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貧乏男爵家の調査官日誌  作者: 林はるる


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道化の息子


 リズミカルな決められたノックの音がし、侍従が隠し扉の鍵を手順通りに開けると、顔色の悪い侍女が使用人の着替えを持って震えながら入ってきた。隠し部屋に逃げ込んだ人々の視線を無視して、ギャラハー伯爵夫人のドレスの紐を一斉にほどいていく。胴着や袖、肩、飾りやスカート部分を乱暴にはぎとり、裸にした後、使用人の服を数人がかりで素早く着せていく。布の帽子をかぶせて、ブーツをはかせれば完成だ。逃げる準備をしたら、後は助けが来るのを待つだけだった。


◇◇◇◇◇◇



 ジュリウスは、マックスや仲間たちと、夜通し馬を走らせていた。


学院に緊急招集がかかったのは、昼過ぎだ。一部の生徒と、騎士が、騎士団長や、ボウエン家がいる広間に集められた。


「ギャラハー伯爵領で、クーデターが発生した。当主ゴードンが殺害され、伯爵夫人ジョセリーヌとお子の計三名が行方不明だ。下手人は当主弟ハリスと、その後見人ランサム伯。ハリスは爵位を手に入れるために、跡継ぎを殺すだろう。そしてこの件をもみ消す。その前に、夫人とお子を保護するのが今回の任務だ。ランサム伯は第二王子派とつながっているという情報もある。他にも色々あり、今回はボウエン家が主体となって動く。質問は」


 ジュリウスは手を挙げた。


「そのように詳しい情報はどこから?」


「ギャラハー領は伯爵家の求心力が極端に低く、群雄割拠し、内乱が勃発しそうだ。そのため事前に諜報員を仕込んでおいた」


「夫人たちは無事なのですか?」


「不明だ。だが殺害されたとの報告もない。夫人の弟アンリ騎士を同行させるので、無事に保護してくれ。健闘を祈る」


 ギャラハー領に入ると、すでに物々しい警備がしかれていた。目つきの悪い男たちがたむろしている。事情を話して通ると、すぐに伯爵家のものらしい侍従がついてきた。


「ご案内いたします」


 にこやかな笑みを浮かべているが、目は笑っていない。侍従は時間をかけて案内し、城に招いてくれる。そこで今回の騒動になんの心当たりもないという弟ハリスと、ランサム伯を紹介された。




 一方、別ルートから諜報員の案内で領地に忍び込んだ、ジュリウスとマックス、そしてアンリは城の屋根に登っていた。アンリが指笛を吹き、美しい小鳥のさえずりが響く。


「今のは、暗号かなにかですか」


「いいえ。ただの小鳥のさえずりです」


「では、なぜ……?」


「姉のジョセリーヌは鳥をとても愛していて、その影響で私も詳しいのです。今のはシロエリヒタキという愛らしい鳥の鳴き声で、このあたりには生息していません。姉ならきっと私からの信号だと気が付くでしょう。どんな隠し部屋に隠れていても、小鳥のさえずりは聞こえるものです」


 そう言って時間をおいて何度か繰り返すと、どこからか同じ鳴き声が聞こえてきた。


「二階の……応接間の近くでしょうか」


「あそこから連れ出すのは至難の業です」


「夜半に窓から……」


「跡継ぎ二人はともかく夫人がいます。侍女までついてきたら目も当てられません」


「侍女まで見ていられない。跡継ぎと夫人の保護に努めよう」


 夜中に、ボヤ騒ぎが起き、まぎれて夫人と子どもたちは窓から脱出し、残りの人々は無事を祈って邸内に散っていく。三人を馬に乗せ、いざ走り出したが、騒ぎで目を覚ました城から、次々に追っ手が迫る。予定していたルートを変更せざるを得ず、マックスの案内で違う道を逃げ出した。


「マックス。こちらは行き止まりだ。なにかあるのか」


「ついてきてください。この作戦、ボウエン家が主導を握った理由は俺なんです」


 閉鎖されているダルデンヌ領に、マックスはためらいなく踏み込んでいった。


  厳しい顔で制止した門衛に、懐からなにかを取り出し見せると、相手は少し驚いた顔で、だが黙って通した。すんでのところで兵士が追ってくるが、門衛に止められ歯がみしている。いくら横暴なギャラハーの人間たちも、ダルデンヌ領は敵に回せないようだった。


