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ティアーズマジック  作者: 沙φ亜竜
第1話 「この涙は誰のため?」 依頼人:ガトーショコレイア 担当:マリオン
6/38

-6-

 そのとき。


 パチパチパチ……!


 突然、拍手の音が響き渡った。

 ……あたしの前方、つまり、誰もいないはずの、社長用デスクの向こう側から。


 ひょこっ。


 そしていきなり、あたしの目の前に六つの人影が姿を現す。

 どうやら大きな社長のデスクの陰に、ずっと隠れていたようだった。


「おめでとう、合格だ」


 拍手をしながらそう言ったのはショコたん――すなわち、あたしの会社、ティアーズマジックの社長さんで。

 残りの五人はそれぞれ、ティアーズマジックの社員のみなさんだった。


「え? えっ? ええっ? なにっ? どうなってるの!?」


 目をパチクリさせて呆然と立ち尽くすしか成すすべのないあたし。

 そこへ、背後からガトーショコレイアさんも声をかけてくる。


「騙してしまった形になって、すまなかったね。でもこれは、ショコたんから頼まれたことだったんだよ」


 さっきまでの恐い目つきがウソのような優しい口調だった。

 いや、実際にさっきまでの恐い雰囲気は演技だったのだろう。


「あれ? だけど、社員さんたち……」


 あたしが取り囲むスーツの社員さんたちのほうに視線を移すと、


「すみません、わたしたちのも演技でした」


 そう言って、社員さんたちも一斉に頭を下げた。


「ええ~~~~っ?」


 いったいどういうことなのか、まったくわからないあたしに、ショコたんが淡々と説明してくれた。



 ☆☆☆☆☆



 最初に言われていたけど、あたしはまだ仮入社状態だった。

 仮入社状態から本採用に至るまでには、試験をくぐり抜ける必要がある。


 その試験が、今回の仕事だったのだという。


 ティアーズマジックの仕事は、涙を流して依頼人を満足させること。

 とはいえ、ただ泣けばいいというわけじゃない。

 そこに心がなければ、なんの意味もなさない。

 だからこそ、誰にでもできる仕事ではないのだ。


 そうショコたんは語る。


 ガトーさんとショコたんは旧知の仲らしく、数年前から新入社員の試験に協力してもらっていたらしい。


「去年はなかったが、ここ数年で何度かやっていたな」

「そうでございますね」


 ショコたんの話を聞きながら、ガトーさんとラングドシャーさんは、そんな言葉を交わしていた。


 あ……、最初に感じた違和感……。

 だからラングドシャーさんは、あたしが名刺を切らしていると言ったときに、「存じ上げております」なんて答えたんだ。

 まだ仮入社状態だと、知っていたから。


 そのあと、あたしは階段を使ってこの社長室まで来た。

 だけど、実はエレベーターはメンテナンス中ではなかったのだという。


 ウソをついたのは、社員さんたちの仕事ぶりをあたしに見せるため、という理由もあったけど、それよりもっと重要な意味があった。

 ショコたんを初めとするティアーズマジックの社員たちが、あたしの試験の様子をつぶさに観察するため、エレベーターを使って社長室に先回りする。

 それが、最大の目的だった。


 あれ? でも……。


「そうすると、奥さんが亡くなったっていうのは……」

「ああ、もちろんウソだ。今でもピンピンしてるぞ! 鬱陶しいくらいにな!」


 あたしの疑問に、ガトーさんはあっさりと答えを返す。


「誰が鬱陶しいですって?」

「な……お前!? いや、これは、言葉の綾というかだな……!」


 突然さらに増えた女性の声。

 それもデスクの上にあった写真の女性――ガトーさんの奥さんだった。


 ガトーさんって、奥さんには頭が上がらないみたいね。

 思わず笑みがこぼれる。


 考えてみたらデスクの上の写真は、部屋の中央にあるソファーに座ったあたしから見えていた。写真はあたしのほうを向いていたことになる。

 亡くなった奥さんの写真をデスクに乗せているのなら、自分から見えるように置くだろう。

 そうなっていなかったのは、あたしに見せる目的でソファーのほうに向けていたからだ。


 普段からデスクの上に奥さんの写真を置いているのか、それとも今回の依頼のために用意したのかはわからないけど。

 だけど、きっと前者だろうなと、あたしはふたりの様子を見て思った。


 あとから聞いた話では、ガトーさんは社長の立場にある人だけど、奥さんのプディング夫人は会長という役職で、事実上のトップは奥さんのほうなんだとか。

 そういえば、プディング夫人って名前、新聞で見たことがあったような気もする。


「というわけで、マリオン。正式採用決定、おめでとう!」

『おめでとう!』


 あたしは、ティアーズマジックの会社のメンバーだけでなく、ガトーさんの会社の人たちからも盛大な拍手をいただき、恥ずかしくもあったけど、どうもどうもと照れ笑いを浮かべつつ頭を下げるのだった。



 ☆☆☆☆☆☆



 総勢七名のティアーズマジックのメンバーが並んで歩く帰り道。

 辺りはもうすっかり暗くなっていた。


 そういえば、ベティさんは別の仕事場に向かったはずなのに、ショコたんを含むメンバーに紛れていた。

 どうしてなのか尋ねてみると、別の仕事場に向かうという話もウソだったのだという。

 会社から放り出しはしたものの、そのまま途方に暮れられても困る。そこでショコたんが配慮してくれて、ベティさんを寄こしたのだとか。


 和気あいあいといった雰囲気でお喋りながら、薄暗くなった道を行く一行。

 そんな中、あたしはさらに、もうひとつの疑問を口にする。


 死んだ奥さんのために泣いて欲しいという、今回のガトーさんからの依頼自体がウソだった。実際、奥さんも生きていたわけだし。

 さっき白状していたとおり、社員さんたちから送られたガトーさんへの感動の言葉も演技だったということになる。

 もっとも、なにがあっても社長は社長だとか、社長についていきますとか、おそらくは本音なんだろうなって部分も多かったとは思うけど。


 でも、だとすると……。


「……結局あたし、いったいなんのために泣いてたことになるんだろう……?」


 微笑みを浮かべながら歩いていた面々が、ピタッと声を止める。

 全員の視線はただひとり、社長であるショコたんへと注がれていた。

 六人の視線を一身に受けながら、ショコたんは怯むことなく、こう言い放つ。


「この仕事をしていたら不条理なことだってある。それをよく心に留めておくんだ」


 それは新入社員であるあたしだけではなく、社員のみんなに、そしてショコたん自身にも言い聞かせているように感じられた。

 やがて、誰も声を発することなく歩く先に、ティアーズマジックの会社の建物が見えてきた。


 ――お帰り。

 ――お疲れ様。

 ――まだ始まったばかりだけど……。

 ――これからも、頑張ってね!


 風の精霊さんや建物に宿った精霊さんが、そうささやいてくれているような気がした。


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