第4話 キャンセル料
翌日の正午、急死したギルド長と副ギルド長に代わってマンネーという事務方から招待を受けた貴族達がホールに集まって来た。
10人近く居るが中年が多い、皆絹で織られた柔らかな色合いの服を身にまとっている。
「皆さま…このような場所にお呼びだてして大変申し訳ございません。」
地面に向かって頭を勢いよく振り下ろしたマンネーに、貴族の集団から背の高い男が前に出て叱責した。
「手紙ではお前が新しいギルド長になったというが、我々の許可無くしてそのような勝手は許されんぞ!」
肩幅の広い白シャツの中身は他の中年貴族と違い筋肉質だ。
短く借り上げた金髪に白髪が混じりかけているこの男こそがこの街のドン、アルーロ侯爵その人である。
「何故貴様ら貴族の許可が居る!そのような法はこの国には無いぞ!」
突然の叫びに驚いた貴族達であったが、それが小さな子供から発せられたものであると分かるや否や怒り出す者笑いだす者、反応は様々であった。
アルーロはというと、 ...激怒した。
「誰か!この無礼な子供を牢へぶち込め!」
バサリ!
ルナーダの投げた羊皮紙がアルーロの顔を覆う。
怒ったアルーロは片手で羊皮紙を払いのけると落ちたそれを踏みにじった。その瞬間。
「うぎゃあああ!」
突然アルーロのズボンは裂け、右ひざが火を噴く。
堪らず床を這い転がる。
だが炎は有り得ない動きをした。まるで生きているかのように床に燃え移り広がり始める。
慌てて周りの貴族達が身近にな炎を消そうと足でバンバン床を蹴るが、蹴ろうが踏みにじろうが赤い炎は消えなかった。
「王印の入った命令書を足で踏むと、何の刑だ?ファーマ」
「ファッ、ファーマだと!? 最悪の魔女ファーマか? 王家の狂犬が何故こんな所に!」
貴族達は皆、その名を聞くと震え上がり、慌てて背を向けて逃げ出そうとした。
しかし走り出した足は床に張り付いて動けなくなる、凍り付いたのだ。
「くそっ!離れない!」
彼らの吐く息はいつの間にか白く、差し込む陽光にキラキラと小さく光った。
いつの間にか炎は消え失せ、ホールは再び異様な冷気に包まれている。
気絶した侯爵の黒焦げになった右膝をルナーダが蹴ると既に炭化した脚は割れ、未だ生暖かいひざ下だけが、凍った床に哀れに転がった。
「うがががが…」
痛みでアルーロが目を覚ます。
「お前達よく見て於け、王印を軽んじた愚か者の末路を!」
そう言って少年が手を振ると後ろに控えたファーマの腕から雷撃がほとばしり、アルーロは体中から白い蒸気を上げて絶命する。
「狂ってる!お前らは狂っている!」
騒ぎ立てる貴族の一人にルナーダは羊皮紙を突き出した。
不思議な事にあれだけの事があったにも関わらず、羊皮紙は焦げも凍りもしていない。
貴族はそれを食い入る様に読み、一言「従う…」と発して下を向いた。
誰もがうな垂れて動けなかった。
いつしか解けた氷は水となり、彼らの足元を冷たく濡らしていた。
◆□
「サエ、ご苦労だった、報酬を受け取るが良い。」
事件後、冒険者協会を出たルナーダは、さっと金貨を差し出した。
「えっと、未だ出発もしてないのに、何かな?」
「悪いが依頼はキャンセルする、これはキャンセル料だ、偶々キャンセル料が依頼料と同じだったと思えばいい」
サエは目の前の小さな掌の上で輝く3枚の黄金をじっと見つめた。
(これだけあれば...)
ごくりと唾を飲み込む。
「要らない!」
「何?!」
ルナーダには理解不能であった。
「キャンセル料は依頼総量の1割って決まっているから、割のいい仕事だったから残念だけど、銀貨30枚貰ったら私は消えるね。」
困った様に振り返ったルナーダの目には満足そうにうなずくファーマの姿が映る。
視線を泳がしたルナーダはポリポリと頭を掻く。
そして今度は偉そうに腕を組みなおすと、すこしだけ拗ねた様子で前言を撤回した。
「分かった、お前が其処迄いうならキャンセルは止めだ!」
「本当!支度には金貨1枚使ったから、達成したら残り2枚は貰えるのね?!」
「ああ、そうとも。俺は超忙しいが、この街の貴族達の低落ぶりを見て他の街の様子も気になりだしていた所でもある。予定外の事で誠に不本意だが、もう少しだけ国内の実情を調査する為に旅をキャンセルしない事にした。出発の準備をするが良い!」
隣で破顔したファーマが懸命に笑いを堪えている姿を見て、サエは不思議そう首を傾げた。
◆□
カラカラカラ
軽快に走る真新しい馬車の中、向かい合った柔らかな3人掛けシートの片側全部を占領したルナーダは寝転んだ姿勢で天井を睨みつけていた。すると御者台からサエが叫んだ
「しかし貴方達は酷い人ですね!」
「ん?なんだと!お前達冒険者の処遇は改善され、俺の手付金もこのようにちゃんとした装備に変わった。何が問題だ?」
「何がって、どう考えたってやりすぎでしょう?
特にファーマちゃんはギルド長、副ギルド長、侯爵閣下、それにも命令されて襲い掛かったとはいえ多数の冒険者の人達、一体何人殺せば気が済んだの?」
尤もである。
「何人殺したかは重要じゃねえ、要は奴らが王の命令に反抗するかしないかだ。」
「そんなっ!口で言うとか、殺す前に出来る事があるでしょうに。」
座席の中央で何故か正座姿のファーマは申し訳なさそうな目でルナーダを見た。
そんな従者の姿にルナーダは起き上がるとファーマの頭をガシガシと撫で、御者台に向かって怒鳴り返した。
「それも相手次第だ、最初から話を聞くような相手なら少しは説得も試みるさ。」
「でも…」
サエは不満そうに口を噤む。
少し言い過ぎたかも知れない。気を付けなくては、なにせ相手は雇い主で、怒らせれば誰彼燃やしたり、氷漬けにしたりする狂人たちだ。
(あーあ、妙な客とあたっちゃったなあ、言い値でキャンセル受け付ければ良かった。)
サエには夢があった。
冒険者をして貯めた金で将来衣服店を開くのだ。
青空を見上げたサエの心の中はたちまち夢の世界に誘われ、小さいが素敵な店の中で店番をする自分の姿を想像してうっとりとする。
カラカラカラ
軽快な車輪が向かう先は北の方角にある「ケペ」と呼ばれる村。
そろそろ石畳は終わり田舎道となる。
雨が降ればぬかるむ悪路に変わるだろう。




