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第1話:完璧なヒロイン生活、開幕5分で終了のお知らせ

「あっありがとうございます殿下、……いや、ありがとうございますっ殿下……!の方が良いかな……」


豪華な男爵家の一室、鏡台の前で一人の少女が、何度も表情のトーンを変えながら同じセリフを繰り返してはノートにメモを取っている。


「くっヒロインには声優がいないからトーンの正解が分からない……!」


動かしていた筆を止め、いつもの口癖を口ずさむ。

そこへノックと共に「お嬢様、お時間でございます」と侍女の声が響いた。

少女は返事を返すと、急いでリボンでプラチナブロンドの髪をハーフアップに纏めた。


「落ち着いていくわよ、レヴェリア・ブランシェール。今日こそが、待ちに待ったエタラバのオープニング日なんだから!」


彼女は絶世の美少女である自身の姿を入念にチェックすると、使命感に満ちた顔をキリッと引き締めた。




***




『Eternal Lovers 〜身分差を越える魔法の誓い〜』は剣と魔法の世界の貴族学園が舞台の乙女ゲームだ。

ヒロインであるレヴェリアは孤児であったが、その美貌と魔力保有者であることで男爵家の養子となり、学園に入学する。元平民ということで身分差を理由に陰湿ないじめや冷遇を受けるものの、実直で優しい性格と、金髪碧眼の美しい容姿、類まれなる魔法能力で、眉目秀麗な攻略対象の貴公子たちから見染められる、という超王道なシンデレラストーリーである。


(ふ、私は数々の乙女ゲームのスチルをコンプリートして来た女……。絶対に物語に泥は塗らない。原作の神シナリオ通りの、完璧なヒロインを演じてやるんだから)


馬車に揺られながら腕を組み不敵に笑う彼女は、俗に言う転生者。彼女は物心が着く頃に夢の中で聞こえた()()()に導かれ、前世の記憶を取り戻したのだ。


前世の彼女は薄給激務の社畜として、平日は朝早く起きて1時間半かけて通勤ラッシュに揺られ、終電間際まで残業。休日は昇給のための資格試験の勉強と睡眠に消えていた。

彼女にとって乙女ゲームは、そんな辛く苦しい生活のオアシスであった。

特に『Eternal Lovers』は彼女の大ファンのシナリオライターと絵師が奇跡のタッグを組んだ、彼女にとって特別な作品だ。


レヴェリアはそれ以降『完璧なヒロイン』になるため、作品のすばらしさを毎晩謎の声と語り合うことで厳しい修行に耐え、(きた)る学園ライフのため万全を尽くしてきた。


(あの声、めっきり夢に出てこなくなったけど元気かしら。それにしても思い返せば中々に過酷な日々だったわね。けれどせっかく大好きなゲームの世界に転生したんだもの。可能な限り神作家原作のエモさあふれる最高シチュエーションのイベントを発生させ神絵師作画の美麗スチルを余すところなく回収するわよ……!)


レヴェリアは満を辞した気持ちで馬車から降り立った。

目の前には、夢にまで見た美しい光景が広がっている。


大陸中の王侯貴族が通う伝統ある由緒正しき学び舎、アステリア王立貴族学園。

そこには薔薇が咲き誇る隅々まで手入れされた庭園があり、門から学園まで白亜の大理石が敷き詰められている。中央には大きな白亜の噴水があり、春の陽光を反射させた水が煌めいていた。


(完璧!これぞ『Eternal Lovers』オープニングスチルだわ。そしてここでイベントが……!)


レヴェリアが佇んでいると、コツコツとヒールの音が響いた。


「エレイン様だわ……!」

「本日もお美しい!」


周囲がざわざわと騒ぎ立てる。

その中心にいるのは漆黒髪に燃えるようなルビーの瞳を持つ高貴な美女。

そう、彼女こそが『Eternal Lovers』における悪役令嬢であるエレイン・ド・ベルクロア公爵令嬢だ。

エレインはひどく我儘で、自分が世界の中心でないと満足できない性格。そのため元平民であるレヴェリアがこの学園に通っていることが許せず、酷い虐めを行うのだ。

レヴェリアはしめた!と目を光らせた。


(ここでエレインに虐められることで第二王子ルシウスに認知される!)