 なんとなく今まで感じていたもやもやが、答えも分からないのに解けていく。


「もしかしてマックスは、ダルデンヌ領のものなのか」


「そうです。もう秘密にしても意味がないので言いますが」


「まさか、前王朝の血を引く王子だったり……」


「薄く引いているだけです。ダルデンヌ領のものは多くが、なんらかの形で前王朝の血を引いていますので、めずらしいことではないです」


 以前、ボウエン家が、さる家の女性と縁を結び、生まれたのがご意見番のクィンタスと聞いたことがある。高位貴族や現王朝の血とつながると、反乱を疑われる恐れがあるし、かといって下手な家とは結べない。選択肢が少ない中、選ばれたのが前当主リチャードだったのだろう。


 ダルデンヌ家は二百五十年前まで栄えていた王朝で、断絶したが、旧教を信仰していた縁者たちが集まって家を支え、今でも続いている。領地は鎖国状態であり、いまだに旧教を信じ、よそ者は寄せ付けない。逃げ込むにはぴったりの場所だった。


「あら、マックスじゃない。久しぶり、元気だった」


 宗教的な要塞と謳われるダルデンヌ城に招かれ、ジュリウスたちがびくびくしていると、気さくな女性が現れた、


「ジュリウス殿。当主のクリスティアーヌ様です」


 一緒にいた者たちも、声にならない悲鳴を上げた。排他的で厳格なイメージの土地に、まるで合わない。


「やだわあ。確かにそうだけど、それは外へのイメージで、親戚の子どもにだったら、普通のおばちゃんになるわあ」


 それはそうかもしれないが。


「マックスは御当主殿と、どのような関係だ」


「ご当主殿の曾祖父君の七番目の妹が、嫁いだ商家に生まれた三十人目の孫が俺の母親で、母親が別の商家に嫁いで生まれたのが俺たち兄弟で、ご当主様のお子のお一人と同い年だから仲が良いんです。ダルデンヌ領は結束も固いし」


「……それならかなり血が近いのではないか」


「いいえ、全然。ここは旧教で、いまだに十五人兄弟とかが当たり前の世界です。外の尺度は使えませんよ」


 ギャラハー領から逃げてきた、伯爵夫人のジョセリーヌ、長男のギュスターヴァスと、次男のグレンヴィルの話を聞いて、クリスティアーヌは眉をひそめた。


「なんと乱暴な。話し合いで解決することもあったでしょうに」


 そう憤っていたが、ギュスターヴァスは哀しそうに下を向いた。


「それならお三方をお守りして、騒動が収まるのを待てば良いのかしら」


「意味がないと思います」


 ギュスターヴァスが弱々しく首を振った。


「どういうこと?」


「父を殺したのは確かに叔父のハリスです。でもそれを良しとする風潮が、伯爵家全体にあったのです」


 察しがついた大勢の人が黙り込んだ。ジュリウス一人だけ、ギュスターヴァスに聞いた。


「教えてくれないか」


◇◇◇◇◇◇



 ダルデンヌ領は前王朝の血筋を尊び、格式を守り、伝統や秩序を大事にしてきた。それを見た隣のギャラハー領は、旧教のダルデンヌ領を差別するあまり、格式や伝統を馬鹿にし、自領の古い習慣やしきたりを廃止するようになる。そうやって進歩を続け、到頭、血統を馬鹿にするようになり、自由主義を謳い、中途半端な能力主義の社会を築いていった。


「みんなで父上のことを馬鹿にしていました。おだてれば簡単に言うことを聞くと。生まれついての血筋で偉そうにしているだけで、実力で出世した自分たちには敵わないと。影で笑って馬鹿にして、仕事だけさせて、責任だけ押しつけて、皆、悪意に満ちていました」


