反省会
「ふぅ、今回の事件は疲れたわね。」
僕らはあの後、前回も来ていた居酒屋に来ていた。しかし、酒は飲んでいない。あんなのを見て、そんな気になれる訳がない。
正直にいって、後味の悪さなら、前回の殺人事件よりもよっぽど酷い。
「……結局、今回の事件は何だったのですか? あらましは分かりましたけど、心情が分かりませんよ。」
「よし、なら、前回同様、説明会といくわ。まず、稲葉良樹は毒使紳士から毒をもらったの。おそらく、毒使紳士には、家庭状況が分かっていたのでしょうね。稲葉良樹は怪しみながら、それを受け取ったの。」
「そういうのって、普通、すんなり受け取りますか?」
「無料ならね。ティッシュみたいなものよ。おそらく、何かに試して、あれが本当の毒だって知ったのでしょうね。それから、本当に殺すか殺さないか、ひたすら悩んだ。おそらく、最初は殺すつもりはなかったのでしょう。でも、たて続きに弟と妹が、被害者の暴力を受けた。聞いたでしょ、カウンセリングの時に。」
「……ええ。」
実は、あの妹弟、父親から性的な暴力を加えられていたのである。今までは良樹が止めていたのであったようだが、たまたま、良樹がいないタイミングで襲われた、と二人は言っていた。
「さらに、その前には浮気騒動。それが、あの子の我慢を超えたのね。だから、殺しにかかった。そこまでは、良樹の予想通りだったのよ。」
「そこまで? それからはどうだったのです?」
「予想外中の予想外よ。良樹の予定では、彼が殺人犯として捕まるはずだったの。でもね、家族である三人が、良樹を助けてしまったのよ。」
「まさか、自殺に見せかけたのは……」
「そう、良樹じゃなくて、他の三人よ。彼らからしたら、ヒーローを悪人にしたくなかったのでしょう。それが、結果として、彼を苦しめた。」
「罪にならないことに苦しんだのですね。」
「そう。自殺として判断されて、家族に泣きつかれて自白も出来ない。それで、荒れたのよ。だから、私たちに賭けた。」
「でも捕まえてもらえなかった。」
「彼からしたら、ここまで苦しい罰はないのよ……」
確かに、それはよく分かる。あれほどまで錯乱して暴走していたのだ。あれが演技とでもいうのなら、それはもう俳優みたいなものだ。
「なら、彼が自殺と言ったのは?」
「あれは、初めは自殺ではなく、自分が犯人って言おうとしたのだと思うわ。でも、家族のためにそうするわけにはいかなかったのね。だから、自殺に変えた。じ、で少しだけ止まったでしょ?」
「……それで、彼が犯人だと特定したのですか?」
「え?」
彼が自殺と言った意味は分かった。でも、それ以前に凛さんは、初日の段階で、犯人は良樹だと特定していた。何の恨みもないはずの、良樹に。たった、それだけのことで判断していたのだろうか。
「あぁ、それはね、今回、裏で手を引いているのが毒使紳士だって分かってたからよ。あいつの犯行の特徴なの。最も疑われにくいのが犯人だって。」
「違う可能性は?」
「もちろんあるわ。だから、あらゆる可能性を考えたけど、彼が犯人である確率が一番高かったの。そのじ、の場面は、補強みたいなものよ。」
「……はぁ。」
なるほど、今回の事件も、それほど難しいものではない。でも、人の思考があまりにも酷に絡み合った、何とも悲しい事件であった。おそらく、一番の被害者は誰、とするのであれば、間違いなく、稲葉良樹が当てはまるだろう。
「さて、それにしても、ようやく毒使紳士の手がかりが掴めたわ。」
「あの姿って、あまり参考にならない気が……」
「帽子にサングラス。毒使紳士は、割りと派手を好むから、参考になるわ。それに、もう少し時間をおいて聞きに行く。後は、病院ね。」
「病院?」
「えぇ。おそらくだけど、あの殺人予告は被害者が倒れてからのものよ。毒が良樹に渡されたのは二週間前。つまり、病院に聞いたか何かをしたのでしょう。怪しい人物について聞いてみればいいわ。」
「……あぁ、そういうことですか。」
毒使紳士、毒を使い、間接的に殺しを行う、非道な男。それは、一体、どんな奴なのだろうか。
未知なる存在に軽い恐怖を覚えつつ、今日の苦しい事件を思い返していた。彼は、一体どうなるのだろうか。自殺などはしないのだろうか。
「あぁ、一応言っておくけど、良樹は自殺なんて考えてないわよ。彼は、家族のために、生きざるをえないの。多分、医者を目指すでしょうね。まぁ、この先どうなるかは分からないけど、一生何かに怯えて暮らさなくてはならないのはキツいわよねぇ。」
……どうも、この人は完全に僕の思考を読み取っている気がする。というか、そんな人生に彼を叩き込んだのはあなたです。
僕は被害者の冥福と、良樹のこれからの茨の道である人生を憂えて、少しだけ、目を瞑って祈った。今日の反省会は、何ともしんみりとしたものだった。




