好度は下がるかもしれず。
それでは、慣れた人の姿で普段どおりすごせたところで、行としては気になるだろう。
それにこの件は、行というモノに起きたこと、という点で、モノ対応担当のメンバーの対応範囲でもある。
そして行は、この件の当事者だが、モノ対応担当としても活動しているテイクのメンバーでもあるのだ。
対応される側の雫と、対応される側でもあり対応する側でもある行。
行の中で優先度が高いのは、雫である。
とはいえこれは、行が、メンバーとしてどうありたいかという話だ。
テイクは、メンバーだからといってなにかを強いることは、どうしてもそうしなければいけないのでなければ、しない。
この件において、強制されている感じはない。
(まぁ、この状態がすっごく苦痛だとか、今すぐいつもの姿で、どうしてもしなくちゃいけないことがあるとかだと、また別だが)
そうではないし。
それに、長期化するようならまた考えるという、テイクからの言葉もある。
だからずっとではないだろうし、そもそも、テイクの捜索力とか調査力とか含む、あれやこれや対応する力は、かなりのものだ。
雫は解決までにかなりかかると思っているかもしれないが、行としては、そんなにかからないかもしれないと思ってもいる。
『僕だって……』
雫の声が聞こえ、行は意識をそちらに向ける。
『僕だって、行さんの中にいる今のこの状態なら、話せる、聞いてもらえるとわかっているから安心ですし、気持ちとしては、お邪魔していて申し訳ないと思いつつも、実際の居心地という点で言うなら正直悪くないです。でも……僕のせいで迷惑をかけて、このうえ、このあともまだ、なんて』
『雫さんのせいだけとは言えないですし』
あんなところで立ち止まっていたのは行だし、それに、もしかしたら。
『そうですね。詳細はまだ調査中とのことですが、雫さんの魂が入れたうえ出られなくなった原因は、雫さんの側にも行の側にもあると、今、ちょうど連絡が』
行の心を読んだかのようなタイミングで、リョクが言う。
実際には、今届いた文を読み終わったうえ、ちょうど話している内容に関係することだったから、言ったのだとは思うが。
(んー、原因、やっぱそうか)
雫の魂が、壁やポールにぶつかってもそれに入ってしまわなかったのなら、ぶつかればなんにでも入ってしまう、というわけではないのだろう。
それなのに、行には入れたうえ、出られない。
雫の側だけに、なにかがあるわけではないかもしれないと、思ってはいた。
行や雫が声を出す前に、リョクが続ける。
『それらの原因が、行から雫さんの魂を出す際にどう影響するか、調査や検討をおこないたいとのことです。出す方法を決めるのに少し時間をいただきたいので、急いで出そうとすることは避けたい。よって、ひとまずこの状態のままで。そう、テイクとして、提案ではなくお願いしたいと、考えがまとまったそうです』
というわけですので、とリョクが前置きし。
『しばらくこの状態でお願いします』
と頭を下げた。
『お願いします』
言って行も、毬香炉は動かさないまま、気持ちとしては頭を下げる。
行の中にいる状態が、安心、悪くない、という雫の言葉を先に聞けていてよかった、とも思いながら。
『あの、頭を上げてください』
雫の声に、リョクは体を起こし、行も心の中で姿勢を戻す。
『そういうことでしたらありがたく、今のままお世話になってしまおうと思います。こちらこそ、お願いします』
雫の返事に、リョクと行はそろって、ありがとうございますと返した。
お読みくださり、ありがとうございます。
今後もどうぞよろしくお願いいたします。
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