二十三日目
オークを討伐した直後に地中から姿を現したモウルグライムを見て詩音は閃いた。
―――よし、このモンスターに喰われよう。
聞けば誰もが馬鹿か自殺志願者だと思われる発想ではあるが、詩音なら例外だ。
例え噛まれてもその歯が折れ、丸呑みにされても身体が溶かされることはない。体中が体液だらけになるだけで終わるし、最悪の場合は脱出することだってできる。
そして、呆気なくモンスターに食べられ、騎士達に助けられるという英雄にとってあるまじき行為をすればエンレンの中で築かれている英雄像は壊れ、詩音に向けられる恋心も冷めるだろう。
少々身体が生臭くなるし、少なからず自分に好意を寄せてくれる女の子を傷つけることに多少なりの罪悪感があるが、この際目を瞑る。
そんなことを考えている内にモウルグライムは大口を開けて騎士達を捕食しようと襲いかかってきた。
「魔法障壁展開!!」
カバリの指示で盾に施されている魔法障壁を展開してモウルグライムの攻撃を防いだ。
「があ!」
「ぐっ―――」
だが、レベル差が違う為に完全に防ぐことはできず、騎士達の隊列は崩れてしまう。だが、他の騎士達が剣と槍でモウルグライムに攻撃する。
度重なる訓練で鍛え上げられた連携はレベル差があろうとも相手に手傷を与えるも、それは微々たるもの。
致命傷を負わせるのは困難だ。
「シオン様! 出番ですわ! シオン様のお力であのモンスターをやっつけてくださいまし!」
後方支援を条件に同行したはずの詩音にエンレンは瞳を輝かせながらそんなことを言ってきた。
「お任せください、エンレン様」
もっとも詩音も前に出るつもりだった。
エンレンに嫌われるように装いのもあるが、このままではカバリや騎士達に犠牲者が出てしまうのは好ましく思わない。
「セル、エンレン様をお願い」
「かしこまりました」
エンレンをセルに任せて戦槌を持って前に出る詩音は騎士達の頭上よりも高く跳躍して戦槌を構える。
―――さぁ、来い!
身動きが取れない空中ならモウルグライムも餌だと思って捕食するはず。
後はこのままぱっくりと食べられれば問題なし、腹の中から暴れて騎士達の援護もできればなおいいだろう。
―――だが。
その予想を裏切るようにモウルグライムは詩音と騎士達を無視してセルとエンレンに向かった。
「は?」
一瞬、呆気を取られる詩音。
モウルグライムは騎士達や戦いに出てきた詩音よりも先に弱いと思ったセルとエンレンから捕食しようと動いた。まずは弱い獲物から。その考えがモウルグライムの寿命を縮めた。
「打ち潰せ、『バティッシュ』」
戦槌の名を呼び、詩音は能力を解放する。
「”増”」
戦槌は大きく巨大化する。詩音はその巨大化した戦槌を大きく振り上げ―――
「潰れろ!!」
振り下ろしてモウルグライムの頭を潰した。
「ふぅ、あ…………」
セルが襲われそうになって思わず手を出してしまった詩音は自分に視線が集まっていることに気付いた。
しまった、と心の中で盛大に嘆きを上げる詩音をよそにエンレンの瞳はこれ以上にないぐらいに輝いて、カバリと騎士達は目を丸くし、セルは呆れたように肩を竦めている。
「凄い凄いですわ!! あのモウルグライムを一撃で倒してしまわれるなんて流石は英雄様ですわ!!」
「あはは、たまたまたまたま………………」
好感度を下げようと思っていたのに逆に上げてしまった詩音は冷汗を流しながら言葉を取り繕う。
「……………………驚かされました。その武器はいったい」
詩音の傍ではしゃぐエンレンを置いて巨大な戦槌を見ながら尋ねてくるカバリに詩音は戦槌を小さくする。
「”減”。………………えっと、そう、これは魔法の武器でして大きさを自在に変えることが出来る代物なんです! ですのでこの武器のおかげでもうモウルグライムを倒すことが出来たんですよ!!」
必死にモウルグライムを倒したのは実力ではなくて武器の性能のせいにする。
試作武器、『バティッシュ』。
セルが持つ『クローディア』と詩音が持つ『夜月』と同じように魔法の力を付与されている魔法の武器だ。
使い手の意思に応じてその大きさと重さを変化させることができるが、どこまで大きくすることができ、どこまで重くなるのかはまだ定かではない為に試作段階ではある。
「ほう、我々も魔法の武器や防具を用いますが、これほどの魔法の武器は初めて見ますな。店主殿がお作りになられたので?」
「はい。私は魔道具の能力も持っていますから」
「それは凄い。器用ですな、店主殿は」
「いえいえ、ただの器用貧乏ですよ」
褒め称えるカバリに苦笑いを浮かべながら謙遜すると、カバリはモウルグライムに視線を向ける。
「しかしおかしい。街から離れているとはいえモウルグライムがこんなところで姿を見せるとは」
「そうなんですか?」
「モウルグライムが生息しているのはもっと人里から離れた場所です。少なくともこんなところでモウルグライムが発見したら我々の耳にも情報が届くはずです」
