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「9月、月乃とネコで」7.立体で


ページを開いてくださり、ありがとうございます。


面談時の月乃の服装を紺色のシャツワンピースに、カバンは黒で大きめに、お弁当箱は白に、中に敷いたハンカチは紺色にしようと思います。


それらについての文を加えるため、9月6を2025年1/27(月)以降に改稿予定です。

よろしくお願いいたします。




「精神体が三体いること……話すのが遅くなり、申し訳ありません」

 ドアから梅幸うめゆきに視線を移し、月乃つきのは謝る。


 梅幸は怒るのではなく、それまでと同じような雰囲気のままで声を出した。

「あっ、じゃあ月乃さんには、三人みなさん見えていらっしゃる?」

「はい」


「やりとりもできますか? あっ、もしかして、ここまで僕に話しかけてくださった方は、まだお一人だけだったり?」

「みんなとやりとりできます。話しかけたのは、たぶんまだ一人です」

 答えつつ月乃も、何人という数え方に変えた。


 月乃が答えている間に方向転換をした三人が、月乃が答え終えたタイミングで梅幸に向かって伸び上がる。

 梅幸はちょっと目を見開いたあとで、お弁当箱を優しい目で見つめた。


 少しして、お弁当箱に視線を向けたまま、梅幸が穏やかな表情で口を開く。

「月乃さんを責める気持ちも不快に思う気持ちもありませんよ。もちろん、みなさんに対しても。声を聞かせてくださり、ありがとうございます」


 そして梅幸は、月乃とお弁当箱を順に見ながら続ける。

「話して大丈夫かな、どのタイミングでどんな順番で話せばいいかな。そう考えて、初めての場や相手に対して、手探りで慎重になるのも無理はないと思います。会って言葉を交わしていく中で、話して大丈夫そう、話したいと思っていただけたら、とっても嬉しいですけどね」


