「6月、コトハとサトウとボンボニエール」11.始まりの鮭雑炊
優月と、優月の右肩にとまっているコトハ入りの鳥も、玄関前に着いた。
平屋は、白ベースプラスブラウンの、シンプルモダンな外観だ。
ドアを開けた月乃に促され、優月は靴をぬいで家にあがった。
かがんだり、体を起こしたり等、いろいろな体勢をしても、コトハ入りの鳥は、器用に優月の肩にいる。
月乃の案内で家の中を軽く見て回る。
ダイニングキッチン、ツインベッドの寝室、バストイレスペース、など。
インテリアは白と茶系が中心だ。
全体的に、スッキリとしていて明るい。
利用開始時間にあわせて用意をしてくれてあるからか、すでに空調もほどよく効いている。
「コトハ、まずどの部屋で人の姿になりたいとか、希望ある?」
優月は寝室に旅行カバンをひとまず置きつつ、コトハに訊いた。
『そうねぇ……』
コトハが考え始める。
結界内の、この家の中なら、どこで人の姿になってもかまわない。
あらかじめ月乃から、そう聞いている。
超常的存在の状態が、よい状態ならば、それを保ちやすくする。
よくない状態の場合は、よいほうに向かいやすくする。
そういった効果が、この結界内では得られるそうだ。
初めて人の姿になるにあたって、なんらかの危険が生じにくいように、また、生じても対応しやすくするために、結界内で。
更に、この家の中でと指定されているのは、チェック機能のためだ。
危険のない状態か。問題はないか。
危険や問題がなく人の姿になれたとして、それにどれだけ結界の効果が関わっているか。
結界の効果がないところで人の姿になっても支障はないか。
そういったことをチェックする機能が、この家には付与されているのだという。
チェック結果は専用ページから確認できる。
また、強い危険があるときなど非常時には、テイクに通報がいくし、家の中にいる者に聞こえるよう、警告音が鳴るそうだ。
『人ひとり増えてもぎゅうぎゅうにならないところで、気軽に座れて、と考えると、やっぱりダイニングキッチンがいいかしら』
少しして、コトハが結論を出した。
「わかった。服の準備とかは特にいらないんだよね?」
『ええ。しなくて大丈夫よ』
「うん、じゃあ行こう」
月乃に会話内容を説明してから、優月とコトハ入りの鳥と月乃は、ダイニングキッチンへ向かった。
ダイニング部分に足を踏み入れたあたりで、鳥が優月の肩から飛び立つ。
鳥は優月と月乃の前へと進み、体ごと振り向いた。
『では、人の姿ー』
声とともに、鳥は宙返り。
そして現れた、床に立った人の姿。
はっきりとしたつくりだが、派手な感じはない顔。茶系のマニッシュショート。
高めの身長。すらっとした体つき。
さらっとした素材でできた白緑色のサマーセーターに、白系のパンツ。
「人間発声で話すわね。この姿では初めまして。コトハです」
言って、コトハはにっこりと笑う。
中音で、耳に優しく響く声。
モノ発声でも人間発声でも同じ声だ。
「なんか、初めての感じしないけど、初めまして」
優月はそう返す。
コトハの人の姿を見たのは初めてだが、コトハですと言われれば、確かにコトハなのだろうという雰囲気の姿だ。違和感がない。
「声も私にも聞こえます。初めて人の姿になるところに同席させてくださり、あらためて、ありがとうございます」
月乃がお辞儀をする。
「こちらこそ、場を用意してくださって、ありがとう」
コトハがお辞儀を返す。
初めての人の姿。けれど一つ一つの動作がスムーズだ。
「座りましょうか」
コトハの提案で、ダイニングテーブルに向かう。
わりと正方形に近いテーブルの、四辺それぞれに置かれている、背もたれ付きの一人用の椅子。
コトハが座った左に月乃、右に優月が座る。
月乃は、優月とコトハの許可を得て、テイク用の端末として使用中のスマホを取り出し、操作を始めた。
コトハの状態チェック結果の確認や、状況次第で配達してもらう物の対応など、いろいろとまず、することがあるとのこと。
その間、優月たちは気にせず話していていいそうだ。
「どうかしら? この姿」
コトハが優月を見る。
「うん。コトハ、って感じ。えっと褒めてるから」
「それは大丈夫。伝わってるわよ」
ふふっとコトハが笑う。
「かなりスムーズに人の姿になるんだね」
