「6月、コトハとサトウとボンボニエール」13.コトハと優月とボンボニエール
珠水村初訪問からの帰宅後は、引っ越しに向けていろいろと動いた。
借りているアパートとのあれこれは、ほとんどテイクが対応してくれた。
コトハは、キッチンスペースから、次の本体とする物へ移った。
コトハの次の本体は、鳥。
一時宿り用の物として使用していた鳥と、素材や形、金具をつけてある点など、全体のつくりは同じで、色が違う物だ。
一時宿り用のほうは透明だったが、本体としたほうは白緑。淡い、緑。
コトハの案である。
名字の佐藤から砂糖イメージで白、名前のコトハの言の葉から葉イメージで緑。
発想のスタートはそういったことで、初めて人の姿になる際、着る服を決めるときに思ったそうだ。
着ていてわりとしっくりきたので、本体もこの色をと考えてみたとのこと。
『優月としては、白緑、どう?』
決定前に、コトハが訊いた。
優月は本体を目にする機会が多いだろうし、キーホルダーなどの形で持ち歩くこともある。
だから、優月の意見も聞いてから決定したい、とコトハが話す。
「訊いてくれてありがとう。素敵な色だと思うし好きだよ」
『よかったわ。それと、私のイメージとして、違和感はないかしら』
訊かれて優月は、返答前に少し時間をとった。
その色の服を着ていた、人の姿のコトハを、あらためて頭の中で思い浮かべる。
その色の鳥の姿からコトハの声がしたらと、想像してみる。
似合っていたし、不自然さはない。
「私としては違和感ないよ」
答えてから、そう思った理由も話す。
ただ、おそらく、違和感がないのはその色だけではない。
優月の中のコトハのイメージは多彩だ。
いろいろな色それぞれに、コトハのなんらかの部分のイメージを感じとることができ、コトハらしい色だなと思う気がする。
優月はそれも話した。
『あら、なんだか自分の中にイメージの引き出しが増える気がするわ』
聞いたコトハが喜ぶ。
詳細決定後、テイクに注文した。
出来上がって送られてきた鳥を見たコトハの第一声は、つやっつやで、おいしそうね!
確かに、飴細工に見えないこともない。
『キッチンスペース、今までありがとう。そして鳥さん、これからよろしくー。えいっ』
明るい声とともに、コトハが本体を鳥とした。
『白緑、孔雀石で鳥つながりでもあるわよねー』とも言いつつ、その鳥での初飛行。
コトハ、本体がどれであろうと、通常営業中である。
優月は心の中でそうナレーションを入れながら、楽しそうに飛ぶ鳥の姿を見ていた。
優月の父親とは、引っ越しやテイクへの所属予定といった件についても、ほとんどが文でのやりとりとなった。
スケジュールに少し余裕ができたと父親から知らせがあったので、優月は父親に連絡を入れた。
珠水村に引っ越すことになった。条件に合ったからだけど、内容は書けない。
コトハは、優月が親しくしている相手で、引っ越し後は優月とともに住む。
優月もコトハもテイクに所属し働くことを考えている。
書いたのはそういった内容だ。
テイクと相談した結果、超常関係はまだ父親に明かさないことになった。よって、コトハの正体も明かしていない。
父親からの返事はある意味シンプルだった。
優月がいいならかまわない。
サイン等必要なら連絡を。
姉との取り決めでもあるので、働き始めた場合でも、少なくとも優月が二十歳になるまでは、こちらからも入金する。どう使うかはまかせる。
コトハさんという方によろしく。お会いしたほうがよいなら連絡を。
といったようなことだ。
思うところがないわけではないが、ありがたい面もあるし、やりやすい面もある。
自分と自分の父親とは、こんな感じなんだなと優月は考えることにした。
コトハと優月の父親が顔を合わせることがあるかどうかは、現時点では未定だ。
少しあとで父親から、テイクに依頼をしたと連絡があった。
父親の姉、優月にとっては伯母の結婚を機に、父親も一応部屋を借りたのだが、留守がちなためその管理など。スケジュール調整のサポート、連絡や書類作業や手続き等のサポートなど。
誰かに頼めたらと考えていたことを、テイクに頼むことにしたらしい。
冬の声が聞こえだす頃、優月とコトハが珠水村に引っ越すときが来た。
