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「9月、月乃とネコで」5.紙上で、空論ではない


「文字の上に行ってくださり、ありがたいです。ですが、あなた方がつらくない、無理のないスピードとペースでお願いします。途中で休憩を入れるのも、もちろんありです。言葉リストをどの程度使うかもおまかせしますし、はい、いいえは、紙を使っても動作でも、どちらでもかまいませんので」


 月乃つきのが言うと、一跳び、三前傾姿勢アンド戻る、という行動を三体全部がした。


 返事が必要な内容を一度に言いすぎた……。

 月乃は反省しながら小さくお辞儀をする。


 そのあとで、休憩する、を紙に書き足した。いくつかの、こそあど言葉も書き足す。いくつかの記号も、言葉リストのあたりにも書き加えておく。


 それらをしたのち、月乃は質問を口にした。


「どうお訊きするのが近いのかわかりませんが、みなさんは湯のみのどういった存在? 状態? 状況? なんでしょう」


 縦棒状の立体が、紙の上を動く。


 ゆ の み に う ま れ て い た


 ……立体の動きはかなりすばやいけれど、一文字ずつ無言で読んでいると、ちょっとわかりにくいような。


 立体たちが紙の上でつくる文を、月乃の中で漢字変換もして、声に出すことにする。


「――湯のみに生まれていた精神なんだ。湯のみが割れて、本体である湯のみから精神体だけ出た状態。月乃さんが見ているのは精神体だよ――ですか。私の名前に、さんはつけなくてもかまわないですよ。でも一応書き足しますね」


 言って月乃は、紙の、月乃という言葉の近くに、さん、と書き足す。


 円柱となっている立体が、紙の上を移動する。

「――月乃も話し方丁寧でなくてもいい――」


 月乃が文の内容を把握したあたりのタイミングで、三体が、前傾姿勢、戻る。


「みなさん、ありがとうございます……ありがとう」

 月乃がお礼を言うと、三体がぴょんっと跳ねた。


「みなさんの……みんなの精神はいつから……? 最初に湯のみになったときからいたの?」


 円柱となっている立体が紙の上を動いていく。

「――自分という存在に初めて気づいたときには、月乃が使っていた――そうだったんだ。私、全然気づけずにいたけど、動いたりとかもそのときからできたの? 助けてくれたとき、台から自分で動いたよね?」


 縦長気味平行四辺形の立体が、紙を使って答え始める。

「――動いたのは今回が初めてですね。飛んでいく包丁をどうにかと思ったら、気づいたら動いていまして――そうなんだ。ここまできたらあわせて訊いちゃうけど、刃が刺さったのは? 湯のみのかたさ、変えられるの?」


「――変えようと思って変えたわけではなく……。包丁をはじいた場合、飛んでいくところによっては、よけいに危険だと思い、刃をとどめたかったのです。そう思いましたら、ああなりました――」


「――で、もう大丈夫だと思ったら、割れたようだな――」

「――気づいたら、精神体が出てたんだよね――」


「そういう状況だったんだ……。えっと、話の途中でなんだけど、キーボードやタッチパネルってわかる? それらも使ってみる? 反応するかな」


 紙の上をととととすばやくスムーズに動いて文をつくる立体たちを見ていたら、それらもツタタカ使いこなしそうな気がしてきたので訊いてみた。


 重さとか実物感とかのハードルはありそうだが、もし使えるならば、紙の上をたくさん動くより、立体たちにかかる負担が少ないかもしれない。


 円柱となっている立体が、紙の上を行く。

「――精神体だけの、この状態では、おそらく無理だ。引き続き紙で――そっか。わかった。休憩したくなったら遠慮しないでね」


 そんな予感も少ししてはいたが、やはり精神体だけだと無理なようだ。

 では、本体の湯のみに精神体が戻って、もしまた動けた場合はどうなのだろう。


 目当ての範囲を押すには面積が大きい? でも今は欠片だから、ひとまずそこに戻って……ん? 戻る? あれ? 精神体だけ出た状態でいるのって……。


 浮かんだ疑問に、月乃は落ち着かない気持ちになった。

 ためらいつつ、立体たちに訊く。


「……ねえ、みんなが精神体だけでいるのって、本体に戻ってないだけ? それとも、戻れない?」


 三体は、すぐには動かなかった。


 少しして、縦棒状の立体が文をつくり始める。

「――実は戻れないんだ。出たってわかって、とっさに戻ろうとしたけど無理だったし、そのあと落ち着いて試しても無理だった――」


 それは……。

「割れて欠片になっちゃったから? 直せば戻れる?」


 縦長気味平行四辺形が、紙の上を進む。

「――戻れる確率は低い気がします。湯のみとのつながりが切れている気もするのです。あなたは誰といった感じのことを訊かれたら、一度言ってみたかったので、先ほどはああ言いました。ですが、もしかしたら実際はすでに、もとぜん、湯のみかもしれません――えっ、そうなんだ」


