「9月、月乃とネコで」6.みんなで
使っていた食器が割れ、半透明の存在が現れた。
食器に生まれていた精神で、本体から精神体だけ出てしまい、戻れそうにないとのこと。
声を出しているそうだが聞こえないので、紙に書いた文字の上を精神体に移動してもらい、やりとりをして事情を知った。
持ち主、精神体、ともに対応に悩み、テイクに相談することを考え、まずは相談内容を書いて送ってみることにした。
月乃と立体たちであれこれ考えたが、結局、テイクに送った相談文に書いたのは、そういったことだけである。
もちろん実際の文は、もっと丁寧だ。
本名でなくてもよいとあったので、今回用に考えた仮の名を入力し、今回限りの使用になってもかまわないアドレスを入力して、送信した。
曖昧ではないとは思う。けれど、情報が少ないようにも思う。
それでも、相手がどう反応するかわからない状況で、思いきっていろいろと詳しく書くのは、どうにも不安だった。
だからって、この内容だけでは、いたずらだと思われるかな?
そう、月乃が心配したら、詳しく書いたところで、いたずらだと思われる心配は残るのでは、と立体たちは返した。
確かに、である。
緊張しながら送信し、立体たちの希望で紙に数字を書き足して、微笑ましい気持ちになり。
少しして再び感じ始めた緊張も抱えつつ、さてこのあと、どうしようか。
受信後一時間以内には、最初の返事が来るとあった。
その間にごはんをとも考えたが、あとで落ち着いて食べたほうがよい気もする。
立体たちはといえば、紙の文字を使って三体で超高速しりとり中だ。
会話中もかなり動いていたと思うのだが、しりとりに移行後の今もまだ、立体たちは元気にすばやく動き回っている。
万歩計で歩数をはかれたら、なかなかな記録になりそうである。
楽しそうな雰囲気で、さまざまな言葉を紡いでいく三体。
見ていると月乃も、緊張はありつつも、和む気持ちにもなれる。
けれど立体たちは、急にしりとりを中断した。
突如、三体が動きを止めたので、見ていた月乃はびっくりする。
「どしたの? なにかあった?」
大丈夫だろうか。
立体たちが、先ほどよりはゆっくりめで動きだす。それでもけっこうな速さではあるが。
「――いえ、そのですね、熱中していたことに気づきまして――」
「――我に返った――」
「――割れて、還れないんですけどね――」
「――確かにな。……ではなく――」
「――あははー。しりとり思いついてちょっと始めてみたら、ボクたちみんな、すごく楽しかったみたいで――」
「うん。楽しそうにしてる、よかったって、ほっとして見てたよ」
しりとり中も楽しそうだったし、今、立体同士のやりとりも、コント味をおびてきているし、笑い声も文字にして伝え始めたし。雰囲気が、明るい。
本体とのつながりが切れたかもしれず、立体たちは半透明だが先行きは不透明、急に環境が変化した。
そんな、考えようによってはいくらでも暗くなれそうな状況であっても、シリアスにならない立体たち。
無理しすぎず負担がかかりすぎずで、そうできるなら、それは悪いことではないと月乃は思う。
と、そこに。
「あっ、メール来た。テイクから! 先に目を通すね」
緊張で少し震える指で本文を表示させ、月乃は読み始める。
「お待たせ! どうぞ!」
急いでひととおり読んでから、立体たちに画面を見せた。
紙に書いてある矢印記号付近で待機中だった立体たちが、画面に向けて前のめりになる。
おそらく、まっすぐな体勢のままでも読めると思うが、月乃に、読み始めたよと知らせてくれているのだろう。
少しして、三体は下向きの矢印記号のところへ。画面に表示されている部分を読み終えたという意味だ。
月乃は画面をスクロールし、本文の続きを表示させる。
三体、再び前のめり、そして下向き矢印上でジャンプ。月乃が画面をスクロール。
それらを何回かおこなったあとで三体は移動し、読んだ、という言葉のところへ。
協力して相談文を考えるあたりで、月乃が紙に書き足した言葉だ。
「みんなで珠水村に行くってことでいいかな?」
月乃が訊くと、三体はすばやく紙の上を移動し、手分けして。
5 ー !
