80 思考を機械化して、また人へと還元する
もう一度「未来の私」は強くうなずいて、
「そもそも、人間の思考や知性の一部を機械化しようとして、計算機、コンピューターが作られたわけだけど、機械が多機能になると、今度は人間の側が機械へ歩み寄ろうとする」
あることに気付いたシュレナは、大声を上げる。
「あっ、ロタさんがイリちゃんに対してやってることが、まさにそれだ!」
なぜか、「未来の私」は複雑そうな顔をしたが、すぐ真顔に戻り、
「まあ、そうでしょうね。ただ、ロタさんは長い人生経験のもとに、個人的なパートナーとしてイリカちゃんを造っていったわけだから、その辺の使い分けとか、折り合いは付いてるでしょうけどね。
でも、社会全体で考えると、話は違ってくるよね。物事を別々に分類して、体系的に情報化してきたのが学問だから。人が学問に合わせては駄目。機械も人工知能も、あるいは心理学も生物学も人間工学も、単体とか二つ三つで社会を捉えることは出来ない」
「もっとたくさんの法則が絡まり合ってる」
「そう。それをほどくのが学問。でも、人間とは何か、みたいな壮大なテーマを解き明かすことを、学問の最終目標だとするのなら」
「もう一度、元の場所へと戻し、くっつけなければいけない!」
シュレナは軽く叫んだ。
間髪を入れず「未来の私」は、
「その結果がイリカちゃんなんだよ」
と応じた。
(あっ!)
またしても話が突然つながり、納得の余り、
「そうか!」
今度は本当に叫んでしまい、シュレナは喫茶店内を見回す。ほかのエリアとは独立したテーブルで助かった。
(でも、静かにしなきゃ!)
と反省したが。
そこで、
「そういうことか……」
あえて、同じ内容を小声で繰り返す。
さらに、
「ということは、私、今、ロタさんのこと、悪く言っちゃったなあ。前言撤回」
舌を出すシュレナに対し、「未来の私」は、
「人間が機械に合わせてるってところ?」
「そう」
「まあそこは、仮想の彼女だからね。恋人同士を演出する上で、ある程度の予定調和やお約束は仕方ないよね。自覚はしながらも、大切な基本はしっかり押さえてるでしょ」
「お互いを尊重し、対等な関係で……」
口をついて言葉が出てきたが、さすがに中学生には荷が重い内容であり、シュレナは口ごもる。
だが、「未来の私」が首を縦に振りつつ、引き継いでくれた。
「イリカちゃんの人工知能の部分も、自由な成長に任せたし、ロボットの体が付いてからは、手足からの情報で学習して、新たな判断を下すようにもなったからね。
様々な知の集積が、イリカちゃんには詰まってる。そして、イリカちゃんの言動が人間みたいになればなるほど、イリカちゃんの中で、科学や工学や生物学や、学問の分野の境目は溶けていく」
ここで、「未来の私」は一呼吸を挟んで、
「これからは、学問自体がそうでなければならないと思う」