使用人の二日
使用人の朝は早い。
主人が起きるよりも早く目を覚ましたセルは隣でまだ夢の中にいるシオンの寝顔を見て頬を緩ませる。昨夜もしっかりと奉仕したが、この可愛らしい寝顔を見れば朝もしたくなってしまう。
しかし、自重する。
休日やご主人様が求めるのならまだしも仕事のある日ぐらいは自分からは控えないといけない。
シオンを起こさない様にベッドから出て肌着と使用人服を身に着けてそっと部屋を出る。
このまままずは洗濯物からと行きたいが、その前に叩き起こさなければならない兔がいる。
部屋の扉を開けてその中にいる獣人、兔人族のシロットはまだ眠りについていた。
「むにゃむにゃ………………………」
気持ちよさそうに夢の世界に浸かっているシロットにセルは魔力を水に変換する水初級魔法【アクアウォーター】を発動させてシロットを起こした。
「ぴやぁぁぁ!! な、何事ですか!?」
全身ずぶ濡れで起き上がるシロットのすぐ傍には冷徹な眼差しを向けている使用人様がそこにいた。
「己の身分も弁えない奴隷は娼館にでも売り払いましょうか?」
「すぐに準備します!!」
軽く脅すとシロットは大急ぎで着替え始める。その間に濡れたシーツを取っておく。
「着替えました!!」
一分もかからずに使用人服に着替える。
セルはロングスカートタイプの使用人服とは違って腹部と太ももが見える露出の多い使用人服はどこかの娼館にでもありそうないかがわしい恰好だ。
おまけに急いで着たせいでボタンが外れて肌着が見え、前掛けも前後反対で髪も寝ぐせがついている。
そんな奴隷兔の恰好を見て溜息を吐く。
「身だしなみをきちんと整えなさい。今回はしてあげますから次からは自分でできるようにしなさい」
「はい!」
恰好と髪を整えてセルはシロットをつれて朝の仕事に取り掛かる。
「私は朝食の準備をしますので貴女は洗濯をお願いします。裏に井戸と桶がありますからそこを利用してください。洗い終えましたら干しておくように」
「了解しました!」
敬礼するシロットを置いて自分も仕事に取り掛かる。
昨日の残りのパンと今朝は少し冷える為に何か暖かいスープもいいだろう。それから朝に弱いシオンの目を覚ますようなさっぱりとした食べ物も用意しておかないと。
『ひゃああああああああっっ!!』
朝食の準備中に間抜けな悲鳴が耳朶を震わせ、溜息を吐きながら裏手に回る。
そこにはシロットの姿が影も形も見えず、もしかしてと思って井戸の中を覗いてみた。
「がぼごぼ………………………」
「何をしているのですか………………………?」
井戸に頭から突っ込んだように逆立ち状態で突き刺さっているシロットの間抜けすぎる格好に呆れ、救助する。
「あ、ありがとうございます………………………」
「いったい何がどうやったらああなったのですか?」
またもずぶ濡れとなったシロットに事情を尋ねると、足を滑らせてそのまま井戸に入ってしまったらしい。
ここまでドジが続くとなるともはや一種の才能だ。
「………………………………私も手伝いますから早く済ませますよ」
「はい…………」
結局セルはシロットと共に洗濯物を終わらせてから朝食に取り掛かり、気が付くと詩音を起こす時間がきてしまった。
「シロット、皿を出しておいてください。私はご主人様を起こしてまいります」
「わかりました」
一度手を止めて詩音を起こしに行く為に部屋に訪れる。扉をノックするも返事はない。
「失礼します」
いつものように部屋に入るとそこにはまだ眠りについている詩音がいた。
この寝顔を見れば先ほどの苦労も忘れさせてくれる。
ほっぺをちょっとだけつついてみる。ハマってしまいそうだ。
「ご主人様。起きてください」
「ん……」
身を揺らしてようやく重い瞼を開ける詩音はまだ頭が寝ているせいか呆けている。
「おはようございます、ご主人様」
「………………………ふぁ、おはよう」
欠伸をして目を擦って身を起こす詩音に寄り添って朝の奉仕について尋ねる。
「朝の奉仕は必要ですか?」
自身の胸を詩音の顔に押し寄せて尋ねるも、その返答は聞くまでもなかった。
「ふふ、身体は正直ですね」
「………………………………お願いします」
「はい。喜んで」
セルは朝の奉仕に取り掛かる。
「じゃ、いってきます」
「いってらっしゃいませ」
「お仕事頑張ってください!」
朝食後、玄関で詩音を見送る二人はすぐに開店準備に取り掛かる。
「シロット、貴女は武器の手入れをお願いします。元冒険者の端くれなら手入れぐらいはできますよね?」
「はい!」
店内を少しでもよく見せようと掃除を行う。
床掃除から商品の手入れまで開店時間までに終わらせておかなければならないことは沢山ある。
数多くの品物を販売している『クリエイション』。今は客足は少なくともこれから増えるかもしれない。
その為にも掃除に手は抜かない。
掃除を終わらせて開店時間に営業を開始する。
「あの、この剣なんですけど、もう少し安くなりませんか………………?」
商品である剣を持って尋ねてくる新人と思われる少年冒険者。その背には同じく新人と思われる少女。
二人組の新人冒険者だろう。新人はとにかく金がないから少しでも安く買おうと交渉するにも頷ける。
少年冒険者が持つ剣は特にこれといった性能もないごく普通の剣。
それなりの切れ味は保証するもそれだけの剣。
値段も五千Gとお手頃価格なのだが、新人ならそんなものかと交渉に移る。
「ご希望する金額はおいくらでしょうか?」