「よかった。数字使ってつくれたね」
「――使わせてもらったよー――」
「――使えそうな訊き方を月乃がしてくれたしな――」
「――具体的な日時については、月乃とテイクの方にまかせます。ワタクシたちは、いつでも大丈夫ですから――」
「わかった。できるだけ、はやめにって書いてあるし、私は明日から連休だから、まず明日午前はどうか訊いてみるよ。送る文つくるね」
月乃が言うと三体は、前傾姿勢アンド戻るを二回。
文をつくり始める前に、月乃はテイクからのメールをもう一度読む。
内容は以下のようなことだ。
相談内容を送る先にテイクを選び、送ってくれたことへの感謝。
テイクでぜひ対応させてほしい。
持ち主の方と食器の方と、できるだけ、はやく面談したい。
詳しい話はそのときに。
珠水村に来てくれたほうが安全に話せる場を用意しやすいが、村でなくてもおおまかな場所を希望してくれれば、その近くで安全な場所を用意する。面談時の話し声が周りに聞こえない環境であれば、自宅でも。
連絡を待っている。
そういったことなどが、丁寧な文で書かれている。
「初めてのところだし、時間的にちょっと余裕を……とりあえず、こんな感じ?」
メールへのお礼と、対応してもらえることへのお礼。
珠水村に、対象の存在と物とともに、車で行こうと思う。
面談は明日の朝九時半以降なら。明後日と、その次の日でも調整可能。
内容としてはそんな感じだ。
つくってみた文を立体たちに見せてみる。
よさそう、とのことなので、送信。
やりとりの結果、面談は明日の午前十時からとなった。珠水村のテイク受付センター内、面談ルームでおこなうようだ。
テイクからの事前説明の文を読んだり、立体たちと質問し合ったり、ごはんを食べたり、明日の準備をしたり、などなどいろいろしてから寝る段階にきた。
立体たちは、休むと決めると寝たような状態になるらしく、月乃が寝るのに合わせて、その状態にするとのことだ。
「ではまた朝にね」
底メインの欠片に集まった立体たちに声をかけてから、月乃はベッドへ。
村やテイクを知って、相談ごとがない状態だとしても、行ってすごすのにもよさそうなところだと興味を持っていた。
実際に行ってみるところまではいかないまま日々が過ぎていたけれど、思いがけないきっかけで行くことが決まった。
印象どおり、いい感じのところだといいな。立体たちにとっても、いい出会いになりますように。
眠る少し前に考えたのは、そういったことだった。
翌日。
予定どおりの時間に面談開始となった。
椅子に座る月乃。今日は紺色のシャツワンピースを着てきた。
足元に置かれたかごの中には、月乃が持ってきた、大きめサイズの黒いカバンなど。
長方形のテーブルをはさみ、月乃のほぼ正面に座るのは、今回の面談の担当者。
ベージュのスーツを着た、梅幸というテイクメンバーだ。
梅幸は、丸顔寄りのつやっとした顔で、無邪気、という言葉が思い浮かぶような笑顔の持ち主だ。
その笑みを見ているうちに、月乃の緊張がほぐれてきた。
梅幸の左隣には、入力を担当する、紺基調の服装の裕というメンバー。
ショートカットで細面、シンプルな眼鏡をかけている。
視界に入っているのに、ほとんどそちらに意識が向かないくらい、裕は存在感が薄い。
入力具合を気にせず話して大丈夫、いることをあまり気にせずに、といったことを口にしていたから、あえて気配などを抑えているのかもしれない。
梅幸が笑顔で口を開く。
「本日は来てくださり、本当にありがとうございます。お会いできて嬉しいです」
梅幸が言葉だけでなく、口調と表情でも嬉しいとまっすぐに伝えてくる。
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
声が出しやすい雰囲気だ。そう感じながら月乃は返した。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。それではさっそくですが、精神体を持つ物の方について、先に少し説明させていただきますね」
梅幸は和やかに言い、説明を始める。
物に精神が生じた存在のことを、テイクではカタカナで、モノ、と呼ぶ。何人、という数え方をすることも多い。
超常的な存在への対応は、テイクが担う役割の一つ。
モノの方とその方に関わる方に、対応すること、継続して関わっていくこと。
それらをさせてもらえるよう、テイクが願う側。
どう対応していくかは、それぞれの方の気持ちを聞いたり、いろいろな状況を見たりして、ともに考えていく。
ただ、差し迫った危険がある場合は、強引な対応をせざるを得ないこともある。
