「6月、コトハとサトウとボンボニエール」4.あとから、あとで、せっかくなので
【2024年6/7(金)】作品全体の章設定を変更いたしました。
「あの……この部屋のキッチンが、キッチン自身のことを、キッチンスペースに精神が生じた存在、と説明していて……」
優月の発言を聞いた知成と日出海は、キッチンのほうに顔を向け、お邪魔しています、と言いながら会釈をした。
驚く様子もなく疑う様子もなく、自然なその態度に、優月のほうが驚く。
タブレットの画面には、教会の画像が表示された。
どういう意味だろう。
うまく思考が回らず悩みかけた優月だが、知成に、優月さんと声をかけられ、意識をそちらに向ける。
「キッチンの方の説明は、優月さんがお聞きになったのですか? 声を聞くことができていらっしゃる?」
「はい」
「会話をすることも可能ですか?」
「可能です」
特別な質問というより、事実の確認といった様子の知成。戸惑うようなほっとするような気持ちで、優月は答える。
「まずはじめに――テイクでは、物に精神が生じた存在を、カタカナで、モノ、と表現します。話すときは、カタカナモノ、ということもありますが」
知成はそう説明したあと、キッチンのほうへ視線を向けてから、再び優月を見た。
「キッチンの方は、私たちがこちらにお邪魔してから、なにかお話しになりましたか?」
「いえ、声に出しては話していません」
「そうですか。私と日出海は、これまでにモノの方の声が聞こえたことはありません。ですが、モノの方にもいろいろな方がいらっしゃいますし、今回も聞こえないとは限りませんので、なにか話してみていただいてもよいでしょうか」
優月とキッチンとを交互に見ながら知成が言う。
タブレットの画面には、管弦楽団の画像。
オーケストラ、オケ、オーケー、ということだろう。
これはわかるぞ、と優月が心の中で思っていると、キッチンが声を出す。
「ラッシーとチャイ、どちらになさいますかー」
「って、キッチンさん。在庫的にチャイはすぐには出せないよ」
優月、思わず返す。
「あ、なにか、話されたんですね」
知成が言う。聞こえなかったようだ。
私にも残念ながら聞こえませんでした、と日出海。
本当に、みんなに聞こえるわけじゃないんだ……。
あんなにはっきり聞こえるのに。
「では、優月さんを通してキッチンの方と、お話しさせていただくことにしまして」
少し事態についていけていない優月とは違い、知成は、あっさり話を先に進める。
知成や日出海には聞こえなくても、優月には聞こえることも、キッチンという存在がいることも、疑いだす様子はない。
知成と日出海には聞こえないということがわかり、方法を決めた、というくらいのシンプルさだ。
再びキッチンと優月を交互に見つつ、知成が続ける。
「私たちも、キッチンさん、とお呼びしてかまいませんか?」
画面に出続けている、管弦楽団の画像。
もう声で返事でもいいんだよ、とキッチンに対して思いつつ、優月は、かまわないそうです、と知成たちに伝える。
「ありがとうございます。――テイクには、超常的存在や能力について鑑定できるメンバーがおります。そのメンバーの鑑定で、まず、キッチンさんが、モノであるということを確定したいのですが、担当者を呼んでもかまわないでしょうか。キッチンさんのような、ご自身について、詳しくおわかりになるタイプのモノの方にとっては、疑われているようでご不快かもしれませんが」
画面の画像が違うものになる。
底の浅い、桶。
……。
「えっと、鑑定担当の方をお呼びしてかまわないそうです。不快でも、ないそうです」
あさい、で、ふかい、を否定し、おけ、で、オーケー。
いろいろ……、本当にいろいろ、画像を集めてあるようだ。
「ありがとうございます。モノであるか、ということだけでなく、いろいろと詳しい鑑定も同時にしてもかまわないでしょうか。あばかれるようで不快だと、感じる方もいらっしゃると思いますが……」
再びの知成の質問にも、同じ画像が出続けている。
「それも不快ではないし、かまわないそうです」
「ありがとうございます。それと、できましたら、優月さんについても鑑定させていただきたいのですが……」
「私、ですか?」
自分のほうへと話が移り、優月は少し驚く。
「優月さんもおそらく、超常的な能力をお持ちです。その場合、テイクの対応対象となりますので、まずは詳しく鑑定させていただきたいのですが……。結果、優月さんにとって、すべてが好ましい状況になるかは、わかりません。ですが、すべてが悪くなるということはないよう、こちらとしても対応を考えます」
「わかりました。鑑定してくださってかまいません」
