「10月、目指すところへ」2.前方後方いろいろ注意
四年前の秋に起きた出来事――。
昼すぎから夕方へと移るあたりの時間。
勤務中の行は用事を済ませて、村外の、ひとけのない道を歩いていた。
壁や塀に囲まれた、次々と曲がり角に出会う、舗装された細い道。
土地勘のない場所だが、地図によるとこのあたりには、お寺やお墓が集まっているらしい。
静けさが、妙な迫力を生んでいる気がする。
ある角を曲がったとき、強めの風が吹いた。
(いてっ!)
なにかが行の額にぶつかり、地に落ちたようだ。
下を見ると、みかんサイズほどの、オレンジ色の物体が転がっている。
(ハロウィンの飾りか?)
ジャック・オー・ランタン的な見た目。プラスチック製っぽい質感。どこかにかけられるようにか、ひも付き。
(あれか?)
視線を動かして、見つけた。
右手にある小さな公園の一角が、ハロウィン仕様に飾りつけられている。
あたり一帯ほとんどお寺関係のようだが、そこはハロウィン色が濃い。
内容的に、つながりがあるような、ないような。
飾りは、木の枝から落ちたようだ。
背が高めの木に、同じような飾りが、いくつもぶらさげられている。
(とりあえず木のところに持ってくか)
そう思い、飾りを拾おうと体を動かしかけ。
(うおっ! なんだ?)
突如襲う、不快感。
背中から、なにかが行の中に無理やり入り込んできた。
身の内でなにかが動く感覚。感じる吐き気。
要警戒な超常的存在だという、メンバー端末からの警告はないが、放っておける事態ではない。
行のものではない声が聞こえてくる。
「え? なに? どうなってるの? 入っちゃったし、出られない。なんで?」
少し高めの、少年のような声。
行の中に入ってきた、なにかが、誰かが? 言っている。
取り乱した感じはなく、どこか冷静さを残したような口調だ。
(どうなってるのか、なんでか、俺も訊きたい)
そういった感じのことを、入ってきた存在に返したいところだが、行は飾りを拾いつつ、違う対象に向けて別の言葉を呟く。
「テイク、緊急」
ほとんど口を動かすことなく、ほとんど周りには聞こえない声量で。
はっきり声にしなくても、口の中で話すようにするだけで、テイクにつながる。
発信者は誰か、どこからの発信かもテイクに伝わる。
テイクメンバーなどが緊急時等に使えることになっている、超常込みのシステム。
基本的には、テイク、緊急、といったワードで使用可能となる。
(「どうしました? 以上」)
すぐにシステムから届く、落ち着いた声。
この声は、緊急発信をした本人にしか聞こえない。
今回のような場合、中に入ってきた存在も本人の枠に入るのかは、わからないが。
中に入ってきた存在は、今は動いてはいない。声も聞こえないから、黙っているのだろう。
行のほうは、吐き気や不快感が、どんどん強くなっていく。体が重く、うまく動かせない。
どうにか公園の片隅に向かって足を進ませながら、行は頭の中で文を組み立てつつ、口の中で言葉を紡ぐ。
ほとんど周りには聞こえないだろうとは思いつつ、念のため、超常的内容感が色濃くならないよう、表現に気をつけながら。
システムのほうで入力作業がおこなわれるから、相手が一度で聞き取れるかは考えなくていい。
「道でハロウィンの飾りが顔に当たり、落ちたそれを拾いかけたところ、突然背中から、なんらかの存在が自分の中に入ってきました。出られないようです。こちらに理解できる言葉が聞こえました。俺のほうは、今の状態が保てそうにありません。付近にひとけはないようです。間に合うかわかりませんが、公園の大きな石碑陰に向かっています。飾りは今のところ手に持っていますが、間に合えば地面に置きます。以上」
(「対応します。以上」)
返答を心強く感じつつ、行は石碑の陰へ。
塀や植え込み、背の高い木などがあり、ざっと見た感じでは、目撃されにくいスペースのようだ。
飾りを地面に置く。
あの場に残してきていいかわからず持ってはきた。だが、持っているままでは、物の姿になったときに、おそらくいったんどこか特殊な空間に収納されてしまうだろう。
飾りから少し距離をとり、間に合ったと思った直後、行は毬香炉の姿になっていた。
毬香炉の姿になった途端、具合の悪さは消えた。
だが、入ってきた存在自体は、依然として行の中にいる。
その存在は、行の姿が変わったあたりで、驚いているような声を出していたが、すぐにまた黙った。
システムから声が届く。この姿の行でも、聞くことができる。
(「簡易的なチェックをおこないます。次の連絡をお待ちください。以上」)
しばらくここで待機のようだ。
中に入ってきた存在に、行のほうから話しかけてみることはしない。
行だけで対応しなければいけない状況なら別だが、今回すでにテイクに対応依頼ができている。
それならば、存在に向けて行が勝手にあれこれしないほうがいいだろう。
(って、こうやって考えてる内容は)
中に入ってきた存在に伝わってしまうのだろうか。
向こうの思考は伝わってこないし、なんとなく、そういった回路的なものができた感はないが、向こうがどうかはわからない。
(といってもな)
思考のスタート地点をコントロールすることは行にはできないので、思い浮かんだ段階で伝わってしまうなら、どうにかするのは無理である。
そして、具体的に思い浮かべないようにと、まったく関係のないことを考え続けようとするのも、現実的ではない気がする。
(まぁ、だから、あれだ)
知られてしまうなら仕方ない。
そのときは、そういうものとして接しようと、行はひとまず思っておくことにした。
少しして、システムから声が届く。
(「結果等、話します。中にいらっしゃるのは、人の魂です」)
(んんっ?)