 そう言って梅幸は、にこっと笑った。

 月乃がお礼を口にすると、梅幸はあたたかい笑顔のままで、どういたしましてと返してくれる。


「さて、では、月乃さんには三人が見えていて、僕には三人の声が聞こえる、と」

 梅幸があらためて状況を口に出す。


 トウヤが退室前に話していった内容から、精神体が三人いることはわかった。

 けれど詳しい鑑定結果をまだ知らないので、月乃には一人しか見えていない、梅幸には一人の声しか聞こえないということも、梅幸としては考えられた。


 そこに、月乃が梅幸に打ち明け、立体たちが梅幸に話しかけたことで、月乃に三人見えていて、梅幸に三人の声が聞こえるとわかった。


 梅幸がそう、整理する。


「今は三人、以前の本体、という言葉は初耳でした?」

 梅幸が月乃に訊く。

「いえ……。おそらく、とか、もしかしたら、という感じでなら、精神体のみんなから」


「そうなんですね。えっと、相談に来てくださるまでの詳しい経緯をお伺いできると嬉しいのですが、お願いできますか?」

 強制するような雰囲気はなく、明るい感じで梅幸が問う。


 月乃は頷き、おもに昨日の出来事について話し始めた。



「話してくださり、ありがとうございます。……それぞれ形が違う立体の方たち……どなたがどの声なのでしょう」

 聞き終えた梅幸が、月乃にお礼を言ったあとで、お弁当箱を見て首をかしげた。


 直方体が、伸び上がる。

「あっ、あなたは最初に声をかけてくださった方ですね。ほうほう、直方体さん」

 梅幸がお弁当箱に向かって返した。


 立方体が、伸び上がる。

「はい。わかりました。立方体さんですね」


 平行四辺形の立体が、伸び上がる。

「はい。そしてあなたが、平行六面体さん」

「平行六面体っ?」

 月乃は思わず声を出す。


「平行四辺形で構成されている立体のことを言うようです」

 調べてくれたのか、すぐにゆうが教えてくれた。

 どういう漢字を書くかも教えてもらった。月乃が思い浮かべたのと同じだ。


「ありがとうございます。昨日から気になりつつも調べそびれてて。本人は知ってたんだ……」

 月乃が言うと、平行四辺形……平行六面体が、ぴょんと軽くジャンプする。


 精神が生まれて、自分自身という存在に気づいたときに、どこかからいろいろと知識を得た。その後も、見聞きしたりなどによって知識の追加も。

 立体たちにそう聞いてはいたけれど、それにしたって、かなりの知識量な気がする。


「それに、形だけじゃなく声もそれぞれ違うんですね。どんな声なんですか?」


 月乃が梅幸に訊くと、えーとですね、直方体さんが……と答え始めかけた梅幸が、ぽんっと右の拳を左の手のひらに打ちつけた。


「そうだ、まず、通話や録音などの形でなら、月乃さんにも聞こえないか試させていただけますか? このあとお願いしようと思っていたのですが、せっかくなので今」


 切り出した梅幸が説明を加える。


 超常関連の情報保護などのための機能もいろいろと組み込まれているので、テイク用の端末で試すこと。


 機械を通すと、聞こえない記録できないということが多いため、一応、念のため、くらいの気持ちで試したほうがいいこと。


 そういったことを聞いたうえで、どうするか月乃は立体たちにも訊いた。

 立体たちと月乃の選択が、試す、で一致する。

 試してみると月乃は梅幸に返事をした。


 途中、届いた鑑定内容の文書に梅幸が急ぎ目を通したりといったこともはさみつつ、いろいろ試したが、月乃に立体たちの声が聞こえる結果にはならなかった。

 音声入力も試したが、それも無理だった。


 梅幸が三人の声の感じを話してくれる。

 月乃は、自分には聞こえないことを残念に思いつつも、興味深く聞いた。


 直方体は、少年から青年くらい、若めの声。純粋で素直そうな感じ。どことなくノーブルな感じもある。


 立方体は、青年から壮年くらいを思わせる声。少しかため、しっかりしている、という感じ。


 平行六面体は、壮年からそれより上の年齢といった感じの声。ある程度の余裕を感じさせるとともに、行き届いた対応をしてくれそうな印象。


 とのことだ。


 月乃としては、意外というより、わりと納得という感じだ。

 紙に書かれた文字で文をつくったときの口調や内容と、けっこう重なる部分があるような気がする。


 梅幸は次に、精神体と湯のみの欠片の状態チェックをいくつかの方法でしたいがよいか、という話をした。

 立体たちも月乃もオーケーしたので、梅幸がお礼を言ってからスマホを操作する。


 操作後、梅幸は一時宿りの物について説明を始めた。


 精神体自体はとても丈夫だし、立体たちは精神体だけの状態でいるときの危険度がわりと低いそうだが、そうはいっても、ずっと精神体だけでいるというのは、やはりあまりよくないらしい。

 本体について考えている間、一時宿りの物にということのようだ。


 立体たちは一時宿りの物に入った状態で、けっこう自由に動けると思われるとのこと。


 そういったことを含む、いろいろな説明や注意事項などを聞いたあとで、ひとまずなにを一時宿りの物として選ぶか、という話になった。


 用意がある中で、希望に近いものを。

 ガラスっぽい感じの物が多い。

 色はクリアな物も何色か色ガラスのような物も。

 入って動いてみて感じがよくなければ、違う物にすることもできる。


 そういう説明も加えたあとで、梅幸がスマホも操作しつつお弁当箱を見る。

「まずは、希望のサイズはありますか? だいたいの感じでも」


 直方体が伸び上がる。

「下のほうが湯のみくらいの、両手で包んで持てるような……。ではそれくらいのサイズ感ので絞り込みまして……形はシンプルな立体のほうがいいですか?」


 立方体が伸び上がる。

「少なくとも、どちらを向いているかわかるデザイン、そして、三人の見分けもつくような……。わかりました。ほかにはなにか……」


 平行六面体が伸び上がる。

「動きやすそうな姿。顔や手などを動かして動作で伝えたりもできると更によい……わかりました……とすると……あ、こちらどうでしょう。ネコさん。高さは十五センチほどですかね……色は、すぐに用意できるのは、水色、青、紫ですが……」


 梅幸がスマホの画面をお弁当箱に向けた。

 立体たちが伸び上がる。

「よさそう。そうですか。よかったです。あっ、月乃……さんに……。わかりました」


「こちらの姿を見ていて平気か、そばにいたりするのが大丈夫か、月乃さんに訊いてほしいとのことです」

 月乃が見やすいよう、梅幸が画面の位置と角度を変える。


 ガラスっぽい素材でできていそうなネコ。色、三種類。前足をそろえて姿勢よく、縦長の形で座っている。目や鼻が描かれてはいないが、どこが正面かはわかる。苦手な感じはしない。


