「8月、夏にご案内」7.想いと理由に
いちとせがテイクとやりとりしている間に、風鈴用の専用スペースがテイクによって作成された。
いちとせや佐々木のタブレット等を使い、風鈴と佐々木に専用スペースの利用方法を説明する。
関わり方の事例や、よくおこなわれていること等、モノ対応の詳しい内容や今後についてなどの話もいくつかした。
佐々木は風鈴の状態チェックに強い関心を示した。
保管状況や生活環境をそこまで気遣えていたわけではないから、風鈴になにか不調や不具合がないか心配なのだそう。
佐々木が購入する前から風鈴がモノだったこと、モノがとても丈夫だということを知りはしたが、それでもやはり気になるしチェックを、と望んだ。
また、組み込み可能と思われる機能全般に関心があるが、中でも、転送機能を特に心強く感じるとのこと。
「万が一のときに、僕だけでは風鈴を守ったり助けたりするのは難しいと思われるので」
佐々木はやけにきっぱりと言い、風鈴はどこか遠慮がちに、しかしはっきり、肯定を表す鳴り方で鳴った。
風鈴のほうはといえば、組み込み可能と思われる機能の中に、緊急通報機能があると知って喜んだ。
『いいな! これ。俺のほうから、少なくとも、何事かあったってことだけでも知らせることができる、ってことだもんな。佐々木に、もしなにかあったときに助けを呼びやすい。もちろん、助けを呼ばなきゃいけない出来事は、めったにないほうがいいけどな!』
風鈴の考えをいちとせが佐々木に伝えると、佐々木は風鈴に向かって苦笑した。
「ご心配とお手数をおかけしました……しています? します? えっと、もしものときはよろしく」
まかせろ! と言うかのように、とても強く、短く一度鳴る風鈴。
「あ、でも、風鈴自身を守る目的でも、もしものときはちゃんと使ってよ」
了解! と言うように短く一度鳴る風鈴。
チェックや組み込みに前向きな風鈴と佐々木に、いちとせは念のため再度説明する。
状態チェックや機能組み込みによって、テイク側ができるようになる、あれこれ。
風鈴や佐々木にとって、リスクやデメリットとも考えられる、いろいろ。
とはいえ、テイクとしては、可能だからといって、実際になんでも実行してよいとは、もちろん考えていない。
そういったことを再度しっかり聞いたうえで、風鈴も佐々木も、それでも希望するとのこと。
今後のスケジュールに優先的に組み込むことが決定した。
続いて、いちとせのほかにも、テイクには、モノ対応担当のメンバーが何人かいること、その中には、モノの声を聞くことができるメンバーもいることなども説明する。
メンバーたちとも情報を共有し、みんなで対応すること、場合によっては、いちとせ以外のメンバーが直接対応することが多くなるかもしれないことも話した。
どのメンバーが対応しても、それぞれの雰囲気は違っても、大切に対応しようとする気持ちは共通していることも、きちんと言葉にする。
また、いちとせ自身について、佐々木にはまだ話していなかったので、この時点で直接話した。
「えっと、せっかくなので伺っておきたいことが」
ひととおり聞いたり決めたりしたあとで、佐々木が切り出した。
「はい。どういったことでしょう」
「風鈴、どんな声の感じや話し方なのかなぁと。口調らしきものは、いちとせさんのお話の最初のほうで、ちらっとそれらしい感じのを聞けた気はするのですが。あとは風鈴が話した口調そのままでなく、内容をお伝えしていただく形だったので」
そのこと自体は、今回、その形でかまわないと風鈴も僕も同意したので、責める意図はないのですが。
佐々木はそうつなぎ、続ける。
「少しだけでも具体的に聞いてみたいなぁ、と思いまして」
佐々木はそこまで言ってから、なにか気づいたように風鈴を見た。
「って、これ、いちとせさんにお聞きしちゃっていい? 僕が知ってもいい?」
すぐに短く一度、鳴る風鈴。
それを聞いてから、では、と再びいちとせを見て、少し身を乗り出す佐々木。
いちとせは口を開く。
「風鈴さんの声の感じや話し方に、威勢のよい青年という印象を受けました。活気あふれるお祭りの場や、賑わっている飲食店が頭に浮かぶような……。口調は……私では再現が少々難しいので、文章で表現させていただく形で」
『えっ、ちょっといちとせさんっ!』
風鈴が思わずといった感じで声を出した。
『難しいなんて言わず、この口調、うまいこと再現してくれ! 俺だって頑張れば、いちとせさんの話す感じを! ……、……、あ、やっぱ難しいかもな、うん、無理はやめよう』
風鈴は一人で話す間に、抗議し、提案し、脳内で試し、考えを変えたようだ。
いちとせはちょうど入力態勢だったため、えっ、から、やめようまでの風鈴の言葉を、ほぼそのまま入力し、佐々木に見せた。
「こんな感じなんですねー」
画面を見て、佐々木が楽しそうに言う。
『意外だったか?』
風鈴の問いを入力し、いちとせは佐々木に見せた。
画面を見たあとで風鈴を見て、佐々木が口を開く。
「いや、うーん、なんか、普段の、音と雰囲気でのやりとりだけでも、伝わってくるものってあるんだなと、あらためて思った」
意外ではなかったようだ。
風鈴はごく短く一度鳴り、そのあとすぐに、少しだけ長めに一度鳴った。
うん、うーん? と返事に悩んでいるような、戸惑っているような感じだ。
「あ、プラスの意味の感想として受けとってー。……風鈴って、僕より感情豊かだし、表現力もすごくあるよね。素敵だ」
『ありがとな! 俺は佐々木の感じもいいと思うぞ!』
いちとせは風鈴の言葉を入力し、佐々木に見せる。
佐々木は、ありがとーと風鈴に言ってから、そういえば、と続けた。
「風鈴、僕のこと、普段から佐々木って呼んでる?」
『ああ。最初のほうで知って、一方的に呼び始めたままなんだ。なんか変えるか?』
