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「さて、だいぶ話が逸れてしまったが、そういった理由で法身の人工精霊というのはそれだけで現実に及ぼす影響が大きく、同時に強力な業を抱えている。
だから、そう数はいない。日本中から覚者が集まっている学園でさえ、指折り数えられる程度だ」
「では、たとえ国家機関の本部とはいえ、そう多くはないってことですか?」
結紀の疑問に、道祖は首を横に振って答える。
「いや、そうでもない。本部の規模から考えれば過剰なほどだ。法身だけで五名も在籍しているからな。そのうえ、その下に報身の人工精霊を持つ覚者が数十名いる。
とてもじゃないが、いくら法身の人工精霊を持ち、強力な業を抱えていたとしても、一人でどうこうできる戦力差ではない……が、堺昧弥はそれをやった」
それがどれほどの異常か、もはや言葉にする必要はなかった。
三人の中で唯一、法身の人工精霊を持つ結紀であっても、そんな無謀は目が眩むような大金を積まれたとしても、実行どころか考えもしない、絶対に。
――そもそも業が弱いからな、僕は……。
おそらく、同じ法身の人工精霊を抱えているであろう昧弥との絶望的なまでの差に、結紀は無意識に歯噛みした。
比べるようなものではないし、比べていいようなものでもない。
そもそも、業が弱いことは普通なら喜ぶべきことなのだ。
それだけ、過去に抱えているものが軽いということの証左でもあるのだから。
――けど、それでも……。
また昧弥と対峙するときのことを考えると、底なしの暗い穴に沈んでいくような不安に溺れそうだった。
敵対しなければいい、などという考えは欠片も浮かんではこなかった……というよりは、必ず自分と彼女は相対することになる、その確信に満ちた予感が、まるで影のように結紀の背後にピタリと貼りついて離れなかった。
――僕は、いったいどうすれば……。
拭えなかった不安は澱のように溜まっていき、心と体の動きを鈍らせていく。
目の前に恐怖の根源がいるわけでもないのに、過去に打たれた楔に鎖で繋がれているように、いつまでも結紀の心を囚われていた。
「まぁ、奴が何事もなく襲撃できた理由は、間が良かったというのもあるがな」
その思考の沼から引き揚げたのは、道祖のどこか投げやりな声だった。
「……それは、どういう?」
意味が理解できず、覚束ない声を零す結紀に、道祖はまるで自身の運のなさを嘆くようにため息を吐き、やれやれと大げさに肩をすくめてみせた。
「簡単なことだ。――法身の人工精霊持ちが一人を残して出払っていたのさ」
それはあまりに無慈悲が過ぎるだろう……などと嘆いても当時のことが覆るわけでもなし。ただその時のことを考えると、思わずなんとも遣る瀬無い表情になってしまう結紀だった。
「しかも残っていた法身の人工精霊は戦闘向きではない、ときていた」
「なぁんだ。それじゃあ、本当に凄いかどうかなんて分かんないじゃん」
ユクの気の抜けた声に、しかし道祖は視線を鋭く尖らせながら頭を振る。
「いや、十分に驚異的だ。普通なら常駐している先鋭部隊だけで、並の覚者は手も足も出ないだろう。訓練された者とそうでない者の間には、それほど大きな隔たりがある。
加えて、法身の人工精霊だ。たとえ戦闘向きでなかったとしても法身は法身。そこに報身まで出張ってこられた日には……普通ならことを起こす前に物量で押し潰されて仕舞だ」
「……でも、彼女はそれをやってのけた」
「そうだ。しかも真に恐ろしいのは、奴が一人でそれを為したことじゃない。奴は、その場にいた者たちを一人残らず――」
次の言葉を続けるのが躊躇われたのか、図らずできあがった空白は沈黙を生み、冷ややかな静けさは嫌な予感と共に三人の背筋に寒気を走らせた。
――まさか……殺した?
三人の脳裏につい先ほどまで自分たちがいた地獄がよみがえる。
響き渡る慟哭。
渦巻く怨嗟。
それらすべてを塗り潰す――黒い悪意。
思い返しただけでも身が竦み、心臓が痙攣するように早鐘を打つ。
沈黙に耐えかねたように、強張った視線で先を促す三人の前で道祖がゆっくりと口を開く。
「――無傷で制圧したんだ」
告げられたのは、あまりに予想外な言葉だった。
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