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86【最終話】 右手、謝罪、右手、二回、右手、未来

 三か月後。三月の初めである。

 ケミホ中学校、二年一組。

 放課後。教室に生徒はまばらだ。窓から差し込む西日は、夕暮れの気配を赤く忍ばせている。


 机の最後列の一つに、シュレナがいた。椅子を後ろへ向け座っている。そばにはユツコが、ロッカーに寄りかかって立つ。女子二人で談笑中。

 二人とも、紺色ブレザーの制服姿。シュレナは長ズボン、ユツコはミニスカート。


 先週、三年生の卒業式が行われ、在校生としては、今年度、学年末試験と終業式を残すのみだ。

 しかし。


「そっか。じゃあ、シュレは終業式、出られないんだね」

 ユツコの声音はしんみりとしている。今、シュレナの予定を話しているところだ。シュレナは、

「その前日に出発だからね」

「すぐ海外に?」

「うん。午前中には飛行機」

「ごめん、見送り行けないや」

「授業あるもんね。いいって。三か月で戻るし」

 と、シュレナは笑う。


 昨年秋に「未来の私」から受け取ったロボットコンペの案内状は、親に見せると「誰からもらったんだ」と詰問されそうなので、改めてネットで調べた。

 幸い、コンペ名に絞って検索したら、何とか見つけられた。

 シュレナは、それをプリントアウトし、「最初から自分で調べて見つけたこと」にして、応募してよいかと親に相談した。

 これには、喫茶店での「未来の私」からの助言もあったが。


 親の許可が下りたので、改良型「シュレナビートル」をコンペ事務局へ郵送にて提出。

 これは、中学校からの圧力により文化祭へ出展し損ねた、例の虫型ロボットである。


 事務局からの反応は早かった。

 まず、留学を勧める手紙が届き、次に両親を交えた面談、続いて中学の教師を入れての協議の場が設けられたのだった。


 協議は、ケミホ中学校の応接室で開かれ、教頭先生も同席した。

 行きがかり上、理学研究部や文化祭の件にも軽く触れた。

 この時、コンペ事務局の者が、「シュレナさんの才能が、もう少しで埋もれるところでした」と批判し、教頭先生の顔が赤くなるのを目の当たりにして、シュレナは胸がスカッと晴れた。

 ただし、

(教頭先生だって立場があってのこと。ザマー見ろとか思っちゃ駄目。調子に乗らない!)

 そう自分を戒めた。


 一方では、シュレナにプレハブの部室を与え、好きなように活動させた自由な校風は、事務局から評価された。

 ケミホ中学の名誉も守られた形だ。


 こうしてシュレナは、海外の研究機関に附属する理学専門校への、特別短期留学が決まったのである。


 教室での二人の会話は続く。

「中学生は珍しいんでしょ?」

「みたい。各国の、理学を志す若者が集まってんだ」

 ユツコの質問に答えるシュレナ。

「頑張れシュレ。外国語もね」

「だね。最低限は翻訳、通訳してくれるらしいけど、少しでもしゃべれるように勉強するよ」

 シュレナはうなずいた。


 そして、出発の日。


 家族に見送られて、シュレナは一人、飛行機へ乗り込む。専門校は全寮制であり、単独での海外渡航となる。

(飛行場に、ロタさんとイリちゃん、密かに見送りに来てないかなと、期待してたんだけどな……)

 先ほど探したが、それらしい姿は見当たらなかった。


 「未来の私」に会って以来、ロタに何度かメールしてはみたが、メールは通じなくなっていた。恐らく、完全に未来へ帰ってしまい、もはや一切の連絡を絶たれたということなのだろう。

 無理もないとは思うものの、せめて、今までのお礼と、留学が決まり努力が実ったことの報告はしたかった。


(どこかで、私のこと、たまには見てくれてるかな?)

 窓際のシートに座ると、シュレナは手帳を取り出して、表紙の裏に貼り付けられた写真二枚を眺める。手帳用に縮小した物。


 昨年、夏祭りでもらった、やや若い頃のロタの写真。ロタの横には、製作途中の金色の巨体イリカが写っている。

 もう一枚は、まさにその夏祭りにて三人で撮った写真だ。ロタと、浴衣姿のシュレナ、イリカ。その後ろの花火……。


 不意に、シュレナは顔を上げる。

 光の反射が目に入ったからだ。

「!」


 飛行機は離陸して、今、高度を上げている最中であった。窓の外の景色は、左半分が都市、右が海。飛行機は海へ向かっているところ。

 その海の上空を、何と、一台のスカイカーが飛んでいた。左から右へ、まるで、飛行機を追いかけるように。

 シュレナは息をのみ、手帳を床に落としてしまう。イリカ号であった。


 イリカ号が飛行する姿を見たのは初めてであったが、あのデザイン、銀色の車体は間違いない。かつて、けがをした自分を乗せてくれた、特別仕様のワゴン車である。

 四輪を内側に折りたたみ、ボディーに日光を反射させながら、プロペラとジェットで飛んでいる。


 もっとも、速度で飛行機にかなうはずもなく、距離も高度もぐんぐん引き離されていく。飛行機の窓越しに見るイリカ号のサイズは、既に野球のボールほどだ。


 だが、それでも、はっきり目視できたものがあった。

 ワゴン車の右側、後部座席の窓から突き出された、大きな右手である。別れを惜しむように、左右に手を振り続けていた。

「イリちゃん!」

 思わず声に出し、窓へ両手を振るシュレナ。向こうからは見えないだろうけれど。


 あれはイリカの手だ。人の手よりかなり大きい。

 だからこそ、遠目にも分かった。

 ということは、運転席にいるのはロタであろう。


 どうやら、ロタとイリカは、何らかの方法で、シュレナが搭乗するこの便を特定したようだ。今回の留学の件は、割とオープンにされてはいたので、不可能ではない。まして未来人なら。


「行ってきます」

 もう、ほとんど点のようになってしまったイリカ号へ、一人、シュレナはつぶやいた。


【完】

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