「大丈夫です」

 梅幸に言い、立体たちに向けても頷く。

 立体たちは、ぴょんっと一度ジャンプをしてから伸び上がった。


「あ、僕ですか? 大丈夫ですよ。……はい。裕さんはどうですかって」

 梅幸が訊きつつ画面を裕に見せる。

 画面を見てから、大丈夫ですと裕が答えた。


「はい。ではこちら用意しますね」

 梅幸が画面を梅幸自身に向け、操作をした。



 一時宿りの物が面談ルームに届くのを待っている間に。


 状態チェックを担当するメンバーたちが来て、精神体や湯のみの欠片のチェックを、いくつかの方法でしていった。


 月乃はといえば、梅幸と裕とともに、壁際にあった折りたたみの会議テーブルをいくつか展開して並べ、テーブル上に、精神体とのやりとり用の紙たちを並べた。


 月乃がカバンに入れて紙を持ってきていると知った梅幸が、一時宿りの物に入った状態での使い心地を試してみることを提案したからだ。


 そういったことをしているうちに、一時宿りの物が届いた。

 色ガラスのネコ三体。

 テーブル上、紙が置かれていないスペースに、月乃のほうに正面がくる形で並べて置かれている。


 立体たちはテーブル上、月乃を背にし、ネコと向き合うような位置にいる。

 月乃はテーブルのほうを向いて立っていて、梅幸も隣に立っている。

 裕もスマホを片手に立って梅幸の隣。入力はスマホでおこなうことにしたようだ。


「自分たちで、入って動いてみることはできそうでしょうか。必要ならばサポートを呼びますが」

「えっと、誰がどの色を?」


 梅幸と月乃が続けて言うと、直方体が紫のネコに向かって進みだした。

 ネコに触れる近さになってもかまわず進み、物の中に入っていくような感じになる。


 紫ネコが、右前足を挙げて顔の横に。

 挨拶をするようなその動作に、月乃も右手を挙げつつ、やあ、と言ってみる。

 紫ネコが、挙げた状態の右前足を使って、お辞儀のような動きをした。


 右前足をおろし、紫ネコが少し顔を動かす。梅幸のほうを見たようだ。

「はい。聞こえますよ。紫ネコさんは、直方体さんですね」

 話しかけられたのだろう。梅幸が返した。


 次に動いたのは立方体。青のネコに入っていく。

 上に引っ張られているのではと思うくらいピシッと。青ネコが、もともとよい姿勢を更に正した。

 月乃も姿勢を正す。


 青ネコが梅幸へと顔を向ける。

「はい。青ネコさんは立方体さんですね」

 梅幸が返事をした。


 続いて、平行六面体が動き、水色のネコに入った。

 姿勢のよい状態から、ゆっくりと体を前に傾けて、お辞儀を思わせる動作をする。


 うやうやしいという言葉が、月乃の頭に浮かんだ。

 月乃もなるべく丁寧に一礼する。


 水色ネコは姿勢を戻してから、梅幸のほうに体の正面を向けた。

「はい。水色ネコさんの平行六面体さんの声も聞こえますよ。みなさんうまく入って動けていらっしゃいますね」

 梅幸が言う。


 てってと軽快に、紫ネコが動きだした。

 生き物のネコが歩くときのように、ガラスのネコ、前足後ろ足をてててて動かし、軽やかに紙の上を行く、という感じである。


 精神体の状態で紙を使っていたときより大きくなった体だが、うまく動かし、位置どり、前足で文字を選んでいく。

「――わーい。ネコかぶったよー――」


 青ネコがしっかりとした足運びで紙の上に来る。

「――おい。それでは意味が――」

 紫ネコを押しのけることはせず、両者ぶつかることもなく互いにうまく動き、青ネコが文をつくった。


 お次は、すすいと水色ネコが紙上を動く。

「――そうですよ。これは一時的にお借りした物。借りてきたネコですよ――」


「――いや待て、それも意味が――」

 たしてし、たしとし、青ネコが前足で文字を選ぶ。


 それぞれうまいこと場所を譲り合い、すばやくスムーズに、文をつくっていく。

 そして見た目は変わっても、会話内容はしっかり、あの立体たち三人だ。


 梅幸が声を出して笑っている。裕の口元も、明らかに数割は笑みだ。


 いいな。私も笑いたい。

 思いつつ、月乃はひとまずカバンからペンを取り出して、紙に言葉を書き足した。


 月乃、笑い声


 そして月乃はその言葉を、えいっと指差す。


 月乃の動きを、顔を動かして追っていた、三体の、三人の、ネコ、三ネコが、ぴょんっと身軽に、音をたてずにジャンプした。




お読みくださり、ありがとうございます。

今後もどうぞよろしくお願いいたします。


次の投稿は、2/1(土)夕方~2/2(日)朝あたりを予定しています【2025年1/25(土)現在】

予定変更の際は、お伝えできる場合は活動報告でお知らせします。



各作品、読んでくださっている方、読んでくださった方、評価やブックマークやいいねをしてくださった方、ありがとうございます。嬉しいです。



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