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あまりにも放任主義で、というか、なにをしていいのかもわからなくて、あたしは呆然としていたのだけど。
すぐに事務所のドアが開いて、中からベティさんが出てきた。
あっ、やっぱりひとりじゃなくて、ベティさんも一緒なのね。
なんて安堵したのも束の間。彼女から向けられた言葉はこうだった。
「あら? あなた、まだいたの?」
……どうやらあたしは、やっぱりひとりで仕事をこなさなきゃいけないみたいだ。
とはいえ、目的地の方向が途中までは一緒だったため、ベティさんとお話する時間を得ることができた。
いろいろとアドバイスしてほしかったのだけど、とにかく依頼人の話を聞いて頑張るしかないわ、と言われるだけだった。
全然アドバイスになんてならないそんな言葉だけを受け取り、あたしはベティさんと別れ、依頼人の待つビルへと向かう。
依頼人が待つその建物を見上げて思ったことは、ただひとつ。
うわ~、大っきい~。
感嘆の声が漏れてしまう。
ティアーズマジックの事務所があるビルは、あたしたちの寝泊りする部屋まで含めても、あんなに小ぢんまりとしているのに。
それもそのはず、ここは誰もが知っている大企業、ソニックプラネットの本社だった。
そして今回の依頼人は、その大企業の社長であるガトーショコレイアさん。
新入社員のあたしなんかが来てよかったのかな、この仕事……。
あまりの建物の大きさに、見上げながら足がぶるぶると震えてしまう。
やっぱり、どう考えても場違いだわ……。
仕事が始まる前だというのに、もう涙が溢れ出してきそうな勢いだった。
と、そんなあたしの前に、黒いスーツに身を包んだ男性が歩み寄る。
「ティアーズマジックの方……ですか?」
「あっ、はい! あたし……いえ、わたくし、ティアーズマジックのマシュマリオンと申します。このたびは、ご依頼いただき、ありがとうございますっ!」
かなり焦った、どもり気味のあたしの言葉にも、男性は微笑みながら落ち着いた様子を崩さない。
「こちらこそ、わざわざご足労いただきまして、恐縮の限りでございます。申し遅れました、わたくし、ガトーショコレイアの秘書を務めております、ラングドシャーです」
そう言いながら、ラングドシャーさんは名刺を差し出してくる。
「こ、これはどうもご丁寧に……。えっと、あたし……わたくしのほうは、その、あいにく名刺を切らしておりまして……」
名刺を受け取りながら、あたしは慌てて言葉を添える。
突然放り出されたようなあたしには、当然ながら名刺なんて用意されていなかったのだけど、そういう場合、こんなふうに言うものだと、どこかで聞いていた気がしたからだ。
「はい、存じ上げております。……それでは、社長室へご案内しますので、どうぞこちらへ」
「あっ、どうも」
あたしはラングドシャーさんの先導によって、ソニックプラネットの建物へと足を踏み入れる。
だけど、なんだかちょっと違和感というか、すっきりしない感じを受けていた。
ソニックプラネットの建物に関してではなく、ラングドシャーさんの言葉に。
はて……? いったいどうしてだろう?
「どうかなさいましたか?」
「い……いえ、べつになんでもありません」
振り返って尋ねてきたラングドシャーさんの声を受け、あたしは曖昧な返事だけを返すと、慌ててあとを追っていった。
☆☆☆☆☆
建物の最上階に向かって、ひたすら階段を上る。
それにしても、さすがに十階まであると足が痛いわ。
普段はエレベーターを使っているらしいけど、今はたまたまメンテナンス中なのだという。
エレベーターは「万物の精霊さん」たちがゴンドラを上下に動かしてくれるものだから、そんな精霊さんたちのご機嫌を取るために、感謝の気持ちを込めながらお話ししてあげなくてはならない。
それをメンテナンスと呼ぶ。
エレベーターとかラジオとか精霊さんたちが動かすものって、普段使っている分には、ついついないがしろにしてしまいがちだけど、そうやってご機嫌を取ってあげないと、いきなり動かなくなったりするのよね……。
そんなことを考えながら階段を上がっていくと、途中でドアが開きっぱなしになっている階もあって、社員のみなさんが働いている姿を目にすることができた。
ビシッとしたスーツを着て、ムダ話なんか一切せず、黙々と、かつテキパキと働いている。
わぁ~、大企業ってやっぱり違うなぁ~。
そう思いながら十階まで上りきると、「社長室」と書かれた扉が目の前に立ち塞がった。
装飾が施された両開きで大きな木製の扉を、秘書のラングドシャーさんがゆっくりと開ける。
すると、きらびやかなじゅうたんが敷かれた豪華絢爛な部屋が目に飛び込んできた。
部屋の奥にはデスクがあり、その向こう側には、ひじかけと背もたれのついた高級そうな革製の椅子がある。そして椅子にどっしりと座った男性が、こちらに視線を向けていた。
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あたしに部屋の中央まで進むよう促し、ラングドシャーさんは扉を閉める。
部屋の中央付近にはとっても豪華そうなソファーがあり、その前のテーブルには紅茶とお菓子の用意もされていた。
「よく来たな。オレが社長のガトーショコレイアだ。ガトーと呼んでくれて構わんがね。さあ、ソファーにかけたまえ」
社長さんは目つきも鋭く、恐そうな人だった。
あたしは思わず縮み上がってしまう。
「あ……は、はい。そ、それでは失礼して……」
あたしは震える声をしぼり出してソファーに座る。
ふわっと音がしそうなほどの柔らかいソファー。
社長さんが鋭い目つきで睨みつけている前でも、思わず飛び跳ねたくなってしまうくらいに。
もちろん子供じゃないあたしは、必死に我慢する。
だいたい今飛び跳ねたらスカートがめくれて、ガトーさんに見られちゃうし。
それ以前に、恐そうなガトーさんの前でそんなふうにふざけていたら、問答無用で消されちゃうかもしれないけど……。
「それでは、依頼内容を説明させてもらおう」
震えながら紅茶のカップに手を伸ばし、緊張で渇ききったノドを潤すあたしをじっと見据えながら、ガトーさんは語り始めた。
ガトーさんの依頼内容は、こんな感じだった。
つい先日、長年連れ添ったガトーさんの奥さんが亡くなられた。
すでに葬儀も終えたあと。葬儀には、多くの社員も参列した。
ただ、ずっと支えてくれた妻の死にも、ガトーさんは涙ひとつ流すことはなかった。
ガトーさんのデスクの上には、一枚の写真が飾られている。
そこには美しい女性が笑顔で写っていた。それが奥さんなのだろう。
鬼の社長という異名を持ち、歯をくいしばってここまで上りつめたガトーさん。
大企業のトップという立場上、どんなときでも涙を見せるわけにはいかない。
そういった思いを抱え、この会社をここまで大きくしてきたのだ。
だからこそ、涙も枯れ果ててしまったのかもしれない。ガトーさんは苦い顔でそうつぶやいた。
「そういうわけでな。妻のために泣くこともかなわなかったオレの代わりに、どうか泣いてやって欲しい。それが今回の依頼内容だ」