レヴェリアは念のため暗記していた立ち位置より若干エレイン寄りに動き、声を掛けられる体制を完璧に整えた。


「あら」


彼女の目論見通り背後から美しい玉のような声が響く。


(しめた!「あら、毛色の変わった仔羊が迷い込んでいるわ。あなた、噂に聞くレヴェリア・ブランシェールね?元平民だと言うのに、よくもまあいけしゃあしゃあと入学出来たわね?」がはじまる!!!)


レヴェリアは不安げな表情を浮かべ、完璧なタイミングでエレインへと振り向いた。

しかし。


エレインの表情はレヴェリアのよく知る悪役令嬢の顔ではなかった。


「こちらにいてはぶつかってしまってよ?どうかお気を付けくださいませ」


彼女は優しくそう告げると、花の咲くような笑みを浮かべて颯爽と立ち去った。


(((ええええっ!?!?)))


レヴェリアは目を大きく見開き絶句した。


(どういうこと!?セリフが違う……!オープニング時点のあのセリフは固定のはずなのになんで……!?)


「エレイン、遅かったな」


内心パニックになりつつもエレインを目で追っていると、彼女の元に、長身の男子学生が歩み寄った。


(あっ!第二王子ルシウス!!)


レヴェリアの中の攻略済みデータベースが彼のページを読み込んだ。

ルシウス・ヴェルクール・ド・アステリアは、『Eternal Lovers』の攻略キャラの一人であり、この国、アステリア王国の第二王子である。

夜空を溶かし込んだような紺碧の髪にラピスラズリのような濃紺の瞳を持つ、気位の高さの滲む美男子だ。

優秀な第一王子と比較されながら育った結果、歪んだ性格をしており、婚約者候補であるエレインともソリが合わずに対立している高圧的な俺様キャラである。

今のシーンでは、エレインから貴族マウントを取られるレヴェリアを横目で見つつ「フン、随分とつまらないことをしているな」といつもの仏頂面でクールに助け舟を出してくれるはずなのだが……。


「ふふ、そんなに急かさないで」

「……風で髪が乱れているぞ。じっとしていろ」


ルシウスはそう言うと、自然な仕草で彼女の漆黒の髪に触れ、そっと耳に掛けて優しく整えてやった。


(((えええーーーっ!?)))


レヴェリアは雷に撃たれたかのような衝撃を受けた。


(な、なんでルシウスがエレインの髪に触れているの!?対立している設定は!?ていうかスキンシップは好感度70以上からだったわよね!?)


彼女が呆然としていると、今度は別方向から金髪の美男子が現れ、「おはよう、エレイン!あ、そのリボン……僕が君の制服に合わせて仕立てたやつだよね?ふふ、やっぱり世界で一番似合っているよ!」と天使の笑顔で声を掛けた。彼はエレインの幼馴染である公爵令息。


「はよっす、エレイン!はー、なんだかお前の顔見たら朝練の疲れが一気に吹っ飛んだ!なあなあ、今度またクッキーの差し入れに来てくれよ!」

「おはようございます、エレイン様。朝から騒々しい連中の相手は疲れるでしょう?放課後は私と共に、静かな図書室で新学期の計画でも練りませんか」


さらに、鍛錬終わりの騎士団長子息や眼鏡をかけた宰相子息まで現れてエレインを囲み、甘い言葉をかけ始めたではないか。

レヴェリアはぽつんと噴水脇に立ちすくみ、あんぐりと口を開けることしか出来ないでいた。


(どどど、どういうこと!?エレインが改心している!?ルシウスまでデレてるし……。これってまさか……いやでも……)


校舎に入る直前にエレインがぴた、と立ち止まる。

そしてゆっくりとレヴェリアに振り向きーー、


まるで勝ち誇ったかのような笑みを浮かべたではないか。


(えっ見た!?今こっち見て笑った!?)


レヴェリアの顔がサッと青ざめる。

そして彼女は逡巡した中で最も恐れた可能性、それが的中してしまったことを確信した。


(((悪役令嬢(エレイン)も転生者だーーーー!!!嘘でしょ!?スチルはどうなるの!?イベントは!?神シナリオは!?!?)))


万策を練ってきたレヴェリア、まさかの初日でヒロインの座を追われる。


果たして彼女は神シナリオを再現することは出来るのかーー!?!?

最後までお読みいただき、ありがとうございました。




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