「8月、夏にご案内」8.思惑に
「ジャブジャブ……ジャブジャブジャブジャブ……フック……ストレートー! フック」
「ん……? ボス……? ボクシング、か?」
八月下旬の昼下がり、結界内の家の中。
聞こえてきた声に、ラビィを抱いて廊下を歩いている育生が声を出す。
育生たち花山家の面々を案内しながら歩いている優月には、どういう状況でのコトハの言葉か、想像がついた。
しかし解説するより、コトハがいるキッチン前に、さしかかるほうがはやかった。
なにやら作業中だったコトハが気づいて顔を上げ、口を開く。
「こんにちは。今日は一緒に」
「『びみゃっ!』」
コトハの言葉にかぶせるように、育生とラビィが奇妙な声を出した。
優月が見ると、育生とラビィは体を縦にピーンと伸ばし、そのまま器用にふるふると震えている。
「……二人して、どうしたの?」
ゆかりが怪訝そうな顔で、育生とラビィを見た。
「……ちょっと、昨夜の、創作話の夕べの記憶が……」
弱々しく育生が言い、ラビィも控えめに頷く。
決まったジャンルとテーマに合うよう創作した話を、昨夜のテイク主催のイベントで語ったコトハ。
育生とラビィは、予定どおり観客として会場にいたようだ。
「聞いてくださったのね。ありがとう。あっ、ちょっともう一回手を洗っちゃうわね」
笑顔で育生たちに言ってから、コトハが手を洗い始める。
「ジャブジャブ……ジャブジャブジャブジャブ……」
よく手を洗い。
「フック……」
近くの有孔ボードに取り付けてあるフック。そこに一時的にかけてある、コトハ用のループ付きハンドタオルをとって、手をふき。
「ストレートー! フック」
ぐいっと手を伸ばして、再びタオルをフックにかけた。
「ボクシングじゃなかった……」
まだ体に少し緊張を残しつつ、育生がぽつり。
「いろんなパーツがゆうこうボード。仲よく並べてゆうこうボード」
歌うようにコトハが言う。
漢字としてはおそらく、有効で友好だろう。
「『あ、いつものボスだ……』」
育生とラビィが普通の姿勢に戻った。
「今日は一緒にお食事を……って言おうと思ったのだけど……」
コトハが遠慮がちに切り出す。
「あっ、はい! 昨夜の語りのインパクトが強すぎてつい、というだけで、ご一緒できるのは嬉しいです」
育生が少しあわてたように言った。
ラビィも高速で何度か頷き、声を出す。
『私もすごかった語りの印象で思わず……。一緒に食べたりできるのは嬉しいです』
「よかったわ……。ありがとう」
安心したようにコトハが微笑んだ。
優月はラビィの言葉を、育生とゆかりに伝える。
ゆかりが優月を見た。
「私はゆなと部屋にいて、コトハさんの語り、聞けていないの。優月さんはお聞きになった?」
「本番は聞いていないのですが、事前に何度か聞く機会がありました」
「そうなのね。指定が、ホラー、うわさで、ある宿泊施設の不気味な声や音をめぐっての話で、語りが怖かった、すごかったって、帰ってきて二人とも言ってたけど……」
育生がゆかりに大きく頷く。
「そうなんだよ! 何度も言うけど、語り、すごかったんだ。それに……話をご自分でつくったんですよね……というか、創作ですよね? 実話じゃ、ないですよね?」
育生がコトハに問いかけた。
「えっと……まったく実話じゃないって言うと嘘になっちゃうのだけど……」
「『ええっ!』」
コトハの答えに、大きく反応する育生とラビィ。
「ただ……舞台裏を話すと、ホラーじゃなくなるって、優月が」
「『えっ? ……え?』」
コトハの言葉に、育生とラビィが優月を見た。
「私はそう、感じました。……ですが、もしかしたら、みなさんの好みに合うかもしれません」
優月は言う。
はっぽうとか、さんとか、うわーとか、さっととかが散りばめられた、創作舞台裏。
コトハを言葉遊びのボスと慕う花山家の面々だ。気に入るのではないだろうか。
「そうなんですかっ? ではぜひ、舞台裏を」
育生がずずいとコトハに迫り、ラビィも激しく頷く。
「もしお願いできるなら、語りのほうもぜひ!」
