二十一日目
私は今、人生最大の危機を迎えている。
お忍びで家から抜け出して街中を歩いていたら顔の怖い人達に強引に路地に入れられて囲まれている。
気持の悪い笑みを浮かべて何か話しているみたいだけど、恐怖で何を話しているのかわからなかった。
ただ怖くて、怯えていた私は目を閉じて願った。
――――助けて、と。
「何をしているんですか?」
そして、その願いが天に届いたかのように救世主は現れた。
その救世主を見て私は気付いた。
――ああ、私の英雄様。
私は恋に落ちた。
詩音は自身の工房での仕事を終えて一息ついていた。
「ふぅ~」
「シオン様。おかわりはいりますか?」
「ん、ちょうだい」
「はい、とっ!?」
「よっと」
「………………す、すみません」
「いいよ。もう慣れたから」
何もないところで滑って転びそうになったシロットを抱えて宙に舞うポットを片手で取る詩音の動きはもう手慣れたように自然に動いていた。
もう才能じみたシロットのドジには一緒に生活していてもう慣れてしまった。
「シロットはドジっ子だからね」
「うぅ、言い返せれない自分が嫌になります………………………」
「よしよし」
しくしくと泣き崩れるシロットの兔耳を撫でる詩音は平和な昼時を満喫していた。その時。
呼び鈴が鳴った。
「客かな?」
「私が行ってきますね」
「お願い」
依頼の客でも来たのかな、と思って詩音は対応をシロットに任せて紅茶を飲んでいると慌ててシロットが戻ってきた。
「シ、シシシシシシシシシオン様!! 大変です!」
「そんなに慌ててどうしたの? 客にドジをしてタックルでもかけたの?」
「そんなことは今までに二回しかありません!!」
「あるにはあるんだ………………………」
冗談で言ったのに前例があった。
「それよりももっと大変なことに――――」
「失礼しますわ」
シロットの言葉を遮り、扉から透き通るような綺麗な声音が居間に響いた。
入ってきたのは護衛と思われる騎士を引き連れた一人の少女。
金髪に爛々と輝く橙色の瞳から熱い視線を詩音に送っている豪華なドレスを着ている少女と恰好と凛とした姿勢は尋ねるまでもなく貴族か王族なのは見てわかる。
シロットが大変と言っていた意味がよくわかった。
「いらっしゃいませ、私はこの店の店主を務めているシオンと申します。ご依頼のお話でしたら応接室までご案内させて頂きますがよろしいでしょうか?」
とりあえずは立ち上がって一礼し、挨拶する。
「はい、突然のご来訪申し訳ございませんわ。それではご案内をお願いできますか? 英雄様」
「はい? 英雄?」
「失礼。店主様」
「は、はぁ、ではこちらです」
詩音はとりあえず少女と騎士を応接室まで案内する。
「改めてご挨拶させて頂きますわ。私はマルギス家長子、エンレン・アル・マルギスと申します。こうしてお会いするのも二度目になりますわね」
「二度目………………? 申し訳ございませんがどこかでお会いしましたか?」
「御戯れを。数日前、悪漢達から私をお救いしてくださったではありませんか」
「ああ、あの時の」
エンレンの言葉で詩音はようやく少女のことについて思い出した。
仕事に向かう途中で女の子が路地に引き連れられていたのを見て不良達から少女を助けた。
その後、すぐに仕事に行った為に綺麗に忘れてはいたが。
「ご無事でなりよりです。それで本日はどのようなご用件でしょうか?」
「それについては私が話そう」
エンレンの後ろに控えている騎士が口を開いた。
「私はマルギス家に仕えている騎士、カバリと言う。貴殿をお嬢様の執事として雇いたいそうだ」
「執事、ですか? 私は執事の経験はございませんが」
「そんなこと気にしませんわ。給金も十分にお渡ししますので」
「いえ、給金のお話よりも何故私なのでしょうか? 私以外で執事として働くのに相応しい方もいると思いますし、なにより私にはこの店がありますので、そのようなお話でしたら丁重にお断りさせて頂きます」
「そこをなんとかなりませんの!?」
「申し訳ございません」
