四日目
泣きついてきたシロットと共にそのドラゴンが生息している場所までセルのレベル上げも兼ねて街の外を出て最初に見るのは辺り一面に広がる広大な農地と緩やかな風が流れるその街道。
詩音は行商人の馬車内でセルに膝枕して貰っている。
「………………………ステイタスは俺の方が上なのに。セル、実はステイタスを偽ってる?」
「ふふ、ご主人様に隠し事など何一つありません」
昨夜、というよりも朝までセルに絞られた詩音。初めは体力がこちらが圧倒的に上の詩音に軍配はあったが、後半からはもうされるがままにセルのご奉仕を受けた。
若干瘦せこけた詩音とは違ってセルはいつもより肌の艶が良く見える気がする。
「あの~お二人共。仲がよろしいのはいいのですが、一晩生々しい音を聞かされた私にも気を遣って欲しいのですが………………………」
目の下にクマができているシロットはおずおずと二人に言うも、セルは一息ついて。
「その耳を切り落として差し上げましょうか?」
「ひぃぃぃ!? ごめんなさい!! もう言いません! 黙りますのでどうかお許しよぉぉぉ――――っ!!」
涙目で勢いよく土下座をするシロットを見てみない振りをする。
昨日、何があったのかは二人しか知らない。
「ところでお二人はその恰好で大丈夫なのですか………………………?」
シロットは二人の恰好について疑問を口にする。
しかし、それは無理もない。
セルは腰には細剣を携えているも、恰好はいつもの使用人服。
詩音にいたっては武器も防具も身に着けていない。
完全に冒険を舐め切っている恰好だった。
「何も問題はありません」
「大丈夫」
「はぁ、そうですか………………」
平然とそう返す二人にシロットは納得いかなくともそれ以上深くは訊かなかった。
「あ~明日の仕事って何かあったっけ?」
「明日は火の猫帝から新作料理の考案についての相談と農業ギルドから栽培があります。それと親方から酒に付き合えというお話もありました」
「親方………………俺、一応未成年。いや、この世界だといいのか?」
不安を募らせるシロットをよそに二人は明日の仕事について話しを進めていく。
「――――――っ!」
「シロット、どうしたの?」
耳をピンと伸ばして立ち上がるシロットは馬車から空を見上げる。
「行商人さん! ワイバーンです! 逃げてください!!」
シロットの叫びに馬車の手綱を握っている行商人が空を見上げると驚きの余り目を丸くする。
「あああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」
手綱を強き握って馬を走らせる行商人。だが、ワイバーンは詩音達がいる馬車に狙いを定めて急降下。
ワイバーン。高度な知能は持っていなく個々の強さはそれほどでもないが、ワイバーンは習性として群れで行動し、集団で獲物を捕食する。
地上で戦うモンスターとは違ってワイバーンは空を生息域にしている為に冒険者にとってはワイバーンは鬼門でもある。これまでの地上での戦闘だけではなく柔軟な思考と対応が要求される。
シロットはこれまでワイバーンを倒した経験は皆無。兔人族の聴覚で音を聞き分けて遭遇する前に即逃走が当たり前だった。
だけど、今は違う。
空を見る。ワイバーンはもうそこまでやってきている。
このままでは馬車だけじゃない。この場にいる全員が危ない。そう思ったシロットは覚悟を固めて背中にある大槌を手に取る。
「へぇ、あれがワイバーンか。初めて見る」
「そうですね。図鑑通り群れで行動するようです」
しかし、自分のすぐ後ろからそんな暢気な声が聞こえてきた。
「お、お二人共………………っ! 今はそんな暢気なことを言っている場合じゃ!」
「そういえばワイバーンの肉って美味しいんだよね?」
「ご所望であれば狩って参りますが?」
「そうだね。少し早い昼御飯のおかずにしようか。討伐お願い、料理はこっちが受け持つから」
「それは是非とも狩らねばなりませんね」
笑みを浮かばせながら腰に携えている細剣を抜剣。
銀色の輝きを放つ剣身。柄は華をモチーフにした装飾が施されている。一見、実戦よりも家に飾った方が似合う細剣を数度振るって構える。
「咲き誇りなさい。『クローディア』」
セルの声に応じるかのように剣身から輝きを放ち、セルは馬車から跳び下りてそのままワイバーンを両断する。
「ハッ!」
続けて細剣を振るってワイバーンを倒していくその姿にシロットは口を開けたまま呆然とする。
「行商人さん。もう止めて大丈夫ですよ。セルが全部倒してくれますから」
呆然とするシロットは他所に詩音は行商人に声をかけて馬車を止めて貰うも、シロットは指を震わせながら詩音に尋ねた。