とてもすばやかった。どの部屋でと考えていた時間のほうが長かったくらいだ。
こんなにスムーズなら、そもそも、どの部屋でと訊かなくてもよかったかもしれない。
「それに、服とかを着た状態でって、いいよね。いくつかパターンあるの? 靴とかは?」
「その場に合いそうな格好をイメージする感じね。おおまかなイメージでも大丈夫。必要な物を身につけて人の姿になれる。ただ、どこのお店の物だーって、すぐわかるようなデザインとかは難しいみたい」
「あー、なるほど」
優月は頷いたあとで、再び首をかしげる。
「ちなみに、それ、人の姿のままで、ぬげるの? えっと、ぬいでも体、あるよね? そして、実物? っていう表現でいいのかな。例えば、買い物した服とかに、人の姿のままで着替えたりはできるの?」
「ぬげるし、あるし、できるわよー」
「その場合、人の姿から物の姿になるときは服は?」
「そのとき身につけている物は、その場には残らないわね。実物の物の場合は、あとから、物の世界みたいな感じのところから取り出して、こちらで片づける。もしくは、また、それらを身につけた姿で人の姿になってから、ぬぐ。こちらで、物の世界? からの物をぬいでいた場合は、あとから物の世界のようなところに送るか、人の姿になってそれらを身につけてから物の姿になる……という感じかしら」
「そうなんだ」
「うまく説明できていないかもしれないわ。ごめんなさいね」
「今できる感じで、で。説明ありがとう」
「ふふっ。気になったこと、なんでも訊いてね」
「ありがとう。ではお言葉に甘えて」
「どうぞどうぞ」
「メイクやネイルもした状態なんだね。あとからは? 髪型とか髪の色とかは? お手入れは必要? 体型や顔のつくりって、そのパターンのみ?」
「メイクもネイルも、あとからでもできるわよ。落とせるし、していない状態で人の姿にもなれるし。髪の長さや色などは、人の姿になるときに決めるのが、やりやすいかしらね。お手入れは不要よ。トラブルはないし、体調も良好、物の世界? の服なども、人の姿になるときに選べる物は常に新品の状態」
「わー」
「体型や顔のつくりは、しばらくはこれね。年月による見た目のなどの変化や、体型の変化などを、今後徐々に加えたりとかはできるけれど。そして顔の系統は、基本的には当分この感じ。人の姿になるごとに、まったくの別人という感じになれるわけではないし、いつでもどんな姿にでもなれるわけでもないわよ」
「なるほど。どんな見た目にも変幻自在! ってわけじゃないんだ」
「それはまた別の能力や技術よー」
コトハが笑う。
「ある程度の範囲の物なら扱える、同じ空間ならどの位置でも見えるっていうのは、人の姿でも?」
「人の姿だと、ひとまずそれらはお休みかしら。実際に手などで触れて扱う、実際に目で見える範囲のものを見るという感じになるわね」
「そっかー。人の姿でも、とっても丈夫?」
「ええ、どうやら。ただ、場合によっては、いったん、精神体のみの状態になったり、物の姿に変わったりしたほうがいい、というときはあるかも」
「そうなんだ」
あとは……。訊いてみようか悩んでいることがあるけれど、どうしようか。この機会に訊いてしまおうか。
考えて、優月は少し長く黙る。
「んー、ちょっとあとでまた訊いたりするかも」
決めきれず、優月はそう言った。
「ええ。いつでもどうぞ」
コトハが柔らかく笑う。
月乃がスマホから顔を上げ、口を開いた。
「端末での用事は、ひととおり済みました」
「あっ、ありがとうございます」
「ありがとう。チェック結果、どうかしら」
優月とコトハがそれぞれ月乃に言う。
「現時点で、危険や問題はありませんし、結界の効果がなくても支障ありません。念のため、初めて人の姿になってから二十四時間は、人の姿のままでいていただき、こちらの家の中でチェックを、ということは変わりませんが」
「ええ、それは納得済みよ」
「ありがとうございます。それと、配達依頼をしたので、ご注文の品はこのあと届きます」
「楽しみだわ。ありがとう」
月乃とコトハのやりとりに、優月も耳を傾ける。
チェック結果が現時点では大丈夫でよかったし、このあとも大丈夫だといいな、と思う。
あらかじめ注文しておいた品は、おもに食事関係だ。