ゆかりもコトハへの距離をつめる。
コトハが優月を見てきたので、優月は頷いた。
「料理類が届く予定の時間までまだあるし、受けとりと運ぶのは私ができるから、コトハが先にお部屋にご案内して、そのままお話どぞどぞ。あ、お出しする前に、機能付与はよろしく」
優月がコトハに言うと、コトハが首を縦にぶんっと振った。
「では、語るわ! お話しするわ! みなさんまずはこちらへ!」
「「『おー! ボスに続けー!』」」
ずんずんと歩いてキッチンから出ていくコトハに、花山家の面々が勇んで続く。
優月は微笑ましい気持ちで見送りつつ、キッチンに残った。
だが少しして、ふと思う。
舞台裏話を聞いたら、八宝菜や炭酸飲料が、頭の中で踊ってしまうのでは。
勧めるタイミング、大丈夫だっただろうか。
優月は少々不安になってきた。
「……でも、これから届くのも、何種類かの具はあるはずだし……炭酸的感じも……飲料ではないけどある予定だし……」
きっとこちらの味たちは味たちで、楽しく思ってもらえるだろう。
優月はそう考えることにした。
そろそろ運べるけれど、どう? と優月がコトハに連絡したところ、ちょうど話し終えて連絡しようとしていたところよー、と返事が来た。
余裕のある受けとり時間指定にしていたので、待っていたり受けとったりしているうちに、コトハの語りと舞台裏話のほうも終わったようだ。
ワゴンを押して、花山家の面々とコトハがいる部屋へ優月は向かい、入室する。
部屋中央付近に丸テーブル。ゆかりラビィ育生の並びで、テーブル周りの椅子に座っている花山家の三人。
ゆかりの隣に座っていたコトハが立ち上がり、こちらに歩きだす。
花山家の三人が優月を見た。
「俺は舞台裏のほうが好みです」
「語りでの怖さが本当にあっという間に消え去ったわ。けど、舞台裏も好き」
『ボス味を感じました。楽しい』
育生、ゆかり、ラビィが、聞き終えての感想を明るい声で教えてくれる。
「よかったです」
よい感じだったようなので、優月はその点は安心しながら笑顔で返した。
「おいしく楽しく無事飲食ー」
コトハがワゴンのそばで唱えながら、モノも飲食できるよう機能付与をする。
唱える言葉はそのときどき。コトハの気分によるものだ。そもそも唱える行為が必須というわけではないとのこと。
「付与したばかりで光っているけれど、少し経つとおさまります。光っているうちに触れたり口をつけたりしても、もちろん大丈夫」
花山家の面々に言いつつ、コトハが丸テーブルにお皿を置き始める。
「「『輝く冷やし中華!』」」
身を乗り出して、それぞれ自分の前に置かれたお皿を見る面々。
「「『光り終えても、いろとりどり冷やし中華!』」」
元気に言う三人の前に、優月はお箸やウーロン茶入りのグラスなどを置いていく。
『具が八つの方向に配置されてる……』
お皿を見つめて、ラビィ。
ハム、錦糸たまご、きゅうり、カニカマ、チャーシュー、もやし。
八種類はないが、細切りや縦長形の具材が八つのまとまりにされて、それぞれ中央からお皿の端へと向かうような置かれ方で、麺の上に並べられている。
「「確かに! ある意味、はっぽう!」」
優月がラビィの言葉を伝えると、育生とゆかりが言ってラビィに笑いかけた。
「そうだ、俺、あとで、真ん中の紅ショウガ散らそう」
「うわーきっと更に鮮やかだわ」
「さっとでなく、ご自分のペースでどうぞー」
育生とゆかりが言い、椅子に座りつつコトハも言う。
ラビィが笑い声を発した。
みなさん、なんとも楽しそうである。
ちなみに、タレは酢じょうゆ系。酸味あり、だ。
冷やし中華がよいと事前に希望したのは、花山家の面々だ。タレの味の希望もそう。
具材の種類や配置は、上限の金額は伝えたが、あとはつくるメンバーにおまかせだった。
ねらって用意したわけではないのに、いろいろと重なってきた。
なんだかすごいなぁと思いつつ、優月も椅子に座る。位置としては、コトハと育生の間だ。