 いろんな意味で、そうなんだ……。

 ユーノーミーって言ってみたかったんだ。でももう、元や前かもしれないんだ……。

 私を守ろうとして、割れて、それで……。


 縦長気味平行四辺形が、再び紙の上を動きだす。

「――紙の上での文づくりは、三体とも大変スムーズだと我ながら思うのですが。本体への帰還は、スムーズとはいかないようで――」


「って、表現楽しそうに工夫するのにね。文つくるのだって、みんな超高速で上手だし。でも戻るのはうまくいかないっぽいんだ……。精神体だけの状態で、すごしていくことはできるの?」


 縦棒状の立体が動く。

「――ずっとこの状態なのは、あまりよくなさそうなんだ。なんかいずれ危なくなりそうな。ボクたちの場合、今すぐ危険ってことはないみたいだけど――」


 円柱となっている立体が文をつくりだす。

「――とはいえ、はいれそうななにかに勝手に入ることを考えるのもな。それにおそらく、湯のみにいたとき、オレたちは一体だった。それが今は三体。このことに対してどう行動するのがいいのか、このことがなににどう影響するのか、オレたちにはわからない――」


「そうなんだ……私にもわからないし、相談先……。……相談するとして、みんなのことって、いろんな人に見えるの? 流しのところで私に話しかけてきた人は、見えてない感じだったけど」


「――たぶん見える人のが少ないと思うよ――」

「――月乃の目とかの動き的に、見えているようで驚いた――」

「――袋へのれ方を迷っているようでしたから、三体で一つの欠片に集まってみましたら、それをふまえた行動をしてくださいましたし――」

「――で、話しかけられて、動作の意味についても訊かれて、見えているんだと確信したんだが――」


 三体が次々と動いて、文をつくっていく。


「――見えたばかりに、月乃に面倒をかけることになった。すまないな――」

 円柱となっている立体がそう文をつくったあとで、三体がお辞儀のような動作をする。


「そんな! なんで!」

 謝る三体の姿に、気づいたら月乃は声を出していた。

 月乃の中を、一気にいろいろな感情が駆け巡る。


「謝ってもらうことじゃないよ! びっくりしたし、みんなが大丈夫なようにこの先行動していけるか正直プレッシャーは感じてるけど。でも、見えなきゃよかったとは思ってない。見えてなかったら、全然対応できないところだった。そう想像すると、ひやっとするし」


 それに、と月乃は続ける。

「割れたのは、私を守ってくれたからでしょ。この状況は、その結果。なのに……。みんなが謝ることじゃない。むしろ私のほうがっ」


 そこで縦長気味平行四辺形の立体がすばやく動いた。

 紙を使い、月乃、と月乃の名を呼ぶ。

 月乃は自分が話すのを思わずストップした。


 縦棒状の立体も動く。

 月乃は自分が言いかけていたことをあとにして、つくられていく文を読む。


「――ボクたちが月乃を守りたくて、そうしたくてした行動の結果だよ――」

 月乃が読み終えたタイミングで、三体みんなで前傾姿勢、戻る。


「――そして、守れてよかったと思いますし、この状態は予想外ではありますが、あの行動そのものを悔やんではいませんよ――」

 縦長気味平行四辺形のつくる文を月乃が読むと、再び三体みんなで前傾姿勢、戻る。


 むしろ私のほうが謝ること。

 そう言おうとした月乃だったが、立体たちに止められた形になった。

 けれど、止められてよかったと思う。


 守ってくれたうえに、その結果こうなってもなお月乃のことを気遣い、しかも、したかったからした、悔やんではないと言う、立体たち。

 その心に月乃が渡したいのは、謝罪ではないとわかったから。

 渡す気持ちを感謝に変えて。


「……ありがとう。いろいろ」

 気持ちは強いのに、月乃が出せた言葉は短かった。

 けれど、聞いた三体はぴょんぴょんぴょんぴょん、いっぱい跳ねているから、月乃の気持ちはしっかり受けとってもらえていると思おう。


「……見える私が対応を、とか、守ってもらったから今度は私がって気持ちもあるけど……」


 月乃が話しだすと、三体は跳ねるのをやめ、しっかり月乃のほうを向いてじっとしてくれる。


「なによりも、みんなに無事でいてほしい。これからを、大丈夫な感じですごしていてほしい。それに、これからもやりとりできたら嬉しい。だから、実際どこまで力になれるかはわからないけど動きたいし、面倒とは感じてないから」


 月乃の言葉に三体は、ありがとうの言葉の上に行ってから、今までより高くジャンプした。



 立体たちがくれた、あたたかい気持ちをしばし味わったのち、紙にいくつか言葉を書き足してから、月乃は口を開く。


「相談先として考えているところが一つあって……テイク、っていうところなんだけど……」

 言いながらスマホを操作し、ここ、とテイクのサイトのトップページ画面を立体たちに見せる。


 立体たちは画面に向かって少し前のめりになった。見ているよと伝えてくれているようだ。


「いろいろな相談を受け付けて、対応してくれたり、対応してくれるところに、つないでくれたりするんだって。こんなことを相談していいのか、どこに相談すればいいのか、そういった内容でもお気軽に、ってある」