丁寧に頭を下げて謝罪する詩音にエンレンは不満そうだったが、後ろに控えているカバリは断ることが当たり前のような反応をしていた。
「お嬢様。ですから私は前もってお伝えしたでしょう?」
「だって………………………ッ!」
「そもそもご両親の許可なく勝手に使用人を招き入れたら怒られてしまいますよ? 使用人に給金をお支払いするのはお嬢様ではなくて御父君なのですから」
「うぅ~」
お嬢様と騎士のやり取りに苦笑する詩音。話を聞く限り、どうやらお嬢様が独断で詩音を雇おうと思ったらしい。それが断られて頬を膨らませて拗ねている。
「すまぬな、店主殿。どうやらお嬢様は店主殿を運命の相手だと思い込んでいるようでな」
「運命の相手、ですか?」
そっぽを向いて拗ねているエンレンに聞こえない様に小言で話をする。
「御伽噺に出てくる英雄譚があるだろう? お嬢様はお姫様の窮地を救ってくれる英雄に憧れを抱いていてな。何時の日かそのお姫様のように自分を助けてくれる英雄、殿方を自分の運命の相手だと信じ込むようになってしまったんだ………………………」
「ああ……………」
「そのせいで屋敷からは抜け出すわ、逃げ回るわ、と私の仕事が増えて増えて…………………」
「お疲れ様です」
お嬢様に苦労する騎士に労いの言葉を送る。
そして理解した。自分はその英雄になってしまったことに。
「執事として雇うのも建前で、本当は店主殿を自分のものにしようと考えているだけの話なんだ」
「あはは、年頃の女の子らしいじゃないですか」
「それで私の仕事が増えたらたまらん」
苦労騎士、カバリに同情の念を抱く。
「さて、ではお嬢様。お話も終わったことですし帰りましょう。店主殿も日々の業務で忙しいのですから」
「嫌ですわ! せっかく見つけた運命の相手ですのよ!? 離しませんわ!!」
詩音の腕に抱き着いて頑なに離れようとしないお嬢様にカバリは疲れるように息を吐く。
「お嬢様、あまり我儘を言われても困ります。私にはご両親からお嬢様の世話を任されているのですから」
「うぅ~~~~~~」
我儘なお嬢様に振り回される騎士の構図に苦笑すると、エンレンは何かを閃いたように顔が明るくなった。
「で、でしたら次のレベル上げに英雄様、いえ、店主様の同行を望みますわ!」
レベル上げは貴族、王族の義務。
その家系によって基準となるレベルに差はあれど、一定のレベルに到達しなければ人の上に立つ者として体裁が保てないが為に貴族、王族は一個師団の騎士達と共に街の外に出てレベル上げを行う。
それはエンレンも例外ではないのだが。
「何を仰いますか。確かに平民を雇って共に行動することはありますが、それは冒険者の方であって店主殿は冒険者ではない一般人なのですよ。同行には反対です」
「大丈夫ですわ! 店主様はお強いもの!」
「お嬢様のお話を聞く限りでは多少レベルは高いと思いますが、その程度です。それに店主殿に万が一のことがあれば御家に泥を塗る行為になります」
カバリの言っていることは正しい。
冒険者であれば依頼という形で雇い入れることはするも、一般人を強引に雇ってもしものことがあればその責任を負わなければならない。ただ、それはレベルが低い一般人だったらの話だ。
「でしたら店主様のステイタスをご覧になればはっきりとしますわ! 店主様、どうか私達にステイタスの閲覧の御許可を下さいまし」
やばい、と詩音は心から思った。
まさかこんな流れで自分のステイタスが暴かれる日が来るとは思いも寄らなかった。
「すまないが店主殿。お嬢様に貴殿のステイタスを見せてやって欲しい」
そうすれば諦めもつくだろう、と言葉にしなくても顔でそう判断できた詩音は内心で焦っていた。
ステイタスは誤魔化すことも隠蔽することもできない。
もし、閲覧の許可をしたら自分のレベルがMAXだという事実が明らかになってしまう。
カバリならまだ口止めをすれば黙秘してくれるだろう。だが、このお嬢様は周囲に自慢しそうで怖い。
私の英雄様はレベルがMAXなのですわよ! と両親や友人などに言いふらしそうだ。