ちなみに、アパートにコトハのような超常的存在がほかにいるかいないか、テイクのほうですでに調査済みとのこと。
普段は、テイクとはいえ、闇雲に片っ端から調査できるわけではない。
けれど今回は、この建物でコトハがモノになったし、もしかしたら超常的存在が生じたり関わったりしやすい建物かもしれない、かつ、取り壊しの前に念のため、という理由のもと、調査できたそうだ。
もちろん、外部に内容や事情や理由は明かさず、調査自体も目立たぬようにこっそりとおこなわれたとのこと。
取り壊し予定の建物で、困ることになる超常的存在はいないとテイクから聞き、優月とコトハは安心した。
テイクの担当者たちのスムーズな作業で、引っ越しそのものもトラブルなくできた。
キーホルダーとして、優月のカバンにコトハである鳥をつけ、優月はコトハとともに珠水村へ。
珠水村には、いくつものマンションがまとまっている場所がいくつかある。
優月とコトハが一緒に住むマンションは、昔ながらの喫茶店という名の喫茶店が入っている建物や図書館などに行きやすいところに建っているものの一つだ。
いくつかの候補から、優月とコトハの希望にあわせて選んだ。
建物の三階。間取りは2LDK。
周りの住人は、みんなテイクメンバー。優月と人の姿のコトハで、事前に挨拶もした。
コトハは人の姿での生活をメインにしつつ、場所を選んで鳥の物の姿でも行動、という感じを予定している。
引っ越し後の片づけの途中、遅めの昼ごはんにコトハの希望で、小さなボタン屋さん、という名の店へ。
この店にはパン屋部分があり、今日は、二つ購入するとお得になる商品があるのだという。
「アン、ドゥ、トロワー。二つ買ってもあんパンー」
対象商品をゲットしたコトハが、イートインスペースで小声で歌う。
そして優月が買った商品の名は、パニーニ。
コトハの視線が吸い寄せられた。
「八? 二? 二が二つで四? サンドイッチだから三も一も? そちらもとってもいいわね」
コトハが感心しているが、優月の選択理由は、ハムとチーズに惹かれたから、である。
おいしいパニーニだ。コトハが選んだあんパンも、おいしいとのこと。
珠水村初訪問時に行ったベーカリーのものもおいしかったし、この店のものもおいしい。
二人の通いたいお店が増えていく。
そして、月日は流れ。
優月が二十三歳になる年度の六月。
「ただいま」
「おかえりなさーい」
優月が帰宅の挨拶をすると、コトハがキッチンから顔を出す。
帰宅後のいろいろをしたあとで、優月もキッチンに向かった。
「花山家の方々が、ボスによろしく! って。アリガトーセット、コトハも関わっているって知って、楽しそうに笑って」
「まあ!」
花山家の面々は、お礼を伝えたい相手への贈り物を、ちょうど考え中だったそうだ。
相手は焼き菓子好き。おもしろいものも好き。
父の日に向けての宣伝をきっかけに、村内のお店にあるアリガトーセットを知って、これを! と思ったとのこと。
アリガトーセット。感謝を伝える、焼き菓子十個セット。
ガトーで焼き菓子、トーで十個、アリに、焼き菓子があるという意味や、お礼の気持ちがあるという意味も含め、とのことだ。
お店で扱いのある焼き菓子から十個を買う側が選び、店側がラッピング、という形である。
一年中販売はしているし、お礼を言いたいいろいろな機会に向いているけれど、母の日や父の日、年末や年度末などには比較的大きく扱われている。
優月も、父の日あたりに父親に贈っている。送っている、とも言える。
コトハと、あるメンバーで、アリガトーセットの販売開始に向け、計画がスタートしたのは、優月とコトハが珠水村に越してきて、少し経った頃。
きっかけは、トウヤだ。
話はさかのぼり、キッチンと優月の鑑定をするために、アパートの部屋にトウヤが鑑定に来たときのこと。
そのときはまだ、キッチンさん、だったコトハは、鑑定のお礼を優月から伝えてもらおうと、優月に見せるつもりでタブレットに画像や字を出した。
有や在の字と、いくつかの焼き菓子の画像。あり、焼き菓子。アリガトー。
結果的に、その画面を先に目にしたのはトウヤだった。
