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「6月、コトハとサトウとボンボニエール」12.珠水村


「この珠水村《しゅすいむら》への引っ越しを提案いたします」

 月乃《つきの》が言う。

 ヴァンが入力を始めたらしく、スムーズなキー操作音が聞こえだした。


「確か、村に住むのには条件があるのよね?」

 コトハが首をかしげる。

「はい。いろいろとあるのですが、この村の土地との相性が大丈夫な存在、というのも条件の一つです。今まで引っ越し先について具体的なお話ができなかったのも、この条件に関係しています」


「相性……」

 優月《ゆづき》は思わず声に出す。

「はい。珠水村としているあたりの土地は、相性の合わない存在が住むと、土地にとっても住む存在にとっても負担が大きいんです」


 けれど、一定数以上の存在に住んでいてほしいというのも、土地の希望なのだという。

 そのため現在は、テイクが候補とした存在との相性を土地が判断し、大丈夫ならば、テイクが候補者に提案するという形にしているとのこと。


「そうなんですね……」

 土地にも、いろいろな土地があるようだ。

 これもテイクが対応していることの一つなのだろう。

 なんだかスケールの大きな話になってきたが、優月はひとまずそのまま受けとめることにする。


「今のところ、実際に村に来た存在でないと、土地が相性を判断することができません。そして基本的には、相性が大丈夫となった相手に、そのあたりの詳しい事情をお話しするか考えるということになっています」


 相性を土地が判断するといっても、波長が合う、合わないといった方向のもので、相性が悪いからといって、その存在になにか問題があるというわけではない。


 とはいえ、相性が悪いと判断されたと言われれば、複雑な心境になる存在もいるかもしれないし、判断した土地にマイナスの感情を抱いてしまう存在もいるかもしれない。


 受けとり方はさまざまだが、念のため、結果を待ってから話すか決める方法にしているそうだ。


「優月さんとコトハさんは候補者で、今回村に来ていただいたことで、土地が相性を判断できました。相性が大丈夫という結果が出たので、村への引っ越しを提案することになりました。また、詳しい事情を明かすと決まったので、そのあたりの話を今できている、という次第です」

 月乃が状況を話す。


 また、土地は、以下のような希望も持っているのだという。


 訪問者や短期の滞在者は、どの時期にも多くいてほしい。

 二十四時間稼働している場所であってほしい。

 いろいろな種類や用途のものがある場所であってほしい。


 一方、テイクとしても、以下のような場所を求めている。


 気軽に幅広く相談してもらうため、テイクへの心理的なハードルを下げたいので、まずはテイク主体の、いろいろな目的で気軽に利用できるものを用意できる場所。


 常時対応するテイクメンバーにとっても、いろいろなサポートを受けていく相談者にとっても、どの日時であっても、いろいろと利用できる場所。


「土地の希望と状態と、テイクの目的がうまく合ったので、テイクが拠点とする珠水村という形に現在はなっています」

「そうなのね」

「そうなんですね」

 コトハと優月が、ほぼ同じ意味の言葉を口にした。


「はい。いろいろな歴史についても、このまま説明することもできますが、その場合、夕はんの時間が消え去りますので、どころか、朝ごはんの時間も来かねませんので、今はひとまず、引っ越して実際に住む場合の、おすすめの点などの話に移ろうと思うのですが、かまいませんか?」