村内のテイクの店に注文すると配達してもらえるシステムを利用した。結界内でも届けてもらえるとのこと。
コトハが人の姿になってみて、問題がなさそうなら届けてもらうという手順になっていた。
配達を待つ間に、優月はコトハと月乃に思いきって訊いた。
コトハの――モノの、寿命、これから生きていくであろう、歳月について。
優月は、いつ訊こうか悩んでいた。
コトハは、しっかり確認しようか迷っていたという。
月乃は、いつ切り出すかタイミングを窺っていたとのこと。
訊いた結果、知った内容は、優月にとって、そう驚くものではなかった。
これまでに得たいくつかの情報から、そうかもしれないと思っていた方向の内容もあった。
とはいえ、かもしれない、が、そうだ、になると、感じる重さがやはり違う。
これからのコトハにあるであろう、長い、長い、日々。
いつか優月がいなくなったあとも、続いていくであろう、日々。
優月が出す言葉に悩んでいる間に、注文の品が届いた。
月乃は受けとった品を優月たちに渡すと、当初の予定どおり、いったん帰っていった。
「さて、つくりましょう」
「そうしましょう」
炊飯済みのごはん入りケースを持って言うコトハに、鮭雑炊の素が入った袋を持って優月は応じる。
どちらも、届いた品の一部。
外は暑いが、空調のよく効いたこの家の中でなら、熱々の雑炊も対応可能だ。
遅めの昼ごはんである。
初めての食事は、優月と初めて会話をしたとき優月が食べていた、鮭雑炊がいい。
コトハがそう希望した。
優月にとっても思い出深い、初会話時の食事だ。
スムーズにつくり、それぞれ器を持ってテーブルへ。
「では、いただきましょう」
「そうしましょう」
先ほどと似たような会話ののち、鮭雑炊を口に運ぶ。
「ふふふふ。いい匂いから想像はしていたのよ。想像どおり、おいしいわー。ふふっ」
言葉と表情で笑いながら食べるコトハ。
若干猫舌の優月は、コトハよりゆっくりペースだ。でももちろん、おいしい。コトハと一緒に食べると、いつもよりもっと、おいしい。
「優月と食べることができるっていうのも、とっても嬉しいわ」
「私も」
「これからも、一緒にいろいろしましょう」
「そうしましょう」
一緒のときを、まずは、重ねていこう。
夕方すぎ。月乃から連絡があった。
引っ越し先の候補について話したいので、訪ねてもいいか。できれば、一緒にすごしているネコたちのうちの一人とともに。紹介のためと入力担当として、とのこと。
問題ないのでそう返事をし、月乃たちを待つ。
少しして月乃たちが家に来た。
優月とコトハは玄関で迎える。
月乃の頭の上には、薄緑色のネコ。
陶器とか磁器とか、そういった系統の質感をしているようだ。
前足をそろえ、上に高さがある、縦長の形で座っている。
その状態で、高さ十五センチ未満といったところだろうか。
メモなどを貼れるボードを持った、ネコの置物の三人。三人ともモノで、そのうちの一人だと月乃があらためて話す。
ボードはモノではなく物で、今は月乃の家にしまってあるそうだ。
月乃は手にスマホを持っている。
ネコが月乃にどこか少しでも触れていて、月乃が自分のテイク用端末を手に持っていれば、ネコが話した内容を、画面に自動的に表示させることもできるのだという。
その際の居場所は、別に頭の上でなくてもいいそうだが。
『本日はワタクシが、この場所の順番なのです。頭の上と左右の肩を、三人でローテーションしておりまして』
ベテランの執事を思わせる、ソフトで落ち着いた声が聞こえてくる。
薄緑色のネコのものだろう。口は閉じたままだが、声が聞こえ始めたとき、しっぽが一度、シュルンと見え隠れした。
『ご挨拶が遅れました。ワタクシ、う、に濁点に、小さい、ぁ。カタカナで、ヴァンと申します。お好きな呼び方と口調でお話しください。こちら、お近づきのしるしに』
お辞儀のようなしぐさも加えたヴァンの言葉のあとで、月乃が提げ持っていた小さめの紙袋を優月たちに差し出す。
『テイクで販売中のものでございます。三人ともアイデア面での協力者として、一定数、自由に配ることが認められておりますので、どうぞ』
「ありがとう。コトハです。ヴァンさんも、お好きな呼び方と口調でお話しくださいね」
「ありがとうございます。優月です。お好きな呼び方と口調でお願いします」
コトハのあとから言いつつ、紙袋は優月が受けとった。