危険性が高かったり、攻撃的だったりするような、要警戒な状態の存在の場合、近くにいればメンバー用の端末が警告する。
今、モノと思われる方もこの部屋にいるはずだが、この段階で警告はない。
テイクには、モノの声が聞こえるメンバーや精神体が見えるメンバーもいる。
自分は、モノの声が聞こえる。精神体だけの状態であっても聞くことができる。
具体的な話や対応に移る前に、まず、鑑定をさせてもらいたい。
鑑定は、その能力を持ったメンバーが対象を目視するだけなので、苦痛等はない。
一番の目的は、存在がモノかどうか、鑑定によってしっかり知ること。
できれば、ある程度詳しく鑑定させてもらい、今後の対応の参考にしたい。
同時に、持ち主の方の能力についても鑑定させてもらいたい。
精神体が見えているのは、超常的な能力があるからという可能性がある。
もし能力があった場合、超常的な能力を持つ方に対応し、継続して関わることも、テイクの役割の一つなため、そのことについても願いたい。
そういったことを、梅幸はスムーズに話した。
なんというかとても、自然だ。月乃にはそう思えた。
不思議なことへの対応、知識も経験も対応力も豊富だった。そう、体験談に書いてはあったけれど、かまえた感じのなさなどが、月乃の想像以上だ。
「あの……テイクの方にとって、モノという存在がいること、その存在に対応することは、珍しいことではないのでしょうか。あと、超常的な能力を持っていることも」
月乃が訊くと、梅幸は頷いた。
「そうですね。あっ、ただ、モノの方といってもさまざまです。個々の方の状況や状態を見れば、いろいろと珍しい面があったりもしますし、それぞれの方に対応するので、細かく見れば珍しい対応内容なこともありますけどね」
それはつまり、それだけいろいろな、モノという存在に対応しているということでもあるのだろう。
そう思いつつ頷く月乃に、梅幸は続ける。
「超常的な能力も、具体的にはさまざまですが、持っている相手と接すること自体は珍しくないですね。僕自身、能力を持っていますし、僕だけじゃないですし」
気負った様子も自慢げなそぶりもなく、かといって雑な感じもなく、梅幸は答えた。
丁寧。スムーズ。表面的な浅い感じはない。
大事だ、と力を入れすぎている感じはないが、大切に接しようとしてくれている気持ちは感じる。
テイクとやりとりし、月乃はそういう印象を持った。
月乃は一度姿勢を整え直し、口を開く。
「答えてくださり、ありがとうございます。私、本当の名前は、月乃といいます」
月乃は名乗り、漢字も説明した。
「月乃さんとおっしゃるんですね。お名前を伺えて嬉しいです」
梅幸が言葉どおり嬉しそうに笑みを浮かべる。
月乃が会釈をすると、梅幸もぴょこりと会釈を返してくれた。
月乃はカバンの上のほうに入れていた、白いお弁当箱を取り出し、テーブルに置く。
「こちらが、物と精神体です。私が出すまで待っていてくださり、ありがとうございます」
梅幸を見ながらお礼を言うと、梅幸はどういたしましてと優しい目で返した。
そして梅幸は、お弁当箱に視線を向ける。
まずは月乃がテイクと話してみて、月乃が大丈夫そうと感じたら、箱を取り出し、ふたを開ける。
可能ならば、念のためそうしようと、立体たちと決めていた。
ちなみに、お弁当箱に入れてきたのは、いい感じな大きさで、ほとんど使っていないものが、ちょうどあったからだ。
袋よりも安定して居場所にできるし、ふたを開けてそのままやりとりできるし、ということで、いくつか立体たちと試した結果、採用した。
お弁当箱の中に紺色のハンカチを敷き、三つの欠片を入れてある。立体たちも、そこにいる。
「ふた開けるよー」
お弁当箱に向かって声をかけ、ふたを開けた。
底メインの欠片の中で、三体が方向を変える。
「中で話、聞こえてた?」
月乃が訊くと、三体が前傾姿勢、戻る。
昨日ちょっと試したときも、ふたを閉めた状態でも話し声が聞こえるとのことだったが、今回も聞こえていたようだ。
「ふたを開けて大丈夫だと思ったけど、賛成?」
三体、前傾姿勢、戻る。
「えっと、私の向かいにいらっしゃるのが梅幸さん、梅幸さんの隣にいらっしゃるのが裕さん」
月乃が言うと、直方体が方向転換し、梅幸に向かって伸び上がった。
「声を聞かせてくださりありがとうございます。湯のみに生じた方なのですね。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
お弁当箱を見ながら笑顔で梅幸が言う。
どうやら、直方体が話しかけ、聞いた梅幸が返事をしたようだ。
あ、そうだ。鑑定。はやめに決めて、梅幸に伝えたほうがいいだろう。