「それはひどい……」


 想像より遙かに悪い事態に、気の毒そうにジュリウスは相づちを打った。


「……つまり君の領内では、身分制度が崩壊していたんだね」


「はい。だから僕たちが戻ったところで、また同じことの繰り返しです」


 ギュスターヴァスは声を震わせた。


「父上は…………陰で道化と呼ばれていたんです」


 あまりのひどさに、ジュリウスは絶句した。部屋も、体も芯から冷えてゆくようだ。


「クリスティアーヌ様。しばらくギュスターヴァス様たちを保護して頂けませんか」


「それは構わないけど、いつまで? つまり事態をどうやって解決するつもり? マックス」


「ジュリウス殿はどうお考えですか」


 しばらく黙っていたジュリウスは、マックスの問いに口を開いた。


「身分制度をなくす自由主義運動は隣国で盛んだが、結局の所、運動を引っ張る強力なリーダーシップがある知識層で形成される。つまり縦並びの身分から横並びになっただけで、富裕層の特別な人々と、その他大勢という構成は結局は変わらない。それにギュスターヴァス卿のお話しを伺っていると、ギャラハー領で起きていることは、自由主義運動でもなんでもなく、ただの秩序の崩壊だ。この場合はただちに軍隊を投入して、鎮静化をはかるべきだが、個人的にはしばらく放っておいても良いと思う」


 この事態を放っておくという乱暴な意見が出たことで、人々は目を見開いてジュリウスを見た。クリスティアーヌとジョセリーヌは、下を向いてその影響を考え始めている。


「確かにギャラハー領の西は海岸線で、東は要塞と呼ばれる俺たちのダルデンヌ領。南北への移動もそう簡単ではないことを考えると、急ぐ必要もないですね。それに……」


 ジュリウスのやり方を知っているマックスは、同意を求めるように見てきた。


「ええ。自由と能力主義を謳って、為政者に責任だけ押しつけ、自分たちの望む世界にしたのです。それがなにを招くのか、ギャラハー領の民によく味わってもらいましょう」


 領民の意識を改革しないまま、国軍で元に戻そうと、提案されると思っていたのだろう。だが放っておくという意見に、疲れ切って座っていたギュスターヴァスは驚いて立ち上がる。食い入るようにジュリウスを見る瞳には、小さいが炎が灯っていた。


◇◇◇◇◇◇



 翌日、朝の鍛錬を終えると、ギュスターヴァスの顔を見に行った。弟のグレンヴィルは熱を出してしまい、ジョセリーヌがついているとのことだ。子ども部屋には三十人近い子どもがいて、誰が誰だかわからない。ダルデンヌ家の子どもの見分けがつくマックスが、部屋の奥で固まっておしゃべりしている男の子たちのところへ向かった。


「昨日はごゆっくりお休みになれましたか」

「ああ。命を狙われる心配がないというのは、いいものだ。ここにいた皆で並んで寝たのだ」


「それは良かったですね」

「なにか連絡はあったか」


「あなたの叔父上ハリス殿が、ギュスターヴァス殿とグレンヴィル殿、つまり甥二人を保護したことにし、摂政になると発表しました。後見人はランサム伯です」

「……」


「どうされます」

「急いてもしょうのない。何年か雌伏しよう。その間に、母上と弟を連れて王都に行きたい。今後の領地をどうするか、そこで考えようと思っている」


「はい。国もあなたとの話し合いに期待しております。私の主君も協力するとお約束しますので」

「ジュリウス……頼みたいことがある」


「なんでもお申し付け下さい」

「父上を弔いたいのだ。手元にはなにもないが」


「承知しました」


 ダルデンヌ家の礼拝堂で葬儀が行われることになり、当日使われる花をギュスターヴァスも摘みに行くこととなった。その行程で彼はまるで、独り言を言うように、しかし力強く話した。


「父上は立派な方だった。誰がなんと言おうとそうだった。味方が誰もいない難しい状況でも、領地のために働くことをやめなかった。報われない人生だったかもしれないが、粘り強く務めを果たしていた」


「ご立派な方だったのですね」


「子どもだった私は、父上が軽んじられるのが悔しくて、仕事なんて無駄だと言ってしまったことがある。だがだからと言って、務めを放棄することはできないと。責任感の強い方だったのだ」


「素晴らしい方だったのですね」


「父上は領内に秩序を取り戻そうと、何度も挑戦した。だが若造になにが出来るとあしらわれ、邪魔されて上手く行かなかった。現状のままのほうが、得をする奴らが多かったからだ」


「それでも諦めなかったのですね」


「そうだ」


 声が震えている。父親ゴードンのことを話すギュスターヴァスに耳を傾けることが、とても大事なように感じ真剣に聞いた。


 誰も認めなかったゴードンの姿は、家族の中にしか残ってない。お前の父親は道化だとあざ笑う人々の中で、心の中こそ真実だと彼は戦い、守ってきたのだろう。葬儀に伴い、それが事実だと公に認め、偉大な父親として見送ってやることが、家族が新しい人生に踏みだす助けになるのだろう。