「んー、そのへんはまかせる。僕としては今のままでも。けど、風鈴の名前? 呼び名? そっちは考えたほうがいいかも?」
いちとせが入力した文章を見つつ風鈴と会話をした佐々木が、風鈴に向かって首をかしげた。
『俺の?』
「うん。今後、もしかしたら、本体が風鈴という方にも出会うかもしれないし。風鈴独自の名前があったほうがいいかなぁ、と」
『まぁそう考えるとそうかもなぁ』
「風鈴呼びの期間が長いから、ちょっと戸惑うかもだけど、急がず、一緒に考えてみようか」
風鈴に笑いかける佐々木。
風鈴が元気に短く一度、鳴った。
「あれ? なんか僕、ぜひお礼をと言っておきながら、お礼を言った以降にしようと考えていたことを、なにもしていないのでは。すみません」
いちとせが帰る段になり、佐々木が少しあわてた。
「お気持ちはいただきましたし、そもそも話の方向を変えてしまったのは私ですから」
いちとせは言ったが、いや、でも、うーん、と佐々木は悩んでいる。気持ちは確かに大事だけど、でも、という佐々木の小さめの声も聞こえる。
いちとせは更に言う。
「それに、突然、話があると言いだした私を家にあげて、話を聞いてくださり、大変ありがたかったです」
「ううーん、では、ひとまず今回のところは、それをもちまして……ということにさせていただきます」
佐々木は言ってから、深くお辞儀をした。
いちとせもお辞儀を返す。
二人とも体を起こしてから、自然とお互い微笑んだ。
風鈴が軽やかに数度、音を響かせた。
その後おこなわれた、風鈴の状態チェックの結果は良好だったし、予定していた機能組み込みも無事にできた。
優月は、そういった情報も思い浮かべる。
風鈴の名前は、佐風にしよう、という話になっているそうだ。
佐々木の風鈴、佐々木とともにいる風鈴、ということらしい。
風鈴と佐々木は、今後、頻繁とまではいかないかもしれないけれど、ある程度定期的に、村にも来る予定とのこと。
優月が直接対応することもあるだろう。
タイミングによってはラビィたちも、風鈴や佐々木と話す機会もあるかもしれない。
『それにしても……』
そういったことを優月が思ったあたりで、ラビィの声がした。
優月は意識をしっかりとそちらに向ける。
『お会いしたりお聞きしたり、それに自分も……。本当に……想いは、いろいろな状況を生み出しますね。いろいろなことを可能にもしますし……』
半分、ラビィ自身に話しているのか、ラビィが小さめの声で言った。
予定変更に関わったモノのあれこれについて、全部を花山家に話したわけではない。
わずかずつしか話せていない、というほうが近いかもしれない。
けれど、話せた分からでも、伝わるものはいろいろとあったと思う。
それに、これまでに会ったモノのことや、ラビィ自身のことも、ラビィは一緒に思い返したようだ。
ゆなを守ろうと、思いきって動いたラビィ。
それに、ラビィがゆなを守ろうと動いたときの、動く速さや動きの強さ、いろいろな見た目の変化や動作などには、普段のラビィでは再現できないものもあるという。
「そうですね……」
優月の耳に、ラビィに返事をするいちとせの声が届いた。
静かな口調と短い言葉。けれどそこには、深みも感じられる。
大切な相手を救いたい、助けを求めたい。
いちとせはそう願い、初めてすずめの姿や人の姿になった。
そう、優月は以前、いちとせから聞いたことがある。
想いがなにを生むか、どこに結びつくか。それらがプラスのほうに向かっていけば嬉しい。そのためのお手伝いができれば。
いちとせがモノ対応担当をすると決めた、そして今もしている理由の中に、そういった、いちとせ自身の想いがあるということも、優月は前にいちとせから聞いた。
「あっ、でもなラビィ」
少しあらたまった態度で、育生が切り出す。
「想いがあれば、なんでも可能になるってわけではないとも思うんだ。だから、なにかが可能にならなくても、想いが弱いせいだと自分を責めたりはしなくていいんだぞ」
育生の言葉に、その場のみんなが頷いた。
作品展の作品のこと、作品づくりや制作体験会についての話などもしているうちに、次の予定の時間が近づいてきた。
「私にできる方法で関わり、サポートさせていただくことになりますが、心を込めて対応させていただく気持ちでいます。どうぞこれからも、末ながくよろしくお願いいたします」
いちとせがあらためて言葉にする。
「「『こちらこそ、末ながくよろしくお願いいたします! またお会いできるのも、楽しみにしています!』」」
育生、ゆかり、ラビィの声が元気に響く。
「ありがとうございます。私も楽しみにしています」
いちとせが言って、柔らかな笑みを浮かべた。
お読みくださり、ありがとうございます。
今後もどうぞよろしくお願いいたします。
次の投稿は、12/7(土)夕方~12/8(日)朝あたりを予定しています【2024年12/1(日)現在】
予定変更の際は、お伝えできる場合は活動報告でお知らせします。
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【改稿しました。よろしくお願いいたします】
【2025年9/8(月)に改稿】
・育生にルビを追加
・以下のところを変更
優月は、そういった、最近得た情報も思い浮かべる。
風鈴の名前は、佐風にしようか、という話になっているそうだ。
佐々木とともにいる風鈴、ということらしい。
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優月は、そういった情報も思い浮かべる。
風鈴の名前は、佐風にしよう、という話になっているそうだ。
佐々木の風鈴、佐々木とともにいる風鈴、ということらしい。