「9月、月乃とネコで」1.たまご料理で顔合わせ
ページを開いてくださり、ありがとうございます。
9月を題材とした話は、月乃視点で進みます。
優月視点の話も、10月を題材とした話以降になるかとは思いますが、またあります。
いろいろな回、お好みに合うものがありましたら嬉しいです。
「それでは、私は今日はここで失礼します。お食事とお話、ごゆっくりお楽しみください」
ローテーブルと二つの長ソファの近くにいた優月が穏やかな声で言い、お辞儀をして体を起こした。
九月中旬の夕食時、結界内の一室。
月乃と、ヴァン、トキ、サーが、花山家の三人と初めて直接会って挨拶をし、おもに月乃と優月でローテーブル上にごはん類を並べ終えたところだ。
「「ありがとうございます! また明日」」
ラビィを真ん中にして、ラビィの右に育生、左にゆかりという並びで長ソファに座る花山家の三人。
その三人が同時に優月に顔を向け、同時に手を振る。
少し前に向かいの長ソファに座った月乃の耳に聞こえたのは、同時に同じことを言う育生とゆかりの声だ。
けれどスマホの画面に、すぐさま、同、と入力兼伝え役によって表示されたから、ラビィも同じことを同時に言ったのだとわかった。
同、で表現して問題ないというのは、花山家に確認済みである。
花山家のシンクロ具合。
事前に知ってはいたが、実際の場にいるのは、月乃は今回が初めてだ。
育生もゆかりも、モノであるラビィの声が聞こえていないのに、なぜ、三人で同時に同じことが言えるのか。
いや、そもそも、聞こえていたところで、これから言うことをみんなで全部合わせられるものなのだろうか。
動作にしたってそうだ。ある程度予想したからといって、ぴったり合わせるのは難しいだろう。
月乃は、超常ありきの毎日を何年もテイクですごしている。超常的な出来事の全部に、驚くということもない。
だが、このシンクロ具合には驚いた。しかもこれは、超常現象ではないらしいのだ。
そもそも超常現象って? なにをもって超常、と? と思わず考え込みそうになる。
けれど、考え込む前に月乃は思考から戻った。
微笑んで小さく手を振り、また明日と言ってドアのほうに歩いていく優月の動きを認識したからだ。
優月はスケジュールの都合上、今日このあとは同席しない。ここからは月乃が進めていくことになっている。
長ソファ二つと、その間にローテーブル。
片方の長ソファに、ラビィを真ん中にして花山家の三人。もう片方の長ソファに、月乃と、ヴァン、トキ、サー。
ラビィと、ヴァン、トキ、サーは、物に精神が生じたモノである。
ラビィは薄ピンク色をしたロップイヤーのうさぎのぬいぐるみだ。
耳を抜かした部分は、高さ二十センチほどとのことだが、モノとしてすごしているときは、それより大きいような気もする。
育生とゆかりは、ラビィの持ち主であり家族だ。
ナチュラルベーシックな服装と柔和な顔立ちで、よく似た雰囲気の二人である。
二人とも三十代前半なので、月乃と年齢が近い。
月乃は優月と同じくテイクのメンバーで、モノ対応担当もしている。優月より数年はやくテイクで働き始めた。
長身と言えるほうだと思う。おもに勤務中に着る紺基調のワンピースは、いろいろなデザインのものを持っている。
ヴァン、トキ、サーは、それぞれ、陶磁器のような質感のネコの置物だ。
ヴァンは薄緑色、トキは薄茶色、サーは白。
前足をそろえて縦長に座ったときの高さが十五センチほど、ではあるのだが、実際より大きく見えることも多々ある。
モノとしてすごしているとき、実際のサイズとは違う感じになるモノもけっこういるから、普段はあまり細かくは考えない。
三人あわせて、三ネコと呼ぶことも多い。
月乃が持ち主で、一緒に暮らしているし、一緒に働いている。
ネコが苦手ではないか、花山家の三人に、わりとはやい段階で訊いてある。
本当のネコではないし、質感も違うが、ネコの姿をしているし、その姿で動いている。
そういう相手と長時間交流しても大丈夫か、先に訊いた。
大丈夫との返事だった。
月乃も育生もゆかりもモノの声が聞こえないため、ヴァン、トキ、サーがこの時間は入力兼伝え役もする。
月乃、育生、ゆかりは、自分のスマホなどに表示された文を読む形だ。
三ネコはキーボード上を自在に動き、入力などの操作をする。タッチパネルにも対応可能である。
また、三ネコは、体のどこかが月乃に触れている状態で話せば、月乃の端末には、入力しなくても話したことをそのまま表示できる。
以前は月乃が端末を手に持っていなければできなかったが、今は持っていなくても可能だ。
優月が部屋を出て、ドアが閉まり、少しして花山家の三人が体の向きを前に戻した。月乃に視線が向かう。
「では、どうぞ召し上がってください」
意識して口角を上げ、明るく、できれば柔らかめに聞こえるようにも努めつつ、月乃は声を出した。
月乃の場合、わりと顔つきも口調も動作も、相手にきつく伝わりがちだ。
気をつけたところでずっと続けられるわけではないが、せめて最初くらいは柔らかく、と思い実行する。
「「はい! いただきます。よろしければ、月乃さんと三ネコさんもご一緒に」」
育生とゆかりの言葉の直後に、画面に表示される、同、の文字。
これもそろうの、と驚く月乃の目の前で、三人はどんぶりを持ち上げスタンバイ。