カバリの言葉通り、もし、モウルグライムの発見報告が事前にあればもっとレベルの高い人や人数を引き連れてくるはず。今回は詩音がいたら犠牲者がゼロで終わったが、最悪の場合は全滅だって考えられた。
「つまり、モウルグライムは餌が無くなって棲家を変えた、もしくは………………………」
「何かから逃げてきた、という可能性もありえます。この度のお嬢様のレベル上げが終われば調査の申請をしなくては」
生態系を狂わす何かが生じた。そう判断したカバリは今回のエンレンのレベル上げが終えたら調査し、その原因を突き止めるように頭に入れておいた。
「本来であればまだ森の奥まで行く予定でしたが、今回はこの辺りでお嬢様のレベル上げを行いましょう」
「それがいいと思います」
エンレンの安全を確保して明日の昼頃に帰還するように予定を変更。それに反対する人は誰もおらず、日が暮れるまでエンレンのアベル上げを行った。
「はぁ~」
「お疲れですね、ご主人様」
「まぁね………………………」
あれからもエンレンに懐かれてその対応に当たった詩音は流石に疲れた。
何かある度に話しかけられ、モンスター討伐の催促をされて、暇さえあれば声をかけてくるエンレンに流石の詩音も限界だった。
「はっきりと申し上げたらよろしいものを」
「………………言えるわけないよ」
相手は貴族。自分よりも幼い子供とはいえ身分が上の人には慎重に言葉を選ぶ。
それに一切の疑いを見せない輝いた目で見つめてくるエンレンに詩音ははっきりと物申すことができず、愛想笑みと苦笑いで対応するしかなかった。
「モウルグライムめ、どうして俺を食べなかった………………………」
今は亡きモンスターに恨み言を漏らす。
「まぁ、ご主人様がそこまで深刻に悩まれなくてもその悩みは時間が解決してくれます」
「……………そうなの?」
「はい、そもそも貴族と平民では結婚することはできません。これはこの国の法律で決められております。一部の特急階級や何かしらの功績を上げて爵位を得た者を除いてではありますが」
この国では王族、貴族同士で婚約、結婚はできても平民とだけは法律によって禁じられている。
だからいくらエンレンが詩音に恋心を抱いたとしてもその恋が結ばれることはない。
「それにエンレン様はまだ幼い。成長と共に現実を知り、ご主人様のことも諦めるでしょう」
そうエンレンはまだ夢見る乙女。
現実よりも夢物語や恋愛に興味津々の年頃。成長と共に現実を知ればそれは子供の頃の話と変わる。
仮に現実を知って詩音に恋心を抱いていたとしても家がそれを許しはしない。
エンレンは詩音の事は諦めるしかない。
「自然消滅する方法があるのならそれを先に教えてよ」
「恋する乙女の幻想を砕くのは少々胸が痛くなりますので」
「その乙女に夜の営みを見せればと、とんでもないことを言ったのは誰だっけ?」
「ご所望とあれば今からでも私は一向に構いませんが?」
「却下!」
妖艶に微笑むセルに両手でバツ印を作ってはっきりと告げる。
「まぁ、何はともあれそこまで思いつめなくとも何も問題はありません。しばらくはつきまとわれるでしょうが、時が経つにつれてそれも無くなります」
「そっか……………それならいっか」
安堵するもどこかがっかりする気持ちになる。
「残念ですか?」
「そういう意地悪は止めて。あと残念じゃない。俺は幼女趣味じゃないからね」
「そうですね。ご主人様は大きいのがお好きですし」
「恥ずかしいからそんなこと言うな!!」
自分の胸を持ち上げて詩音の性癖を暴露するセルに思わず大声を上げてしまうが、ここは天幕の中で騎士達はエンレンの護衛や周辺の見張りなどで離れているからセル以外に知られる者はいない。
「さぁ、もう休みましょう。明日もエンレン様のお相手をしなくてはいけませんから。ご主人様が」
「はいはい、お休み」
セルに促されて横になる詩音とその詩音に抱き着くように眠りにつくセルの柔らかく暖かい感触にドキドキしながらも眠りにつく。
「店主殿! 起きておられるか!? 店主殿!」
カバリの声で目を覚ました詩音は起き上がって天幕から顔を出すとカバリと騎士達は焦ったように慌ただしかった。
「どうしたんですか?」
「お嬢様が、お嬢様がいなくなってしまった!?」
「えええええッ!?」
その発言に詩音の眠気はどこかに吹っ飛んだ。
「まずいですよ!? 夜の森は昼間よりもモンスターが活発になることぐらい俺でも知ってますよ!?」
基本的にモンスターは夜行性が多い。
だから夜の森では見張りは必然。休むにしろ、何かあってもすぐに起きられるように意識しておかないといけない。それなのにエンレンは天幕からいなくなった。
この周辺にいないとなると、考えられるのはただ一つ。
モンスターが活発になる夜の森の中に入って行った。それも一人で。
「ああもう!!」
詩音は収納指輪から使い慣れた自分の武器である『夜月』を持って森の中に駆け出した。




