第3話 ダナの冒険者協会
「お前はここで馬車を見張ってろ!」
「ねえ!もめ事は起こさないでねっー」
サエの言葉が届かない程の剣幕で馬車から飛び降りたルナーダの後を慌ててファーマが追いかける。
サエの見間違いであろうか?
その余りにも流れるような所作故か、ファーマが宙に浮かんだまま少年の後を追って行った様に見えたのでサエは思わず目を擦った。
「おい、ギルド長の部屋は何処だ?」
赤銅色に日焼けした筋肉を隆起させた立派な剣士は、足元から偉そうな声がしたので、鍛え上げられた胸筋をピクピクさせながら、ちびっこい少年を摘まみ上げた。
「誰に口きいてんだ、このこぞ…」
突然視界が真っ暗闇に切り替わる。
「…うってここは何処だ?何しやがった!」
暗闇で叫んだ大声に、直ぐに反応があった。
「お前!今入って来たのか?出口はどっちだ!」「おおおお、神様~」「助けてくれ~」
暗闇に響く声は複数人で、どれもとても怯えて聞こえた。
「真っ暗で見えやしねえが、出口があるなら俺が知りてえ位だぜ?」
剣士がそう言うと、暗闇の中で幾つもの気配が明らかに絶望した様な吐息を漏れた。
「一体全体手前ら…」
イラついてそう言いかけた時、誰かが鋭く制止する。
「しぃっ‼来る、近づいている、逃げろー!」
ざざざざー、波打ち際に大量の小豆をバラまいた様な音の波が暗闇の中、何処からともなく近づき、それはあっという間に男達を飲み込んだ。
「うわっ!何だこれ、やめろ!やめろ――!」
カサついた無機質な、しかしどう感じても人間の物と思われる指が空間一杯に男達にのしかかり、全身を撫でまわし、触り倒す。
これから体を乗っ取るとでも言いたげな程に情熱的、しかし何処かぎこちないタッチに先ほどこの暗闇に頬り込まれたばかりの剣士は底冷えした肝で叫んだ。
「うあああああーーー!出せーーー!」
そう叫ぶ口の中まで指たちが侵入すると、男は声を上げる事も出来ず息苦しさに死を想像する。
突然目の前が真っ白になる。
口にてんこ盛りでねじ込まれていた闇から出来た指達が、光の前で霧の様に粉々に消えて行く。
安堵の息を吐いた男は、自分の首を掴んでいるのが女の細腕で、見上げると何故か先ほどの少年が自分の上に居て髪を掴んでいた。
首元がちくちくするのは荒縄で編まれたずだ袋から首から上が出ているからであり、頬に感じる冷たさはギルド本部の床だ。
だが奇妙なのはいくらもがこうと手足を動かしても何もない空間で体操しているかのように抵抗が無いのである。
「ルナーダ様の質問にだけ答えなさい、もし関係の無い事を言ったら暗闇に戻します。」
首だけの剣士はブルブルッと震えると、目をギュッと瞑り早口で捲くし立てる。
「奥の通路に見張りが二人立っている!その奥を右だ!」
「ご苦労!」
ぐいっと男の生首を袋に押し込むとファーマは手早く袋の口を閉じる。
一方のルナーダは何事も無かったかのように教えられた道を行く。不機嫌な足音は子供特有の軽質量なトーンで廊下に響いた。
執務室へと続く廊下には、剣士の言葉通り二人の冒険者達が警護していた。
当然彼らは武装していた。二人の腰には大振りな剣がぶら下がっている。
そして不審な子供の接近に気が付くと直ぐに威嚇した。
「おいコラ、ガキ~ぐおう!」
一瞬で首から上が白く固まった左の男は、そのまま派手に前のめりに倒れ込む。
「女っ!今何をし...」
言い換えた右の男もまるで時が止まったかの様に固まった顔、そしてそれをすぐさま白い霜が覆いつくした。
ガタンッ!
執務室の中央にある立派な黒檀の机には一人の中年太りが書き物をしていたが、突然開いたドアに驚き立ち上がり、重そうな椅子を押し倒す。
「なっ何だ貴様らっ!」
「おい、お前がギルド長か!冒険者達の依頼料をネコババするのを止めろ!」
「何~この糞ガ…キ…?」
ギルド長のモーガンは太鼓腹を揺らし激高したが、ルナーダが右手に掲げた羊皮紙を一目見て目を疑う。
「これは...?確かに王家の印章...しかし、ギルドの手数料の上限を1割とするなど...このような暴挙、この地を収める貴族様達が許すはずが無い!」
「何故お前の手数料が減ると貴族が反対するのだ?ははあ~賄賂だな?それでは賄賂を受け取って国民に不利な決まりを作ったかどでそいつらも引責するか?」
ぎくりとした顔のモーガンは、ねこなで声を出す。
「あの~、あなた方は王家の密偵か何かの方でしょうか?」
下手な態度、しかし正面から見えない場所で、机の裏に隠されたボタンがそっと押されると、部屋の外で喧しい金属音が鳴り響く。
駆け込んで来た数多くの冒険者達は先ほどまでホールで屯っていた輩だろう。右手、左手、思い思いの手に武器を構えている。
「許可します!殺しなさい!」
ギルド長の号令で、雄たけびと共に有無を言わさぬ猛者達が突っ込んで来た。
「やれやれ…」
ルナーダが肩を竦めるその脇で、ファーマは一瞬両手をこすり合わせると高らかに叫ぶ。
「全員!反逆罪で死刑!」
□◆
「よしよし、良くやったぞファーマ、上出来だ。」
褒められた細身の少女は柄にも無く顔を赤らめてモジモジした。
現在、部屋の冷気は凄まじく、彫像の様に固まった人柱達には白い霜がカビの様にこびり付いている。
「これはっ!」
厚手の外套の肩が金色のモールが飾られている男が駆け込んで来るなり絶句した。
「こいつらは王印の入った指令書に逆らったので成敗した。」
大した事では無いかかのように事態を説明するルナーダから、差し出された羊皮紙を男は震える手で広げると一字一句食い入るように目で追う。
「承知しました、私は副ギルド長のアトラスと申します、謹んで...」
アトラスは続きを言葉に出来なかった。
一瞬で凍り付いてしまったからである。
ルナーダは凍ったアトラスの後ろ手のナイフを蹴り落とすと、左手から乱暴に羊皮紙を抜き取った。
そしてそれを彼の陰に隠れる様にいた一人の男に手渡す。
細淵の丸眼鏡を掛けた頭髪の禿げあがった貧弱そうな男は、顔を真っ青にして両手を小刻みに振った。
「わっ私は...只の事務員で...」
「じゃあ今からお前がギルド長兼副ギルド長兼事務員だ、他のやつらを全員連れて来い!」
新しくギルド長の椅子に座らされた凡庸な事務員の名はマンネーと言った。
貴族への賄賂を止めて、ピンハネしていた金を冒険者に還元する様に命令されると、マンネーは泣き出しそうな顔で懇願する。
「お許しください!そんな事をしたら貴族様方に私がつるし上げを食らってしまいます!」
「よし、では文句を言いそうな貴族を明日の昼ここのホールに集めろ、何だその目は?今すぐ凍りたいのか?」
涙目のマンネーは頷く他はなかった。