62 作戦第二幕
スマホ内部に保存されたアドレス帳から、ロタは、ある電話番号を呼び出し、発信する。恐れ多くて、もう随分と、この人には電話していない。
「はい」
相手が出る。ああ、この声だ。
「ごぶ、御無沙汰しております、ロタでございます。突然、済みません。いっ、今、お時間よろしいでしょうか」
つっかえるくせに、その間の言葉は早口となってしまう。
「結構ですよ。どうされましたか?」
対照的に、相手は落ち着いている。女性の声。高く、やわらかな響き。
シュレナを案じる不安と、この女性へ久しぶりに連絡した緊張とが、いずれもフッと和らぐ。思えば、かつて、この声に何度救われたことだろう。
懐かしさと共に、以前の距離感も瞬時に取り戻せた気がした。あとは単刀直入でよかろう。ロタは、
「助けてください、ハヤミさん。ピンチなんですよ」
「どうされたのですか?」
「今、そちらで、イリカの脳へアクセスできますか?」
「人工知能の本体に、ということ?」
「そうです。今、イリカが、携帯電話の発信源を特定したんですけどね、私の知り合いの」
「具体的な住所までは割り出せませんよね?」
「ええ、そうなんですよ」
「情報セキュリティー上、そのようにプログラムしましたからね。それをお知りになりたい、と?」
「そうです。危険な目に遭ってるらしくて」
「イリカちゃん、聞こえてる?」
電話越しに突然名前を呼ばれ、助手席のイリカが顔をロタのスマホに近付け、
「うん、聞いてる」
「今からイリカちゃんの本体を調べてみるから。イリカちゃんが探知した位置情報を解読したら、番地で教えるけど、いい?」
「それでいい」
イリカは淡々と答える。イリカも、ハヤミと話すのは久しぶりだが、口調は慣れた感じだ。「生みの親」だからこそ、遠慮は不要なのかもしれぬ。
「ありがとうございます」
ロタも、電話の向こうのハヤミへ礼を述べる。
ハヤミ。年は四十代半ば。科学者。人工知能分野の国際的な権威にして、イリカの頭脳を設計し、完成させた女性である。
イリカの頭脳部分は、現在、イリカ自身のロボット本体と、ロタの部屋とに分離させて保存。サーバーなどの形で。
イリカの頭脳、すなわち人工知能のデータ領域はハヤミが適宜チェックし、メンテナンスや改良を行う。そこから得られた成果は、ロタ同意の下、別の研究にも使われる。
その代わり、世界最高峰の人工知能を、ロタは「彼女」として独り占めできるわけである。
しばらくして、スマホからハヤミの声。
「解読できましたよ。今から言いますが、よろしいですか?」
「結構です。メモできます」
スマホの片側をイリカに支えてもらいながら、ロタは手帳を出す。ハヤミは、
「ミカエ区、西アラタバシ四丁目、五十二番街」
(なっ、何だと)
ロタはギョッとする。ここから、車で二時間はかかる距離だからだ。