 葬儀ではジョセリーヌと弟のアンリが、指笛を吹いた。黒歌鳥の澄んだ美しい鳴き声が響き渡り、なにか新教において死者を弔う意味があるのだろうと、参列者は受け取ったようだ。接した短い間に感じた彼らの愛情深さを思うと、ただ単にゴードンが愛した鳥だったのではないかと感じた。


◇◇◇◇◇◇



 ギュスターヴァスはどれだけ時間がかかっても、父親のように粘り強く待とうと思っていた。だが新体制の崩壊はあっけないものだった。


 兄を陰で道化と呼び笑っていたハリスは、ギャラハー伯爵の代理の座につくと、すぐに疑心暗鬼になった。兄の仕事ぶりを馬鹿にしていたから、必要な書類仕事も出来なければ、判断や決済をするにも知識がない。当主はいくら馬鹿にしてもいいという前例を作ってしまったため、「『前』のほうが良かった」「『今度』のは使えない」と囁かれるようになった。


 もちろん面と向かって言われるわけではない。だが知っていた。陰でこき下ろされることを。夜、寝るときは暗殺の恐怖に怯え、起きているときは聞こえない陰口に精神を病んでいく。そのことはまわりに伝わり、腫れ物に触るような扱いを受け、ますます神経を削っていった。


 ある日、判断に自信のなかった書類を、後見のランサム伯に手渡した。その時、伯爵は一瞬、笑ったのだ。


「なんだ、貴様。どういうつもりだ」

「は?」


「今、笑っただろ」

「ご、誤解です。私はなにも」


 ランサム伯はただくしゃみをこらえただけだったのだが、激しく詰め寄り、延々と怒鳴り続けた。そしてとうとう剣を抜いて、刺してしまう。そのため怪我をした伯爵の跡継ぎが後任に来たが、つねにびくびくし、終いには青年は心を病んでしまった。


 ハリスが亡くなったのは、兄を殺した九ヶ月後のできごとだ。暗殺の恐怖に怯え、ろくに眠れずにいたところに大軍が押し寄せてきたからだ。寝ぼけた頭で逃げようとし、バルコニーから転落した。しかし彼が軍だと思ったのは、越冬のために渡ってきた雁の大群だった。


 周囲はいなくなったことにほっとし、なかったことにしようとした。ハリスの妹を担ぎ出し、臨時政府の長に据える。彼女は面倒を負わされるのなら、その分、自分に有利なことをしてもいいと考え、責任を果たす気は最初からなかった。散々、金を使い込んだ後に、まわりから責められると、馬鹿馬鹿しいと姿を消した。


 そして次の御輿を担ぎ出す。

 その繰り返しだった。


 伯爵家を支える人々は、血統を軽んじるあまり、長を選ぶのは自分たちだと思い込んだ。だからゴードンを大事にしなかったし、次々にすげ変わる首も大事にもしなかった。だがそれを続けるうちに、誰も長の座につこうとしなくなり、遠縁の者を無理矢理、引っ張り出し、平身低頭、願っても断られるようになる。


 名ばかりの伯爵代理の座に座る者がいなくなると、とたんに領地は回らなくなっていった。蔓延している血統を馬鹿にする空気は、領地を回すための上意下達の身分制度も崩壊させていた。そうすると村長や、代官という役職を背負っただけの平民に誰が従うだろう。


 あんなに馬鹿にしていたギャラハー家のものがいないと、なにもできなくなり、秩序が破壊され、治安が崩壊し、人々が逃げ出すのに三年もかからなかった。


◇◇◇◇◇◇



 王都で学院に通い、十七歳になっていたギュスターヴァスは、弟を残し、母ジョセリーヌを後見にギャラハー領に戻ることになった。領地には国軍が投入され、現在、治安維持活動を行っている。