「ありがとうございます」
超常的な能力と言われても、そこまで強い実感があるわけではない。
けれど、これもまたおそらく、優月やキッチンだけで抱えていけることではないだろう。
ここまで来たら、これについてもテイクを頼ってみることにする。
画面では、水玉模様が踊っている。
入力の手を止め、日出海が優月たちを見る。
「担当の者は、まもなく来るそうです」
「あ、はい……」
まもなくと言うが、いったいどこから来るつもりだろう。この近くにいたのだろうか。
「ところで優月さん」
疑問に思った優月だが、日出海がそう続けたので、そちらに意識を向けた。
「先ほどの、チャイは……と優月さんがお返事されたキッチンさんとの会話は、どのような内容だったのでしょう」
記録や対応をするうえで、内容の把握が必要だと考えたのだろう。いたって真面目な顔で、日出海が問いかけてくる。知成も優月を見つめる。
「えっと、その……」
答えないわけにもいかず、優月は説明し始めた。
父親からの連絡に優月が思わず言った、なんですと、から、ナンを思い浮かべたらしいキッチンの、そこからつながる発言についてを。
キッチンの発想は、優月としても、けっこう好きだ。その結果出てくるキッチンの発言や表現を、優月としても楽しんでいる。
とはいえ、あとから詳しく説明するのは、私としては、思ったより気恥ずかしい。そう優月は実感した。
「夕はんはカレーにしようかな……カレーパンもいいかも」
「いいですね。私は久しぶりにチャイが飲みたくなりましたよ」
優月の説明を聞き終えてお礼を言ったのち、知成と日出海は、そう言葉を交わしている。
優月は思った。
もうこうなったら、私の夕はんはレトルトのカレーだ。
いい匂いに、キッチンはたいそう、うらやましがることだろう。
人型になれたあかつきには食べるのよリストに、きっと加えるに違いない。
と、そのとき。
「担当の者が参りました」
日出海がノートパソコンを見ながら言い、その少しあとで、チャイムの音がした。
優月は知成から、トウヤという名前と字の説明を聞く。続いて、ドアスコープから見える顔と、テイクのページに載っている写真を見比べた。
一致していることを確認したので、ドアを開ける。
「お待たせしました。トウヤと申します」
喫茶店で爽やかに迎えてくれそうな雰囲気のトウヤが、部屋に入ってから笑顔で挨拶をしてお辞儀をした。
「優月です。よろしくお願いします」
お辞儀を返しつつ、ほとんど待っていないのだが……と優月は内心思う。
「さっそくですが、キッチンの方の鑑定からさせていただきますね」
トウヤが言い、キッチンの前に立つ。
そして、一分経つか経たないかといううちに、ありがとうございます、というトウヤの声が聞こえてきた。
タブレットの画面を少し見たあとで、トウヤは今度は優月の前に立つ。
少ししてトウヤは優月にもお礼を言い、知成と日出海のほうに向かった。
「キッチンの方は、鑑定結果でも、モノと出ました」
キッチンや優月、知成や日出海を順に見つつ、トウヤが話しだす。
けれどそこで突然、トウヤが笑みを完全に消し、硬質の気配を纏う。
「申し訳ありません。あとは文書で」
聞いた言葉を頭が理解したときには、トウヤの姿はもうそこにはなかった。
「えっ? 消えた?」
優月は思わず、いろいろな方向に視線を向ける。
タブレットの画面には、輪と尾。
キッチンも驚いたようだ。ずいぶんとシンプルなチョイスで、ワオ、と言っている。
「驚かせてしまい申し訳ありません。トウヤは超常関連の緊急出動のため、場を選ばずにワープいたしました」
驚いた様子はない知成が、優月とキッチンを見ながら謝る。
通常は、人目につかない場所から場所へとワープするが、緊急時は例外とのこと。
「もしかして、行きもこの方法でいらっしゃったんですか? お二人も?」
「一つ目はイエス、二つ目はノーです」
普段からワープで移動するのは、緊急出動も担当しているメンバーや、自分の能力によってワープできるメンバーなど、一部のメンバーらしい。
「急すぎて、鑑定のお礼を言いそびれてしまいました……」
「私が責任を持ってトウヤに伝えます。なお、鑑定結果の詳しい内容については、のちほどトウヤがまとめたうえで、後日、モノ対応担当のメンバーが、優月さんとキッチンさんに、ご説明することになると思います」
本日お話しすることができず申し訳ありません、と謝った知成が、ですがこのことは先に、と続ける。
「モノとなった方は、本体がかなり丈夫になっていらっしゃいますし、精神体はもっと丈夫です。本体になにかあっても精神体は無事ですし、苦痛もありません。ですので、もし万が一なにかあった場合、優月さんは、ご自分の身の安全のほうを優先してお考えになってください」