紙袋の中には、透明な袋で個別に包装された、黄色っぽい茶色の焼き菓子? が四つ。
ヴァンに促され、紙袋から出してみることに。
とりあえず二つ出してそれらをコトハに渡してから、優月は残り二つのうち一つを手にとった。
透明な袋の中、おそらく焼き菓子であろう物。
手のひらにおさまるサイズで、だ円で平たく、長めで、だ円の先端一方が少し細め。
「カレーなん?」
コトハが、袋に書かれた商品名を読み上げた。「?」も商品名の一部だ。
「中辛。そしてこちらは、パイナップル味」
そう続けるコトハの声。
優月の手の中の物は、マロン味。紙袋に残った一つには、中辛とある。
ナンの形をした、焼き菓子、味はいくつか、ということでいいだろうか。
『最初にカレー味各種を販売しましたところ、みなさま、思った以上に定期的に買ってくださいまして。形と色を活かして違う系統の味も、というお声も多くいただくようになりましたので、茶色、黄色のイメージで展開いたしました』
「素敵ね。あとでいただくのが楽しみだわ」
ヴァンの説明にコトハが明るく返す。
優月も笑顔で頷いた。
それにしても、これには月乃スイッチは入らないのだろうか。
優月は思わず月乃と焼き菓子を交互に見た。
ヴァンが、しっぽを左右に揺らす。
『ご安心を。販売開始あたりで、すでに何回かオンオフをくり返し、さすがにもう、入りません』
察したらしく、説明された。
「そうなんですね。あ、失礼しました。お二人とも、どうぞおあがりください」
つい、玄関先で話を続けていた。優月はあわてて二人を促す。
『ありがとうございます。では』
「失礼します」
ヴァンのあとに月乃が言う。
会釈をしたり靴をぬいだりで月乃が頭を動かしても、ヴァンは月乃の頭の上で、よい姿勢を保っている。
全員でダイニング部分へ向かう。
コトハの左に月乃、右に優月。ダイニングテーブル周りの椅子に、三人は前回と同じ配置で座った。
ヴァンは月乃の頭の上で、姿勢のよい姿をキープ中だ。
「そうだわ! 言いそびれてしまっていた気がするのだけど、月乃さんもお好きな口調で話してね」
コトハの言葉に、優月もあわてて頷く。
月乃が微笑み、お礼を述べた。
月乃が、優月とコトハの許可を得て、ノートパソコンを取り出し、テーブルの上で開く。
ヴァンがノートパソコンのほうへと身軽に飛び降りた。
『入力スピードをお気になさらず、お話しください』
ヴァンの声が聞こえてくる。
ヴァンたち三人は、月乃が面談する際、入力担当をすることも多いそうだ。
前足でキーを押したり等、ノートパソコンのキーボードなどを操作し、入力するという。
何個かキーを同時に押してしまったり、キーボード上を歩いて次々とキーを踏んだりしてしまっても反映はされず、しようと思った操作だけが有効になるそうだから、なんらかの不思議がそこにもあるようだ。
今のところ、ヴァンたち三人の面談同席は、村内での面談時のみとしているため、優月たちのアパートへは同行できなかったとのこと。
役割上、優月やコトハ関係の面談の記録を、ヴァンたちも読んでいるそうだ。
『なんですと、からのやりとりなどを拝見して、ぜひ、お会いしたいと思っておりました。その際には、焼き菓子をお渡ししたい、とも』
ヴァンが、静かな中にも熱を感じさせつつ語る。
『ちなみに月乃は、月乃に聞こえないよう、モノ発声で言葉遊びをして、それを伝えないままでも、そして、聞いた側が人間発声で反応し、説明はしないままでも、気を悪くしません。堂々とその方法で、お気になさらずどうぞ』
ヴァンの言葉に、そのとおりです、と月乃が言う。
『そして月乃は、言葉遊びが嫌いなわけではありません。むしろ好きなほうです。お時間に余裕がありますときは、聞こえるように言われるのも手です』
「こちらもそのとおりではありますが、とても余裕があるときのみのほうがよいのでは、とも思います。さて、では、引っ越し先候補について、話を始めさせていただきます」
「「お願いします」」
優月とコトハは、そろって声を出し、会釈をした。
お読みくださり、ありがとうございます。
今後もおつきあいいただけますと幸いです。
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