 ぼろぼろになった伯爵邸に戻ると、たくさんの人々に熱狂的な歓迎を受けた。大広間で、昔、ギャラハー家に仕えていた名家たちに取り囲まれる。


「お待ちしておりました。これからは我々がお支えいたします」

「我々にお任せ下さい」

「なんでもお申し付け下さい」


 どの面下げて言っているんだろうと、ギュスターヴァスは思ったが腹も立たなかった。


「この地は血統よりも、能力主義を尊ぶところがある」


「いや、それは」

「過去のことは、どうか水に流して」


「だからそれに合わせようと思う。王都で民主主義や、自由主義など様々なことを学んできた」


「……は?」


 ギュスターヴァスとジョセリーヌは様々な試験や面談を行い、邸内の組織を大幅に改めていった。知識や実力があれば、平民を領内騎士として雇用することもあれば、名家出身でも実力が伴わなければ切り捨てる。そして働きや責任に応じた権限と、報酬を与えた。


 その仕組みと制度を広めていこうとし、猛反発を食らった。既得権益にふんぞり返っていた者たちが、職や名誉を失い集団で抗議したからだ。だが、国軍が駐留している今、怖い物はなかった。


「だが、お前たちは散々、この領は能力主義だと触れ回っていたではないか」

「それは…………。ですが権威というものも大事です」


 厚顔無恥に領主に訴えるものたちに告げた。


「それならどうして権威の象徴である私の父親は殺されたのだ?」

「それは……、ですが私たちが殺したわけでは」


「そうだな。お前たちは直接手を下したわけではない」

「そうです」


 ほっとして全員が安堵の顔を浮かべた。


「父上が殺されたとき、私は逃げるために隠し通路に入っていた。そこからお前たちの顔はよく見えた。口々に喜びの声を上げ、『なんの役にも立たないお飾りをやってやった』と言っていたな。お前は『俺たちのように能力があって選ばれたわけでもないのに』と言っていたな」


 思い出したくなくて、記憶の底に封印していた過去を、知らないはずのギュスターヴァスに指摘されて、人々は言葉を失った。道化の息子の癖に生意気で、ちょっと痛い目を見せてやろうと集まったが、最初に事を起こしたのは自分たちであり、首の皮一枚でつながっているのだとつきつけられる。


「血統だけの伯爵など邪魔だからと、私の父親を殺してまで手に入れた世界はどうだった?」


 答えられるものは誰もいなかった。


「父は誰よりも能力があった。優しすぎるという欠点があったが、お遊びで仕えているものたちに邪魔されながら、たった一人でこの地を支えていた。私が能力主義を導入したのは、それを証明したいからだ。父が努力したことを。そして父のようにこつこつと責任を果たす者が、報われる世界にしたいからだ。同時にこの仕組みが浸透すれば、父を邪魔したお前たちに能力なんてなかったことの証明にもなるだろう」


 誰もなにも言えず、その場を去るしかなかった。


 混乱は数年続いたが、ギュスターヴァスが導入した制度は、意外にも浸透し根付いていった。声を荒げて能力主義を唱える割には、実力が伴わない者たちが大きな顔をする風潮を、苦々しく思っている者がそれなりの数いたからだ。


 そういったものたちは領主の暗殺から始まった一連の騒動に、心底嫌気がさしており、新しい領主ギュスターヴァスによる本物の能力主義という名前の秩序を歓迎し、その制度を維持することに全力を尽くした。


 口では能力主義を謳いつつ、既得権益にしがみついていた人々は、はしごを外され、そうなって初めて、自分たちはなにももっていないことに気づく。しかしその時には、名家や代々というものが大事にされる世界は、自分たちの手で壊してしまった後だった。


◇◇◇◇◇◇



 荒れ果てたギャラハー領は、緑豊かで鳥のさえずりが響き渡る、美しい土地に徐々に戻っていった。


 五年も経つと他領や外国から、試験制度が末端まで導入されたモデルケースとして、視察が入るようになる。視察団が来ると、ギュスターヴァスはどんなに忙しくても、自分で出迎え、最初に礼拝堂の地下にある、父親の霊廟に案内した。


「私が制度を導入しようとしたきっかけは父親が暗殺されたことです。ここにいたるまでの亡命生活はつらいものでした。また領主になってからも、その道はとても険しいものでした。それでも諦めなかったのは、父ゴードンの背中を見て育ったからです。父はどんなにつらいときでも、決して諦めませんでした。自分にできることを粘り強く行い、責任を果たす姿を見て育ったのです。確かにこの領地の制度を維持するのは、骨が折れます。そのことでもし私を評価して下さるのなら、まず父を評価して下さい。偉大な方でした。文字通り私やこの地の礎となったのです。ですから、どうか父に手向けを………………」


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