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あたしが目覚めたのは、会社の建物内に用意されたあたしの部屋。
べつにあたしが特別扱いされているってわけじゃなくて、六人の社員が全員、会社内に部屋を用意してもらって住み込みで働いているのだ。
ティアーズマジックの会社の建物は五階建てで、一階に事務所や応接室、会議室があり、二階は仕事関連の倉庫となっている。
それより上の階は居住スペースになっていて、三階と四階に社員用の部屋が用意されていた。
それぞれの階に四部屋ずつあって、三階にあたし、ベティさん、ミルミルちゃん、四階には主婦さん、ペロちゃん、パー子さんが住んでいる。
四部屋に三人ずつ入っている状態。つまり三階と四階にはそれぞれひとつずつの空き部屋が存在していることになる。
その部屋は今のところ、共同の物置として使っているのだけど。
もし誰か新しい人が入社してきて住み込みになる場合には、即刻、空ける必要があるはずだ。
……三回の物置部屋って、ベティさんの荷物でいっぱいになっているんだけど、大丈夫なのかな……?
残る最上階の五階には、ショコたんの部屋がある。
少し広めの社長室があって、その奥にはベッドルームも用意されている。
仮にも社長さんだから、フロア全体を部屋として使っているのかと思ったら、五階にはそれ以外に、実はお風呂まであったりする。
ショコたんがお風呂好きだから、すぐ近くにお風呂場がほしい、ということで設置されたらしい。
もっとも、ショコたん専用のお風呂というわけではなくて、社員も自由に使っていいと言われている。
さて……。
あたしは二日酔いでズキズキする頭を持ち上げて身を起こす。
昨日は酔っぱらって、「やらかしちゃった」あたし。
でも、起きないわけにはいかない。
もう少しすると、出社時刻になってしまうわけだし。
逃げ出したいけど、みなさんがいる事務所を通らなきゃ、会社の外にも出られない。
カゴの鳥のあたしは、覚悟を決めると、着替えて髪を整える。
……整えたところで毛先はピンッと音がしそうなくらい、面白いようにはねまくっちゃうのだけど。
ちなみにこの会社、決まった制服はなく、私服でOKとなっている。
昨日の夜、酔ってひどい状態ではあったものの、ちゃんとひとりでパジャマに着替えてベッドに入ったのは覚えていた。
ただ、部屋まであたしを抱きかかえて連れてきてくれたのは、「やらかしちゃった」被害者でもあるベティさんだった。
ベティさんは、無理矢理お酒を飲ませたんだから自業自得な部分もあるとは思うけど、それでもその……あたし、あんなことをしちゃって……。
やっぱり怒ってるよね……。
ふ~。
頭痛のせいだけじゃなく別の意味でも重い足取りのまま、あたしは階段を下りていく。
「おはようございます~……」
消え入りそうなほど控えめな声で、なるべく気づかれないように事務所に入っていこうとするあたしの姿を、みなさんは目ざとく見つけてしまったらしい。
……狭い事務所なんだし、当たり前だけど。
「きゃははは! 来た来た! 影の帝王が来たよ~!」
「ちょ、ちょっと……! なんですか、それ~~!?」
なんだか不名誉なあだ名をつけられてしまったみたいだった。
だけど、こういうのって普通は一過性のものだし、そのうち消えてくれる……よね?
あたしとしては、早いうちに消えてくれることを願うばかり。
と、冷たい視線をあたしに向けているベティさんと目が合った。
「あああああ、あのっ……! ベティさん、ごめんなさいっ……!」
あたしは深々と頭を下げて謝罪する。
「べ……べつにいいわよ。あたいも悪かったわけだしさ……」
こちらがストレートに謝ったからか、ベティさんのほうも素直に許してくれたようだ。
思わず、ほのかに頬を染めながら見つめ合う、あたしとベティさん。
「きゃははは! キスして愛が芽生えたんやな?」
すかさずペロちゃんから、そんなツッコミを入れられてしまった。
「ちょ……そんなんじゃないわよ!」ですよ!」
あたしとベティさんの慌てた声が重なり事務所内に響き渡る中、他のみなさんはこちらに生温かい視線を向けながら笑っていた。
☆☆☆☆☆
あたしが事務所に入り、みなさんにからかわれ始めてから一時間以上経った頃。
ようやくショコたんが事務所に姿を現した。
完全な重役出勤ってやつだわ……。
「やぁやぁ、みなの者。頑張って働いておるかね?」
「遅刻です社長。おやつ減らしておきます」
「なぬっ!? そ、それは勘弁してもらえないか?」
「ダメです」
「く~、相変わらず主婦さんは融通が利かぬな……」
「毎度毎度遅刻してくる社長が悪いんです」
「社長じゃなく、ショコたんと……」
「なにか言いましたか?」
「……なんでもない。さて、仕事の話をしようか」
以上、ショコたんと主婦さんの会話でした。
なんというか、影の帝王って呼び名、主婦さんにこそふさわしい、って気が……。
それはともかく。
ようやく社長であるショコたんも来て、総勢七名が揃ったことになる。
「まず、マリオン」
「は……はいっ!」
いきなり呼ばれて、声が裏返ってしまう。
「今日は初仕事だ。覚悟はいいな?」
「あっ、はい、もちろんです!」
あたしはハッキリと力強く答える。
「よし。それじゃあ、ひとりで行ってきてもらおう」
「……え?」
あたしが就職したこの会社、ティアーズマジックは、依頼人のもとへ赴き、仕事をこなす。
その内容は、依頼人のもとで涙を流すこと。
もちろんウソ泣きなんかじゃない。
依頼人からお話を聞き、泣いてくるのがあたしたちに課せられた任務となる。
なんだそれ、と思うかもしれないけど。そういう仕事なのだ。
「今回行ってもらうのは、ここだ。じゃ、頑張ってくれたまえ」
ショコたんから依頼人の待つ場所までの地図を手渡されたあたしは、事務所のドアの外にポイッと放り出されてしまった。