冷やし中華の一部、または全面に、花山家の面々が紅ショウガを散らす。
「「『では、いただきまーす!』」」
華やかな声を響かせてから、三人は冷やし中華を食べ始めた。
しばらく、無言。食べる音だけが聞こえてくる。
優月とコトハは顔を見合わせ、小声でいただきますと言い合ってから、冷やし中華に口をつけた。
コトハが表情と仕草で、おいしーい! と伝えてくる。優月は笑顔で頷いた。
花山家の三人が声を出したのは、それぞれ半分ほど食べ進めたあたり。
「これ、おいしいなぁ! 次々と食べたくなる」
「どの具材と食べるかで、いろんな味があって楽しいわ!」
『ちょっと酸っぱくてキュッとする! でもそれがなんかいい感じ』
好評だ。
優月とコトハも、笑顔で花山家の面々に向かって頷く。
三人とも勢いよく食べ進めていたから、そこまで心配はしていなかったが、感想を聞いて、あらためてほっとした。
優月とコトハも気に入っている冷やし中華で、夏が来ると思い浮かべるものの一つだ。
三人にも気に入ってもらえたようで嬉しい。
冷やし中華を食べて、ウーロン茶を飲んで。
「「『ごちそうさまでしたー!』」」
としつつも、今日はまだ続きがある。
優月とコトハもごちそうさまでした、をし、次の行動へ。
協力してワゴンに戻した食器類を、コトハがキッチンに運んでいく。
優月は花山家の面々と一緒に部屋を出た。
こちらが向かう先は、この家の縁側だ。
庭には、いろいろな夏の花が咲いている花壇や、いくつもの野菜がなっている家庭菜園といった感じのもの。
縁側には、レトロな風情の扇風機。動作確認済みである。
優月がスイッチを入れると、軽やかに風を送り始めた。
育生とゆかりが、この形、なんだか懐かしいと言いながら、扇風機に近づく。
ゆかりに抱かれてともに近づいたラビィも興味深げだ。
「お待たせしましたー」
クーラーボックスを持ち、コトハが足早にやってきた。
「機能付与済みよ。お好きなのをどうぞ。どれもおいしそうな色よ!」
ふたを開けて、花山家の面々に見せる。
中には、棒付きの、個包装のアイスキャンディーが複数。
何種類かの形や色がある。
『私は……これ!』
ラビィが手にしたのは、円筒形のピンク色のもの。
「私はこちらを」
ゆかりは、長方形の上の部分がアーチ型になった、オレンジ色のもの。
「俺はこれにしよう」
育生は長方形の、薄い黄緑色のもの。
「「『ではではいざいざ』」」
袋から出したアイスキャンディーの棒部分を持ち、三人はラビィを真ん中に、縁側に並んでぺたりと座る。
扇風機による風が、優しく涼やかに通っていく。
優月とコトハは斜め後ろ、三人から少し距離をとって座った。
「「『いただきます!』」」
夏の庭に、三人の元気な声。
「「『フルーツ風味とシュワッとした感じとで、おいしーい! それに、この雰囲気。この感じこの感じ』」」
三人が歌うように言って、楽しげに体を左右に揺らす。
風実さんの絵の感じを、というリクエストを受け、目指したこのシチュエーション。
成功と言ってよさそうだ。
「「『ごちそうサマーデイズ! アンド春秋冬!』」」
振り返って優月とコトハを見た三人が、言って笑う。
「あら! 素敵」
コトハが言って、ふふっと笑った。
優月も微笑む。
さあ、次は、どちらにご案内しようか。
お読みくださり、ありがとうございます。
今後もどうぞよろしくお願いいたします。
次からは、9月を題材とした話に入ります。
次の投稿は、12/14(土)夕方~12/15(日)朝あたりを予定しています【2024年12/7(土)現在】
予定変更の際は、お伝えできる場合は活動報告でお知らせします。
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【投稿済み短編について】
「とある宿泊施設の怪、談・コトハ」
こちらがコトハが考えたお話。
「とある宿泊施設の怪? 談話・コトハと優月」
こちらが、コトハと優月が舞台裏話と言っているもの。
といった感じに考えています。