「な、なななな、なんなんですか………………………? あの細剣は……………………それにセル様ってあそこまでお強い方だったのですか………………………?」
「いや、様って……………。まぁ、セルはレベルが30だし、鑑定能力から見てもワイバーンは20前後だからセル一人でも余裕に倒せるよ。それに元からセルのレベル上げを目的だからちょうどよかった」
「レベル30!? 国が抱えている国家騎士レベルじゃないですか!? 私なんてまだ13ですよ!?」
叫ぶシロットに自分のレベルはMAXですとは言えず、苦笑いする。
この世界でレベルを上げるにはゲームと同じようにモンスターを倒せばいい。
そううれば特殊な力が働いて倒したモンスターのレベルの分だけ経験値が手に入る。
強いモンスターを倒せばそれだけレベルが上がって。
弱いモンスターをいくら倒してもレベルはなかなか上がらず。
倒せば倒すほどにレベルは上がって強くなる。
「逃がしません!」
セルの強さに怖気づいたのか、何体のワイバーンは翼を羽ばたかせて逃げようとしたが細剣から放たれる斬撃がワイバーンを斬り裂く。
「そしてセルが使っているあの細剣は俺の自信作である魔法剣。高純度の魔鉱石を使って作った特殊な魔法剣はあらゆる属性攻撃を可能にする」
別に魔法剣自体は珍しいものではない。属性魔法と付与魔法を覚えればできる代物だけど、セルが使っている細剣はそこらの魔法剣とは次元が違う。
通常の魔法剣は付与した属性魔法のレベルに応じた力しか発揮されず、逆に付与した魔法が強力な魔法だったら剣が耐え切れずに壊れてしまう。
だから剣の耐久度を優先すれば魔法の威力は低くなり、魔法の威力を優先すれば剣の耐久度が下がってしまうという欠点がある。
なら、世界最高硬度を誇るオリハルコンなら強力な魔法にも耐えられるはず。などと上手い話はない。
オリハルコンには魔力遮断という性質を持ち合わせている為に魔法の付与は不可能。
それは詩音も例外ではなかった。
――だが。
詩音は限りなくそれに近い魔法剣を作り出すことに成功した。
魔力遮断という性質を持つオリハルコンには無理ではあった詩音はある日ふと思った。
なら、オリハルコン並みに剣を強化させればいいのでは? と。
固有能力〈作製〉にある鍛冶と魔道具の能力を組み合わせて完成させたのが、セルが使っている魔法剣だ。
高純度の魔鉱石で細剣を鍛冶能力で完成させてそこに魔道具能力で『強化』を組み込ませた。
魔道具はただ魔力を消費させて発動する魔法とは違って物質に魔法式を書き加えることで効果を発揮する。
魔法を剣や道具に付与する付与魔法とは違って物質そのものに魔法を組み込ませているから剣の耐久度は下がることはなく魔法を付与することができる。
レベルが限界突破したその能力を存分に振るったその魔法剣は絶対とまでは言えないが、ほぼ確実に折れるようなことはない。
それも全ては鍛冶能力と魔道具能力を持つ詩音だからできた代物だ。
「ちなみにセルが着ているあのメイド服にもあらゆる属性耐性以外にも耐刃、衝撃吸収、毒無効など様々な耐性を組み込んでいるからそう簡単にはセルにダメージを与えることは出来ない優れもの」
自信満々に話す詩音になんとも言えない視線を向けるシロット。
「やりすぎではないですか………………………?」
「俺のモットーは安全・堅実だ。安全性を確保しつつ確実にモンスターを倒してレベルが上がるのなら出し惜しみはしない」
ここは地球とは違う異世界だ。
法律で守られている地球と比べて危険が多い異世界ではいつどこで危険が及ぶかわからない。
だから強い武器と防具を作って少しでもレベルを上げれるように後押しするまで。レベルが上がればそれだけ強くなり、危険な目にあっても回避することができるかもしれない。
既にLvMAXが詩音はともかくとして、せめて自分の身の周りにいる人達だけでも強くさせてあげたい。
「あ、終わったみたい」
そうこう話している内にセルはワイバーンを全て倒した。
「さて、ワイバーンの肉は昼食に、鱗や爪と牙は素材として確保しておこう」
詩音は指に嵌めている『収納』の魔法式を組み込んだ指輪を使ってワイバーンの鱗や爪と牙を指輪に収納した。
「………………………………シオンさん、ローンは可能ですか?」
「あ、非売品だから売ってない。ただの魔法剣なら店にあるからそちらのローンはできるけど」
「ちくしょうです………………………」
崩れ落ちるシロットに苦笑いする詩音も流石にセルが使っている魔法剣をほいそれと販売はできない。
それほど強力な武器が世間に流れて悪用でもされたら責任問題になる可能性もきちんと考慮している為にセル並の魔法剣の販売は一切していない。
そうしてその日の昼食はワイバーンを使った料理を作ってセル達に振る舞った。