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解脱への道 その6

 宮司(ぐうじ)は最高司祭と謁見(えっけん)後、数日滞在したのち陰の国に帰った。

裕紀(ゆうき)は中央教会に残り、最高司祭と姫御子(ひめみこ)のもと暮らすこととなった。


 中央教会では姫御子の解脱(げだつ)のために、姫御子の祈りの時間を一日の半分と定めた。

そしてその時間はどのような理由があれ、他の者がその時間を邪魔する事を禁じた。

つまり誰も姫御子がいる祈りの場所に近づけないという事である。

祈りの場は中央教会が管理する設備全般にわたる。それも祈りの場所は広大であった。


 祈りの場所とは、神聖なる湖とその一帯、霊山、聖人ゆかりの地などである。

いずれも風光明媚で普段は立ち入り禁止の場所となっている。

入れるのは一部教会関係者のみである。

その場所が3ヶ月間、姫御子以外の使用が一切禁止となった。

姫御子の祈りのためである。


 だが、そこに裕紀が同伴することは極秘とされた。

教会のごく一部の者以外、国主でさえ知らぬことであった。


 最高司祭は裕紀の提案を前面的に受け入れ、二人の恋愛を応援したためである。

ただし、二人に肉体関係は許されない。

姫御子は国の定めた者以外の子をもうけてはならないからだ。


 しかし最高司祭は二人のあまりに過酷な運命に、多少のスキンシップには目を(つむ)った。

それが養父としてできるせめてもの事であった。


 裕紀が陽の国に来て2ヶ月経った頃、裕紀は姫御子にある事を告げた。


 「姫御子様、姫御子様の解脱なのですが・・。」

 「・・・はい。」

 「私と姫御子様が各々(おのおの)の国で神に真摯(しんし)に仕え、己の寿命を全う(まっとう)する事で解脱されるのでは、と。」

 「それはどういう事でしょうか?」


 「別の国で神に仕えていた二人が、神への信仰を認識し話し合い、神を理解する。

そうさせるために私達に御神託(ごしんたく)が降りたのではないでしょうか?

つまり姫御子様は一生を通して神に仕えることで解脱が叶うのではないでしょうか。

私への御神託は、私が今、姫御子様とご一緒していることこそが御神託の内容だと思います。」


 「・・・。」


 姫御子は、裕紀の言葉を噛みしめる。

そしてゆっくりと言葉を噛みしめて裕紀に答えた。


 「そうかもしれませんね。」


 そう言って姫御子は微笑んだ。


 裕紀は養父に伝えた姫御子の解脱について、姫御子に伝える気はなかった。

いや、伝えてはならないと感じていたのである。

もし言えば神の意向を、解脱の邪魔をするような気がしてならないのである。


 それに姫御子が解脱したかは、直ぐにわかるものではない。

おそらく解脱したかどうかわかるのは、姫御子が身罷る(みまかる)直前であろう。

その時に、自分への思いに執着していなければ解脱したと神は認めるのであろう。


 つまり姫御子の解脱を見届けるなど、裕紀には不可能なのだ。

一生、姫御子の側にいることなどできないのだから。

だから姫御子と別れる期日を設けねばならなかった。

そのための嘘でもある。

裕紀にとって、これは気が狂うほど辛い決断であり、言葉でもあった。


 裕紀は自分の気持ちがばれないように笑顔を作り、姫御子に語りかける。


 「とはいえ私は直ぐに帰る気にはなれませぬ。

できれば当初の予定通り、あと1ヶ月ほど私を貴方の側にいさせてくれませぬか?

私は貴方様と神へ祈りを捧げたいのです。」


 「はい! そうして下さいませ!」


 そう言うと姫御子は花開くバラのように微笑んだ。

少なくとも暫くは裕紀といられる事に。


 だが一緒にいられる期間は、当初国が裕紀の滞在を許した期間だけだ。

残り1ヶ月程度・・・。

姫御子はその事が頭に浮かんだが、口には出さなかった。


 二人は決められた期間、陽の国での幸せな時間を送った。


 風光明媚(ふうこうめいび)な霊山にある山荘で、夜明け前から二人寄り添い朝焼けに染まりつつある雪の峰を無言で見た。

あるいは夕焼けに染まる雪山がやがて藍色に変わっていく様を見て過ごし、夕食後は満点の星空を二人で見上げた。

またある時は神聖なる湖のほとりで、一面の草花の咲き誇る中、見つめ合い草花を()でた。

ボートに乗り湖にのりだし、二人でボートに寝そべった。

そして心地よい風を肌で感じ手をつなぎ、真っ青な空を(なが)め昼寝をした。

このように二人の(とき)を楽しむ一方、神への礼拝を真摯(しんし)に行う二人であった。


 やがて二人に充実した時の終わりが近づく。


 別れが近くなるにつれ、二人はさらに絆を深めた。

人の(ごう)とは恐ろしいものである。

別れが近づけば近づく程、互いを求めるのである。


 裕紀が陰の国に戻る前日の夜、最高司祭は二人が一緒に添え寝することを許した。

あくまでも添え寝だけである。

だが、二人にとっては最初で最後、二人だけで過ごせる夜である。


 添え寝をする二人は抱き合いながら互いの温もりを求めてやまない。

姫御子は涙が止まらず、嗚咽をこらえひたすら裕紀にすがりついていた。

裕紀は無言で(いと)おしそうに、姫御子の髪を優しくなで続ける。

互いに何も語らず一晩を過ごしたのである。


 別れの朝、裕紀の乗る馬車が整うまでの間、最高司祭の執務室に三人はいた。

最高司祭、裕紀、姫御子である。

人払いをし、呼ぶまで来るなと最高司祭は側仕えに厳命した。


 別れの時が刻一刻(こくいっこく)と迫るなか、姫御子が口を開いた。


 「裕紀様・・、滞在して下さり、ありがとう御座いました。」

 「姫御子様・・・、本当に貴方と過ごせて楽しかった。」

 「私もです。」


 そう言って二人の間に沈黙が流れた。


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