第三十四話 「亀裂」
もし、また世界が乱れたなら
その時は、お前が頼りだぞ。
幻聴か、記憶か。
ラスターはその言葉を噛み締めていた。
「……私は、君達の為にこの魂を遺す。
そして彼の思いを、その先へ繋げて欲しい。
私には出来なかった。
もうこの歳では、自由に動く事も出来ない。」
「…国王…」
「いいんだ。
これが私の望む事だ。」
そう言って、彼はレドに一枚の紙切れを渡した。
「それが、遺言書ってやつだ。」
自身の心臓に、心を構える。
「…!ラスター!」
「後は…お前に任せるよ。」
最期まで、彼は笑いかける。
槍は、心臓を貫いた。
ラスターの体は光に溶けていく。
残ったオーブのようなものは、台座へと向かった。
徐々にその姿が形成されていく。
そして、空席は埋まった。
一人の人間によって。
しばらく、誰も動けなかった。
それは、呆気に取られていたと言った方が近い。
レドは口を開く。
「……ノート…早く…取ってやってくれ。」
ノートには、彼を惜しむ感情など無かったかもしれない。
それはそうだ。
出会って何日、何週間程度の付き合いなのだから。
ただ、
何かが欠けたような気持ちを感じざるを得なかった。
旋律に触れる。
光となってノートを包む。
いつもなら、ここで何かを感じる。
感情は何も変わらずにいた。
「…そうか。」
これが彼の残した思いか。
「これからどうする?このまま乗り込むか?」
「……それでもいいですけど…こんな状況じゃマトモに戦えやしないですよ?」
レドの目が潤んでいたのは言うまでもない事実だった。
「なら、一回城に戻ろう。
そこで会議してから行くんだ。」
「ああ、それがいい。」
………
あれから間も無く会議の時間となった。
どうすれば「主犯」を倒せるかというのが題目だ。
始まりの一言が出かかった時だった。
ノートの懐から機械音が五月蝿く鳴り響く。
「せめて会議ぐらい切っとけ…ノート。」
「あぁ、悪い。
もしもし?」
恐らく、これは最も奇妙な電話だったに違いない。
電話の主は、ただ一言
『さようなら。』
そう言って電話を切った。
勿論この動揺が隠せるはずもない。
「?…どうした?」
「…いや…なんか、サヨナラって言われて切られた。」
自然と動く指は、
先程しっかりと確認していなかった声の主を探していた。
そこに写された名は、
ノートの妻だった。
レドとクロブは、彼のスマホを覗き込んでいた。
「…スター…ってまさか!」
「ああ、俺の嫁…だな。」
「待て、ノート。」
「なんだ?」
「貴方、最近帰ったんですか?」
「いや、しばらく帰ってない。」
「なんで帰らない!?」
レドの目には、未だ消えない雫が残っていた。
けれども、確かな動揺と怒りとが混ざっていた。
「もし俺がこんな状況で帰ったら、敵が俺について来て現実界にまで来てしまうかもしれない。
それを避ける為だ。」
「だからって何で帰らなかったんだ!?
そんなにこっちの方が重要か!?」
そこに今までのレドは見えない。
それに揺さぶられ、ノートにも落ち着きが消えた。
「こっちの仕事が終わらなきゃ、アイツらが危なくなるだけだろうが!!
これが一番の打開策だ!!」
「じゃあアンタは家族の為にここで戦っているっていうのか!?
アンタの家族が願ってるのは、お前の無事なんじゃないのか!?」
「お前に何が分かる!?」
「待て!!」
クロブは、そっとノートを壁際に連れて行く。
「……ノート、お前、子供は?」
「いる。」
「なら尚更だ。一度帰れ。」
「なんでお前もそういう事を」
「待て、ちゃんと理由がある。」
「……」
「レドが言いたい事はな、お前の家族が願っていたのは平和じゃなくて、
お前との時間だったんだって、そう言いたいんだ。」
「何もかもが狂う代償付きで、か?」
「あぁそうだ。
レドはな、誰よりも家族を大切にするヤツなんだ。
だから、家族っていうものが何を欲するかなんて事は、多分アイツが一番知っている。」
「なんでそこまで断定する?」
「アイツはな。
幼い頃に、家族を失っている。」
「!?」
「戦争さ。俺も詳しく知ってる訳じゃないが、
一人で街を彷徨ってた時に、ラスターに拾われたらしい。
それから、アイツはラスターを親のように慕った。
褒められ、
甘え、
時に怒られ、
欠けた全ての思いを、
心に空いた寂しさを埋めようとした。
今回の事件で、アイツはラスターも失った。
「親」を、二度失った。
さっきの叱責は、アイツが出来る精一杯の忠告だったんじゃないだろうか?」
ノートは、何を言い返せもしなかった。
「いつになったら帰って来てくれるの?」
あの夜に聞いた声。
頭の片隅に置かれた声。
そして、さっきの電話の五文字。
次第に止まる思考回路
手先が冷えて行くのを感じる。
もう、心さえ止まっていた。
俺が間違っていたのか?
どんな人も、いつも完璧超人な彼の後をついた。
その像は今消えた。
いや、
今まで消えなかったからこそ
こんな状況にあるのかもしれない。
「…なあ、ノート。」
「まだ遅くはないかもしれない。」
「行くんだ。」
そこにあったのは、優しいレドだった。
「…!」
一目散に駆け出した。
走る。
外は雨だ。
足に疲労が溜まる。
心は麻痺していた。
痛む全身をおさえる事など頭になかった。
………
自宅が見えた。
玄関を精一杯の力で押しのける。
家の中は真っ暗だった。
テーブルの上には一つの手紙があった。
その手紙を手に取り、文を見つめる。
書き出しは、
「ごめんなさい。」
その言葉だった。