 月乃がおそろしいことを、さらっと口にしつつ訊く。


「え、ええ。歴史のお話も興味深くはあるけれど、そちらはまたの機会に」

 コトハが言いつつ小刻みに何度か頷いた。


「では、そうします」

 月乃が応じて、おすすめの点を話し始める。


 どの日の、どの時間帯であっても、多くの場所を利用できる。

 さまざまな場所があり、各種目的に対応可能なことが多い。

 村内や村外、各所への移動がしやすいよう、いろいろと用意されている。


 どこにいてもテイクから必要なサポートを受けられるが、拠点の村に住んでいると、更にスムーズですばやいサポートが得られることも。


 村内で働く者も多く、職場と家が近いことを、よい点に挙げる者も多くいる。


「私もヴァンたちとこの村に住んでいます。村内にはヴァンたちが自由に振る舞える場所が多く、住んでいるとそういう場所ですごす時間を増やしやすいのが嬉しいですね」


 ノートパソコンのほうにも視線を向けつつ、月乃が話す。


「それに、モノの方やモノの方と一緒にすごしている方と、直接会って交流しやすい、その機会が多いというのもあります」


 村にいる、村に来てすごす、モノや、モノとともに暮らす者が多いため、テイクにいて、更に村に住んでいると、直接交流しようと思えば、できる機会はとても多いそうだ。


「また、超常ありきですごすメンバーとともに、自分の知っている超常を隠さずにすごせる、その時間や場所が多いというのも、村ですごすメリットと言えるのではと思います」


 月乃の話を、優月はいろいろと情景も想像しながら聞く。

 コトハも月乃をしっかり見つめて聞いている。


「なにをメリット、デメリットと感じるかはそれぞれですが、わりとデメリットとして語られやすい点もあります」

 月乃が説明を続ける。


「プライベートな時間に、村内、どこに行ってもテイク。その状況が自分に合わないという場合は、村での生活を、いいものとは感じにくいということに。ある意味狭くもある関係を息苦しいものにしないため、ゆるやかな共通の方向性的なものもあるのですが」


 テイクにおける立場や関係性を、プライベートな場にも持ち込むことを強要しない。

 互いの情報にどこまで踏み込むか、踏み込んだあとでどうするか、それらに無神経にならない。

 それぞれが心地よい距離感について、お互いの希望を考慮し、折り合いどころを見つけていく。


「そういった感じで。あとは、あまり業務時以外に気にしすぎないというのも方法ではありますが」

 それでもやはり、合う合わないはあります、と月乃は続ける。


「とはいえ、生活の場はほかでも見つけられます。見つけられるようサポートもきちんとあります。もし、この村が無理でも、すごしやすいところに出会えないわけではありません」

 月乃が安心させるように笑みを浮かべる。


「そのときどきで、村外で暮らしたり、村内で暮らしたりと、出たり入ったりすることもできます。年月が経ったり状況や気持ちが変化したりすれば、すごしやすい場所が変わることもありますから」


 それに、人によっては通学のため一時的に村外で暮らす場合もあるし、テイクとしての勤務場所や内容によっては村外で暮らす時期もあるとのこと。


「あとよく挙げられるデメリットとしては、ほぼテイクで村を、という仕組み上、村内にはチェーン店がかなり少ないので、その点ですね」

 オンラインで購入はできるし、大きめのいくつかの市への定期バスも充実してはいる。

 けれど、村内にない店へ日々頻繁にというのは、難しいことも多いそうだ。

「すでに生活の一部となっている店がない場所での暮らしは無理、という方もいます」


 優月としては現時点でそういう店はないが、そういう状況も、想像や理解ができなくはない。


「いろいろとそろってはいますが、ほぼない系統、少ない分野もあります。自分が重視するものの充実具合を、事前にチェックなさったほうがよいと思います」

 優月もコトハも月乃に頷く。


「ざっとこんな感じです。この村に住むとしたらという視点で、調べたりすごしたり見学したりしてみていただければと思います。しっかり決められなくても、感触がよいようなら、実際に村に引っ越して暮らしてみて、それからを考えるということもできますから、気を楽にして検討してみてください」


