二十日目
昼時、押し寄せてくる客という名の大群を料理という名の武器で次々と追い払う。
調理場は戦場。
店員が客の情報を知らせ、調理場の戦士達が己の得物をその手に立ち向かう。
「料理長! 次は三番テーブル!」
「今は手が離せん! 任せる!」
「了解!」
「シオン! 塩をよこせ!」
「はい!」
熱気に包まれる調理場で詩音も包丁で食材を切り、鍋を振るって食材を炒める。
そして出来上がりの料理を接客の店員に渡す。
休む間もなく次々と雪崩れ込んでくる客の前に一息つく暇もなく、慌ただしく料理を作っていく詩音は今日も切磋琢磨と仕事に励んでいる。
今日は『火の猫帝』で働いている詩音は料理長と他の人達と一緒に料理を作り、客を満足させて帰らせる。
ちらり、と店内の方を見るとルージュは慌ただしくもしっかりと働いている。
しっかりした子だな、と少し感慨深く思った。
「シオン! 遅れてるぞ!」
「何のことですか!? はいお待ち!」
行けない行けないと思い、今は自分の仕事の方に集中する。
しばらくして、山を越えて客足も少なくなってきた頃、休憩と夜の分の仕込みを行う。その間に詩音は人目を盗んで料理を作ってそれをこっそりと裏口に出る。
裏口から外に出ると、そこには薄汚れた恰好をした幼い子供が二人いた。
「しー」
人差指を口に当てて静かにするように促す詩音に二人の子供に静かに頷いた。周囲を見渡して誰もいないことを確認した詩音は料理を子供達に渡すと、目を輝かせて子供達は料理を口にする。
美味しそうに料理を食べる子供達を暖かく見守りながら食べ終えるのを待つ。
「兄ちゃん、ありがとう」
「どういたしまして」
食事を終えた子供達は詩音に礼を言って離れていく。詩音は子供達に手を振って見送る。
「シオン」
背後から声をかけられ、肩を震わせる詩音はゆっくりと後ろに振り返るとそこには料理長がいた。
「たくっ、時々裏口で何かしてると思ったら………………………」
「あはは………………報酬から引いておいてください」
呆れたように息を吐く料理長に詩音は観念したように苦笑いを浮かべる。
「そんなことはしねえよ。お前の事だ、余りもんで作ってんだろ? それにお前のおかげでこっちも助かってるし、売り上げも上がってんだ。いつも通り報酬は払う。だが、もう今みたいなことはやめとけ」
料理長は詩音に忠告する。
「ああいったガキどもを一々相手にしているとこっちの身が持たんぞ。お前からしてみたら放っておけないかもしれねえが、俺達にだって生活があるし、守るべき家族がいるんだ」
料理長は休憩している自分の娘であるルージュに視線を向ける。その瞳には子を持つ親としての責任と覚悟が感じられた。
「俺も好きでこんなことは言ってるわけじゃねえ。娘と同じぐらいの歳の子を見て、なんとも思わねえわけじゃねえ。だが、どこの誰かもわからねえガキよりも俺は家族の方を優先する。冷たいとは思うがそれが現実だ。所詮俺達にできることなんて限られてんだからよ」
家族を守る父親として料理長ははっきりと己の気持ちを口にする。
この世界にもストレートチルドレンはいる。
路地に入れば必ずと言っていいほどに見かける自分よりも幼い子供達を皆は見てみぬ振りをするのは助ける事も助ける余裕もないから。皆、自分の生活を守るので必死なんだ。
だから下手に関わろうともせず、無視をするしかない。
そんな子供達を助ける術もなく救う方法もない。
自分達でできることなんて限られているから、どうすることもできない。
それが現実なのだから。
「今日はもう上がっていいぞ。お疲れさん」
「…………………はい、お疲れ様でした」
仕事を終えて詩音は北地区にある小さな公園のベンチで腰を下ろして空を見上げてた。
「できることは限られている、か」
料理長の言葉を口にする。
そんなことは詩音だってわかっている。全てを救うことなんてできやしない。
詩音は聖者でもなければ神でもない。
この街で生活する平民の一人に過ぎない。
自分達の生活だってある。それを優先し、割り切れと言いたかったのだろう。だから料理長の言葉は何一つ間違ってなどいない。
「わかっているんだけどな………………………」
そう簡単に割り切れない自分は甘いのだろうか?
どうこうする気もないのなら下手に関わらない方がいいのだろうか?
こういうところが自分の悪いところなどは自覚している。だけど、そう簡単には治せれない。
「はぁ…………」
大きく溜息を吐く。
「この!」
「きゃ!」
悲鳴が聞こえてそちらを見ると高級そうな服を着た男性に叩かれて倒れている幼い少女がいた。
男性は足を上げて少女を蹴ろうとするも――――
「子供に何をしているんですか?」
詩音が二人の間の割って入って男性の足は止まった。
何してるんだ、俺。と料理長から忠告されたばかりなのにまたやってしまったと内心で溜息を吐いた。
「その子供は私から金を奪おうとしたんだぞ! そんな子供を庇うというのか!?」
「だからといって蹴る必要はないでしょう?」
「フン、そんな子供がどうなろうが知ったことか。所詮は捨て子、誰も困りはしないだろう?」
少女はみすぼらしい恰好をしている。姿恰好から間違いなくストレートチルドレンなのは一目でわかった。
「誰かが困る困らないの問題ではありません。人としてどうかと聞いているんです。この子だって好きで捨て子になっているわけではない。無責任な親のせいです。優しくしろとまでは言いませんが、必要以上に暴力を振るわないで上げてください」
「………………………………フン、偽善者め。勝手にしろ」
詩音を睨んで言葉を吐き捨てて去って行く男性に詩音は振り返って少女と視線を合わせる。
「大丈夫?」
「……………………はい、あの、ありがとうございます」
「どういたしまして。ちょっと腫れているから魔法をかけるね?」
生命初級魔法で少女の傷を癒す。
「もう痛くない?」
「はい」
「よかった。それじゃあね」
立ち上がって少女から離れようとする詩音の袖を少女は掴む。
「あの、お礼………………………」
少女がお礼として詩音に渡そうとしているのは一輪の花だ。特に珍しい物でもない。探そうと思えばそこら辺でも見つけられる花だ。
きっとたまたま見つけて綺麗だったからと採ったのだろう。
「ありがとう。大切にするよ」
詩音は少女から花を受け取った。例えそれが何の価値のないものでも何か返そうとする少女の気持ちを踏み躙ることはできなかった。
「ああ、そうだ」
詩音は小腹が空いたら食べようと思っていたサンドイッチを少女に渡す。
「これあげる。もういらないから食べちゃって」
少女に食べ物を与えて詩音は一輪の花を持って立ち去る。
「部屋にでも飾ろうか」
花瓶でも作るか、と詩音は花を持って家に帰る。




