五
「……あの、犯人を捕まえれないって本当なのでしょうか?」
僕は、凛さんに聞いてみた。もう、義則や真奈には話を聞いて、残るは良樹一人となっている。事件のあらましは、大体予想が着いていた。
「あら、無理だって言ったじゃない。事件の概要が分かったから理解できると思うけど、証拠になるようなものが一つもないのよ。」
「……まぁ、それもそうですけど。」
確かに、今回、被害者が死んだ場所は病院。発症してすぐに救急車を呼ばれ、ポケットの中には、被害者の指紋のみが付いた毒入りの入れ物。食事は毒の入る余地のない、普通のパスタ。さらに、毒の入手先も特定できない。
無理と言えば、無理である。
しかし、証拠を作ることは出来るのではないか。
「録音とか、したらどうなります?」
「……まぁ、着眼点はいいわね。一応、自白ということで逮捕は可能よ。でもね、今回の事件は逮捕する必要がないの。」
「え? そんなことってあります?」
「まぁ、正確に言えばないんだけど……。まぁ、あくまでこれは予想だし。ほら、カウンセリングした他の人を思い返して。彼ら、どうだった?」
「……。」
僕は、朋美、義則、真奈の三人を思い出してみた。三人に共通するのは、カウンセリングの終わった後の晴れやかな顔と最後の発言“良樹を救って”ということだ。
おそらく、というか、間違いなく、今回の犯人は良樹だ。家族の反応から見ても、それは確実であろう。しかし、救ってとはどういうことなのか。
犯行を犯して、バレないようにと怯えているのだろうか。それなら、僕らにすることは何もないはずだ。ただ、安心しろとしか言えない。
「……分からないかしら?」
「ちょっと、難しいですね。」
「まぁ、これには、良樹へのちょっとした予測がいるからね。とりあえず、見れば分かると思うわ。」
僕らは良樹の部屋に着くと、その扉を開けた。
「……え?」
どうして、家族一同が良樹を助けてと言ったのかが分かった。倒れた本棚、散らかった服、壊れた押し入れ。ぐちゃぐちゃになった部屋の中心に、稲葉良樹はいた。
「あぁ、やっと来たのですね。よかった、これで終われる。」
彼は、昨日見たのとは別人になっていた。くまが出来て、全身に掻き傷や切り傷のようなものが表れ、血が少し滴っている。
顔には狂気が宿っている、というよりかは、哀愁や絶望が滲み出ているように見えた。
「相当苦しんだみたいですね。どうかされました?」
「えぇ、僕が父さんを殺したんです。毒を使って、パスタに入れて。僕が自分勝手に殺したんです。」
「あら、家族を守るためにした行為じゃないんですか?」
「そんなのどうせ建前なんです。僕は、きっと虐げられる母さんや義則、真奈を助けるなんていう偽善心に駈られただけなんです。僕は、ただの卑怯もので悪です。」
「そう、でも、証拠がないから、あなたは逮捕されませんよ。よかったですね?」
「え?」
良樹はそう宣告された瞬間から、豹変し始めた。顔は歪み、冷や汗が滴り落ち、ワナワナと震える。既に亡者のような顔だったのに、最早、人ではない見かけに変わり果てていた。
「え、う、嘘でしょう? あなたが僕の言ったことを警察に言えば、自白ということで捕まるのでは……」
「えぇ、そうですよ。だから、“言わないの”」
「え、な、あ……ふ、ふざけるな!!」
良樹は突然、凛さんに襲い掛かった。しかし、凛さんは怯むことなく躱すと、良樹を押し倒した。
「ぼ、僕は犯罪者なんだぞ!! それも、計画的な犯行で、明らかに殺意のある!! どうして言わない!?」
「別に、それがベストだと思ったから。」
「ベストだと!? それなら、この世の殺人鬼は全員捕まらなくていいっていうのか!?」
「いいえ、そうではないですけど、あなたにはこれが相応なのです。」
「僕は捕まるべき人間なんだ!! 僕は殺した人間を自殺に見せかけようとしたクズだ!! だから、僕は……」
「なら、自分でいけばいいじゃないですか?」
「……。」
途端、威勢のよかった、いや、錯乱していた良樹は急に黙りこんだ。あれだけ自分を卑下していた言葉も、自暴自棄な言葉も影を潜めた。
すると、良樹の顔には、光る滴がポタリと落ちた。
「……言えないのでしょう? 家族の愛が苦しくて。本当は言いたくて仕方がないのに、全てを守るために言えないのでしょう?」
「……。」
「あなたは優しい子です。自分には関係のない母や弟、妹を苦しんでいる様子に苦しみ、守ろうとし、逆に自分は可愛がられているという事実にも苦しみました。あなたは、可愛がってくれる父親を取るか、弱く自分しか守ることの出来ない母や弟、妹を取るか、悶えるほどに苦しみました。そして、決意したのです。弱者である母や弟、妹を守ると。それは、断腸の思いだったのでしょう。あなたは、言うほど父を嫌っていなかったのですから。何より、自分の親なのですから。」
「……。」
「そして、殺して捕まらないことに苦しみました。自分は悪事をした、でも、そんなことお構いなしにのうのうと生きていける、そんな自分が許せなかったのでしょう。」
「……僕は。」
「悩みなさい、苦しみなさい。他人に断罪されることを望まないでください。“罪に問われないことで罪悪感に苦しむ”これが、あなたへの罰です。その苦しみは、死ぬまで消えませんよ。」
「ううう、うわあああああああああ!!!!」
良樹は大声をあげ、涙を流した。これが、彼への断罪。一生付き合い続けなくてはならない、親殺しという罪への罪悪感。
凛さんがどうして逮捕する必要がない、というのかが分かった。これは、特定の人にしか効かない罰なのだろう。だが、その特定の人に対しては、あまりにも、惨すぎる。
「そうそう、私はカウンセラーだから、少しあなたの罪悪感減らすことをしてあげるわ。あなたにあの毒を与えたのはどんな人?」
「……へんな帽子に、サングラスを掛けた男。毒使紳士って名乗ってた。」
「それはいつ?」
「二週間ぐらい前。」
「そう、ありがとう。あなたは彼によって犯罪に手引きされたの。そこまで自己嫌悪には浸る必要はないわ。」
僕らは、良樹の部屋のドアに手を掛けた。彼は、凛さんにあんな言葉を投げ掛けられていても、突っ伏して泣いているままだった。
「あぁ、それと、よっぽど罪滅ぼしがしたいなら、勉強にでも励むことね。」
凛さんはそう言い残して、良樹の部屋から出ていった。僕も、少し落ち着いたように見える彼を一瞥すると、部屋を出ていった。




