二
「……。」
「……どうも、海崎さん。」
事件現場に着くと、そこには海崎さんと藤原さんがいた。二人はいるが、逆にそれ以外の警官はいない。話によれば、被害者は病室で死んだらしい。だから、少し捜査が難しいそうだ。
「……お前、凛に何も手を出してないだろうな?」
「出してるわけないですよ。もしそうだったら、僕はとっくにクビになってます。」
「……。」
海崎さんは、ジッと僕を睨み付けると、もういいとでも言うように、ソッポを向いた。あの、二ヶ月前の殺人事件以来の再会だ。でも、凛さんの家に泊まっている僕には、敵意を剥き出しにしている。
「お久しぶりです、立花さん。」
「藤原さん、お久しぶりです。」
「凛先生は?」
「車で着替え中ですよ。一応、刑事の扮装をするらしいです。」
見ると、僕らが来た、凛さんの車には、視線を遮るように、真っ暗な遮光用のシートで覆われていた。どうやら、凛さんには何か考えがあるようで、初めから変装してくるらしい。
まぁ、あの人の変装は本当に気づかないし、おそらく、そこに何か関連しているのだろう。
「あ、あの、立花さん……。」
「はい?」
「ぜ、前回はとてもご迷惑をお掛けして、すいませんでした。」
「あぁ、別にいいですよ。ただ、次からは男の前であそこまで酔って吐くなんてしないでくださいね。」
「!!」
藤原さんは顔を真っ赤にすると、うつ向いてしまった。まぁ、女性にこんなことを言うのもどうかと思うのだが、次からの注意のためというのと、単に僕の憂さ晴らしだ。
あの後、べろんべろんになった二人を理性と戦い介抱したのは、何を隠そうこの僕なのだから。まぁ、欲というものは、吐瀉物を見た瞬間に消えたから、楽と言えば楽だったけど。
「お待たせ。ごめんなさいね、遅れてしまって。」
それから少しして、車から凛さんが現れた。黒のジャケットに白いシャツにズボン。どちらかといえば、男性のような格好をしていた。それに、声も少し低くなっていて、髪も短めのカツラを着けていた。
やはり、通常時の凛さんとは別人物にしか見えない。流石、といえるものであろう。
「おおぅ、凛!! 会いたかったぞ!!」
「私は嫌だったけどね。」
「お前、あの男に何もされてないんだよな!?」
「……そうだけど。とりあえず、行く前に情報を教えて。」
凛さんは、やや無愛想にそう答えてから、僕らにそう言った。まぁ、僕は除外であろうが。
「おぅ。被害者は稲葉周三、五十歳だ。職業は医者、家族関係は、祖父母の二人、妻、息子が二人、娘が一人。長男は高校生で、長女、次男は中学生だ。」
「被害者は自分の職を継がせようと、賢かった長男には優しかったようですけど、それ以外の家族にはキツかったようです。怒鳴り散らして暴力を振りかざして、浮気もあった模様です。どうやら、家族仲はそれほど仲良くなかったみたいですね。」
「なるほど……。ま、とりあえず行きましょう。ここで考えるのは、どう考えても下策だし。」
そう言うと、凛さんはその被害者の家のインターホンを鳴らした。一体、どんな人が出てくるのだろうか。
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「……これで、全員ですか?」
「いえ、祖父母もいます。しかし、祖父は寝たきりで、祖母はその看病をしてるので、出来れば起こしてほしくないのですけど……」
「えぇ、それなら、構いませんよ。」
稲葉周三の家は、二階建ての中々の広さの家だった。
今、このリビングに、被害者の妻である稲葉朋美、長男である良樹、次男の義則、長女の真奈の四人が集まっている。
おそらく、その稲葉周三の祖父母は犯行は不可として判断したのであろう。
「私は、柳沢凛と申します。これから、あなた方には、少々、質問に答えていただきます。」
「何です? まるで、私達が疑われているような雰囲気ですけど。」
朋美の顔は、かなりひきつっていた。元々、神経質そうに見えるその顔は、さらにコウゲキテキニ見える。確かに、ここまで明らさまに怪しめば、どんな人でも理解できるだろう。
だが、今回は事故ではなく人為的なもの、というのは確定しているのだ。となれば、怪しむのは必然だろう。少々冷たい気もするが、そこは、割りきるしかないと思われる。
「まぁ、後々説明は致しますが、あなた方以外に怪しむ人はいませんからね。」
「……。」
「とりあえず、そのときの様子を教えてもらえませんか?」
「……分かりました。とは言っても、昼食を食べている最中にあの人が急に痙攣しだしたとしか言えないのですけど。」
「それで、救急車はすぐに呼びましたか?」
「はい。しかし、原因が全く分かりませんでした。」
「その日の昼食は?」
「スパゲッティです。あの、レトルトのあれですね。」
「なるほど、食中毒の可能性はほとんどないと……。」
まぁ、そうでなくては警察は呼ばれないからな。初期の痙攣。テトロドトキシンの初期症状と一致している。まぁ、病院に聞けば、すぐに分かることであろうが。
となると、やはり外部からということになる。つまり、この中の誰かがコッソリ毒を混入したということ。
果たして、この中で、父親が死んで最も得をするものは誰なのだろうか。浮気のされている朋美か、散々強いたげられていたようである義則と真奈か。
……よくよく会話を見てみて、少し違和感を覚えたのは僕だけだろうか。そう思って、海崎さん達を見てみると、海崎さんも藤原さんも、顔がややひきつっていた。凛さんは分からない。でも、この違和感には気づいているだろう。
「あの……刑事さん。」
「はい、何ですか?」
突然、長男である良樹が会話に参加してきた。少し、大人しそうにみえていたから軽く予想外だ。
「じ……自殺というのはないのですか?」
「うーん、なきにしもあらず、ですかね。何か、根拠があるのですか?」
「……はい。父さんは、最近収入が増えたからといって、浮気をして母さんを苦しめて、義則や真奈に暴力を振るったんです。その、罪滅ぼしとは考えられないでしょうか。」
「どうでしょう。ちょっと、その可能性は低いと思います。それなら、もっと他殺に見せかけて、あなたたちに保険金でも残すようにする筈です。こんな、家族に濡れ衣着せるような自殺はしないと思いますけど……」
良樹は、かなり鋭いことを言っていた。確かに、その可能性もある。毒での自殺なんてよくあることだ。だが、それは凛さんのいった言葉がそのまま返ってくる。
状況的には可能性がものすごく高いわけだが、心情的にはかなり低いのだ。むしろ、話に聞く稲葉周三の人格からすれば、あり得ないともいえるかもしれない。
まぁ、人間なんて、外と内は分からないのだから、あまり否定は出来ないけど。
すると、このタイミングで、海崎さんの携帯が鳴った。これは……あまり、いい知らせな気がしない。
「はい、もしもし、海崎です……。はい、はい……えっ? あった!? ……分かりました。みなさま、大変申し訳ありませんでした。稲葉周三に服された毒が見つかったようです。」
「……どこに?」
「稲葉周三の、ズボンのポケットにだ。」
僕は、その言葉を聞いた瞬間の出来事を忘れずにはいないだろう。ほんのわずかに、見えたのだ。一息ついた、彼ら稲葉一家の顔を。