 月乃が説明し始めると、三体は、先ほど月乃が紙に書き足した、ほうほう、という言葉の上に行った。

 紙には、ふむふむ、なるほど、うーむ、いやいや、なども書き足してある。


「最初からこちらの情報をいろいろ明かして、相談を本格的に申し込むことも、とりあえずざっと相談内容を送ってみることも、どちらもできるらしいんだ。どちらもセキュリティ面などがきちんとしている点は同じだって」


 三体引き続き、ほうほう上。


「で、ここを相談先にと考えた理由は、ほかにもあって。ここは不思議なことへの対応もしてくれたっていう体験談を読んだことがあるんだよね」


 三体、ほうほうの上で軽くジャンプ。


「書けることしか書いてないとあったし、そもそもどこまで本当かはわからないけど、私としては、それなりに信用している人が書いたもので。相談したら、決めつけずにちゃんと調査してくれたし、知識も経験も対応力も豊富だったって書いてあって」


 三体、ふむふむ、の上に行く。


「そのとき気になって、テイクのサイト見てみたんだ。いろいろと気配りしてくれてるって感じる内容のつくりで好感持って、なにかあったら相談先として考えてみようかなって思った」


 三体、なるほど、へ。


「ここに話すにしても、まずは相談内容を送って反応を見るつもりだけど、もし、この珠水村ってところに直接相談に行くことになっても、県内で、距離的にもそんなに離れてないし、車でも電車でも、ここからはわりと行きやすいほうだし」


 三体、再び、ふむふむ上。


「って、そうだ。さっき帰り、短時間だけど車に乗ってみてどう? ひとまず平気そう? 本格的に相談ってなった場合、ここに来てもらうより、できたらこっちが行きたいんだけど」


 立体たち、文をつくりだす。


「――車も、おそらく電車も問題ありませんよ――」

「――湯のみとして、いろいろな手段で運ばれることもあるからな――」

「――本体的に通常の範囲のことは、精神体としても大丈夫なことが多いよ――」


「そうなんだ。……通常の、範囲」

 ……では、流しでの、あれは?

 月乃は考え込みかけたが、立体たちが再び動きだしたので、そちらに意識を向ける。


「――湯のみは、アクシデントで落とされることもありますし、その際、放り出されるような形になることもあります。割れることもありますね――」


「――それに、さまざまな調理関係の物と一緒の場所で扱われれば、先のとがった物が向かってくる、とがった先が強く触れるという状況もあり得るな――」


「――通常の範囲だよ。大丈夫――」


 月乃がなにを気にしたかすぐに気づいて、三体が月乃の心配を減らそうと言葉にしてくれた。


「……教えてくれてありがとう。通常の範囲であっても、守ろうと動いてくれたこと自体ありがたいし……通常の範囲であっても、あまり積極的に招きたい状況や状態じゃないと思うから……それでも守ろうと動いてくれたことも、ありがとう」


 三体が、どういたしまして、の上に行き、同じタイミングで大きくジャンプした。


 そして、縦長気味平行四辺形の立体が移動する。

「――さて、相談先ですが、テイクというところにまず話をしてみるという考えで、よいのではないかと思います――」

 三体、前傾姿勢、戻る。


「うん。じゃあ、ここに話してみよう。相談文つくってみるね」

 三体、前傾姿勢、戻る。


 とは言ったものの、最初の時点でなにをどこまで書くか。

「相談にどう反応されるかわからないから、詳細書きすぎるのはためらうけど、曖昧に書きすぎても話が進まないだろうし」


 テイクとそのまま話を進めるか、別の相談先をさがすことにするか。

 それを決める必要があるから、最初の時点でためらって、あまり時間をかけてもいられない。


 考えつつスマホを使い、文をつくる。立体たちの意見を取り入れて修正する。

 三体と月乃が、うん、こんな感じか、と思える文ができた。


「送信するね」

 月乃の声に、三体は手分けして紙の上で。

 ゴ ー !


 そして送信後、円柱となっている立体が動く。

「――月乃、紙に、数字もほしい――」

 三体、前傾姿勢、戻る。


「ん? あ、書いてなかった。書くね」


 しかしなぜに、このタイミングでその願い。不思議に思いつつ数字を書いていく。


 5を書いたところで、立体たちがその数字を取り囲んだ。


「あ、わかったかも」

 5ー! ってしたかったんじゃないかな。


 その内容の文をまたつくる機会が来て、次は使いたい文字でつくれるといいね。

 書いた数字と三体を見つつ、月乃は思った。




お読みくださり、ありがとうございます。

今後もどうぞよろしくお願いいたします。


次の投稿は、1/18(土)夕方~1/19(日)朝あたりを予定しています【2025年1/11(土)現在】

予定変更の際は、お伝えできる場合は活動報告でお知らせします。



各作品、読んでくださっている方、読んでくださった方、評価やブックマークやいいねをしてくださった方、ありがとうございます。嬉しいです。



【9月2を2025年1/13(月)以降に改稿予定です。よろしくお願いいたします】

・ひとつの湯のみ茶碗→一つの湯のみ

・〈ヴァン『私たちも楽しみに→〈ヴァン『ワタクシたちも楽しみに



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