係争・四日目以降
会計検査局から最初の書状が届いたのは、アーデルハイトがバウマンに「係争します」と告げた翌週だった。
差出人は会計検査局・各局監査課。内容は簡潔だった。
「フォン・ヴァルトブルク家に係る相続記録照合の完了に際し、当局は過去十七年分の家産管理記録を独立審査対象として指定しました。貴殿の管理下にある帳簿の写しを、様式第八十八号に従い三十日以内にご提出ください」
アーデルハイトはその書状を読んで、バウマンに見せた。
「これは私が動かしたの?」
「いいえ」とバウマンは言った。少し疲れた顔をしていた。「記録保管庫で照合が完了した時点で、戸籍局の相続記録課から法務局の継承規定課に通知が入ります。継承規定課が事案を確認した際、十七年間にわたり照合不一致が『誤記』として処理され続けた記録が残っていました。それが会計検査局に横流れしました」
「横流れ」
「正式には『事案共有』です」
アーデルハイトは書状をテーブルに置いた。「つまり私が係争を申請する前から、中央は動いていた」
「そういうことになります」
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三日後、今度は法務局・継承規定課から別の書状が来た。
内容は「フォン・ヴァルトブルク家の継承手続きに関する事実確認のため、当課担当者が訪問する」というもので、日時と担当者名が様式通りに記載されていた。
担当者の名はグスタフ・ランゲ、法務局継承規定課、上席審査官。
バウマンにその名前を告げると、彼は短く「上席ですか」と言った。
「上席は珍しいの」
「末席が来ることの方が多いです。上席が自ら動くのは、案件の規模が大きいか、前例として記録する必要があると判断された場合です」
「どちらだと思う?」
バウマンはしばらく考えた。「両方だと思います」
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## ランゲ上席審査官
グスタフ・ランゲは五十代の細い男で、書状の文字と同じくらい無駄のない話し方をした。パンには手をつけなかった。
「事実確認を三点申し上げます」と彼は言った。
「まず。フォン・ヴァルトブルク家の出生届は建国百八十四年に正式受理されており、記録保管庫に原本が存在します。クルト・フォン・ヴァルトブルクが当主として登録された建国百八十五年の届出は、本来の継承順位確認が完了していない状態で受理されました。これは継承規定第十四条の手続きを経ていません」
一点目。
「次に。照合不一致が建国百八十八年・百九十二年・百九十七年の三回、記録保管庫の定期照合で検出されています。いずれも担当職員の記録に『誤記として処理』と記載されています。誰が指示したかは調査中です」
二点目。アーデルハイトは何も言わなかった。
「最後に。当課は本件を、継承規定違反の疑いのある案件として正式に受理しました。お嬢様の係争申請と並行して手続きが進みます。お嬢様の側の準備に影響はありません」
「影響はない、というのはどういう意味ですか」
「係争の主体はお嬢様です。当局の手続きはあくまで規定違反の有無の確認です。結果が同じ方向を向くこともあれば、そうでないこともあります。当局はお嬢様の利益のために動くのではなく、規定のために動きます」
アーデルハイトはしばらくランゲの顔を見た。
「正直なんですね」
「事実を申し上げているだけです」
「それを正直と言うんです」
ランゲは答えなかった。それが答えだった。
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## 父の夜
その夜、ハンスはいつもより早く店を閉めた。
アーデルハイトが書類を整理しているのを見ながら、彼は言った。
「上の人間が動き始めたな」
「うん」
「怖くないのか」
アーデルハイトは手を止めた。怖いかどうか、考えた。
「怖いとは少し違う。合わない数字が、どこから合わなくなったかを調べている感じ。それは怖くない」
「でも向こうは貴族だ。クルトには繋がりがある」
「繋がりがあっても、帳簿は帳簿だよ」
ハンスは何か言おうとして、やめた。
アーデルハイトは続けた。「父さんが十七年間隠していた理由は、私を守るためだったんでしょう。それは間違いじゃなかった。ただ今は、帳簿に数字がある。数字は黙って待っていた。それだけのことだと思ってる」
ハンスはしばらくしてから「お前は姉さんに似ている」と言った。
アーデルハイトは初めてその言葉を聞いた。
「似てる?」
「数字が好きだった。合わないと眠れないと言っていた」
アーデルハイトは何も言わなかった。窯の火がぱちりと鳴った。
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## 三週間後・クルトからの書状
クルト・フォン・ヴァルトブルクから書状が届いたのは、会計検査局への帳簿写しを提出した翌日だった。
法的な文書ではなかった。私信の形式で、行政語ではなく普通の文章で書かれていた。
内容は短かった。
「会うことはできますか。記録保管庫の外で、話をしたいのです」
アーデルハイトはその書状を三回読んだ。それからバウマンを呼ばずに、自分で返事を書いた。
「会います。ただし記録保管庫の外で話した内容は、私の手元の記録に残します。それで構いませんか」
返事を出すとき、アーデルハイトは初めて「フォン・ヴァルトブルク」という名前を私信に書いた。
筆跡は、やはり迷わなかった。