月乃は立体たちに向けて声を出す。
「鑑定、頼んでいい? 詳しい鑑定でもいい?」
直方体も月乃のほうを向き、三体、前傾姿勢アンド戻るを二回。
月乃は梅幸を見て口を開いた。
「詳しい鑑定でもいいそうです。それと、私の鑑定についても、してくださってかまいません。よろしくお願いします」
「よかった。ありがとうございます。許可をいただけて助かります。すぐ手続きしますね」
梅幸がスマホを取り出し操作をした。
梅幸が再び月乃を見る。
「はやければすぐに担当者が参ります。カタカナでトウヤというメンバーです。鑑定の際、特に立ったりなさらなくて大丈夫ですからね、おかけになったままで」
梅幸の言葉に頷く月乃に頷き返してから、梅幸はお弁当箱に視線を向ける。
これは鑑定時だけではないですが、と梅幸はお弁当箱に向かって話しだした。
「精神体の方は、箱の外で動かれる際は、通る場所とスピードに気をつけてください。鑑定に来るメンバー含め僕たちには姿が見えないので、僕たちがぶつかったり踏んでしまったりしてしまわないように。実際の被害はないかもしれませんが念のため。動く方向などを声で言われた場合も、聞いた僕が伝えるのが間に合うかわからないですし」
梅幸がそこまで話すと、三体はまとめて、前傾姿勢、戻る。
精神体が頷いたことを、月乃は梅幸に伝えた。
梅幸は、月乃とお弁当箱に交互に視線を向けつつ続ける。
「それと、鑑定後この場でまず言うのは、モノかどうかという点のみかもしれません。ほかの内容は、のちほど文で届きますが、その文がすぐに届くか時間をいただくかは、申し訳ないのですが未定です」
トウヤは超常関連の緊急出動にも対応しているため、いろいろな面で、状況次第とならざるを得ないらしい。
出動以外にも予定がつまっていることが多く、いろいろな行動を、細かく入れ込んで組み合わせて、おこなっているそうだ。
聞いた月乃は頷き、トウヤが来るのを待つ態勢に入りかけたところで思いつく。
そうだ。待っているうちに、立方体と平行四辺形の立体も、挨拶を。
というかそもそも、精神体が三体いることを、まずは話さないと。
梅幸の態度を見るに、欠片が複数だから、精神体も複数体で出ているだろうとは思っていない感じだ。
月乃たちもこれまでに、精神体が複数だとわかるような言動は、テイクに対して、していないと思う。
月乃は声を出そうとしたが、先に梅幸がスマホを見て声を出した。
「あっ、来ましたね」
トウヤが到着したようだ。
梅幸がスマホを操作したあとで、部屋のドアが開けられた。
薄いグレーのスーツを着たメンバーが部屋に入ってくる。すごく長身というわけではないが、全体的にバランスがよいという印象を受ける。
「お待たせしました。トウヤと申します。鑑定させていただきますね」
ドアを閉め、一礼したあとでトウヤは言い、月乃たちがいるテーブルにすばやく近づいてきた。
トウヤがお弁当箱の中に視線を向ける。
少しして次は、月乃を見る。
「ありがとうございました」
さして時間が経たないうちにトウヤにそう言われ、月乃はあわてて会釈をした。
トウヤが再度口を開く。
「今は三人となったみなさん、精神体です。こちらの湯のみが以前の本体ですね。モノの方への対応ということでお願いします。あとは文にまとめますね。できるだけはやく送りますので」
「あっ、はい。ありがとうございます」
今は、三人、以前、といったトウヤの言葉に驚きつつも月乃は声を出し、お礼を言う。
トウヤは、どういたしましてと言い、笑みを浮かべた。
「ありがとう。よろしくお願いします」
梅幸が笑顔でトウヤに言い、トウヤが笑顔で、はいと返す。
そしてトウヤは、月乃やお弁当箱、梅幸や裕にすばやく視線を向けてから、失礼しますと一礼したあとで、きびすを返した。
近づいてきたときと同じようなすばやさで、トウヤはドアのほうに歩いていく。
すばやいのに、バタバタとあわただしくはなく、スマートだ。
あっという間に鑑定して、トウヤは退室した。
爽やかさと、親しみやすさと、凜とした空気をあわせ持ったようなトウヤ。
そのトウヤは、しっかりとした鑑定能力も、同時に持っているようだ。
閉まったドアを見つめながら、月乃は思った。
お読みくださり、ありがとうございます。
今後もどうぞよろしくお願いいたします。
次の投稿は、1/25(土)夕方~1/26(日)朝あたりを予定しています【2025年1/18(土)現在】
予定変更の際は、お伝えできる場合は活動報告でお知らせします。
【2025年1/27(月)に改稿しました】
服装や物の色などについての文をいくつか追加しました。




