09
しかし、学者、研究者たちは見落としていた……いや、もしくは分かっていながらも問題なしと判断したのか……どちらにしても、当時のことを確かめる術はもうない。
なぜなら、あの血に塗れた地獄の時代を作り上げた気狂い共は、その末端に至るまで、生き残っている者は一人としていないのだから……。
彼らがどうような人生を歩んでいたのか、詳しい情報は残っていない。ただ、あの実験に関わった者は軒並み不審な死に様を晒したことだけが伝わっている。
一切火の気のない場所で突如として炎に包まれて焼死した者、なんの前触れもなく重力に押し負けたように上からプレスされて圧死した者、その最期に一貫性はなく様々だった。
明らかに異常な死に様。
しかし周辺に人がいた記録は一切なかった。
ただし、現場を見た人間は口を揃えてこう言ったという――。
『あの現場には明確な悪意があった。自然現象や偶然の産物ではない。あれは紛れもなく、人の憎悪がもたらした――殺人だった』と。
その証言が眉唾の世迷い事の類ではなく、ある種の直感とも言うべき、人が忘れて久しい種の防衛本能が知らせた警鐘だったと知るのは、それからしばらく後になる。
――そこは、どこにでもある一般的な中流家庭だった。
父親は家族を養えるだけの収入を望める企業で一番の成績を誇る商社マン。母親も女性ながらに企業に勤め、役職に就くほどのやり手。一人っ子の息子も幼い頃から聡明で、二人の熱心な教育の甲斐もあって飛び級するほど優秀であり、両親は鼻が高いと近所に触れ回ったとか。
そんな、ありふれて幸福で、それなりに裕福な家庭が前触れなく崩壊したのは、ある初夏の夕暮れだった。
通報は近所の住人からだった。
その内容は、『死体と子供が手を繋いで遊んでいる』というものだった。
通報を受けた管轄の警察官は、悪戯だと判断して注意したが、それを上回る気迫と受話器越しの怒声に、渋々ながら様子を見に行ったという。
チャイムを鳴らし、威圧感を出さないように、努めて明るく振舞おうと笑顔を浮かべた警察官は、開いた扉の先を見て、用意していた言葉が消し飛んだのを感じた。
目玉が取れ、落ち窪んだ肉の穴となった眼孔。
明らかに血の通ってない土気色の肌。
鼻を突く、枯葉にも似てわずかに甘さ含んだ腐乱臭。
どう見ても生きていない。
にもかかわらず、それはにこやかに彼の訪問に対応した。
警官が明らかな異常事態に慄いて数歩後退った時、それの肩越しに見えた光景に吐き気を抑えることができなかった。
中身が溶けたのだろう。まるで妊婦のように膨らんだ腹を波打たせる女性が、子供と手を取り合って踊っていた。何か規則性があるように見えない、でたらめで子供らしく楽しげなダンスだった。
そこまで確認して、警官は昼に食べたハンバーガーをその場にぶち撒けていた。
あたりにバーベキューソースの混ざった酸っぱい匂いが広がる中、警官は震える手を必死に動かし、本部への連絡を取ろうして、肩に触れた冷たい感触に動きを止めた。
震えのあまり指先一つ動かなかった。
しかし、自分の意思とは離れたところで、警官の体はまるでそうしなければいられいかのように、自分に影を落とす存在を見上げた。
二つの腐乱死体に囲まれて立つ少年と、彼から伸びる鎖に繋がれ、まるで風船のように背後に浮かぶ、全身を革製の拘束具で縛り上げられた異形の人型を。
――これが表沙汰になった『人工精霊』が関係する初めての事件だった。
考えてみればごく自然なことだが、精神に異常をきたすほどの重苦を積み重ねた末に作り上げられる存在が正常なはずはなかった……それを生みだす人間の側も。
『人工精霊』に目覚めたほとんどの人間は、非常に攻撃的な性質を持っていた。
元々そういった気質の人間が目覚めるのか、それとも『マナス』が『人工精霊』に形成される過程の精神的苦痛によって変貌するのかは分かっていない。
分かっていることは、元となる人間の性質に引っ張られるように、『人工精霊』も他人に対して非常に攻撃的だということだ。
それは『人工精霊』の持つ、物質干渉能力にも表れている。
発火能力。
念動力。
精神支配。
およそ他人を害しない能力は一つとしてなかった。
故に――いつからか、『人工精霊』の持つ現実干渉能力は、その悪辣な生まれと、醜悪な見た目からこう呼ばれるようになっていた――『業』と。
……あの事件を機に『人工精霊』の存在を重く見た国々は、研究の再開が発表した。
すでに現実に存在してしまっており、それによって人的被害も出ている以上、放置しておける問題ではなかった……。さらに、『人工精霊』は基本に他人が視認することはできず、カメラなどの電子機器にも映らないことが、その脅威を一層高めていた。
全世界で早急な対応が求められた。
――しかし、人間の浅ましさというのは底がないのだろう……。
この緊急事態を、未知の存在である『人工精霊』と、その源である『マナス』を解き明かすために大手を振って研究できる絶好の機会だと捉えた人間が、確かに存在した。
それは、ここ――日本にも。
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