すばやい。
月乃も少しあわてて器を手にした。
みんなでいただきますをして、食べ始める。
ラビィはカツ丼、ゆかりは鶏つくね丼ゆで卵付き、育生は親子丼。
月乃はガパオライス。ちなみに数日前にはナシゴレンを食べた。
ヴァンは、だし巻きたまご。トキは、ほうれん草とベーコンのキッシュ。サーは、きのこオムレツ。
本日、テーマは、たまごが使われている料理から、それぞれが食べたいもの。
花山家の案である。
九月、中秋の名月、十五夜、お月見、月、といったところから、黄色、から、たまご、とのこと。
花山家の三人が、感想も口にしながら、とてもおいしそうに食べ進めていく。
三ネコも、入力したり返事をしたり話したりしつつ、しっかり食べている。
月乃も会話にも参加しているし、順調に食べ進めてもいる。
料理の話から、食器の話になり、月乃が作品展に出したお皿の話になり、風実が描いたラビィの絵の話へ。
先月、縁側で扇風機による風を受けながらアイスキャンディーを食べたときのことを、楽しそうに振り返る花山家の三人。
話は、そのときのアイスのカラー選びについてになった。
三人が並んで持つことで、あわせてカラフル、というのを目指し、それぞれは単色のアイスキャンディーを複数用意してもらったラビィたち。
ラビィがまず選ぶことになり。
〈ラビィさん『いろいろな色のを用意してくださって……、同化しないよう自分と違う色を選ぶのがいいかなと思ったんですけど、やっぱり最初は、自分と同じ色のを持ってみたくて』〉
「育生が順番を譲ってくれて……、ラビィがピンクを選んだから、色の並び的に黄色かオレンジかしら……と思ってオレンジを」
「じゃあ俺は、緑か青系を入れようかなということで、薄い黄緑のを」
そして三人で並んで味わった。
〈ラビィさん『おいしかったし、雰囲気楽しかったです』〉
画面を見て、ラビィを見て笑顔で頷き、月乃たちに向けても笑顔で頷く育生とゆかり。
〈ラビィさん『食べ終わったあと、個包装の袋を開けないまま、残り四本を持たせてもらったのも嬉しかったです』〉
紫、白、黄色、水色を同時持ちという、なかなか楽しい体験をしたラビィである。
そのあとで、ラビィが水色のを、コトハが白のを、優月が黄色のを食べた。
紫のは、育生とゆかりのもう一人の娘、ゆなへのおみやげとなった。
ゆなが喜んでくれたと、花山家の三人が嬉しそうに言う。
ゆなは育生とゆかりの娘で、ラビィも、育生とゆかりにとっては、育生とゆかりの娘。ラビィが長女である。
育生とゆかりにとって、どちらも大切な娘だ。
〈サー『ゆなさんが先日、六歳になられましたこと、おめでとうございます』〉
ゆなのことが話に出たタイミングで、サーが述べた。
月乃もお祝いの言葉を口にする。ヴァンとトキも姿勢を正してお辞儀をした。
「「ありがとうございます」」
育生とゆかりが言い、ラビィもお辞儀を返した。
「待っていてくれたお友だちと一緒に記念のお泊まりイベント、何日も前から楽しみにしていて」
「今のところ担当の方からの緊急連絡も来ていませんし、順調にすごしているようです。成長は嬉しいけれど少し寂しいような、でも頼もしいような……」
ゆかりと育生が続けて言う。
ゆなは現在、記念のお泊まりイベントに参加中だ。
記念のお泊まりイベントは、テイクが村でおこなっているもので、六歳を迎えた子が参加できる。
誕生日を迎えてすぐにでなくてもよいため、同じ年度に生まれた子と日程を合わせて、一緒に参加することもある。
今回、花山家の三人と月乃たちの夕食会アンド顔合わせが実現したのにも、ゆなのお泊まりイベント参加が関係している。
ゆなにはまだラビィがモノであることを明かしていないため、村でラビィがモノとしてすごす場では、ゆなは別行動となることが多い。
別行動となる間も、ゆななりにいろいろと楽しくすごしてくれているようだと聞いているので、その点はこちらとしても安心なのだが。
ただ、花山家は村滞在中、なるべく夜から朝にかけては、少なくとも育生かゆかりのどちらかは、ゆなと一緒にいられるようスケジュールを組むことがほとんどだ。
一方、月乃と三ネコが、この時間帯ならほぼ、変更することなく会えるだろうと、会う予定を組み込みやすいのは、スケジュールの都合上、多くが夜。
せっかくなら顔合わせは、育生、ゆかり、ラビィ、月乃、三ネコがそろうときがいい。
しかし、なかなか予定が合いそうにない。
そう考えていたが、ゆながお泊まりイベントに参加する今夜なら、となった。
月乃が経緯を思い返している間も、サーが育生たちと言葉を交わしている。
わりと、進行や説明は月乃、会話はサー、入力はトキが、メインでおこなうことが多い。ヴァンは全体を見て必要なところをフォローする。
月乃と三ネコ全員がいるときは、そういった役割分担になる感じだ。
この場にいる七人全員がほぼ食べ終わったので、月乃はデザートを配るために立ち上がった。
月乃の頭の上に来たヴァンと一緒に、ワゴン近くへ移動する。
デザートは、さつまいものプリンである。
お読みくださり、ありがとうございます。
今後もどうぞよろしくお願いいたします。
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