周り中がお寺とお墓、ここにはハロウィンの飾り、というシチュエーションでそれは……。
そう思ったが、システムから届く声が、なお、と続けるのでそちらに意識を向ける。
(「生きた人間の魂です。本人の体から出てしまった状態で、付近には体がないようですが」)
(いや、それも、それはそれで……)
戸惑う行に、ひとまず、とシステムから声。
(「村へ、ということになりました。このあと転送します。飾りは超常と無関係です。そのまま置いておいてください。あとで誰か向かいますので。以上」)
直後、行に訪れる、エレベーターに乗ったときのような感覚。
あの、浮くような、引っ張られるような。
そう感じたすぐあとには、もう、行である毬香炉は場所を移動していた。
転送されて着いた先は、見覚えのある内装の和室。おそらく、結界内にある建物の中の一室だと思う。
結界内で得られる効果の一つに、超常的存在の状態が、よい状態ならばそれを保ちやすくする、よくない状態の場合はよいほうに向かいやすくする、といったものがある。
その効果を得ることも考えて、ここに転送したのではないだろうか。
行は超常的存在だし、体から出ている状態の魂も、超常的存在寄りだ、たぶん。
毬香炉姿の行は、上質な座布団の上にいる。
向かいにある座布団の上、大きな体で正座をしているのは、人の姿のリョク。
普段はよくあぐらをかいているが、今は行の中に、初対面かつ対応対象の存在がいるので、正座なのだろう。
五十代くらい? といった感じの見た目。グレーのスーツ姿。
ネクタイはしていないが、リョクには、わりとあることだ。
ジャケットを着ず、シャツも腕まくり状態なことが多いが、今はジャケットを着ている。
偉丈夫、と表現されることも多いリョクは、行と同じくテイクメンバー。モノ対応担当もしている。
もともとは、ある家に精神が生じたモノだ。結界関係の能力者でもある。
テイクでの活動期間はかなり長い。
いろいろとお世話になっている行にとって、リョクはさまざまな面で頼れる大先輩という感じだ。
「よ。おかえり」
リョクの笑みとバリトンボイス。
そして、行がどこかから戻ったときなどに、リョクがよくしてくれる挨拶。
馴染んだそれらに、行はどこかほっとしながら、ただいまです、といつものように返した。
リョクは笑みを深くして行に一度頷いてから、姿勢を正す。
「中にいらっしゃいます方、初めまして。突然こちらに来ていただく形になり、失礼しました。私の話す声は、聞こえますか?」
バリトンボイスが、まっすぐ向かってくる。
行である毬香炉に、リョクの声と視線が向かっているのに、行でない存在に届けるために、それがされている。妙な感じだ。
『聞こえます。僕の声は聞こえますか?』
中にいる存在が発しているであろう、少し高めの声。
中にいる存在は今、モノが発する声を発している。テイクが、モノ発声と言っているものだ。
行を通して声を出しているような形なのだろうか。行は物の姿の状態だと、モノ発声のみになるから、それが影響しているのかもしれない。
「聞こえます」
頷き答えたリョクが口を閉じる。
『ではこの声は聞こえますか?』
口を閉じたまま、リョクがモノ発声で問いかけた。
『聞こえます』
中にいる存在が答える。
モノ発声で出された声も聞こえるようだ。
モノであり、モノ発声による声を聞くことができる行の中に、いる状態だからかもしれないが。
『聞こえますけど、同じ声でも、どこか少し違う感じが……。口を閉じたままだから? 腹話術みたいなものですか?』
と、中にいる存在。
『ではまずそれらのことから、説明させてください』
そう言ったリョクはまず、モノという存在について、説明を始めた。
お読みくださり、ありがとうございます。
今後もどうぞよろしくお願いいたします。
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