そしてトウヤは画面を見てすぐに、どういたしまして、とコトハのみに聞こえるくらいの小声で言ったそうだ。
その時点では、いろいろな情報の扱いなどが混み合っていたせいか、トウヤからそれに関しての直接的な働きかけはなかった。
この件に関してトウヤと話したのは、優月とコトハが珠水村に越してきてからだ。
そして、トウヤの紹介で、こういった方向性の商品販売に意欲的なメンバーとコトハが顔を合わせ、販売開始に向けて動きだした。
そのメンバーは、ヴァンたちとともに、カレーなん? を販売開始したメンバーでもある。
カレーなん? も今も常に何種類か売られていて、安定して売れている。
すでに焼き菓子をいくつも買い求め、贈る品を選定中の花山家の面々も、カレーなん? の発想に惹かれたとのこと。
食べてみたところ味もよし、ということで、十個のうちのいくつかにすると決定済みだそうだ。
予定が合わず、まだ先になりそうではあるが、花山家の面々に、月乃やヴァンたちを紹介する日が来るのを、優月もコトハも楽しみにしている。
コトハがしていた、夕はんづくりも含むあれこれに優月も加わりながら、今日の花山家の面々とのお茶会でのことを伝えていく。
優月を通したりしてコトハにも伝わると花山家の面々もわかっているし、伝えてよい内容たちなので問題ない。
「抽選販売品についても、知って以降、定期的に情報チェックをなさっているそうだよ」
「あら! 私たちと一緒ね」
「だね」
各年度、一回。
テイク制作のなんらかの品の限定品が抽選で手に入れられる、というイベントがある。
応募できるのは、村内のお店やテイクのサービスなどの利用履歴が一定期間内にある者。
内容が発表されてから利用しても応募に間に合う。
今年度はまだ、内容が発表されていない。
どんな品で、いつ内容が発表されて応募受付が始まるのか。
テイクメンバーであっても、直接関わったとき以外は事前に知ることができないため、なにかな、いつかなと、気にしているメンバーもけっこういる。
優月とコトハの視線が一度、キッチンの棚に向かう。
そこにあるのは、ガラス製のボンボニエール。
少し縦長気味の形状。曲線と直線がうまく組み合わされている、優美なフォルムのものだ。
表面には、レースのような繊細な模様。
そしてその模様の中には、コトハ、優月、という文字が、さりげなくおしゃれに組み込まれている。
昨年の抽選販売品だ。
当選者は、ボンボニエールに希望の名前を入れてもらえた。
砂糖菓子に関係したものに、コトハと名前を入れられるとは。なんともコトハが喜びそう。
内容を知って優月は思った。
コトハも大変乗り気で、さっそく応募した。
優月も、当たったらコトハにプレゼントしようと考え、応募を決めた。
抽選の結果、優月は当選者のうちの一人となった。
プレゼント相手のコトハに、入れる名前を確認したところ、コトハは、コトハ自身の名前だけでなく、優月の名前も入れることを希望した。
優月としては、それがコトハの希望なら、断る理由は見当たらないというところだ。
もともと、いくつかの名前を入れてもいいと説明にあったので、注文的にも可能である。
ボンボニエールを受けとったコトハは喜んで大切にしているし、優月もそのコトハの姿やボンボニエールを見て、ふんわり甘い気分になっている。
「さてさて、こちら、頃合いね。いちばーん、にばーん、さんばーん、なんばーんめに食べてもおいしーい」
言いながら、コトハが皿にアジの南蛮漬けを盛りつける。
砂糖から、今現在感じる酢の香りへ。
でもそれはそれで問題はない。優月とコトハにとって、こちらも好物、おいしいおかず。こちらはこちらで、大切だ。
「ではでは、いただきましょう」
「そうしましょう」
笑顔で言うコトハに、笑顔で頷く優月。
コトハと優月は、今日も楽しく、一緒のときをすごしている。
お読みくださり、ありがとうございます。
今後もどうぞよろしくお願いいたします。
次からは、7月を題材とした話に入ります。
次の投稿は、8/17(土)夕方~8/18(日)朝あたりを予定しています【2024年8/10(土)現在】
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