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そのとき。
パチパチパチ……!
突然、拍手の音が響き渡った。
……あたしの前方、つまり、誰もいないはずの、社長用デスクの向こう側から。
ひょこっ。
そしていきなり、あたしの目の前に六つの人影が姿を現す。
どうやら大きな社長のデスクの陰に、ずっと隠れていたようだった。
「おめでとう、合格だ」
拍手をしながらそう言ったのはショコたん――すなわち、あたしの会社、ティアーズマジックの社長さんで。
残りの五人はそれぞれ、ティアーズマジックの社員のみなさんだった。
「え? えっ? ええっ? なにっ? どうなってるの!?」
目をパチクリさせて呆然と立ち尽くすしか成すすべのないあたし。
そこへ、背後からガトーショコレイアさんも声をかけてくる。
「騙してしまった形になって、すまなかったね。でもこれは、ショコたんから頼まれたことだったんだよ」
さっきまでの恐い目つきがウソのような優しい口調だった。
いや、実際にさっきまでの恐い雰囲気は演技だったのだろう。
「あれ? だけど、社員さんたち……」
あたしが取り囲むスーツの社員さんたちのほうに視線を移すと、
「すみません、わたしたちのも演技でした」
そう言って、社員さんたちも一斉に頭を下げた。
「ええ~~~~っ?」
いったいどういうことなのか、まったくわからないあたしに、ショコたんが淡々と説明してくれた。
☆☆☆☆☆
最初に言われていたけど、あたしはまだ仮入社状態だった。
仮入社状態から本採用に至るまでには、試験をくぐり抜ける必要がある。
その試験が、今回の仕事だったのだという。
ティアーズマジックの仕事は、涙を流して依頼人を満足させること。
とはいえ、ただ泣けばいいというわけじゃない。
そこに心がなければ、なんの意味もなさない。
だからこそ、誰にでもできる仕事ではないのだ。
そうショコたんは語る。
ガトーさんとショコたんは旧知の仲らしく、数年前から新入社員の試験に協力してもらっていたらしい。
「去年はなかったが、ここ数年で何度かやっていたな」
「そうでございますね」
ショコたんの話を聞きながら、ガトーさんとラングドシャーさんは、そんな言葉を交わしていた。
あ……、最初に感じた違和感……。
だからラングドシャーさんは、あたしが名刺を切らしていると言ったときに、「存じ上げております」なんて答えたんだ。
まだ仮入社状態だと、知っていたから。
そのあと、あたしは階段を使ってこの社長室まで来た。
だけど、実はエレベーターはメンテナンス中ではなかったのだという。
ウソをついたのは、社員さんたちの仕事ぶりをあたしに見せるため、という理由もあったけど、それよりもっと重要な意味があった。
ショコたんを初めとするティアーズマジックの社員たちが、あたしの試験の様子をつぶさに観察するため、エレベーターを使って社長室に先回りする。
それが、最大の目的だった。
あれ? でも……。
「そうすると、奥さんが亡くなったっていうのは……」
「ああ、もちろんウソだ。今でもピンピンしてるぞ! 鬱陶しいくらいにな!」
あたしの疑問に、ガトーさんはあっさりと答えを返す。
「誰が鬱陶しいですって?」
「な……お前!? いや、これは、言葉の綾というかだな……!」
突然さらに増えた女性の声。
それもデスクの上にあった写真の女性――ガトーさんの奥さんだった。
ガトーさんって、奥さんには頭が上がらないみたいね。
思わず笑みがこぼれる。
考えてみたらデスクの上の写真は、部屋の中央にあるソファーに座ったあたしから見えていた。写真はあたしのほうを向いていたことになる。
亡くなった奥さんの写真をデスクに乗せているのなら、自分から見えるように置くだろう。
そうなっていなかったのは、あたしに見せる目的でソファーのほうに向けていたからだ。
普段からデスクの上に奥さんの写真を置いているのか、それとも今回の依頼のために用意したのかはわからないけど。
だけど、きっと前者だろうなと、あたしはふたりの様子を見て思った。
あとから聞いた話では、ガトーさんは社長の立場にある人だけど、奥さんのプディング夫人は会長という役職で、事実上のトップは奥さんのほうなんだとか。
そういえば、プディング夫人って名前、新聞で見たことがあったような気もする。
「というわけで、マリオン。正式採用決定、おめでとう!」
『おめでとう!』
あたしは、ティアーズマジックの会社のメンバーだけでなく、ガトーさんの会社の人たちからも盛大な拍手をいただき、恥ずかしくもあったけど、どうもどうもと照れ笑いを浮かべつつ頭を下げるのだった。
☆☆☆☆☆☆
総勢七名のティアーズマジックのメンバーが並んで歩く帰り道。
辺りはもうすっかり暗くなっていた。
そういえば、ベティさんは別の仕事場に向かったはずなのに、ショコたんを含むメンバーに紛れていた。
どうしてなのか尋ねてみると、別の仕事場に向かうという話もウソだったのだという。
会社から放り出しはしたものの、そのまま途方に暮れられても困る。そこでショコたんが配慮してくれて、ベティさんを寄こしたのだとか。
和気あいあいといった雰囲気でお喋りながら、薄暗くなった道を行く一行。
そんな中、あたしはさらに、もうひとつの疑問を口にする。
死んだ奥さんのために泣いて欲しいという、今回のガトーさんからの依頼自体がウソだった。実際、奥さんも生きていたわけだし。
さっき白状していたとおり、社員さんたちから送られたガトーさんへの感動の言葉も演技だったということになる。
もっとも、なにがあっても社長は社長だとか、社長についていきますとか、おそらくは本音なんだろうなって部分も多かったとは思うけど。
でも、だとすると……。
「……結局あたし、いったいなんのために泣いてたことになるんだろう……?」
微笑みを浮かべながら歩いていた面々が、ピタッと声を止める。
全員の視線はただひとり、社長であるショコたんへと注がれていた。
六人の視線を一身に受けながら、ショコたんは怯むことなく、こう言い放つ。
「この仕事をしていたら不条理なことだってある。それをよく心に留めておくんだ」
それは新入社員であるあたしだけではなく、社員のみんなに、そしてショコたん自身にも言い聞かせているように感じられた。
やがて、誰も声を発することなく歩く先に、ティアーズマジックの会社の建物が見えてきた。
――お帰り。
――お疲れ様。
――まだ始まったばかりだけど……。
――これからも、頑張ってね!
風の精霊さんや建物に宿った精霊さんが、そうささやいてくれているような気がした。