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*クルトからの返事は二日後に来た。「構いません」と一行だけ書かれていた。追記として「あなたが存在することを、私は十七年前から知っていました」とあった。アーデルハイトはその一行を読んで、しばらく窯の前に立っていた。パンが焼き上がる匂いがした。*
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## クルトとの会合
待ち合わせの場所はアーデルハイトが指定した。東市場通りから二本入った広場の、石造りの水場の前だ。首都の中では人通りが多く、かつ誰かの屋敷や官舎ではない。
クルト・フォン・ヴァルトブルクは四十代の男だった。
想像していたよりも疲れた顔をしていた。貴族らしい仕立ての上着を着ていたが、背筋が伸びているというより、伸ばそうとしているように見えた。
「アーデルハイト・フォン・ヴァルトブルク殿」と彼は言った。
「クルト・フォン・ヴァルトブルク殿」とアーデルハイトは答えた。
二人はしばらく互いの顔を見た。似ているかどうか確かめるような間があったが、アーデルハイトにはよくわからなかった。
「記録を取ります」とアーデルハイトは言い、懐から小さな手帳を出した。「始めましょうか」
クルトは少し笑った。苦いような笑い方だった。「あなたは父の姉に似ている」
「そう言われました」
「記録を取ると言ったところが特に」
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クルトは話した。
十七年前、伯爵だった兄カールが戦場に出る前に、クルトを呼んだ。自分が死んだ場合の話をするためだった。
「兄は『娘がいる』と言いました。リーナが産んだ子で、クレッツマーの家に預けてある、と。もし自分が死んだら、その子を守ってほしいと言いました」
「守るというのは、存在を消すことだったの?」
クルトは目を伏せた。「私はそう判断しました。あなたが生きていれば、フォン・ヴァルトブルク家の相続は複雑になる。複雑になれば、当時の政治状況では……」
「あなたの地位が危うくなる」
「それだけではありません。あなた自身も危うくなる可能性があった」
アーデルハイトは手帳に書き続けた。「でも照合不一致を『誤記』として処理させたのはあなたでしょう」
「はい」
「三回。建国百八十八年、百九十二年、百九十七年」
「はい」
「記録を消そうとした」
クルトはしばらく黙ってから「消せないことは知っていました」と言った。「本家国の記録は消えない。ただ、遅らせることはできた。あなたが大人になって、自分で動ける年になるまで」
アーデルハイトは手帳から目を上げた。
「それは理由になると思っているの?」
「理由にはなりません」とクルトははっきり言った。「継承規定に違反しました。弁明の余地はない」
「じゃあなぜ今ここで私に話しているの」
クルトはしばらく水場の石を見ていた。
「帳簿を見たでしょう。十七年分の」
「見た」
「どう読みましたか」
アーデルハイトは答えを持っていた。三週間前から持っていた答えだった。
「流用はない。あなたは私の持ち分を自分の費用に使っていない。むしろ帳簿の中に、使途不明の積立がある。毎年少しずつ。合計すると銀貨で約二千」
クルトは何も言わなかった。
「それはどこに積んであるの」
「記録保管庫に書状で預けてあります。受取人:アーデルハイト・フォン・ヴァルトブルク。照合完了をもって開封可とした」
アーデルハイトは手帳を置いた。
広場の人が行き来していた。荷車が通った。誰もこの二人に注意を払わなかった。
「なぜ直接渡さなかったの」
「あなたがどこにいるか、私は知ることができませんでした。クレッツマー家がどこにいるかは知っていた。しかしそこに直接連絡すれば、あなたの存在が動きます。だから記録保管庫に預けた。記録保管庫は、あなたが現れるまで待てる」
アーデルハイトはしばらく黙っていた。
「十七年間、あなたは何をしていた?」
「領地の管理をしていました」とクルトは言った。「兄の名誉に恥じないように。フォン・ヴァルトブルク家の当主として。……それだけです」
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## 帰り道
アーデルハイトはひとりで歩いて帰った。
手帳は鞄にしまった。今日書いた記録は三ページある。人名、日時、発言の要点、確認済みの事実と未確認の事実を分けてある。バウマンには見せる。ランゲ上席審査官にも、必要なら提出する。
ただ、水場の前でクルトが見せた顔は記録しなかった。
記録できるものではなかったし、記録する必要もないと思った。あの顔は帳簿には載らない種類のものだった。
東市場通りが見えてきたところで、アーデルハイトは立ち止まった。
「クレッツマー焼き場」の看板が傾いたまま見えた。朝と同じ角度で。
今日は何もわからなくなったわけではない。むしろわかったことが増えた。クルトが動機を持っていたこと、帳簿は綺麗だったこと、積立金があること、十七年間という時間に何が詰まっていたか。
ただ数字が合ったかというと、そうではない。
継承規定違反は事実だ。「守るため」が動機だとしても、三回の誤記処理は命令があってできることで、記録保管庫の職員を動かせる立場の人間が関与している。それは誰か。クルト単独でできたことか。そこがまだ合っていない。
アーデルハイトは歩き始めた。
店に戻ったら明日の仕込みがある。小麦粉の在庫を確認して、釜の調子を見て、釣り銭を数える。
それから手帳の内容をバウマンに送る文書にまとめる。
どちらも同じくらい重要だった。