もし、それが国王の耳に届いてその真理を確かめられたら最後、どうなるか容易に想像できてしまう。
この国の切札とされ、戦争に参加させられるか。もしくは本当の英雄と称されて民の支持を得る為の駒として城に拘束されるか。どちらにしろいい迷惑だ。
こっちは今の生活を変える気は微塵もなく、勇者にも英雄にもなる気はない。地位も名誉もいらないし、誰かに崇められたいわけでもない。
ごく普通の一般人として生活したいのだ。
LvMAXのステイタスも女神からの特典で自衛手段目的で選んだのにどうしてこんなことに。
内心で嘆く詩音の隣には期待に満ちた瞳で見つめてくる少女。その瞳からは一切の疑いを抱いていない。
英雄に相応しいステイタスと信じて疑わない。そんな彼女の期待通りのステイタスを詩音は持っている。
―――まずい。
打開策が思いつかない。窮地に追いやられたその時。
「失礼します」
セルが応接室にやってきた。
「失礼ながら先ほどお話を聞かせて頂きました。申し訳ございませんが、我が主のステイタスをお見せするわけにはいきません」
「むぅ、どうして使用人の恰好をしている貴女が決めますの?」
「我が主は心優しく、頼まれれば断れない性格なのです。例えそれが自分にとって嫌な事でも笑って誤魔化してしまう人柄なのです」
「ふむ、その話だと店主殿のステイタスはその嫌なことに入るのだろうか?」
「はい。ですが、こう仰っても納得はできないでしょうから私の口から少しだけご主人様のレベルをお教えしましょう。我が主のレベルは30以上。その意味がわからない騎士様ではありませんよね?」
「な!? それは本当か!?」
「事実です」
そのレベルを耳にしてカバリは驚愕し、詩音を見据える。
自分よりも若い青年のレベルが30以上。それはついこの間ようやく30台に入った自分と同等かそれ以上の実力を持っていることになる。
騎士として厳しい訓練と過酷なモンスター討伐を繰り返して辿り着いたレベル30台。それを自分よりも年下の子供がなっていることとすれば一つだけ。
幼い頃からそれ以上の、それこそ、死と隣り合わせの生活を強いられたに違いない。
「お分かり頂けましたか? 我が主のステイタスはその意味を現しているようなものなのです。ですからステイタスの閲覧はお許し下さい」
「……………………うむ。その話が事実であるのなら無理強いはできませんな」
「ご理解して頂きありがとうございます」
「というわけです、お嬢様。店主殿に無理強いさせるわけにはいきません。諦めましょう」
「嫌ですわ! 諦めたくありませんわ!!」
「お嬢様」
駄々をこねるお嬢様に困り顔になるカバリに詩音は口を開いた。
「わかりました。エンレン様のレベル上げにお付き合いしましょう」
詩音は同行することを選んだ。
「本当ですの!?」
「はい。ですが、あくまで私は後方支援をさせて頂きます。これでも鍛冶能力と調合能力を持ち合わせていますので騎士の皆様の武器や防具を整備したり、薬を調合するだけという条件でよろしければの話になりますが」
「それでも構いませんわ! では、お約束しましたわよ!」
「はい」
嬉しそうに笑ってはしゃぐエンレンにカバリは詩音に尋ねる。
「店主殿。本当によろしいのですか?」
「はい。レベル上げの際に私が弱いとわかればエンレン様も諦めがつくでしょうから」
「………………お嬢様の我儘に付き合わせてすまない。報酬はしっかりと払わせてもらう」
「ええ、期待しています」
カバリははしゃぐエンレンと共に帰って行くと、詩音はセルに謝る。
「ごめん、セル。上手いこと誤魔化してくれたのに」
「いえ、ご主人様の決めたことに異を唱える気はありません。ですが、私も同行させて頂きます」
「わかった。留守はシロットとトレイヤに任せようか」
「そうですね。それとご主人様」
「なに?」
「ご褒美を所望しても?」
その褒美の内容が何なのか尋ねなくてもわかる詩音は苦笑いしながら頷いた。
「はいはい、今夜ね」
「はい。楽しみにしております」
強壮剤と精力剤を調合しておかないと思った詩音は早速調合に入った。




