第五十八話 「幻覚の死」
瓦礫の上に佇む一人の影。
虚ろだった眼はいつからか、しっかりと相手を見つめていた。
「いや…そんなはずない!!」
アイリスは銃を手に取った。
手を交わせた死角からもう一丁の銃。
両手に構えた銃が火を吹く。
謂わば魔弾。
例えレドの体がまだ炎だとしても、撃ち抜けない筈はない。
しかし、
「無駄だ。」
レドに到達することなく、叛かれた魔弾は彼方へ飛んでいく。
「…!!」
「もう…正真正銘食らわないさ。アイリス。この血だらけの顔は治らないがな…!!」
レドは駆け出した。
彼の劔は引きずられ火花を散らす。
「まだ…!!」
無駄に抗う声が虚しく木霊する。
その度に金属同士がかすれ合い、無残な割られた弾が出来上がっていく。
「幻想!」
その声に反応して、まだ上空が闇に包まれた。
空にいたのは、何体もの龍だ。
「へぇ…出来たのか。一度に複数の龍を出すなんて。」
「甘く見るな……!!!」
龍の一匹がレドの頭を喰らおうとした。
「……言ったよな。もう俺は食らわない。」
突如、龍が消えた。
それはつまり、今まで何事も無かったかのように。
「…ウソ……!」
既に半分泣いていた。
もう彼に猫騙しは通用しなくなっていたのだ。
レドは…ただ空を仰いでいる。
そして、彼は冷静な眼差しで彼女を見た。
「ノートは見抜いてたよね。コレ。」
上空にいた龍も次々消えていく。
物理的に消されたのではない。
ただ言葉のままに消されたのだ。
彼は、やれやれと一言発した。
「認識を狂わせる能力。」
「!!!」
「図星か。」
彼は気付いた。
アイリスの能力の本質に。
「前に戦った時さ。ノートは僕に『見るな』ってそう叫んだんだ。
ずっと考えていた。
何故そう叫んだのか。
けど、確かに彼の言ってる事は正しかったんだ。
今分かったよ。
君は射程距離内にいる人間の認識能力を狂わせて、幻覚を作り出すんだ。
しかも、実体付きで。ね。
だがこの能力には二つ欠点があった。
一つが、幻覚が認識しない限り存在出来ない事。
だからあの時僕が見なければ、手間がかからず済んだんだ。
だからだったんだ。
もう一つは、
それが幻覚だと強く自分に訴えかければ、幻覚は消えて無くなる事。
そうだろう?」
「……なんだ。
そこまで…気付かれちゃったんだ。」
髪が揺れた。
この場に合わない平和な風が吹いた。
塵も何もが止まったように見え、全てが風景を着飾った。
死への未来か。
目の前に迫った死を受け入れられないようだった。
彼女の目が描いた記憶。
あの日の少女。
かけがえのないその人を想った脳裏に、目の前の現実は深々と針を突き刺してくる。
「……こうなったら!!」
瞬間アイリスの目が紅く煌めいた。
血に染まった光に、彼女は輝きを導き出した。
「痛い……けど…! これが最期……!!」
「…!」
「空想的理論!!」
瞬間、薄暗く曇った空間が辺りを取り囲んだ。
「なに…?」
「この空間が消滅する頃、もうアタシはいない。
だから、せめてアナタを道連れにする…!!」
彼女の手から放たれたのは、放射状の星屑。
速さで言えば弾丸と同じか。
空間の境目で乱反射し、ごく小さな銀河を作りあげた。
その時。
「ッ!?」
星屑の一つが左肩を撃ち破った。
そして更に追い討ちが足へと入る。
「こんなモノ…!」
彼は頭に言い聞かせた。
これは幻想だと。
しかし
「なッ……消えないッ…!?」
「この空間の中ではアタシが女王なの。
幻覚だとしても、消えはしない!!」
必死に打ち返すもキリがない上、確実に体を貫いてくる。
「この密度……もう避けられない…!!」
彼は一足に彼女の数メートル前まで踏み込んだ。
「おそい…!」
着地点ギリギリの足元に弾丸が撃ち込まれる。
避けられはしない。
「まだだッ!」
彼は怯まず足を止めない。
ついに剣が彼女の姿を射止めた。
だが当たっていたのは、銃だった。
「よく動けるよね…感心しちゃう。」
「こうでもなきゃ、とっくに大臣なんて辞めてるさ…!!」
競り合っている最中でも流星が体に突き刺さる。
傷だらけの身体は今にも動かなくなりそうだった。
アイリスは剣を振り払い、一発放つ。
レドはマトリックスさながらの避けを魅せる。
そして続けて右足を踏み込み、叩き斬る。
やはり彼女自身には当たらない。
一進一退の攻防。
「キリないね。」
アイリスが飛び上がった。
レドも後に続き飛び上がる。
最高点まで達すると、彼女はクルリと振り返り微笑った。
「来ると思ったよ…レド。」
彼女の右手にある銃が姿を変えていく。
みるみる内に銃とは言えない姿に。
「…な…しまッ…!!」
「衛星砲!!」
一瞬にして撃ち出されるレーザー砲。
その光はある種の希望に満ちている。
辺りを暗く照らす確かな輝き。
どんな星より眩く。
どんな思いより眩く。
光はレドを取り込んだ。
全てを焦がして地面さえ消した。
「……やった…!」
「…何が…やったって?」
「!?」
すぐさま交わる銃と剣。
剣は彼女の首元に。
銃は彼の脳天に。
「知りたそうだな…?どうやって僕が避けたのか。
簡単さ。
体を風に溶かしたのさ。」
「!!」
「いくらレーザーでも、風には当たるまい?」
アイリスの顔は暗く、そして赤みを帯びていた。
「…ッッ!!!」
意思を失い、銃が放たれる。
彼の脳を掻き乱すには最適の場所へと。
「…もう、分かってるさ。」
彼はアイリスを蹴り飛ばし、自身の体を後ろへと仰け反らせた。
銃弾は彼の頭を通り過ぎる。
「……!」
空中で舞回る。
背を地に向けたまま。
深く息を吸い込む。
次に見えた彼の目は、
冷酷に満ちた。
「エレメンタルナイツ!!」
一瞬だけ、彼の背後の空間が歪んで見えた。
「…ぁ…!!」
宙に舞い狂う紅の華。
花弁の雨が降りそそぎ、燃え尽きる。
もう声は出さなかった。
誰にも見えない刃が心臓ごと斬り裂いた。
力を無くして彼女は落ちていく。
迫る地上。
だが恐らくそれは見えてはいなかっただろう。
そして一つ、肉体が落ちきった音が鈍く地を伝った。
体は闇へと浄化され昇っていく。
それから其処に残ったのは、静かな死だった。
「……手間の掛かるお子様だ。」
まもなくレドも地上に帰還した。
まだ微かに残るアイリスの跡を前に、彼は懐から煙草とライターを取り出した。
手慣れた仕草で煙草を咥える。
「煙草吸ってる時ぐらい、静かにさせてくれ。」
先から揺らめく灰の煙が、この劇の終幕だった。