「ありがとう。わかったわ」

「そうしてみます。ありがとうございます」

 コトハと優月が月乃に返事をする。


 少しして、ヴァンが月乃の頭の上に飛び乗った。入力を終えたということのようだ。

 荷物を片づけ玄関に向かう月乃とヴァンを見送るため、優月とコトハもついていく。


「本日、お目にかかることができましたこと、嬉しく思います。よい関係を、長く結んでいくことができましたら幸いです」

 しっぽの先で丸マークをつくりながら言うヴァンと、笑みを浮かべる月乃。

 優月とコトハも笑顔で頷く。

 四人がそれぞれの口調で、よろしくお願いします、といった内容の言葉を口にした。



 夕はんは、ごはんを炊き、レトルトカレーをあたためた。コトハリクエストのメニューだ。


 優月の分から、一口二口三口四口……もらった分もあわせて、コトハは、この夕はんで三種類のレトルトカレーを味わった。

 優月もコトハの分から少しもらった。

 幸せそうに食べるコトハを、優月は笑みを浮かべて見ていた。


「食べるのよリスト、順調に食べるの進んでくね」

 食後のお茶を飲みつつ優月がコトハに言うと、コトハが笑顔で頷く。


「ええ。そしてきっとこれからも、まだまだリストに増えるわね。それに、何度でも食べたいわリストや、定期的に食べたいわリストも、新たに加わったのよ」


「おお、パワーアップだ」

「ふふっ」

 笑うコトハに、楽しそうでなにより、と優月は更に嬉しくなった。



「カレーなん? パイナップル味もマロン味もおいしかったわね」

 その夜、電気を消してそれぞれベッドに入ってから、コトハが言う。

 夕はん後のデザートとして、それぞれを半分にし、二種類を二人で食べた。中辛は、またの機会の楽しみとしてとってある。


「うん。おいしかった。ヴァンさんに感想伝えようね」

 食べた感想をできれば、とあらかじめ頼まれている。


「ええ。そして、テイクの、会う方みなさん、それぞれの魅力がある方たちね。こうしていろいろな方と会って、話ができるようになり始めているのは、優月のおかげよ。優月に私の声が、モノの声が聞こえて、そしてあのとき優月が私と会話をしてくれたから。ありがとう」


 あらたまった声でコトハにお礼を言われ、優月は何度か瞬きをした。


「えっと……まずは。どういたしまして。私にコトハの声が聞こえて、モノの声が聞こえて、よかったと思う。でも、会話をしたのは、コトハがいろいろ助けてくれたり、魅力的な人柄? モノ柄? がわかる言動をしてくれたりして、会話をしても大丈夫そうって思えたからっていうのも大きいよ。だから、コトハ自身の活躍の結果でもあると思う」