営業スマイルで尋ねると少年冒険者は頬を赤くして呆けると後ろにいる少女にわき腹を叩かれて呻き声を上げた。仲睦まじいものだ。
「できれば二千Gだと助かるんですけど…………………」
設定金額の半分以下。装備を見るからに他にも欲しい物があるのだろう。
回復薬か予備の武器か。その辺りが妥当だろう。
「少々お待ちください」
奥の棚から回復薬を数本持ってきてセルはそれをテーブルに置いた。
「では、こちらの回復薬を含めて四千Gでどうでしょうか? 冒険者なら常に万が一のことも想定して備えておいた方がいいですよ?」
「じゃ、それで…………………お願いします」
「はい。お買い上げありがとうございます」
少し色を加えて商品を売る。
元は取れていないが、流石に新人冒険者相手に大人げない交渉はできない。そのせいで死なれたら目覚めが悪いというものだ。
それに―――
セルは新しい剣に目を輝かせている少年冒険者を置いて少女に耳打ちする。
「もっと自分から攻めなきゃ駄目ですよ?」
「―――――――っ」
顔を真っ赤にして初々しい反応をする少女にセルは微笑みで返した。
「またのお越しをお待ちしております」
店から出ていく二人。しばらくしてシロットが帰ってきた。
「配達終わりました!」
「はい。では次は東区地区に住んでいるクロア様から修理を頼まれた物です」
「はい! 行ってきます!」
兔人族の高い敏捷を活かして修理品の配達をシロットに頼み、シロットはまたも街を駆け出す。
今のところはガラの悪い冒険者は来ないから平和だが、出来ることなら店番などせずに詩音の傍にいたい。
しかし、ご主人様である詩音とは違ってできることは限られている為にむしろ邪魔になってしまう。
仕事の邪魔をしない為にも店番でお客様の対応をする方が効率はいいことぐらいわかってはいる。
それでも傍にいたいのはただの我儘だ。
「今日も存分に可愛がってもらいましょう」
そして存分に甘やかそう、とご主人様が帰ってくるその時までこの気持ちを我慢しようと意気込む。
「いらっしゃいませ。ようこそ、『クリエイション』へ」
そうと決めれば今は自分ができるお仕事に集中、と新しく入ってきた客の対応に入る。
「ただいま」
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「おかえりなさい、シオン様」
夕日が沈み始める時間帯に詩音は自宅に帰ってくる。それを出迎えるセルとシロット。
「今日は随分とお疲れですね」
「うん、まぁ、親方に捕まってちょっとね…………………」
何があったのかはその反応である程度は理解するも深く聞くことはしない。それよりもすることはある。
「今日もお疲れ様です」
愛しいご主人様を抱き寄せて頭を撫でる。
詩音もセルに甘えるように胸の中で癒される。
互いが至福を感じる一時だ。
「あ、あの、シオン様! 私の胸でもいっぱい甘えてもいいですよ!?」
そんな二人にシロットは我慢できずに自身の胸を持ち上げてアピールする。
セルほど大きくはなくても形がよさそうなシロットの胸を詩音は一瞥して苦笑い。
「いいよ、無理しなくて」
親しき中にも礼儀あり。詩音は流石にセルのようにシロットに甘えることはできない。
だから遠慮したのだが、本人は石像のように固まった。
そんな遠慮する詩音にセルは微笑みながら言う。
「ご主人様。あれは性処理ペットなのですから何も遠慮することなく思うがままにしてもいいのですよ?」
「いや、俺そんな鬼畜外道じゃないし………………」
「むしろご主人様はもう少し鬼畜外道の方がいいですよ? 練習がてらあの奴隷兔を使いましょう」
「ええ………………セルはその、嫌じゃないの? 俺が他の女の人を抱くことに」
「本当に嫌でしたら初めから奴隷兔を娼館に売り捌いてます。それにシロットは少なからずご主人様に好意を抱いておりますから勧めているのです」
「ちょっ!? セル様!」
好意を抱いている相手に自分の気持ちを暴露されたシロットは顔を真っ赤にして叫んだ。
「私を大切にしてくれるお気持ちは嬉しいのですが、私はご主人様にももっと大切を増やして欲しいのです」
「セル…………………」
「それにこの奴隷兔の事です。どこで貞操を奪われるかわからないのですからそうなる前にご主人様に貞操を捧げた方がまだ救われるでしょう」
「ああ………………」
「流石にそこまで酷いことになりません!?」
否定するもこれまでのことも踏まえて否定できる材料がない為に信用できない。
もし本当に信用できるのなら奴隷にだってならなかったはずだ。
「えっと、シロットはいいの……………?」
「いいに決まっているじゃないですか!? 本当に嫌なら私だって抵抗の一つぐらいします! なりより、これで毎晩のように聞こえる生々しい声に悩まされる日々からおさらばです!!」
「うん、それはほんとごめん………………」
確かにほぼ毎日のようにセルと寝ている為に聴覚のいいシロットには悩みの種になっていたのだろう。
嘘のように聞こえるかもしれないが、別に詩音は節操無しでも女好きというわけでもない。
ちゃんと相手は選ぶし、嫌ならしない。了承を得てからするし万が一のことも考えて避妊だってしている。
詩音だって男だ。セルやシロットのような美女美少女の誘いを断るなんてことはできない。
「ではお話が纏まったところで夕食になさいますか?」
「そうだね。腹も減ったし」
「はい!」
とりあえず今は腹ごしらえ。三人は居間に移動する。