佐伯からの使い
祐紀の養父である宮司は、その日、庭の掃除をしていた。
朝の水垢離の後、着替えて掃除をする。
幼き頃よりしてきた習慣ともいえる。
止める気はない。
宮司になりたての頃は、庭掃除姿が見つかるたび部下から止められた。
しかし今では古参の神主が庭掃除を見つけた時に止める程度だ。
人とは慣れるものである。
庭の掃除も終わり、社務所に入ろうとしたときだった。
「宮司様でございますか?」
背後から呼び止められた。
振り返ると武家姿の若者が立っていた。
この者が先ほどから気配を消して、背後に立っていたことは知っていた。
殺気はないので、放っておいたのである。
おそらくこの者は自分の気配を消し、宮司が自分に気がつくかどうか試していたのであろう。
それならば、と、気がつかない振りをしていたのである。
その者がやっと宮司を呼び止めてきたのだ。
この者、おおよそ寺社奉行・佐伯の使いだろう・・。
それにしても、昨日、権禰宜見習いの件で手紙を出したばかりにしては対応が早すぎる。
ならば権禰宜の件ではないだろう・・だとしたら?・・。
祐紀に何かあったか!
しかし直ぐにその考えを否定した。
佐伯の側にいて祐紀が危険な目にあうとは思えない。
ならば、いったい何事だ?
心情を顔には出さずに、柔らかな笑みを返す。
「ええ、そうですが・・。貴方は?」
「私は寺社奉行・佐伯の手の者です。」
「はて・・、そのような方が、いかような御用でしょうか?」
「佐伯より文を預かっております。」
そう言うと懐から文を出し、佐伯に手渡した。
「それは届けていただき、ありがとう御座いました。」
そう宮司が御礼を言うと、一礼をして無言で立ち去った。
その後ろ姿が消えるまで見送る。
「佐伯もよい手練れの部下がいるではないか・・。」
武芸者同士、相通じるものがあったのであろう。
宮司はできれば手合わせをしたいものだと思う。
そう思ったすぐ後で、首を緩やかに振った。
「いかん、いかん、良い歳をしてつい血が騒ぐ・・。」
文を懐に入れ、社務所の自分の席に戻った。
そして懐から文を出し読み始める。
「なっ! 祐紀が倒れただと!」
文を持つ手に思わず力が入る。
さらに文を読み続ける。
最後まで読んだ後、深いため息を吐いた。
文の内容を要約すると、以下となる。
祐紀が朝餉の最中に倒れて意識が戻らない。
病気ではなく寝ているだけのようだ。
医者も首を傾げている。
様子をみることにするが文句でもあるか?
祐紀について分かることがあれば連絡せよ。
「あの狸め、さすがというか冷静だな・・。」
そう宮司は呟いた。
祐紀のことは心配であった。
しかし倒れた状況を考えると、祐紀の《《成人の義》》の時に倒れた状況と同じだ。
おそらく御神託を受けたのであろう。
宮司は仕方なく手紙を書くことにした。
書く内容は一行である。
心配なし、放って置け。
この文を見た佐伯は目を見開くか、ふんっ! と言うだけかどちらかであろう。
おそらく後者であろうな、と、宮司は苦笑いをした。
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宮司に文を届けて神社を後にした武士は、背中に冷たい汗を書いていた。
まさか、あれ程の者とは思わなかったのだ。
寺社奉行の佐伯から達人だとは聞いていた。
達人といえども宮司を長年勤めている老人だと侮っていた。
そのため、すこし悪戯心を起こしてしまったのだ。
俺ならば気配を消して背後から廻れば気がつかれることなぞない、と。
実際、武道に優れ周りには自分より強い者はいなかった。
それに間者としても仲間内からは一目置かれていた。
慢心していたのだ。
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境内に入り、宮司が庭で掃除をしている後ろ姿を見つけた。
この距離なら気がつかれる筈は無いとニンマリとした。
気配を消し一歩踏み出そうとしたとき・・
「ん? 今、すこし首を動かそうとしたような・・。
まさか・・、いや、気のせいだろう、あり得ない。」
そう思いゆっくりと近づいて行った。
しかし、最初に宮司が少し首を動かそうとした時からの違和感が消えない。
宮司は全くの自然体で掃除をしている。
しかし隙だらけのようでいて、そうではない・・。
いったいこれは何なんだ?
背中にいやな汗が流れる。
普通は絶対に気がつかない間合いで立ち止まり宮司の後ろ姿を見つめた。
宮司は黙々と掃除をし続ける。
まるで自分は気がついていませんよ、というかのようだ。
やがて、宮司は箒で掃くのをやめ、社務所に戻ろうと歩き始めた。
それを見て、咄嗟に声をかけたのだった。
今、思い返しても寒気がする。
自分の至らなさを思い知らされた気分だ。
慢心していた自分が恥ずかしい。
「それにしても御奉行はいったい、どうやってあのような者と懇意になったのだ?
まあ、寺社奉行だから不思議ではないのだが・・。
それに、あの宮司も、何故、宮司などしているんだろう?
仕官するなり、大手の道場も開けただろうに・・。」
そう考えたが、すぐに気持ちを切替えた。
これから緋の国の間者共を監視しなければならない。
慢心せず監視するよう、自分を戒めた。