「ふふっ。私、ナイスプレーね」

「うん」


「私、優月が住んでいるときに意思を持って、声を出して、出会えてよかったわ」

「私もちょうどコトハと会えてよかった。コトハとの関係を始められて、続けていられて嬉しいよ」


「ふふっ。私も優月とそうできて嬉しいわ。では、寝ましょうか。明日もいろいろとしましょう」

「そうしましょう」


 コトハの、人の姿での初めての夜が、優月の、人の姿のコトハとすごす初めての夜が、更けていく。



 そして翌日。


 コトハは朝からたっぷりと、鶏五目の炊き込みごはんを食べ、優月は自分にとって無理のない量を食べた。


 午後、コトハが人の姿になってから二十四時間が経つときを迎えた。

 チェック結果も問題ないため、いよいよコトハ、人の姿で結界の外へ、である。


 まずは村内のホテルへ。

 事前に希望を訊かれて答えたので、気兼ねなく泊まれる系統のホテルのほうを月乃は選んで、手続きしておいてくれた。

 コトハも人の姿で泊まるので二人分。ツインの一室に数日滞在予定だ。


 村内のお店を試す目的込みで、少し遅めの昼ごはん。

 個性的な店がいくつも入っているという建物内の、昔ながらの喫茶店、という店に行ってみた。


 少しレトロな、落ち着く感じの店内で、ジャムトーストとエビピラフを二人でわけて食べる。

「いいわね、ここ。通いたいわ」

「同感」


 満足して店を出て、次は、買い物センターと呼ばれている、とても大きな建物へ。


 食品、日用品、食器、寝具、医薬品、服飾、カバンや靴、雑貨、文具、本やディスク、家電、などなど。

 挙げきれないほど、いろいろな店がある。


 人もけっこういるけれど、すごしにくさは感じない。

 通路が広めだったり、あえて空けてあるスペースもあってたたずめたり。そういったつくりの効果もあるのかもしれない。


 休憩スペース、フードコート、食堂などもこの建物内にあるので、本日の夕はんは食堂でしてみる予定だ。

 お店などを見て回っているうちに、あっという間に夕はんの時間になった。


 食堂は、広いスペースに、シンプルなテーブルと椅子が、とても多く並んでいる。

 いつ来ても、どこかには座れる、という点を重視しているとのことだ。

 そして、いつ来ても、何種類かは必ず食べるものがある、という点も重視しているという。


「とはいえ、ほどほどの距離感で座れるし、メニューだって、日替わりではあっても毎日いろいろ選べそう。こういうところあると安心よね」

「だね。この食堂もだけど、この建物全体、ひとまずここに買いに来ればそれなりに大丈夫、って感じがある気がする」


 食後も続けて建物内を見て回り、ホテルに戻った。



 翌日。

 朝ごはんを食べてホテルを出、まずは図書館へ。


「広い……蔵書数すごい。種類もたくさん」

「建物も素敵ねー。それに、落ち着いてすごせる場所も、館内にいろいろあるみたいよ」

「ここで暮らせそう……通いたい」


 数時間後。

 この図書館に一目惚れした優月としては、後ろ髪を引かれる思いで図書館をあとにした。

 ベーカリーのイートインスペースで、コトハはたっぷり優月もそれなりに昼ごはんを食べてから、受付センターへ。


 午後はまず、テイクの勤務関係の担当者と面談し、優月もコトハもテイクで働く方向で進めていくことを、あらためて確認しあった。


 続いて、生活関係の担当者との面談へ。

 優月もコトハも、現時点では、村内に住むほうに心が向かっていることを伝えた。


 二人で住む部屋の希望を伝えたり、候補の部屋の資料を見せてもらったり、実際に部屋に行ってみたりと、大きく話が動いていく。


 継続対応対象者が受けられるサポート、テイクで働き始める場合に得られるサポートなど、金銭面を中心とした話もまじえつつ、いろいろな説明も聞いた。


 予定していた面談を終えたあとは、ホテルに戻り、カレーなん? 中辛を食べた。

 コトハの一推しは中辛、優月は今回食べた三種類の中では、パイナップル味が一番好みだ。


 深夜や明け方の村の様子も見てみよう、ということで、このあと夜遅くまでいったん睡眠である。



 暗い時間帯から朝にかけての村内。


 自然たっぷりの区域は、様子がまだわからない現段階では、深夜は近づこうか悩む雰囲気だ。けれど建物が中心のあたりは、すごすのに気にならなかった。


 どの時間帯でも、バスの本数も特に減るわけではないし、受付センターもいろいろな店や図書館なども、同じように利用できる。


 勤務時間などの関係で、メインの生活時間帯が深夜になったとしても、今のところあまり支障はないかな、という印象を優月もコトハも持った。


 コトハは、どの時間帯もすごしやすそうという感想を述べ、優月は、機会を見つけて一日中図書館にいてみたい、という野望を心に秘めた。

 と思ったが、声に出ていたようだ。

 素敵なプランね、とコトハが笑顔で言った。


 日付が変わるまでに部屋を空ければいいというプランで泊まったため、ホテルに戻って午後まで寝た。

 チェックアウトし、バスターミナルへ。


 コトハは行きと同じく、一時宿り用の物である、鳥に入った状態になっている。

 人目を気にせず姿を変えられるホテルの室内で、物の姿になった。


 優月の現在の自宅内や自宅周辺に、これまでいなかった姿が頻繁に現れ、優月と交流していたら、人目を引きかねない。

 ということで、珠水村に来たり、越してきたりするまで、人の姿バージョンはしばし休み、というところだ。

 あまり日にちをかけずに、珠水村に引っ越す予定である。


 バスターミナルに見送りに来てくれた月乃と言葉を交わし、挨拶をし、優月はコトハ入《い》りの鳥とともにバスに乗る。


 盛りだくさんの珠水村初訪問。収穫がいろいろとあった。




お読みくださり、ありがとうございます。

今後もおつきあいいただけますと幸いです。


次の投稿は、8/10(土)夜~8/11(日)朝あたりを予定しています【2024年8/3(土)現在】

予定変更の際は、お伝えできる場合は活動報告でお知らせします。


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ブックマークが一件増えました。してくださった方、ありがとうございます。嬉しいです。


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【2025年3/5(水)に改稿しました。よろしくお願いいたします】

お勧め→おすすめ

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【2026年7/1(水)に改稿しました。よろしくお願いいたします】

・作中の文を一部変更しました。変更後は以下のようになっています。


 個性的な店がいくつも入っているという建物内の、昔ながらの喫茶店、という店に行ってみた。



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