一
この事件は、誰が犯人か、ということと、被害者に何が起きたのか、ということを推理するタイプです。そのため、ある一定の場所まで読んでしまえば、推理することが出来ます。そこもふまえて、お楽しみください。
「被害者は、加藤智彦、二十五歳。保険会社に勤める、普通のサラリーマンだ。死因はおそらく、側頭部の強打による脳圧迫と思われる。」
僕らは、海崎さんの運転するパトカーで、事件現場まで移動していた。まさか、事件を解決しに行くというドラマのような理由でパトカーに乗ることになるなんて、予想もしなかった。
凛さんは助手席に、僕は後部座席に乗っていた。凛さんも後部座席に乗るつもりだったようだが、海崎さんが駄々こねたので、こうなったのである。この人が、本当に刑事なのか、心配になったこの頃だ。
「凶器は何なの?」
「トロフィーらしい、ゴルフのな。被害者の頭部付近に落下していた。被害者は、アマのゴルファーとして、小さな大会で優勝していたらしく、トロフィーが多く飾ってあった。それだけだったら、ただの事故だと思ったんだが、問題は、傷が頭頂部にもう一つあったということだ。」
「なるほど、頭頂部と側頭部に同時にトロフィーをぶつけるのは無理ね。先に、別のところで頭をぶつけたんじゃないの?」
「いや、頭から血が出るほど強打していたんだが、他の場所に血痕はなかったし、トロフィーの置いてある棚にもなかった。」
「なるほど、だから、殺人ってこと。」
「あぁ。」
目の前で、ドラマやマンガの世界のような会話が繰り広げられている。まさか、こんな場面に自分が出くわすことになるなんて、人生、よく分からないものである。
とりあえず、僕は口出しする訳にもいかないので、黙って続きを聞いていることにした。
「で、容疑者は?」
「あぁ、三人上がってきたよ。一人目は、第一次発見者でアパートの管理人の森川一郎。二人目は、被害者の同僚の橋本雄大。三人目は、被害者の彼女の河本かんなだ。」
「ふーん、動機は?」
「アパートの管理人の森川一郎は被害者の家賃滞納に頭を抱えていたらしい。同僚の橋本雄大とは、仲が悪いわけではないが、どちらもカッとなったら止まらないそうだ。彼女の河本かんなには、別れ話があったらしい。」
「まぁ、それなりの動機はあるみたいね。動機って言う割には随分と小さいけど。」
「確かに、それもそうだが、逆に言えば、ないわけではないということだ。」
「そうねぇ……。とりあえず、行ってみないと分からないか。宗良君、血の臭いには注意してね?」
「あ、分かりました。」
突然、話を降られた僕は、現場がそれなりに血が飛び散っているのが分かった。まぁ、血については軽く慣れている面もあるから、そこまで問題ではない。
そして、少しすれば、イエローテープの張られた区域を見ることが出来た。多くの人だかりが出来ていて、本当に事件が起きていることを実感した。
「さ、行くわよ、宗良君。」
「はい!!」
僕は、凛さんに呼ばれ、そのイエローテープの奥へと向かっていった。
―――――――――――――――――――――――――
「被害者宅は、2LDKの一人暮らしには十分な部屋ね。広間が一つ、寝室一つ、洗面所で一つ。被害者は広間のトロフィーの棚と平行に倒れていて、頭を強打していた……。見れば見るほど、事故のような現場ね。」
被害者の倒れていた広間には、中央に机があり、壁に沿って、棚とトロフィーが並べてあった。棚のトロフィーは全部で七個で、五個と二個に分けてあった。そして、その真下に被害者が倒れていたとされる範囲が示されていて、頭の近くには、縄で円が作られていた。合計で、トロフィーは八個あったようだ。
僕らは、被害届に向けて手を合わせ、冥福を祈った。遺体は、死後から少したっているようで、死臭が何となく、感じられた。
そのとき、おそらく警察の人と思われる女の人が、こちらに向かってきていた。
「あ、お疲れ様です、凛先生。」
「あら、優花ちゃん、元気そうね。で、捜査はどんな感じなの?」
「どうもこうもこんなです。ほとんど事故のようなのに、ありえない傷のつき方ですから、大慌てですよ。」
「凶器には指紋はついてなかったの?」
「はい。指紋どころか、繊維さえも……」
彼女の言うように、被害者の頭には、もう一つ傷があった。頭頂部と即頭部。落ちているトロフィーは一つ。こんなの、自然ではありえない。
しかし、その調子だと、犯行すらむちゃくちゃなように思えてきた。つまり、決して手を触れずに殺人を犯したようなものだ。正直、何が起きたのか、よく分かっていなかった。
「というか、海崎警部。また、凛先生を頼ってどうするんですか? いくら、凛先生が特別とはいえ、この頻度はまずいですよ。」
「まぁまぁ。凛が来てくれれば、すぐに解決するんだから、問題ないだろ。」
どうやら、この二人。一応は、上下関係ということらしい。まぁ、見てみると、ほとんど意味をなしていないような気もするが。優花という刑事さんは、さぞかし苦労しているだろう。
さて、被害者の部屋の、中央の机の周りの椅子は、二つが外に飛び出ていて、残り二つは綺麗に収まっていた。おそらく、彼は生前、誰かと話していたのだろう。その喧嘩が発展して殺した、と。一体、そこまで殺意を抱くような口論って、何があるのだろうか。
「うーん、被害者はかなりきれい好きだったようね……」
凛さんが見ている場所を見てみると、そこは食器棚だった。お皿は均等な高さに積み立てられ、コップも偶数で収まっている。
よく見てみれば、辺りは均整に整えられたものばかりだった。テレビも調味料も靴箱の靴も、見事にシンメトリーになっていた。
「これだけだと、何にも分からないわ。あまりにも、殺人である証拠が少なすぎる。とりあえず、ここから一番近い、森川一郎の所に行ってみましょう。海崎、案内お願い。」
「うーん、海崎じゃなくてって……」
「こっちは嫌々やってんの。さっさとしなさい。」
「はいはい。」
すると、優花という刑事さんが、海崎さんに噛みついた。
「あ、海崎刑事。こっちの調査はどうするんですか?」
「あぁ、俺は凛を案内しないといけないから、何か、重要なことがあれば、よろしく。死亡推定時刻とか分かったら、連絡頼むわ。」
「あ、ちょっと。 ……凛先生」
「ごめんなさい、ちょっと、このボンクラ、借りてくわ。」
「……ちゃんと、有益な情報を掴んできてこなかったら、潰しますから。」
どうやら、相当、優花刑事はストレスが溜まっているらしい。僕は、刑事に一つ礼をすると、凛さんに着いていった。
僕らは、管理人の森川一郎のところに行くことにした。