「わかりました」
少々あっけにとられつつ、優月は頷いた。なんにせよ丈夫なのは、喜ばしい。
「そして、モノの方へのテイクの対応といたしましては、これからの暮らしをサポートする、お互いが望んでいらっしゃるのであれば、その方と一緒にすごしていく日々もサポートする、というのが基本的な形となります」
優月はそれを聞いて、かなりほっとした。
「テイクが今後も優月さんとキッチンさんに関わっていくことを、許可していただけますか?」
「はい。よろしくお願いいたします」
画面をちらりと見てから優月は言って、お辞儀をする。
いろいろと抱えていそうな組織かも、という印象も、正直なところ、今日、持った。
けれど、自分とキッチンのほうも、いろいろと抱えているであろうことも、おそらく、事実。
それを平然と受け入れ、有効な対応をしてくれそうな組織だと思う。
そして、そういう、自分の中でどこか計算している部分とは別に。
知成、日出海と話している時間が、優月にはかなりすごしやすいものだった。トウヤがいたのは、ほんの少しの時間だけだったが、接しづらさは感じなかった。
この人たちがいるテイクを頼りたいと、思っている自分自身がいる。
それを優月は自覚していた。
「キッチンさんも、よろしくお願いします、とのことです。明るい感じです」
体を起こし、優月は知成たちに言う。
画面には、優月が知成に返事をして、お辞儀をする前からすでに、丸の中に笑った顔という画像が多数出ていた。
四つ、六つ、四つ、九つのかたまりで配置されている。
丸で、にっこり笑顔で、よろしく、という意味だろう。
「優月さん、キッチンさん、こちらこそ、よろしくお願いいたします」
知成が言ってお辞儀をし、日出海も笑顔で頭を下げる。
優月も再度、お辞儀をした。
その後、いくつか必要なことを話し合ってから、この日の面談は終了となった。
「キッチンさんがお礼を言っています。私からも、本当に、ありがとうございます」
キッチンと優月のお礼に、どういたしましてと笑顔で返してから、知成と日出海は玄関を出て徒歩で帰っていった。
「……キッチンさん、結局今回は全部画像でいったね」
部屋に戻って優月は言う。
「相談のときなどに、って思って、せっかく集めておいたんだもの。まさか今日使うとは思わなかったけれど、準備できていたし。かなり事前にいろいろ考えたのよー」
「それは、わかる」
今、画面には、先ほど知成と日出海へお礼を伝えたときの画像が出たままになっている。
器に山盛りのクスクス、という画像と、その画像を半分に切った画像。
クスクスとクス、クスが三つで、サンクスということのようだ。
優月としても、画像も意識することで、思いつめすぎず、知成たちと会話をすることができたような気がしなくもない。
それもキッチンの計算のうちだったのかもしれないと、少し思った。
「それとキッチンさん、かなり丈夫なんだね。よかった」
「そうねー。そこは私が事前に知っていた以上に、だったわ」
キッチンが笑い、優月も笑った。
その日の夕はんは、面談中に急きょ立てた計画どおり、レトルトカレーにした。
いい匂いがしすぎるだろうと、キッチンと言葉を初めて交わしてから今までは、カレーは遠慮してきた。
だが、言葉遊びを含んだキッチンの発言について、優月が説明するというのは、だいぶ気恥ずかしかった。
それに、優月の頭の中にも、かなりカレーが居続けてしまっている。
よって、強行した。結果、キッチンいわく。
「華麗に躍り出たわ」
キッチンの、食べるのよリストのかなり上位に、レトルトカレーが、とのことだ。
キッチンは言ったあとで、ちょっと重複しているかしら、まぁいいわ、強調よ、となにやらこだわっている。
気になった優月が調べたところ、躍り出るには、華々しくといった感じも、すでに入っているようだ。
「あれ? 教会の画像の意味は?」
寝る直前になって思い出した優月は、思わず呟いた。
しばらく考え、その後検索し、答えかもという内容にたどり着いて、キッチンに正解を確認した。
知成と日出海に伝えてほしいと、次の面談時、モノ対応担当の人に頼もう。
忘れないようメモをして、優月は、これでよしと頷いた。
お読みくださり、ありがとうございます。
今後もおつきあいいただけますと幸いです。
次の投稿は、6/14(金)夜~6/15(土)朝あたりを予定しております【2024年6/7(金)現在】
予定変更の際は、お伝えできる場合は活動報告でお知らせいたします。
ブックマークありがとうございます。嬉しいです。